第67話 声掛け事案は基本的にギルティ




(…………気のせい……だと思う?)


――――んーん。めっちゃ見られてるよ。


(んはー!)


――――しかたないよ。ファオはかわいいから。


(そりゃどうも。テアのおかげだよ)


――――んへへー。




 がたんごとんとレールの繋ぎ目を踏むごとに、車輌は音を響かせる。お尻を通して一定周期で身体を揺さぶる振動は、しかしながら微々たるものだ。不快に感じる程ではない。

 私の左手の繋ぎ目も……腕を剥き出しにして見てみても、あんなに目立ちにくいものだった。こうして軍服の袖に覆われていれば、ただの手にしか見えないだろう。……まわりの人に不快感を与えるほどじゃない、と思う。


 ……それにしても、内部構造は傀儡兵ゴーレム由来の疑似骨格だろうけど、表面を覆うのは『ぷにぷに』と不思議な感触の人工表皮だ。

 近い感触のものとしてはシリコンなのだが、この世界にそんなものがあるのかどうか。この『ぷにぷに』は何モノなのか、そしていったいどういう手法で作られているのか……謎が深い。




――――それで、ファオ。どんなのを買うか決めた?


(うーーん…………いやほら、私ってばファッションセンス怪しいじゃん? とりあえずまぁ、下着は買おうとは思うけど、それ以外は……わかんない)


――――うぅーーん……いわれてみれば、たしかに? ……ごめんね、ちょっと調子に乗っちゃったかも。


(気にしないで。どのみち買わなきゃいけなかったし……まあ最悪、店員さんに相談すれば……)


――――そうだね。じゃあお店についた、ら…………お店に……?


(…………あっ)


――――………………。


(……………………)


――――ねえ、ファオ? おちついて聞いて? もちろんわたしにも原因があるのは知ってるよ? ……それでも、じっさいに身体を動かして、トラムに乗って、どこかに向かってるのはファオだよね?


(………………うん。わかんない)


――――それで、目的地のお店ちょェお!? まっ、待って! わかんないってゆった!? 今わかんないってゆった!!


(うん。ノリでトラム乗った)


――――うもょやんぽ!!



 まあまあまあ、良いじゃないか。今日の私達は『代休』という免罪符を手に入れているし、それにそこまで時間に追われているわけでもないのだ。

 こうして、車窓から流れる街並みを眺めながら……なんとなくお店が多そうなエリアで降りて、あとは足で探せばいい。


 そもそもの話、この首都をゆっくり散策すること自体、これまではあまり経験することが出来なかったのだ。

 スマホも地図アプリも無いこの世界、そもそも効率的に目的地を探すのは困難なのだ。行き当たりばったりでのんびりお散歩するのも、悪くないのではなかろうか。




――――日が暮れたらおしまいだからね。あとお店閉まっちゃうの可能性あるし、わたしは急ぐほうがいいと思うよ。門限やぶったらジーナちゃん心配するし、お尻ぱんぱんだよ。


(い、イエス! マム!)



 ……訂正。最低限、目的である『衣料品の調達』を達成するまでは、焦ったほうが良さそうだ。


 飾りっ気の全く無い――なんならシスやアウラのものと混ざってしまいそうな――白一色のものではなくて、派手派手し過ぎない程度に飾り気のある下着。

 あと……おうちでオフのときとか、あるいは今日のような『休日お出かけ』の際に着ていけるような、軍服ではない普段着とか……あと部屋着とか。



 ファオからの「女の子らしい格好しなさい」との助言に基づき、私達は今日その目的を果たすための資材を調達しようとしているわけなのだが。

 やはりこの身体はとても人目を惹くようで……周囲から注がれる、好感を含んだ視線が心地よい。


 ただでさえ可愛いテアの身体に、しっかりばっちり左手が備わった今の私は、ぱっと見た限りでは『欠損』要素はわからないだろう。

 つまり……純粋に『美少女』なのだ。



 そして、まあ……このヨツヤーエ連邦国において、軍服を纏った美少女ともなれば、その人気にんきの高さとはのものらしいのだ。



 ……まあ、ごらんのように。




「おねーちゃん、どこいくの?」


「きれー……かみの毛さわっていい?」


「まっしろー! まっしろー!」




 ……ほれ、ざっとこんなもんよ。


 私が(その場のノリで)飛び乗った車輌に同乗していた、まだおさなげな3人きょうだい。

 女の子、男の子、そして男の子。いちばん上のお姉ちゃんでも……たぶん、小学校入る前くらいだろう。まぁ例によって『小学校』に該当するものがあるのかは置いといて。


 色んな意味で社会的弱者で爪弾き者だった前世とは異なり……今世での私は先に述べたように、色んな意味で愛され属性に満たされている。……どうやら自惚れとか、自意識過剰とかではなく、割とガチでであるらしい。

 人気の職種である軍人さん(※見習い)、エリート学校の所属、そして小柄で可愛らしい美少女、しかも敏感。うーん、完璧か?




「ご……ごめんなさいッ! ももも、っ、申し訳ありません! ホラ静かに……いい子にしなさいっ!」


「あっ、えっと、えっと、大丈夫、ですっ! ……あっ、あのっ、聞きたい、こと……いい、ですか?」


「は、はいっ! 私にお答え出来ることなら……ちょ、ほーら、この子は! 大人しくするの! 軍人さん困っちゃうでしょ! 触らないの!」


「あっ……あの、だいじょぶ、大丈夫、です。……ふふ、元気いっぱい、です、ねっ」


「…………すみません……いつもはもう少し落ち着きある子らなんですけど……すみません……」



――――ファオのかわいさにやられちゃったかな? 将来有望だね。


(……つまり年下の男の子を今のうちから私にぞっこんにさせておけば将来的に――)


――――小さい子を狙ってそういうのはヒトとしてどうかとおもうよ。


(ほんの冗談です…………)




 トラム車内で遭遇した一般市民の男の子……私に見惚れちゃってるらしいこの子を光源氏ひかるげんじするなど、それはさすがに口にさえ出せない冗談だったとして。

 ともかく、その子らのお母様……私達とは異なりこのシュトで長いこと生活を送っているのであろう、現地のかたのお知恵を拝借することで、とても有力な情報を得ることが出来た。

 クチコミサイトの存在しないこの時代、やはり信じられるのは実際にその店舗を普段遣いしているひとの意見であり、実際に婦人衣料を購入しているひとの声である。



 とはいえ私の体躯は、眼前で申し訳なさそうにしているお母様とはけっこう異なるだろうし……むしろ私の身体のサイズで、良さげなデザインの衣類があるのかさえ定かじゃない。

 ……いやいや、嫌だぞ私は。キッチリカッチリした雰囲気の軍関係の敷地内で、非番の日とはいえ『子ども服』着てるのを知人に見られるとか。


 せめて、せめてこの身体が、前世でいうところの高校生くらいの身体つきであれば。

 輜重課のエルマお姉さま程のボリュームとまではいかずとも、せめてジーナちゃんと同じくらいの存在感があれば。




――――ふぅぅぅーん? やっぱりファオはおっきなおっぱいがいいんだ? そうだよね、その身体はおっぱい小っちゃいもんね? もの足りないよね? ふぅぅーーん?


(いえあのそのこれはそういう意味では無くてですね、わたくしどもにはオトナっぽい服装が必要なわけでして、そういう観点から背丈のほうが少々心もとないと申しますか――)


――――わたしの身体が好きって言ってくれたじゃん! あの言葉はうそだったの!?


(そんなことない、大好きだよ。テアがくれたこの身体も、あともちろんテアのことも)


――――えっ? あっ、ひゅっ、しょえわ、ぴゅ、……もう! すき!


(えへへー)



 まーったく、このかわいい相棒ときたら……基本的に賢くて電脳の回転が早くて、いつも私のことをフォローしてくれる『いい子』なんだけど……たまにこうして、子どもっぽいところを見せてくれる。

 まあそれも、私のことを信じて、気を許してくれているということの表れなのだろう。ふふふ、かわいいやつめ。



――――もー、もぉー、ファオってばダイタンなんだからーもー!


(な、なによお……もー、こんなこと言うのはテアだけだってばぁ)


――――んふふ……えへへっ。わたしの相棒はかわいいなあ。


(そうだね。まったく同意見だよ)



 そんな『かわいい』相棒からの……俯瞰してみれば『私のことを心配して』くれているからこその、今回の提案である。


 左手が備わり完璧に近づいた私達が、更に美少女として完璧に近付くために。より多くのひとに好かれ、関心を持ってもらい、そして多くのひとにお返しができるように。

 もっと言うと……私が人々の中にあっても違和感がないように。人々の中に居られるように。



 さて……小さいながらも愛らしいこの身体を、せいいっぱい着飾ってみようじゃないか。


 なおコーディネートにおいては……第三者そのテのプロの力をふんだんに借りるものとする。


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