第73話 衝動的で通り魔的な犯行




 けっきょく昨晩はお食事の後、私とテアが最初に通された『応接室』のある壁面区画の建物へと戻り、そこに用意された『客間』に宿泊させてもらうことになった。

 やはりというか……あの外壁にめり込むようにして築かれた高層建築は、外からのお客人を迎え入れるための施設であるらしい。商談を行うお部屋の他にも、遠路はるばるやってきた取引相手用に、滞在施設なんかが整えられているとのこと。


 正確なニュアンスは違うかもしれないが……出島というか、大使館というか、入国管理局というか、なんかそういう感じのアレなのかもしれない。うーん自分でも言っててよくわかんなくなってきたぞ。



 そんなわけで、私達はぜいたくにもひとり一部屋ずつ、全部で三部屋ご用意して頂いた客間にて『おやすみ』の構えだ。……というかまあ、シングルルームしか無かったらしい。

 どうやらイロウア……もといイードクアの交易担当が訪れた際に用いられるお部屋らしく、人間ヒュモル種族が使わせて頂く上で、不便なところは何もなかった。

 ドアには鍵がかけられるし、お部屋のすぐ近くにはお手洗いもあったし、お部屋の中には蛇口付きの水瓶のような、手洗いシンクのようなものもある。しかも中のお水は『ひえひえ』で、とてもおいしかった。

 ……まさかとは思うが、これ保冷機能付きなのだろうか。めっちゃほしいが。



 ともあれシスもアウラも、やはり長旅の疲れが出ていたのか、それともおいしいごはんでおなかいっぱいになったからなのか、どうやらすんなりと眠りに入ったらしく。


 そして私はというと…………決して少なくない時間、相棒テアともども検討に検討を重ね、さまざまな要素を鑑みて存分に葛藤していたわけなのだが、やはり『国の名を背負った交渉人が訪問先でオンゥンするのはマズいだろう』という結論に至り、大人しくお休みすることにした。



――――万が一にも撒き散らしちゃったら大変だもんね、おしっ――


(漏らさないですし? わかっていますし? 私はちゃんとえっちな気持ちもがまんできますし?)


――――お部屋の中にシャワーあったら、かんぺきだったんだけどね。ファオ待望のおな――


(いまの私は全権大使ですし? えっちなことなんてしませんし? 優秀なのでオシゴトちゃんと頑張りますし?)


――――こどもかな?


(こどもじゃないですし?)


――――はいはい。はやく寝なさい。


(こどもじゃないですし???)






 そうして、何事もなく……本っ当に何事もなく迎えた、大森林地下集落の朝。

 根菜類たっぷりのおいしい朝ごはんと、冷たくてひえひえの果実水を頂いた私達は……お迎えのフィーデスさんたちに連れられて、マノシアさんを伴い『滞在施設』を後にする。



 螺旋階段を上って地上へと出て、駐機場に鎮座していた特徴的な3機を見上げ、改めて自己主張の激しい小隊だなぁと苦笑を浮かべつつ。

 彼女が日頃触れてきた【グラウコス】とは似ても似つかぬ、異形の3機に呆然とした様子のマノシアさんの様子に……失礼かもしれないが、ほっこりと和ませてもらったりしちゃって。


 見送りに来てくれたフィーデスさんらと暫しの別れを惜しみながら、私達3人はそれぞれ半身愛機の操縦席へと収まり、マノシアさんを【エルト・カルディア】の下半身キャビンへと収容する。

 フィーデスさんやトゥリオさんをはじめ、多くのシャウヤの方々が大絶賛した【エルト】のキャビンスペース。マノシアさんも期待を裏切らず、どうやらばっちり感嘆の声を溢してくれているようだ。



――――ぬすみぎきは悪趣味なのでブブーです。はい通信切断っと。


(ああ! そんな! ひかえめ竜人美少女エンジニアちゃんの吐息が!)


――――うわ変態だ、にげなきゃ。


(ぎゃおー! にがさないぞー!)


――――もしもし憲兵隊ぽりすめん


(ぎゃわーーー!)



 脳内会話でそんな茶番を繰り広げながら、しかし身体のほうは粛々と発進シークエンスを片付けていく。

 機体のほうも問題なし、周辺や上空に危険反応も無し。やや雲は多いけど、視界や探知を妨げるようなものじゃない。


 土笛のような独特な駆動音が大森林に響き、3つの異形の巨体が『ふわり』と浮かび上がる。そのまま高度はぐんぐんと、枝葉の上を目指して昇っていく。

 お見送りに来てくれたフィーデスさんも、どんどん小さくなっていってしまう。……ちょっとだけ寂しいので、また早く会いたいな。帰ったら量産試作型のほうも頑張らないと。



 ともあれ、まずは無事に帰らないことには始まらない。周辺【魔物モンステロ】の活動状況は……今は『ほぼ居ない』ということ以外よくわからないが、木々の上に出ればある程度は知ることができるだろう。


 お客様も居ることだし、自ら進んで危険地帯に突っ込むようなことはしないが……【セプト】の試験運転の一環として、軽く一戦交えたい気持ちも無くはない。

 せっかく武装が許されたことだし……試し撃ちというか試運転というか、現在の彼女らがどれくらいやれるのか、気にならないといえば嘘になる。



「んー…………周辺警戒、密に。進行方向に手頃な【魔物モンステロ】の小隊あったら教えて」


――――あったよ。


「うん、お願い…………なんて?」


――――あったよ。進路基準で070方向、たぶん【響騒種クラッカー】と【蜻蜒種セントリー】が、あわせて8体くらい。……どうする?


「…………ふたりと回線開いて。相談したい」


――――やいさほー。




 はっきり言って、無視するなり少しだけ迂回するなりで振り切れる奴らなのだが……少し『寄り道』したところで我々の速力ならば問題なく挽回できるし、そして合法的に戦闘試験が行える場でもある。

 諸々ふまえて二人に――特に【セプト】を駆るシスに――相談を持ち掛けたところ、意外なほど前のめりに対【魔物モンステロ】戦闘試験を申し出てくれた。


 私としても、この子たちがどれくらい戦えるのかを知ることが出来るし……なにより、ふたりが『ご主人さまに良いところを見せたい』との心意気で挑んでくれていること、私を喜ばせようとしてくれていることが、とってもうれしい。



「あっ、あのっ……マノシアさん。……進行方向、【魔物モンステロ】……あー、えーっと……『インサクタ』、います、ので……シスが、えっと、迎撃……向かい、ますっ」


≪シス、というと……そちらの、重厚なほう……デスか?≫


「はいっ。マノシアさん、乗ってる、じゃなくて……そっちの、ゴリ…………じゃなかった、力持ち、そうな……連邦国、の、試験機、ですっ。マノシアさんは、安全圏です、のでっ」


≪わかりましタ。……見せてもらいまショウ、連邦国の機甲鎧エメトの性能とやらを≫



「ぶふーーーっ!」


――――あっっぶな! ……え、なに? な予感したから通信とっさに切ったけど……なに?


「いや、なんでゲフンッ、なんでブフォない。何でもないよ。……若さゆえあやまちってやつ?」


――――??? ……よくわかんないけど、あとでばつげーむね。


「…………認めたくないものだな!」




 小隊長であり指揮官である私のゴーサインを得て、重量級試験機【セプト・カルディア】は一気に加速する。

 浮遊グラビティ機関ドライブによってある程度軽減されているとはいえ、その機体重量はかなりのものだ。微細で機敏な動作はやや苦手だが、最高速度は相棒の【エルト】にも引けを取らない。


 ……まあ、さすがに空戦特化の私達【V‐4Tr】には及ばないが。

 追いすがるあの子の機体をぶっちぎり、返り討ちにした日が懐かしい。あれから色んなことがあったし、これからも色んなことを一緒に経験していくのだ。



――――ちゃんと見ててあげて。


(はいすみません)



 機体正面に防壁を展開したまま、ほぼほぼ最高速度で敵編隊へと突っ込み、その速度に機体質量を乗せて思いっきりブチ当たる。

 想定外の速度だったのだろうか、はたまた展開された防壁の範囲を見誤ったのだろうか。逃げ遅れた【響騒種クラッカー】が3匹纏めて、一息でバラバラに吹き飛ばされる。


 原型機に及ばないとはいえ、そもそも機甲鎧の展開する防壁シールドとは銃砲撃を防ぐためのものであり、それなり以上に堅牢である。

 なんなら一度破壊された【セプト】の動力機関は、連邦国軍規格ながらも高出力のものをバッチリ搭載済だ。がんばる私達へのご褒美にと、各方面のおじさま達が手を回してくれたらしい。

 よって【セプト】の防壁強度は相応に高く、たかだか【魔物モンステロ】の三体や四体をき飛ばしたところで、機体そのものは全くの無傷である。


 自らを特大の砲弾と化して敵編隊に大穴を開け、慌てふためく【魔物モンステロ】へと巨大な腕を振り回し、その剛腕でぶん殴る。

 重作業や拠点の設営に始まり、ときには最前線で文字通りの『盾』となり、歩兵に随伴し彼らを守る多用途重機甲鎧【エリアカ】……その主動作腕ともなれば、並外れた馬力と堅牢性を併せ持つ。


 機敏な戦闘機動が苦手な機体を巧みに操り、シスは手近な【蜻蜒種セントリー】から打ち据え、弾き飛ばし、握り潰す。



 相手が【飛槍種ジャベリン】であったのなら、腕を用いた直接打撃は回避されていたことだろう。

 また相手が【重甲種タンク】や【要塞種ジェネレーター】であったのなら、ここまで容易く粉砕できなかったことだろう。


 もちろん、敵との相性が良かったというのもある。今後は仕掛ける相手や、タイミングをある程度選ぶ必要はあるのだろう。

 しかしながら……この機体の制御を担うシスが、元より近距離戦闘に積極的だったことと相まって、充分以上の性能を発揮することが出来ている。



 最後の一体、とても敵わぬと見るやきびすを返し、健気にも情報を持ち帰ろうと試みた【蜻蜒種セントリー】へ向けて、背部中央に据え付けられた速射砲が砲火を放つ。


 前世における『戦車砲』とは異なり、この速射砲も魔法の恩恵によって、大部分がオートメーション化されているらしい。

 弾頭の選択から装填から発砲から排莢までスムーズにこなされ、その連射レートも――さすがに毎秒とはいかないまでも――なかなかに高いようだ。

 誤差修正を行いながら撃ち続けること、四発目。砲撃と同時に【蜻蜒種セントリー】が粉々に弾け飛び……最後の一体の撃破に成功。



≪……ご主人、さまっ。……任務完了、です≫


「うん。うんっ。よくできまし、たっ! ……かえったら、なでなでする、ね?」


≪……! ……はいっ≫


「……あと……砲撃、の、練習。……いっしょにしよう、ね?」


≪………………はいっ!≫



――――シスの、初めて撃つ砲でしょ? けっこうすごい才能だと思うけどなぁ?


(まー……実弾砲は『落ちる』し、遠距離は当てるの難しいからね。練習あるのみだよ。実際私も苦手だから、いっつも『バラ撒く』やつばっかだし)


――――数うちゃ当たるってやつ? 弾薬もタダじゃないんだよ?


(すみません精進します)



 ……そうだな。もちろん私も、ちゃんと訓練しなければならないだろう。

 なにせ私達は――というかシスとアウラは――今後は特務開発課の一員として、堂々と機甲鎧の搭乗ならびに訓練を行うことができるわけで。


 そうとも。これからは可愛いふたりと、一緒に訓練することができるのだ。



 レーザーソードはマノシアさんが手助けしてくれるし、シスやアウラと一緒に訓練できるのも嬉しい。

 私達の『これから』は、とても嬉しくて楽しいことに満ち溢れているのだ。






――――――――――――――――――――





「…………サテ、アッチはマノシアに任せるネ。……コッチの様子は……奴ラの反応はどうネ? トゥリオ?」


「ひと通りは『尋問』終えたヨ。怪しいと睨んだ3人トモ……マァ少なくとも本人は『シロ』を主張してるネ」


「信憑性は如何ほどネ? アは長らく会てナイネ、機微も何も判らナイヨ」


「奴ら長いこと『キャストラム』戻てナイネ、アも同じヨ。……だから、仕方ナイ。直接会って、詳しくハナシ聞いてくるヨ」


「…………苦労を掛けるネ」


「何の。急ぐの『森抜け』は、アが適任ヨ。ココは任せるネ。……マァ、帰りは面倒ヨ。『リョサンガラ』来たら迎え来てホシイネ」


「…………わかタヨ。せいぜい励むネ、【黎明郷シュアリア副兵団長オプティオス】」


「吉報を楽しみにしてるヨ、【黎明郷シュアリア交渉人ネゴシエイター】」



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