第77話 機体にニックネームをつけますか?
すっきりとよく晴れた青空の下、常識的な高さの木々と一般的な草がそよぎ、どこか牧歌的な雰囲気を感じさせる
なだらかな丘陵地帯……を再現された、ここは多目的演習場の一角。部外者からの視線を避けるかのように、そこではとある異形の集団による……えーと、正直かなり独特な機動訓練が行われていた。
訓練の対象となるのは、ヒト型のシルエットから外れた、3つの機影。
ヒト型の上半身と六脚の下半身を持つ多目的輸送機材……通称【リヨサガーラ】である。
≪ひー、ひー、……やっぱなんか、すごい違和感あるね。不快じゃないけど、違和感≫
≪でもでも、安定感はすごいと思います! さすが六脚!≫
≪実際【マムートス】とそこまで変わんないよね、機甲鎧っぽさは少ないと思う≫
≪いーなぁ! 早く代わってよぉ、はやく私も制御やってみたいってばぁー!≫
量産を目指して製造された3機、シャウヤの方々向けとして快適なキャビンを備えた特殊仕様が、現在運用試験の真っ最中である。
快適仕様と輸送部隊仕様、主な変更点は下半身貨物室なのであって、歩行性能やら機体そのもののバランスなんかは変わらないらしい。今回得られたデータは、ほぼそのまま輸送部隊仕様にも流用できるだろうと、私達も気合を入れてモニタリングしているところだ。
危なげなく歩を進めていく3機の【リヨサガーラ】……それを操るテストパイロット――というか
「みなさん、制御動作……問題なく、良さそう?」
≪ええ、さすが皆さん優秀ですね。問題無いと思われます。歩行パターンも【マムートス】から移植してますので、ある程度は自動的に動かしてくれますし……重心バランスも許容値内ですね≫
「はふー。…………よかった、です」
――――アウラだけしか使えない、じゃなくて……よかったね。一般のひとでも使えるようにするの、大変だったとおもうよ。よくがんばりました。
(そうだね。主任も、設計課も、組立課のみんなも、とってもえらい。……ちゃんと労ってあげなきゃ)
心配だったのは、通常のヒト型ではない【リヨサガーラ】の制御が複雑すぎて、著しく利便性を損なってしまうという展開。
試作機のテストパイロットが特務制御体、いわゆる強化人間であったがゆえ、常人とは異なる感覚をもとに判断を下してしまうというケース……充分にあり得ることだと思う。
しかしながら、これはベースとなった【マムートス】の安定性が極めて高かったこと、またマノシアさんの参画によって全身の制御パターン――いわゆるOSのようなもの――の最適化が行われたことで……一般向け量産モデル【リヨサガーラ】は無事、一般人でも問題なく扱える『良い子』として誕生した。
なお、晴れて正式に裁可され(てしまっ)た【リヨサガーラ】の機材識別呼称だが……ええまあ、大体ご想像のとおりのモノである。
仮称であった『量産型』がシャウヤナイズされて『リョサンガラ』になり、今度はそれを耳にしたヨツヤーエ側が「リヨサガーラ……なんかええやん」とノリノリで広めてしまい、そしていつの間にかマノシアさんも気に入ってしまっていたという……はい、そういう経緯でありまして。
まあ確かに、響きだけなら物珍しいし……異文化っぽいもんね。悪口や蔑称でもないし、実際『
ともあれ、ネーミングにはそんな小首を傾げたくなるような経緯もあったりするわけだが……こうしてめでたく完成を見た先行量産機の3機、できたてほやほやの主力製品である。
特務開発課を通して軍部の許可を取り付け、演習場の一角を正当な手段で借り受け、現在屋外環境での最終動作チェック中なのである。
六本脚を器用に動かし、ガッチャガッチャと歩を進める3機編成。それぞれを操るのは輜重課所属の現役
お姉さまたちは輜重課本科の講義で【マムートス】の扱い方を習っていたらしく、また重機甲鎧【エリアカ・エデュケーター】の制御経験もあるとのことで、非常にあっさりと起動に成功していた。
どうやら【リヨサガーラ】、その外観からなんとなく察せられるように、制御パターンにおいても『多脚輸送機材』と『機甲鎧』の中間のような感覚であるらしい。
両方を知っている輜重課の皆さんの所感ではあるが……曰く「機甲鎧からの機種転換であっても、そこまで苦労はしないだろう」とのことであり、このあたりの意見は正直いってとても助かる。
制御の難易度など……大抵の機体をほんの一瞬で制御下に置いてしまう私達にとっては、到底説明しようのない感覚だからな。
難易度を訊かれても「なんか、ふつうにやったらできましたけど?」としか答えられないわけなのだが……そんなの、もう、だめだ。まるでチート主人公の振舞いじゃないか。意見を求めるだけ時間の無駄だ。
≪……すばらしい。通常歩行は問題なさそうデスね。……【ウォッチャー】より【シルキー】各機へ、テストを次のフェーズへと移行しマス。……ファオ様≫
「はいはいっ。……え、と、こちら……特空課の、【ウルラ】から借りてきました、長射程狙撃銃、ですっ。……いっこだけ、なので、順番……ねっ?」
≪了解! じゃあ私から!≫
≪ちょ、待っ!? エルマ
≪抜け駆けずるいよぉ……≫
≪ねぇー代わってってばぁー≫
「じ、順番、なので、おちついて……ねっ?」
≪≪≪はいっ!!!≫≫≫
≪ねぇー交代ー≫
歩行機構は【マムートス】のものをそのまま用いているが、しかしそこに砲塔ではなく『
輸送部隊仕様では、背部ユニットに長距離通信用の魔器を積む予定だが……それに加えて、周辺環境情報を読み取る頭部感覚器と、多種多様な機甲鎧用装備を取り回せるマニピュレーターも、当然ながら備えているわけで。
確かにその役割上、積極的に扱う機会など少ないだろうが、しかし実際に『扱える』ようにできているのなら、『扱う』ときのために備えておいて損はないだろう。
六本脚を踏みしめ両手で長銃を構える【シルキー1】は、かくして【ウルラ】譲りの視覚感度を遺憾なく発揮し……えっと、関係者の予想の上をゆく長距離狙撃スコアを叩き出し。
輸送用機材にあるまじき汎用性の高さを、監督者達に見せつけることとなった。
……六本脚の射撃安定性、侮りがたし。
≪うーむ……搭乗者の技量もさることながら、そもそも機体の性能が素晴らしいデスね。【ウルラ】と言いましたか……この性能で数が揃っているというのだから、驚きデス≫
「マノシアさん、思ってた以上、に……連邦国、機甲鎧、性能高かった……です、か?」
≪肯定しマス。……この子の
「ま、まあ…………その子、十年くらい前の、です、から……ねっ?」
≪ぐぬぬ……≫
六本脚と二本腕を器用に操り、順繰りで狙撃銃を回しながら射撃訓練に臨む【シルキー】部隊の3機を、私達は少し離れた丘の上から見下ろしている。
本テストの視察を希望された軍部のお偉方をキャビンに詰め込んだ【エルト・カルディア】に、その近くに控える【セプト・カルディア】と、ちょっと離れて各種データを可能な限り回収している私達【グリフュス】……は、良いとして。
この後おそらくほぼ間違いなく問題になるであろう、控えめに言って『やっちまったなあ』事案の原因とは……連邦国の首都郊外に突如として現れた、純帝国製機甲鎧。
本テストの総指揮を務める【ウォッチャー】ことマノシアさん……彼女が自らの魔法にて自身の工房から呼び寄せた、あの【グラウコス】である。
確かに、機甲鎧もとい輸送機材の運用試験の観察を行うにあたって、人並み外れた感覚器を備える機甲鎧は便利だろう。
それを自前で所持しているというのなら、それを用いるのを止めることなど出来はしないだろう。
しかしながら、まことに遺憾なことに【グラウコス】は、当たり前かつ今更だけど帝国軍製であるわけで、その外観もカラーリングもまるっとそのまま帝国印の黒色装甲であるわけで。
そんな『我こそは帝国軍所属機』丸出しの機甲鎧が、突如
乗っているのは協力者であるマノシアさんであり、アレは彼女の個人所有物なので帝国軍とは何の関係も無いのだと、私の拙いお喋りで必死に訴えてみたのだが……正直半信半疑であったようだ。
まぁさもあらん、なにせ『何も無いところに機甲鎧が出現する』という一点だけでも、彼らにとっては信じ難い光景だっただろう。恐らくはマノシアさんの得意魔法なのだろうが……この国の人にとっては、まだちょっとばかし刺激的すぎたようだ。
最終的には「何かあったら私達が取り押さえますから」ということで納得してもらい、事なきを得た(?)のだが……いや、正直『それで納得なんだ!?』って気持ちが強かったよ。
――――わたしたちのがんばりが、それだけ認められてるってことじゃない? 安心感っていうか、信用っていうか?
(信頼度、みたいな? ……だといいね)
――――ファオのがんばりが報われてるんだよ。よかったね。
(…………えへへっ。……ありがと、テア)
監督にあたって
今後は輸送部隊仕様の機体を手掛けるとともに、シャウヤ仕様の3機を『キャストラム』へと輸送する段取りを整え、納品を行う。
またその後は、追って完成した輸送部隊仕様機を用いての交易に向けて、摺り合わせを行っていく感じになる……らしい。
……いやはや、行動予定を纏めてくれるひとが別にいると、めっちゃ楽できて良いね。専門家の助言とても助かる。
ともあれ、自慢の品は出来上がったのだ。あとは納品を待つばかりである。フィーデスさんやトゥリオさんと再会できる日が、今からとても楽しみだ。
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