第90話 寄り道じゃなくて視察なので合法





 シスとアウラにとっては勿論だけど……じつは私にとっても、シュト以外の街(あるいは町)を見て回るというのは、たぶん初めてだったりする。


 ケンロー辺境基地も思い出深くはあるけど、あれは完璧に軍事施設である。たしかに広くて色々と設備も整っていたが、残念ながら『町』ではない。

 カーヘウ・クーコ士官学校への編入に際して、ゼファー大尉に連れられシュトに移ってきてからも、別の街に行くようなこともなかった。前回の資源回収遠征でも野営地にステイしてたし、町中に繰り出すこともなかったのだ。


 つまり、私としても初めて足を踏み入れる『他の町』であるわけで、内心とてもわくわくしていたりする。



――――キャストラムとかは? あれ『まち』じゃないの?


(……………………)


――――えっ? あ、あの…………ごめん?


(…………や、あれは例外。例外だから。シャウヤの方々はわれわれ一般人とは異なる文化だから、なのでキャストラムは例外。いいね)


――――あっ、はい。



 私としても初めて足を踏み入れる『他の町(※ヒト種国家)』であるわけで、内心とてもわくわくしていたりする。

 危険と隣り合わせではあるが、有用な資材の宝庫である『ヨーベヤ大森林』手前の開拓拠点……そこにはきっと、シュトとは大きく異なる町づくりが為されていることだろう。




「おぉー…………」


「わぁー」「ふわぁ」



 あちこちに監視塔が建てられた、若干ものものしくもある外壁。緊急時には外敵の侵入を防いでくれるのだろうデッカい門には、警備員というか歩哨の兵士(のような役割のひと)が立っている。

 エマーテ『砦』という呼称こそついているが、べつに軍施設というわけじゃない。あくまでも『強固な防壁に守られた様子が砦みたいだから』と、利用者たちから勝手にそう呼ばれているだけらしく、砦……もとい町自体も、そこまで厳格に出入りを管理しているわけじゃないらしい。



 それはそうと、やはりこの光景は圧巻だ。シュトとは別の方向で活気に溢れ、視覚的にも聴覚的にもとても賑やかだ。

 大通りはぐねぐねと曲がっているようで、先のほうは見通せないが、荷車のようなものに積まれたいろんな品々が行き交い、あちこちで多くの取引が行われていることを窺わせる。


 あっちの荷車には、妙にデカい果実のようなものがゴロゴロ積まれているし、そっちの荷車にはこれまたアホぶっとい丸太が積まれ、車輪が軋みを上げながら進んでいる。

 そして……こっちの荷車に積まれているのは、多分だけど【魔物モンステロ】の死骸の一部だろう。堅牢な甲殻は適切に切り出すことで、保護具や工具として生まれ変わるのだとか。

 軽くてそこそこの強度があり、加熱することで加工も容易で、流通量もそこそこ多い。……私の前世知識と照合してみたところ、どうやらプラスチック製品ポジションにあたる素材のようだ。


 ……私がこれまでに使しゃぶっていた食器とかカトラリーとか、もしかすると【魔物モンステロ】の死骸由来の製品もあったのかもしれない。……深く考えるのはやめておこう。



 とにかく、このエマーテ砦を構成する要素のほとんどは、純粋に『ヨーベヤ大森林の恵み』を取り巻く流れに起因している。

 大森林に分け入って様々な素材を収集する業者がいたり、組合に納められた素材を仕入れに来る商会がいたり、そんな彼らを相手にする食堂や宿屋や娼館があったり、荒くれ者どもの諍いを収める警備隊がいたり……そんな感じだ。


 よく言えば『賑やか』であり、悪く言えば『雑多』な感じがするエマーテ砦だが……まぁ、ここに来るひとの大半は『お行儀よさ』とか気にしないだろう。

 変にかしこまったりせず、変にお高く止まったりせず、いい意味で馴れ馴れしく振る舞っていれば……そんなに煙たがられることもないだろう。





「どしたのお嬢ちゃん! かわいいねぇ! 3人で来たの? 親御さん居ないの? 迷子じゃない? グラフェ食べるかい?」


「はわわ」


「……こん、にちわ」「ぅー」


「あんれ、この格好カーヘウ・クーコの学生さんじゃないかね? こんにちわ、遠征んときぁ世話んなったねぇ」


「ひゃわわ」


「……こんにち、わ」「……にちわ」


「ほんとだ、こんな小ちゃい可愛い子がねぇ……きっと将来は立派な軍人さんになるんだろねぇー。……よし! ホラ、持ってきな! 姉妹仲良くおあがんなさいな!」


「ぽぇわわ」


「ぁり、ぁと、ざいます」「……ざいますっ」


――――シスとアウラのほうが応対しっかりしてるじゃん。


(だ、だって、これ……視線が! 感情が!)



 エマーテ砦はその特性上、そこかしこで様々な物品の取引が行われており、そしてそれは店舗のみにとどまらず、露店や出店なんかも非常に多い。

 にぎやかで楽しそうな空気にふらふらと引き寄せられていった私達は……まあ、この人目を引く真っ白ヘッドなミニマムボディが災い(?)して、露店商のおばちゃんやらその商談井戸端会議相手のおばちゃんやらお友達のおばちゃんやらに瞬く間に取り囲まれ、あれやこれやと『ちやほや』してもらってしまっているところである。


 ヨーベヤ大森林産と思われる巨大なブドウのような果実を頂いたり、おばちゃんお手製と思しきプレッツェルのような焼き菓子を頂いたり、これ商品なんじゃないのかとツッコミたくなる立派な燻製肉を頂いたり、よくわかんない肉のカラアゲみたいなものを頂いたり……とにかく、とっても『ちやほや』されてしまっている。

 仲間を呼んだおばちゃん連中に、四方八方から……そりゃもう完全に囲まれた上で『もみくちゃ』されているので、正直いって威圧感はそれなりに半端ないわけなのだが。

 だが……私の魔法で感情を調べるまでもなく、またシスもアウラもくすぐったそうに、気持ちよさそうに目を細めている様子からもわかるように……とっても心地の良い『もみくちゃ』なのだ。



 私は普段、ふたりをなでなでしたり可愛がってあげる側なのが常なので、こうしてなでなでしてもらったり可愛がってもらうのは意外と少ない。ジーナちゃんとか、エルマお姉さまたちくらいだろうか。

 特務開発課のひとたちや、エーヤ先輩や教官たちは……まあ、私のことをいっぱい褒めてくれるけど、なでなでとかはあんまりしてくれないのだ。



 だからなんていうか、普段あまり経験しないきもちよさなので……こう、ね。良いね。



――――もー、この子はもー。まんざらでもなさそうな顔しちゃって。


(いやぁー……なんていうか、新鮮で)


――――もっと普段から「なでなでして」っておねだりしちゃえばいいのに。


(で、でも……やらしくない?)


――――ファオのえっちしたい欲はどう考えてもやらしいけど?


(そういうのでわなくて)


――――じゃあ逆に聞くけど、シスとかアウラが「なでなでして」っておねだりしてきたら? やらしい?


(やらしくない。かわいすぎるのでめっちゃなでなでする)


――――答え出てるじゃん。もー。




 ……言うまでもなく、元はテアの身体であった私の身体は、非常に愛らしく整っている。

 欠損した部位も(表面上は)繕われ、見た目だけで言えば妹達シスやアウラ同様、まるで雪の妖精のような愛らしさだろう。……まあ、この世界この地域に『雪』の概念が存在するのかは置いておいて。


 なので……なるほど、そう考えれば……なるほど。

 私が妹達シスやアウラに懐かれて、スキンシップを求められて嬉しくなるのと同様に……私の周りの人も、私がスキンシップを求めたら、少なからず喜んでくれるのだろうか。


 ……まあ、べつにケガしたり何か損したりするわけでもないし、実際ヤッてみて「嫌だ」って言われたら謝ればいっか。




――――ファオはちゃんと『おつとめ』してるもん。大丈夫だよ、たいちょーさん。


(うおおん、そうじゃん! 私は隊長なので!)



 小さくても『やり手』の隊長さんから、危うくおばちゃんたちのマスコットへと成り下がってしまうところだったが……すんでのところで目的を思い出し、『やり手』の私は再起動を果たす。

 せっかく心の距離も近づいたことだし、おばちゃんたちに私の調査目的である『交易部隊員が休めたりごはん食べたり出来そうなところ』を尋ねてみたところ……さっき頂いた燻製肉とか、なぞ肉のカラアゲを扱っていた出店のおばちゃんが食事処を営んでるらしく。


 私がこのエマーテ砦を訪れた理由を、かくかくしかじかと説明したところ……まあ、とっても盛大にお褒めの言葉をいただきまして。

 しかも「なんなら弁当作って届けたげるよ、外の野営地だろう?」という、正直とっても助かるお申し出まで頂戴してしまいまして。



 つまりこれって……まあ費用とか予算とか、そのへんの折衝はコトロフ大尉に丸投げするにしても、それなりの成果は出せたということではなかろうか。




 うーん、やはり『かわいいは正義』だな。


 私の輝かしい成果を積み上げていくためにも、今後も『かわいい』を磨いていく必要がありそうだ。




 ……あっ、カラアゲ意外とおいし。



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