第63話 本日はお越し頂きありがとうございます




「えっと、えーっと…………では、まず……弊社の志望動機、を……どうぞ?」


「ヘイシャ?」「動機、って……?」


「あっ、えっと、うそ。冗談、です。……えっと……ここ、一般学徒、は…………入ってこない、の、場所。……ふたり、どうしたの? です、か?」


「まぁ、その…………」「あー……その、ね?」


「………………あの……お茶、おねがい、します」


「はっ。ただ今」




 新進気鋭の我が社を、突如飛び込みで訪ねてきてくれたのは……私と同じクラスの元首席のイーダミフくんと、特空課のエーヤ先輩。……ていうか、いつの間にそんな仲良くなったんだろう。

 いや、べつに男の子どうしで親睦を深めることは、何も問題は無い。私が今こうして事情聴取しているのは、どうして私達の秘密基地……もとい、特務開発課に突撃してきたのだろうという、そっちのことだ。



 ことの顛末を聞けば……巡回警備してくれている守衛兵士さんが、この建屋の周りを探っているらしい男子学生ふたりを発見。

 声を掛けてみたところ、どうやら士官学校の学生らしく、しかも「フィアテーア特課少尉の同輩」を名乗ったことから、こうして連れてきてくれたのだという。


 まあ、私も基地とか言っているけど、そうは言っても所詮はシュト基地内のいち区画である。そんなに声高に『関係者以外立入禁止』を主張するような場でもないし、我々も(今はまだ)そんな国家機密レベルの研究を行っているわけじゃない。

 部外者の一般市民とかならまだしも……学徒とはいえ軍属である彼らの身元が確認できたのなら、特に咎めることもないだろう。



 ……が、それはそれとして、単純に気になるのだ。どちらかというと『優等生』に類するふたりが、どうしてこんなところを探索しているのか。

 普段の彼らの行動エリアとは異なるだろうし……他の目的地を目指していたけど迷い込んだ、というわけでも無さそうである。


 であれば、最初からこの『特務開発課』がお目当てなのだろうが……彼らはいったい何を求めて、ここに来たのだろう。




「…………っ、その……機甲鎧……」


「ん、ぅ?」


「…………格納庫にあった……肩と、尻、っ…………いや、腰後ろが大きな、機甲鎧、だが……」


「えっと、【グリフュス】の、こと?」


「あぁ。…………っ、いえ……えっと、はい。……その【グリフュス】とやらは……おま、っ…………フィアテーア特課少尉殿、の……機甲鎧、なの、です……か?」


「んー? …………うん。そう、です、よ?」


「……っ!」「そう言ってんだけどな……」


「…………あの、へんな敬語、つかわないで……いい、よ? ことば、きもちわる……変、だし」


「ぐふ、ッ」「おぉ……辛辣」 



――――ファオもことば変だけどね? きもちわる。


(ぐはーーっ!!)



 そういえば……イーダミフくんにも、また一般学生の方々にも、あらたまって【グリフュス】を見せたことは無かったか。

 エーヤ先輩には、辺境基地に機体を取りに行くときにお世話になったし、帝国の襲撃を撃退したときにも一緒だったけれど……シュト基地に辿り着いてから、大森林遠征以前はずーっと大人しくしてたからな。

 特空課のひと以外に【グリフュス】をお披露目したことは、確かに無かったかもしれない。


 この機体はあくまでも『謎多き新型試験機』であり、私はあくまでも『新型試験機のテストパイロット』であり、当たり前だが正式配備されたわけじゃない。配備記録や資料なんかにも、まだ記載されていないのだろう。

 それでいて、こうして我が物顔でシュト基地に出入りしているのだから……そりゃ「何なんだあの機体!?」「ヤベェデケェのが来た!」などと不審がられるのも、まぁ当然ということか。

 上層部の方々は、私達が亡命した経緯と【グリフュス】の正体を知っているけど、一般学徒の多くは知らないのだ。特に深く考えずに、単純に知的好奇心を満たそうとして【グリフュス】の格納庫を探ってみようと考えるのも……まぁ、ある意味では健全なのかもしれない。



「…………えっと、エーヤせんぱい、知ってた、よね?」


「あァよ。ちゃーんと「ファオちゃんの愛機だぜ」って教えだったんだけどな、コイツってば「そんなわけがあるか」だとか――」


「やめろ! それ以上言うな!」


「いやぁ……ちゃんと通達出てたハズなんだけどな? そら【グリフュス】の仔細は伏せってたけど、『実験機の搭乗者にフィアテーア特課少尉が抜擢された』って……なぁ?」


「ふ、ぐゥゥ…………」


「…………えっと、えーっと……つまり、【グリフュス】見に来た、の?」


「正確には「【グリフュス】の搭乗者がファオちゃんだと確かめに来た」らしいぜ? イーダ君は」


「………………えっと……ひまなの?」


「う、うるさいッ!」


「ヒマ、ってぇか……むしろ逆にメチャクチャ積極的なんだよなぁ、コイツ」


「おぉー……んふふ、イーダくん、【グリフュス】興味ある、の? んふふ、えへへっ」


「い、いや……私は、機甲鎧ではなく……その……」



――――ほうほう、ふむふむ、へーぇ? ……ねえねえファオ、その『びーむさーめる』つくりたいんでしょ? これからいろいろ試すんでしょ?


(さーべる、ね。……うん、作りたい。だから……そうだね、いろいろ実験とか、試験しないとだよ)


――――うん。だよね。…………えへへー。


(な、なあに……? なによお……)



 とにかく、要するに彼らは機甲鎧に興味がある一般学徒であり、大森林方面から飛来した【グリフュス】の姿を目撃し、私達が入っていった格納庫を調べようと、こうして放課後に独自調査を行っていたのだろう。

 カッコイイ【グリフュス】のことが気になるのは当たり前だし、むしろいい趣味をしていると思う。一方で、その搭乗者がファオだということは気に入らないのかもしれないが……こればっかりは譲るわけにはいかない。

 とはいえ、わざわざ興味があって見に来てくれたのなら、何も見せずに追い返すのもかわいそうだ。同じ機体に惚れた同志であることだし。



「えっと、えっと…………あの、よかったら、もっと、見てく?」


「…………何?」「おぉー?」


「せっかく、興味もって来て、くれた、から…………ここのこと、あと……機甲鎧、【グリフュス】、紹介……案内する、よ?」


「いや、その…………私は別に――」


「マジで!! やーめっちゃ嬉しいわー! そうそうメッチャ興味ある! メッチャ興味あるんだわオレら! ホラホラ、機甲鎧(とか)メッチャ興味あるからさ! 見たい見たい超見たい! ホラ、イーダ君も見たいって! なっ! なっ!」


「はぁ!? いや、何言って――」



 なんだ、やっぱりか。やっぱり彼らはカッコイイ機甲鎧が好きな同志だったようだ。うんうん、わかるよ、カッコイイ巨大ロボはロマンだからな。


 よし、そうと決まれば話は早い。私はこの特務開発課の責任者として、お客様を案内すべく立ち上がる。

 妙ににこやかに見守ってくれていた警備兵士に「対応ありがとう」を告げ、これまた妙にいい笑顔の雑務担当兵士に「お茶ありがとう」を告げ、エーヤ先輩とイーダくんを手招きしつつ会議スペースを出て、格納庫へと歩を進める。



「……オイ、何を適当なことを……私は別に興味など――」


「ココ来てる時点で『興味無い』は通じねーのよ! 良いじゃねーか、あの子のコト色々と知るチャンスだろ?」


「そ、ッ!? ソンナコトは!! …………私は別に、べつに知りたくは――」


「まあまあまあまあ。じゃあそれで良いからよ、ちっとオレに付き合ってくれ。なっ? なっ? 頼むよ、悪いようにァしねェって!」


「…………まぁ、貴殿がそこまで言うなら……」



 ふたりが何やら小声でコショコショとお話しているようだが……強化人間である私の聴覚は、そんな内緒話もバッチリだ。どうやら【グリフュス】のことを詳しく知りたいエーヤ先輩に、イーダくんが不承不承ながら付き合ってあげようとしているらしい。

 あんなに気難しかったイーダくんが、こうして他人のワガママに合わせてくれてるだなんて……なるほど、彼も成長しているのだな。えらいぞ。



 しかし、ほんとちょうどいいところに見学に来てくれた。これから我が社は新製品を完成させ、それをもって新たな取引先と良い関係を築こうとしているところであって、つまり見どころ……というか、見てほしいところがたくさんなのだ。

 彼らの主な目的である【グリフュス】はもちろんのこと、アウラの【エルト・カルディア】も見てほしいし……シスの機体はまだだけど、お手伝いをがんばってるところを見てあげてほしい。


 動きづらいはずの私の表情筋が、嬉しそうに表情をつくるのを自覚しながら、私は私の頭脳をフル回転させて『理想的な見学コース』を思い描いていった。





――――――――――――――――――――




――――ねえファオ、さっきのつづき。わたしにいい考えがあるんだけど……。


(ほんとに『いい考え』なんでしょうね? 変な考えだったら落書きするからね)


――――それ、まわりのひとからファオがどう見られるか、わかってる? ファオがじぶんから好きで落書きしてる、ってしか見えないよ? こどもだよ?


(ぐ、ぬ…………ずるい! テアずるい!)


――――いや、ずるくないから。……いいから、きいて? これからファオ、びーむさーめるの実験、いっぱいしなきゃならないでしょ? ……だからね――



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