第57話 本日ご紹介するのはこちらの商品




 私達の……というか主に私の野望である『ビームサー◯ル』開発にあたり、フィーデスさんら魔法のプロに協力を要請するためには、何はともあれ『よい取引』を行う必要がある。


 流用できそうな魔法があれば、その技術指導。もし無いようであれば……相応しい魔法を編み出すところから。

 どちらにせよ求める以上は、労力に見合うだけの『対価』を差し出す必要がある。当たり前だ、でなければ対等な立場での『取引』は成立しない。

 帝国が『搾取』を選択していない時点で、彼女らシャウヤを敵に回した場合の危険度が推し量れるというものだろう。……決して、失礼を働くわけにはいかない。



 とにかく、先方からのお誘いもあり、こうして交渉の席に着くことは叶ったのだ。あとは彼女らにとって魅力的に映る対価、すなわち『新たなる刺激』を提案するだけなのだが……まぁ、ろくな事前準備をしてこなかった私達にとっては、そこんとこが一番の難関なわけだ。

 今の私の持ち物と言えば、帝国標準装備である白兵戦用ナイフ(※操縦席備品)と、おこづかいの詰まったお財布だけである。……まさか子どものおこづかい程度のお金で請け負ってくれるわけもあるまい。




 しかしながら、そんな私達にとっての『救いの手』……と呼ぶにはいささか以上に乱暴ではあったが。


 まぁともかく、無い知恵絞ってウンウン唸っていた私達に、正直思ってもみなかった『天使の手助け』が差し向けられたのだ。





「…………ッ!? トゥリオか? 何事ネ、アは今は『商談中』ヨ!」


『ソレどころじゃ無いネ! 伝えてホシイヨ、お客人の『エメト』に見たコト無い『インサクタ』襲い掛かってキてるヨ!』


「ッ!? ああ、モウ! ソレは確かに非常事態ネ! ……聞こえたか、ファオ。ヤウの『エメト』が危ない、急ぎ戻るイイヨ! アも付いてくネ!」


「あっ、あっ、えっと……はい!」



――――『えめと』、っていうのが……機甲鎧かなぁ? たぶん。


(そうだと思う、けど……どうなのテア、実際のところは?)


――――あー、うー、まー、ぬーん…………なるほどね、たぶん『いんさくた』は【魔物モンステロ】のこと、かなぁ?


(はえ!? 【魔物モンステロ】襲ってきてるの!? やばいじゃん!!)


――――あっ、だいじょぶ。結論いうとね、なにもやばいのは無いよ。


(………………ほえ?)




 恐らくは音声通信の魔法を用いて、たぶん警備とかそういう担当の同僚と話をしながら、フィーデスさんはホールを通り抜けて螺旋階段を駆け上がっていく。

 いや、専用の魔法器具を用いずに通話品質を維持する技量はやっぱすごいが……しかし、うん、私にもなんか予想というか、何が起こってるのかわかってきた気がするぞ。まぁまだ確証はないけど。


 フィーデスさんと、そしてトゥリオさんとやら……走りながら必死に対策を話し合っているところ申し訳ないんだけど、たぶんその対策というか戦闘人員の招集、必要ないと思います。




 なぜ、といわれますと……はい。



 その『見たこと無いインサクタ【魔物】』と呼ばれたモノですが……、私の身内です。





「えっと、なので、あのっ、あれ、『インサクタ』ではなくって……私の、僚機、なので、えっと……機甲鎧、じゃないんだけど……『エメト』、のようなもの、ですっ」


「…………アレが? あの、ヤウのエメトに組み付いてる…………六本脚の、アレが……カ?」


「ヤー……これは、これは…………驚きネ。あんなワシャワシャしてるエメトが存在していたカ。……イロウアの奴等は全然言うてカタヨ」


「あっ、えっと……私達、の、オリジナル……あの、試作機、なので……」




 呆然と、巨大なインサクタ……もとい【エルト・カルディア】を仰ぎ見るフィーデスさんと、槍のような長柄武器と円盾を携えたシャウヤの女性。……このひとがトゥリオさんだろうか。

 よーく周囲に目を凝らしてみれば、私達が出てきたようなうろとは別の木の根元、長モノを背負った竜人の姿がちらほら見られる。

 どうやら【グリフュス】が駐機している石畳エリアを囲うように、幾つか出入り口があるようで……つまりこの石畳は、要するにヘリポートのような場所なのかもしれないな。


 とにかく、私達は暫定ヘリポートへと足を踏み入れ、【グリフュス】の様子を必死に検めている様子の【エルト・カルディア】へと、こちらも必死にアピールを行う。

 程なくしてアウラは私の様子に気づいたようで、すぐさま機体の六本脚ワシャワシャを折り畳んで駐機体勢をとり、操縦席のハッチが開く。

 停止した【エルト・カルディア】の上半身操縦席から、小さくて可愛くて温かい妹分が姿を表し……私目掛けて、一目散に駆け寄ってくる。




「ご主人、さまっ!! ごしゅじん、さまぁ、っ!!」


「うん。……うん。よく頑張ってくれた、ねっ。ありがと、アウラ。……しんぱい、かけて……ごめんね」


「ぅぅ……ごしゅ、じん……さまぁ、っ」



 いやあ……どう考えても、地下に降りる前に一報入れておくべきだった。これは間違いなく私の落ち度だな。そのせいで……こんなにも不安がらせてしまった。不甲斐ない限りだ。

 私の胸元に顔を押し付け、ぎゅーってハグしてくる可愛い妹分。その頭をやさしく撫でながら……とりあえずフィーデスさんに「危険は無いです」ということを伝え、警戒を解いてもらう。大変お騒がせしました。


 ふと視線を向ければ、【エルト・カルディア】下半身正面のハッチが開き、そこから可愛らしい真っ白頭の幼子がひょっこり顔を出しているのがみてとれる。

 泣き虫のアウラよりも『おねえちゃん』なシスは周囲をきょろきょろと見回し、初めて見るであろうシャウヤの方々に控え目に驚きながらも、ぽてぽてとこちらへ向かって駆け寄ってくる。……はー、かわいい。



「……ご主人さま……シスは、勝手をしました。……申し訳、ありません」


「んえう、ちがうくて……私が、ちゃんと、途中経過連絡を、怠ったから……ごめんね、ふたりとも」


「……んぅ、ごしゅじん、さまぁ」


「…………んっ……ご主人、さまっ」



(はーーーー!? かわいいが!! おもいっきり『ぎゅー』したいが!!)


――――義手、もうすぐなんでしょ? はやくできるといいね。


(ほんとそれ。……まあ、感触無いのは仕方ないけど……なでなでくらい、ふたりいっしょにしてあげたいもんね)


――――あと『はぐ』もね。




 さてはて……半人半蟲ともいえる異形の機体【エルト・カルディア】の降下によって、シャウヤの皆様をこうして盛大にお騒がせしてしまったわけなのだが。

 多くの方々に睨まれ、無言の圧力を掛けられ、機体……もとい機材のほうにも詰め寄られ、その勢いにいたたまれなさと申し訳無さを感じざるを得ない私達なわけなのだが。



――――ファオ、たぶんちがう。あれ。


(んえ? 違うって…………あっ?)



 よくよく見てみれば……フィーデスさんやトゥリオさんらシャウヤの方々は、シスが開けっ放しにしていたハッチからキャビンの中を覗き込んでおり、しかもなにやらアレやコレやと言葉を交わしているようであり。

 聞き耳を立ててみると「なんと、エメトの中に家アルヨ」「堅いな家が動けるいうコトカ?」「動く家、驚きネ」「ちょっと、アにも見せるヨ」「ヤウは引っ込んでるネ、ファオはアのお客様ヨ」「先に接近に気付いたはアのほうネ、ヤウこそ弁えるヨ」「黙るヨ居眠り女」「行き遅れが何カ言ってるネ」などなどなどなど……えーっと、控えめに言って非常に多大なる興味を抱いてくれたようで。




「えっ、と…………よかったら、なか、はいって、見る……どうぞ?」


「「「「…………!!!!」」」」



 私の言葉に『ぎらり』と目を輝かせ、仲良く罵り合っていたシャウヤの皆さんが【エルト・カルディア】の下半身を物色し始める。どうやら『家がそのまま動く』という概念は、彼女らにとっては新鮮なものであったらしい。

 また一部の者は、多脚機材ならではの積載量の高さ……車輌上部への露天積載も含めた可搬質量の多さにも注目していたようで、口々に「獲物を沢山持ち帰れるヨ」「資材も一度に運べるネ」と褒めちぎっていた。

 ……ということはやはり、馬車や荷車のような輸送手段は乏しいのだろうか。いやそうか、そもそも不整地だものな。車輪が普及するわけがない。


 無論、家屋や施設の中で用いる台車程度はあってもおかしくないが……少なくとも先程見下ろした『キャストラム』の街並みには、車輌の類は見られなかったように思う。

 たとえばだが……これまで荷運びは『重量軽減』あるいは『縮小』等の魔法でなんとかしてしまっていたとか。いや実際にそんな魔法があるのかは知らないが、とにかく魔法で力押しすることで賄ってしまえていた説。

 もしくは単純に、限られた場所でしか使えない荷車をつくることに意義を見いだせなかった、とか。……外の環境がだものな、無理もない。



 ともあれ、そんな彼女ら『シャウヤ』の目の前に現れたのは、六本の脚と大きな荷室を持つ多脚輸送機材(と組み合わさった変な機甲鎧エメト)。

 木々の根っこだろうと岩場だろうとゆうゆうと踏みしめ、踏み越えてしまう。その踏破性能を予感させるに、それは充分すぎる見てくれだっただろう。


 帝国から仕入れた機甲鎧の概念があるのなら、機甲鎧の『制御』関連の魔法も伝わっていることだろう。であればこの多脚輸送機材に関しても、問題なく使いこなせるはずだ。



 ……つまり、これは。ヨツヤーエ連邦国地上軍にて広く普及している、物資輸送用の多脚輸送機材は。

 シャウヤの皆さんに輸出する商材として、もってこいなのではなかろうか。




「ファオ、ファオ。アエらワタシたちは興味、要望アルヨ」


「あっ、えっ、と……なんで、しょっ」


「この…………何ネ? 『インサクタ』みたいな『エメト』、とても興味アルヨ。是非とも『シャウヤ』に『取引』サセてほしいネ」


「は、はいっ! えっと、えっと……たぶん、大丈夫おもう、ます、ので…………前向き、持ち帰って、検討したい、ますっ!」




 私達だけでは、恐らくどうにもならなかっただろうけど……私達の窮地に駆けつけてくれたふたりのおかげで、事態は良い方向に進みそうだ。

 とりあえず『取引』についてのオハナシを進めるにあたって、シャウヤ側が提示できる品目と、購入の意志のある品目とをリストに纏めさせていただき、私達はそれを持ち帰って然るべきところに報告する形となるのだろう。



 テアがたまたま見つけた『なぞの人影』に端を発する、大森林深部の未踏区域調査だが……いち特課少尉の働きとしては、充分褒めてもらえる内容なのではなかろうか。

 ひとしきり『商談』を終えた私達は、見送ってくれているシャウヤの方々にお別れの言葉を述べつつ、再び【グリフュス】へと搭乗。

 浮遊グラビティ機関ドライブが唸りを上げ、私達と【エルト・カルディア】はぐんぐんと高度を上げていき……やがて色濃い枝葉を眼下に、青空へと身を躍らせる。


 こうして、特課少尉ファオ・フィアテーアちゃんの有意義な休日は、おおよそ満足のいく成果を得て幕を閉じ……私達はエマーテ砦郊外の野営地へと引き返していくのだった。











「いやいやいや…………コレはコレは、なんとも爽快ネ。大森林を下に見る日が来よウとは、アも偉くなタものヨ」


「いやいやいや…………しかし、驚きネ。まさか家が動クだけでなく、空も飛べルとは思わなんダヨ」



 大森林奥地に棲まう竜人シャウヤがお二人、交渉人ネゴシエイターのフィーデスさんと、護衛役を務めるトゥリオさん。

 ヨツヤーエ連邦国へ初となる『お客様』を……【エルト・カルディア】のキャビンに収容おむかえして。




 わー、なんだか大変なことになりそうだぞ!



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