第96話 ここをキャンプ地とする






 さてさて……落ち着いて考えるまでもないことなのだが。

 われわれのは立派な密入国というか領空侵犯であり、ふつうに考えるまでもなく色々とアウトだろう。



 もちろん、われわれ連邦国とイードクア帝国はバチバチの交戦状態であり、互いにスパイや工作員を送り送られしている間柄ではあろうが……まあ要するに、正規の手段で入国が叶うわけがない。

 ましてや今回は……私達の感情的な部分を一切無視して考えれば『イードクア帝国の子どもを誘拐する』という所業となるわけで、なおのこと記録に残すわけにはいかない。


 ことは全て内密に、完全秘匿状態で事に当たらなければならない。間違っても現地イードクア帝国民に、われわれの姿を見られるわけにはいかないのだ。



 敵国の内陸部への侵入作戦。道中の補給もままならず、町に立ち寄ることも許されない。

 自制心を高める調整がなされた私達や、プロの軍人や流浪の篤学者種族ならまだしも、まだ学生の身である少年少女にとっては、当たり前だが酷な環境であることだろう。




 …………と、思っていたのですが。




「ちょ、ちょっとイーダくん! それ私のおイモなんだけど!」


「ふ、ぐ!? …………っ、あぁ、確かに……すまない、失礼した。少し呆けていたようだ」


「……守られてばっかな私がいうのもなんだけど、大丈夫? ずーっと気を張ってなきゃいけないの、つらくない?」


「…………いや、広域警戒はアウラが請け負ってくれているからな。……すまない、代わりに干果で手を打って貰えないだろうか」


「まぁイーダくんの気持ちはわからんでも無いがよ。……まだ気にしてんだろ? この子らの生い立ち、ってか……これまでのコトってぇか」


「まぁー……私も似たような心境だけんどねぇ。……こんな小さい子らが、ねぇ?」


「? ………?? ん、んぐ?」


(もぐもぐ)(あむあむ)




 帯同する【リヨサガーラ】のキャビンスペース、いつでもどこでも落ち着いてくつろげる環境、そして先刻エマーテ砦のおばちゃんに頂いた各種食糧のお陰もあって……敵国領内とは思えぬ程に、ゆるやかな休息時間を満喫できている。

 またキャストラムを発つ前にも、シャウヤの方々から幾らか食料は融通して貰っているので、行軍中に飢えることはおそらく無いと思われる。

 いやはや、キャビン最高。ビバ冷蔵庫。



 キャストラムを出て、ナーケッデ川をコッソリ渡って、そのまま大森林に隠れるように木々の高さギリギリで、ひたすらに西進。

 周囲にヒトの姿が無いことは、私達の広域スキャンにて入念に確認済だ。それこそシャウヤ級の隠蔽魔法の使い手でもなければ、この警戒を掻い潜ることは出来ないだろう。


 そうして人目を憚りながら、ひっそりと進むこと丸一日。イードクア帝国領内の辺境、鬱蒼と茂る森の中。

 ここが本日のわれわれのキャンプ地であり、今は晩御飯の時間というわけだ。



 ううむ、さすがに国土が広いな。そうじゃないかとは思っていたけど、やはり片道1日では辿り着けなかった。

 連邦国との国境から乗り込んだわけじゃないとはいえ、1日そこらで殴りに来れる位置なんかには、確かに研究拠点なんて作りたがらないだろう。

 ……そこで、人の道に反するような研究を行っているともなれば……尚更である。




――――まーまー。かわいらしくもぐもぐしちゃって。


(わかる〜二人ともホンットかわいい〜ハチャメチャにとてもかわいい〜)


――――だれか鏡もってきて〜。



 幸いなことに、先日保護した元潜入工作員の女の子――レアちゃんって名付けられたらしい――から得た情報によって、目的地の座標は把握できている。

 また、実際に現地を確認している偵察要員とも、フィーデスさんが随時連絡を取り合ってくれている。お陰で私達にとって未踏の地である帝国領でも、迷子になることはない。


 帝国の人に見つからないよう隠れながら、それでいて可能な限り急いでみたとして……道中であと一回は野営を行わなければならないだろう。

 コソコソと迂回している以上は仕方がないこととはいえ、なかなかどうして『やきもき』させてくれる。



「……あっち、気になる? ファオちゃん隊長」


「…………んう? んんー……大丈夫、ですっ」


「まぁ正直、なかなか思い切った動きだもんな。……コトロフ大尉とか、シルス書記官とか……後始末大変そうだ」


「後のことも必要だろうが、今現在のことを先ずは優先すべきだろう。フィーデス殿も居られることだし、明日明後日の動きを詰めているのではないか?」


「あーそっか。…………そうだな。まだ全然……始まってさえ居ねェんだよな」


「んんー……きっと、大丈夫、ですっ」



 私達学生組が、こうして【リヨサガーラ】1番機のキャビンでごはんを食べている今このとき、【エルト】のテーブルスペースでは、フィーデスさんとコトロフ大尉の大人(?)組が難しそうなお話をしているらしく。

 未成年の私達に気を遣わせまいとしてくれているのか、はたまた純粋に全員は同じキャビンに収まらないからか……まぁ二人は後者だと主張していたけど、お陰で私達はゆっくりさせてもらっているのだ。


 もともと、私達の後方支援を主目的としてセッティングが施された【エルト】である。会議用の備えもバッチリなのだ。

 居心地を優先した【リヨサガーラ】には作戦立案用のホワイトボード(的なアイテム)なんかは用意されてないので、作戦会議がで行われるようになった形だ。

 ……単純に、食材のストックがいちばん多かったのが【リヨサガーラ】1番機だったから、というのもあるのだろうが。



 しかし、隊長である私にお呼びが掛からなかったということは……幼い(と思われている)私に聞かせたくない類の話なのだろう。

 おおかた、先行偵察で得られた情報を吟味しつつ……たとえば『直近で行われたの内容』だとか『施設内の配置図』だとか『救出のルート』だとか、あとは『手遅れな被検体は見捨てる』『見捨てる判断はトゥリオが下す』『学生らにはを見せないよう立ち回る』なんかの作戦も立てているのだろう。



 ……まあ、立てているの『だろう』とか予測系で言っちゃってますけど……申し訳ないですが、私達には筒抜けなので。

 私達には気づかれないようにと、その心配りを無にしてしまうのは申し訳なくあるけれど……こんなナリでも、私は隊長である。現実を直視し、ときには見捨てる判断を下す必要があることも、きちんと弁えているのだ。




――――やさしいひとだよ、みんな。


(うん、それは同意なんだけど……テアさん、パないっすね)


――――まあねー。【エルト】はいちど『ハッキング』したことあるし、勝手はよくわかってるし。


(…………たぶん、アウラは気付いてるんだろうね。テアの……ていうか私達の侵入)


――――あとで謝っといてね。


(はいはい)



 何か言いたげに見上げてくるアウラの頭を、見た目は生身そのものの左手で優しく撫でながら、安心させるようにニッコリと微笑んで見せる。

 するとアウラも触発されたように、その可愛らしいお顔をほんのりと笑みに染めて……はー、かわいい。

 そしてそんな妹分の笑顔を見て、シスも嬉しそうに身体を擦り寄せてくるんだから……ああ、もう、たまりませんわ。


 そしてそんな私達の様子を、目を細めて眺めている『学生組』の皆さん。

 イーダミフくんと、エーヤ先輩と、エルマお姉さまと、その御学友のお姉さま達。


 ……申し訳ないけれど、今の私にとっては彼ら彼女らの安全が最優先だ。そこを違えることはしない。

 部隊を率いての作戦行動など、さすがに経験がないけれど……それくらいの優先順位は、言われるまでもなく理解しているつもりだ。




――――トゥリオさんからの報告、特務機は配備が少ないみたい。らっきー?


(らっきーだね。……さすがに、特務機体を複数相手にするのは避けたい。シスとアウラのときもしんどかったし……援護を求められる味方部隊も居ないし)


――――いちばん出てきてほしくないやつは?


(うぅーん、『番号付き』は全般メンドいんだけど……やっぱフィールの火力と、ティアの射程と……あとエアの『眼』かな。……アウラの隠蔽が看破されちゃったら、とてもやばい)


――――その子らに限らず、どーか出掛けててくれてますように。


(そうそう、むしろ研究所に居るメリット無いでしょうよ)


――――研究所が好きで里帰りとか?


(すると思う? 自意識希薄な強化人間が)


――――ないよね、むしろ前線で働かされ続けてそう。


(ありえる。……ゼファー隊長さんたち、大丈夫かな)


――――また遊びにいきたいね。



 ……そうだな。やっぱり私達は、連邦国で得るものが多すぎた。

 今回の強行突破作戦は、確かに私達のわがままが発端ではあるけれど……成功させれば、帝国軍の弱体化は確実といえるのだ。


 今もなお最前線で、命を張って頑張ってくれている人たちのために……私達も頑張らないとだな。



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