第62話 わくわく量産計画とどきどきお客さま




 幸い、というかなんというか……われらが特務開発課のスタッフの皆さんは、『強権を振りかざし皆を修羅場デスマーチに叩き込んだ社長』に鬱憤をぶつけるようなことはしなかった。

 それどころか皆、どっちかっていうと「ありがとう!」だとか「よくやった!」だとか嬉しそうな表情で、私のことをいっぱい撫でてくれた。


 …………とても、うれしかった。




「ハンダーン大佐から『贈り物』も頂けましたし、量産1号機は直ぐにでも取り掛かれます。……さすがに2日3日じゃ無理ですが、試作機で得られたデータは非常に有用です。そうお待たせすることなくご用意出来るでしょう」


「内装職人のほうも、既に部品製造に取り掛かっています。第一報を頂いた時点で【マムートス】は取り寄せてありましたので、現在は家具工房に預け、既に艤装作業中です」


「お……おぉー! すごい、えらい。ありがと、ござぃ、ますっ! …………んっ」


「……?」「どうなされました?」


「んー…………すこし、しゃがんで」


「は……はぁ」「えっと……?」


「えらい、えらい。よし、よし、いいこ」


「「…………(ほっこり)」」



 私がしてもらって嬉しかったことを、私が嬉しいときにも同様に振る舞っていく。こうして『うれしい』ループができれば、きっといい雰囲気になるに違いないのだ。

 新進気鋭の特務開発課、その長である私は、きちんと働きに報いるホワイトな上司であることを心掛けている。部下のがんばりはきちんと労ってあげる、私にはそういう義務があるのだ。たぶん。



 技術主任と設計班長からの状況報告を聞く限り、どうやらスタートダッシュは好調のようである。懸念であった予算と資材の不足が、意外なほどすんなりと解消されたためだ。

 われわれのパトロンとして後援を表明してくれたハンダーン大佐は、どうやら【ウルラ】の手配にも手を回してくれていたらしい。おかげで『材料』のほうは、ほぼ揃ったと言えるだろう。


 いや、しかし……届けられた【ウルラ】だが、どうやら脚部フレームに大規模補修の形跡が見られるとのことで、つまりは『キズモノ』であるようだ。

 積極的稼働状態には無かったからこそ、ここまで迅速にお届けして貰えたわけで……そんな状況の機体がどこにあるのかを、しっかりと把握できる体制が整えられている、と。

 ハンダーン大佐、やはりかなり有能なおじさまであるらしい。



 実際のところ、脚部に修理歴のある機体とはいえ、私達にとっては何の問題にもなりはしない。

 長いこと『命を預けるのには不安が残る』と忌避されていたらしいが、ここに来たからには大丈夫。腰から上は深刻なダメージは無さそうとのことなので、思いきって生まれ変わってもらうこととしよう。




「【8Skエルシュルキ】とは異なり、【ウルラ】の主機ならびに浮遊グラビティ機関ドライブは、機体の腰後ろに配置されています。……主機はともかく、浮遊グラビティ機関ドライブは【マムートス】部分に移設する必要がありますので、キャビンは【エルト・カルディア】より若干ですが狭まります」


「はいっ。……えっと、助手席……なくなる、と、聞きました。……フィーデスさん、たち……なにか、言ってました、か?」


「ええ、共有済です。……そもそも【エルト・カルディア】下半身の『助手席』自体、撤去の時間が無くてそのまま残してしまっていたものですし……機能としては、単なる『座席』に過ぎませんから。諸々ご説明した上で『問題ない』との回答を頂きました」


「…………んっ。……もともと【ウルラ】は、二人乗り、だから……なにも、問題ない、です、ねっ」


「そうですね。収容人数的にも変化はありませんし、むしろオペレーション効率は上がっていますね」


「すごい、えらい。…………いいこ、いいこ」


「…………(ほっこり)」



 せっかくなのでと、私は格納庫内の会議スペースに居座り、今後進められていく作業工程を少しばかり教えていただく。どうやって改造され、どんな特徴があり、どんな機能があるのか。それを知っていれば、シャウヤの方々になにか聞かれても答えやすいだろう。

 今現在、フィーデスさんとトゥリオさんは特務開発課ココには居ない。なにやら歓迎だか歓待だか接待だか、いい感じのお店でごはんをご馳走になるらしい。おまけにその後はいい感じのホテルに泊まるらしい。……うらやましい限りだ。


 そんなわけなので、その分私達がしっかりと学んでおくべきだろう。

 なにせこの子は、これから我が社の主力商品となる見込みの機体……もとい機材なのだ。代表である私が、主力機のことを『よくわかりません』なんて……そんなていたらくが許されるはずがないのだ。



――――いい子〜〜。まじめだね、ファオは。


(んへへ〜〜。もっと感心していいのよ)



 主機の収まる腰部ブロックから両脚パーツを外し、更におしり部分の基幹動力ユニットも分解し。

 部品を外された部位に別の部品を組み付け、腰部ブロックをプラグ状に。そうしてできた『上半身ユニット』を、主砲塔をまるまる撤去した【マムートス】のターレット部分にドッキングさせ。

 その後は【マムートス】側から動力ラインを引っ張り、また助手席部分のスペースに浮遊グラビティ機関ドライブを収めれば、機材のベースは完成と。……なるほど。



 技術主任いわく……予定通りに作業が進めば2週間か、長くても3週間くらいで【量産試作1号機】が完成するという。

 予算のほうも、なぞのパトロン大佐のおかげでバッチリガッポリ確保できたらしく、おかげで各種部品も他部署に外注してしまえるようになり、更に人員の追加も視野に入るようになったとか。

 そのあたりの経営戦略は、私は本格的に役立たずなので……カンダイナー部門長が手配してくれた助言係のひとに任せっきりだ。立場上は責任者であっても、私はそんなに采配を振るえるわけじゃない。



 なので……せめて彼らの働きに報い、モチベーションを高めてもらえるように、手助けとか気配りとか、そういうところをお手伝いしていこうと思う。

 幸いにも十八時間勤務デスマーチは避けられそうな雰囲気なので、あとは彼らが健やかにおシゴトできるよう、環境整備に取り組んでいく次第である。


 実務に携われないとはいえ……私はこれでも、この『特務開発課』の責任者ヘッドなのだ。多くの部下を抱えているのだ。

 ……そうは見えないだろうけど!




「なので…………私、いっぱいねぎらう、ので……少し、しゃがんで、下さい」


「ふふっ。……はいっ」


「んっ。…………えらい、えらい」


「ありがとうございます、特課少尉殿。……疲れが吹き飛ぶようです」


「んふー」




 いろいろと至らぬ私が駆けずり回らずとも、私がやりたいことを汲み取って、こうして軌道に乗せてくれる。彼らの手助けは、とてもありがたい。

 彼らのような得難い人材を手放さなくて済むように、せめて働きやすい環境を整えなければなるまい。……私とて責任者のはしくれ、出来ることから始めなければ。



 ……そんな感じで、とりあえず技術主任を労いながら、今後の行動方針を纏めていた私の感覚器官が、騒々しい空気を感じ取る。

 私達が顔を突き合わせている会議室の外、ひろびろ格納庫空間にてファオを探しているスタッフの声と……こちらに駆け寄ってくる、小柄で可愛いふたりの足音。



「……ご主人さまっ、ご連絡、ですっ」


「……お客様、です、ご主人さま」


「えっ、えっ? お客……私、に? ……あっ、フィーデス、さん?」


「……いいえ」「……ちがいます」


「………………あえ?」



(誰だろ……テア、わかる?)


――――ちょっと待って、集音向けるね。



 私達の特務開発課ひみつきちへの、アポ無しでのお客様。軍部の方々であれば前もって連絡が来るはずだし、かといってフィーデスさんたちでも無いようで……そういえばお食事会って言ってたか。

 とにかく、要するに『お客様』に心当たりが無いわけで。とくにファオを名指しだなんて、いったい誰だというのだろう。


 軍関連施設の所属で、それでいて軍部の方々じゃなくて、私のことを知っていて、名指しで呼び出すような……私の知り合い。

 ……そんなの、はっきりいって士官学校の同輩くらいしか思い浮かばないわけだけど。




――――あっ、あたり。


「えっ?」


――――お客様、っていうか……守衛さんに連れてこられてる感じ?


(えっ? だ、だれ? ……あの、まさか)


――――うん。特空課のエーヤ先輩と……あと、イーダミフくん。


(………………なんで?)


――――さぁ?




 えーっと……なんだろ。あんまり長いこと授業をお休みしてたから、心配してくれたんだろうか。プリントとか届けてくれたのだろうか。とにかく、話を聴いてみなければ。



 ……ふふ、ここの責任者が直々に事情聴取に応じてあげようというのだ。ありがたく思うが良いのよ。




――――――――――――――――――――




――――わるっぽい雰囲気出てるよ。


(そんな!?)




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