第89話 今の私は隊長でおしごとなので



 さてさて……これにてようやく、すべての準備が整ったといえよう。


 特殊潜入工作員のプラヴァさん(仮称)を保護してから、ざっと半月くらいの時間が流れた。色々と大事な情報も得られたのだが、それらの大半は私達と直接の関係は薄いものだ。


 私達は私達で『シャウヤの方々と良い関係を築く』という、それはそれは重要な役目がある。奇しくもつい先日フィーデスさんから連絡があったので、いよいよ納品へと向かうこととなったのだ。

 みんな仲良く『課外活動申請』を済ませた私達は、現在特務開発課ひみつきち主格納庫前にて、出発前の最後のチェックをしているところである。



 目指すはヨーベヤ大森林の深部、フィーデスさんたちが待っているシャウヤの地下集落『キャストラム』。

 私達には軽い遠足だが、今回は私達だけでなく引率のひとたちも同行するので、適当にぽやぽやしているわけにはいかない。気合を入れなければ。


 部隊の編成も、前回とは大きく異なる。納品する予定の【リヨサガーラ】3機と、その護衛役ということになっている私達『特務制御体』操る3機と……それに加えて今回は、を施した【アラウダ】2機も帯同するので、合計で8機の大所帯である。

 私達『特務開発課』学生チーム(と妹たち)8名に加えて、教導部のコトロフ大尉と従軍書記官の2名が合わさった10名が、今回の遠征のフルメンバーとなる。



 今回はなんといっても、ヨツヤーエ側から(私達を除いて)初となる人員派遣である。シャウヤの方々との交易を円滑に進めるため、シュト統合基地司令部教導部門長の懐刀ふところがたなが、直々に出向くことになったらしい。

 私達やシスやアウラにとっては『いつもいろいろと相談に乗ってくれるやさしいおじさん』な印象だったのだが……エーヤ先輩やエルマお姉さまたちは、あからさまにガチガチで背筋ピーンてしていたので、ちょっとだけ驚いたのはナイショだ。

 ……そんなえらいひとだったんだな、コトロフ大尉。




≪【シグナス】各機、こちらヨツヤーエ・シュト・コントロール。宙路クリア、離陸を許可する。道中お気を付けて≫


「あっ、あっ! はいっ! えっと、えっと……【シグナス】全機……発進、しますっ!」


≪……【シグナス2】、離陸≫


≪【シグナス3】……離陸、しますっ≫



 コールサイン【シグナス1】こと【グリフュス】を筆頭に、第一期交易部隊が続々と飛び立っていく。

 特に先頭から3機、私達のビックリドッキリゲテモノ機甲鎧トリオは……連邦国軍カラーに塗り染められているとはいえ、その存在感はかなり異様に映るようで、結構な『ざわざわ』をもたらしている様子。

 その後に4番機と5番機、見た目はほぼふつうの【アラウダ】が続いているだけに、やはり私達のキワモノっぽさが半端ない。イーダミフくんもエーヤ先輩も、心なしか『やりにくそう』にしてる気がする。


 ……そういえば6番から8番の【リヨサガーラ】もキワモノ枠だったわ、六本足だもんな。つまり多数決でわれわれキワモノ軍勢の勝利である。




≪【C1】、フィアテーア特課少尉。聞こえるかね?≫


「は、はいっ。こちら【シグナス1】、ですっ」


≪うむ。……今回の作戦だが、指揮官はフィアテーア特課少尉だ。基本的な采配は、貴官の判断基準にて下して貰うこととなる≫


「……はいっ」


≪無論、我々も必要な場面では口を出そう。またその他の場面でも、助力は一切惜しまない。……要するに『好きにやってくれ』『気軽に頼ってくれ』ということだ。頼んだぞ≫


「はいっ!」



 記念すべき第一回の交易遠征ではあるが、主な目的は【リヨサガーラ】の納品と『お代』の徴収である。積荷もそれほどギチギチというわけでもなく、本格的な定期交易は次回以降に【連邦国軍仕様機】編隊にて予定しているらしい。

 そのためだろうか、軍上層部もあまり口出しはして来ないみたいで、学生の主体性を重んじるスタンスであるらしい。……やっぱ部活動かな。


 今回お届けする機体ではなく、貨物室を備えた連邦国軍輜重仕様の【リヨサガーラ】も、現在順調に建造中とのこと。

 そういえば私も、今度『現場視察』というか、新工廠区の激励に来てほしいと言われていた。士気高揚のためとかいってたけど、私みたいなちんちくりんが応援したところで、果たしてそんなに効果あるのだろうか。

 ……まあ『やれ』といわれれば、断る理由も特にない。いっぱいお役に立ちますとも。



 ともあれ、まずは今回の『お届け遠征』だ。いちおうの総責任者である(ということになっている)コトロフ大尉と従軍書記官は、アウラの【エルト・カルディア】のキャビンに同席こそしているが……なんというか(いい意味で)あまり動く気が無さそうなのである。

 ちらっと聞こえたけど、「皆いい子だし気がラクだ」「景色も良いな」「これは悪くない旅行気分」とか言ってたからな、あのおじさんたちな。全部が本音とは思わないけど、缶ビールとかあったら開けてそうな勢いだ。



――――まー初日は特にラクだもんね。エマーテ砦まででしょ?


(そうだね。こっち【シグナス】は全機が飛行型だから、全速かっ飛ばせばキャストラムまで届きそうだけど……)


――――エルマさんたち以外……イーダくんとか、エーヤ先輩とか、野営はあんまり慣れてなさそうだもんね。


(いろんな課から集まってもらってるもんね)




 今回は『お試し』というか『慣らし』的な意味合いも強く、あらゆる点での情報収集も、副次的な目標として設定されているらしい。

 強行軍を前提とした強化人間わたしたちならではのスケジュールではなく、実際に交易に携わる人員配置に近い形で、所要時間や疲労蓄積なんかのデータを取得する、と。

 ……こういうデータは確かに地味だが、馬鹿にできないものだ。そこんとこをしっかり理解しているヨツヤーエ連邦国は、すばらしい感性を備えているとおもう。



 そんなわけで、順調に空路をかっ飛ばすこと、およそ半日。私達はとてもスムーズに『エマーテ砦』郊外へと到着していた。

 さすがに連邦国内陸部ではそうそう【魔物モンステロ】など出てこないし……しいて道中の懸念を挙げるとするならば、天候に気をつけるくらいだろうか。


 かといって、油断してたら足下掬われる恐れもあるが……そもそもそんなときのための護衛機である。特に今回は私達に加えて、士官学校でも屈指の実力者が参画しているのだ。

 少人数、かつ本格的な対【魔物モンステロ】戦闘は初めてだろうが……将来有望な彼らである。私がきっちりしっぽりリードして、カッコよくきもちよくさせてあげようじゃないか。いっぱいできたね。



――――ファオさん?


(はいすみません)


――――わたし何もいってないけど?


(はっ!? ず、ずるい! だました!)



 思わぬ攻撃にたじろぐ私をよそに、【シグナス】隊ご一行はテキパキと野営準備を始めていく。

 やはりその道のプロである輜重課のお姉さまトリオがとても心強い。懸架していたツールボックスからテントを取り出し、バッチリ息のあったコンビネーションで作業を進め、『アッ!!!』という間に二張のテントが完成した。


 ……ちなみにこちら、それぞれ『コトロフ大尉と従軍書記官さん用』そして『イーダミフくんとエーヤ先輩用』である。

 私と女の子たちは【エルト】のキャビンを使うとして、男性のみなさんは……ね。申し訳無さは若干あるけど、これは仕方無いとこあるからね。申し訳ないけど。


 いや、その……私個人としては、まぁ前世での性別のこともあるので、特に気にしないのだけど……それが第三者にどう見られるか、ある程度は理解しているつもりだ。




「……それで、は……明朝、0600、に……起床と、しますっ。……かいさんっ!」


――――おおー、隊長さんっぽい。


(実際いまは隊長なの! 『ぽい』じゃなくて!)


――――日ごろの行いが足引っ張ってるっぽい。


(まーじで)



 以前私達がお世話になった、資源回収遠征が成功して久しいエマーテ砦。その近況情報を仕入れてくると行動開始したコトロフ大尉たちと別れ、私達と学生チームはそれぞれ自由時間を満喫している。

 完全な自然環境の中で野営する場合は、警戒のため不寝番を立てる必要があるのだろうが……拠点が程近いこの野営地では、そういった警戒は拠点の監視要員が受け持ってくれる。みんなが休めるので、とても助かる。


 もともとこのエマーテ砦は、士官学校の資源回収遠征等で使う想定なのだろう、広々と拓けた野営地が整えられている。遠征等で混雑しているでもなければ、こうして使わせて貰えるらしい。

 ゆっくりしっかり休養を取ることができるし、翌日も眠気を気にせず距離を稼ぐことができる。交易連隊の休息場所は、やはりがマルいだろう。




――――ここで、ちょうど半分くらい?


(うんや、まだ4割か……へたすると3割くらいしか来てないんじゃない?)


――――うへぇー。明日はがんばらないとね。


(近くにひと住んでないから速度は出せるし、時間はあんまり変わらないと思うよ)


――――ファオ基準で考えちゃだめだよ?


(あーそっか。……いやでも、あんま変わらないよ。大森林で野営は避けたいし、やっぱり速度重視で)


――――はいやほー。警戒がんばって、ちゃんとしないとだね。


(がんばるよ、隊長だもん)


――――ひゃー。



 現在のところ行程はきわめて順調に進んでおり、そしてこのエマーテ砦では外敵の襲撃など考えづらい。

 おやすみの準備も(エルマお姉さまたちが)整え(てくれ)たとあっては、明日に思いを馳せることくらいしかやることは残っておらず……そしてそれは、ぶっちゃけそんな必要なわけじゃない。


 つまり、えっと、うーんと…………たしかに私は『隊長』だし、それは理解してるんだけども。


 ……持ち場を離れちゃ、だめ?




――――だめだよ。


「エマーテを覗いてみたいのだろう? 良いのではないか?」


――――えっ!?「えっ!?」


「そーんな物欲しそうな顔してりゃわかるって。……コトロフ大尉が戻られたら、オレらの方から伝えとくから」


――――そ、そんな。「で、でも……」


「私らも遠征中に息抜きしに行ったりするし……まだ半分でしょ? ファオちゃん隊長も息抜きしたほうがいいと思うよ? 普段遊び行ったりしないでしょ?」


(い、いや、半分じゃなく……まだ3割くらいで……)


――――いやいや今はさすがにそうゆうことを言ってるんじゃないとおもう!!


「……シスと、アウラにも……まぁ、良い経験になるだろう。また『交易連隊の休息環境』を調査しておくのも、貴官の重要な役目だと思うのだが?」


「………………んぅー!」




 はー、なんだそれ。冗談じゃないぞ、なんだその心遣い。すきだが。

 いやいやいや、そうだよね、調査だもんね。私の重要なお役目だもんね。決して、けっして私の個人的な欲求を満たすわけじゃないし、シスとアウラにも社会科見学させてあげないといけないもんね!


 この子たちは、交友関係が広まってきたとはいえ……まだカーヘウ・クーコ士官学校の近隣しか知らないのだ。

 だから……だから、この『視察』は、ほんとに合法なのであって。



 やー、もう……すき!!



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