第51話 私は大変なものを侵していきました




 こうして直接、機体からだを動かしてもらうのは久しぶりだったけれど……私の親愛なる相棒の制御技術ときたら、相変わらず半端ないものだった。


 木々の合間を自在に翔びまわり、必要な成果を出しながら、それでいて操縦席に不快な高負荷を生じさせない。

 おかげで私は――正直、そんなに眠るつもりは無かったのだが――任務中であるにもかかわらず、有意義な仮眠を取ることができたのだ。




――――おはよ、ファオ。気分はどう?


「んゅ、ぅ……? んんっ、………………ッ! そ、そっか……そうだった」


――――ちゃんと眠れた……みたいだね。身体機能コンディションは、ばっちり大丈夫?


「……うん、大丈夫。ばっちり。…………すっきりした。ありがと、テア」


――――えっちのほうはすっきりできないけどね。


「そうなんだよなぁ…………」



 ゴーグル型の感覚補助デバイスをかぶり直し、軽く身体をほぐして意識をシャッキリスッキリさせ、私は相棒テアから機体制御を引き継ぐ。

 機体のほうも右へ左へと、感覚を取り戻すようにグリグリ動かしてみて……どうやら問題なく同調できたようだ。気のせいかもしれないが、さっきよりも調子がいい。


 時計を確認してみたところ、どうやら1時間近く眠っていたようだ。本来の睡眠時間に比べれば当然短いが、しかしそれでも効果は覿面てきめん。眠気とだるさは的確に吹っ飛んでいった模様。




「……私が眠ってた間、何もなかった?」


――――うーん……襲ってくるような敵性生体もなかったし、周囲に危なそうな反応もない。シスとアウラもまじめに警戒してくれてるし、へーわなもんだった、けど…………じつはね、かくかくしかじかで。


「えっ、まじで。……ちょっといくね」


――――はいやほー。



 ヨーベヤ大森林を形成する異世界の樹木は、一本一本が前世では見たこともないほどに背が高く、そして巨大だ。機体【グリフュス】の距離センサーで簡易計測を行った限りでは、その高さはどうやら百メートルをゆうに超えているらしい。

 惑星地球で最も背の高い木が、確か高さ110メートルくらい……最も太い木の直径が10メートルくらいだった気がするが、ヨーベヤ大森林の木々は割と平均的にだ。さすがに感覚が狂いそうになる。


 これまで私達はそんな木々の下、これまたアホデカく拡がる枝葉の下で警戒飛行を続けていたわけなのだが……我々の【エルト・カルディア】と、そして正規軍の偵察機【ウルラ】は、枝葉の海の上を飛行しながら警戒任務に臨んでいる。

 ……なぜか、なんて……よくよく考えればわかることだろう。ふつうの人は障害物の林立している森の中を翔ぼうなんて考えない。



――――うーん、変態。


(それブーメランだからね。さっきまでテアも翔び回ってたじゃん)


――――それぶー、めあ……? もー、わたしにもわかるように教えて。


(私と同じに森の中をビュンビュン翔んでたテアも変態だよね、ってこと)


――――へぷュっ!?



 密度を増して迫りくる枝葉をひょいひょいとかわし続け、やがて突き抜け……そうして目の前に広がるのは、スッキリと晴れ渡る青空。

 木々の植生は非常識だったが、空の広さと青さは私の故郷と変わらない。心が落ち着くようだ。


 周囲に視線を巡らせれば、こちらへ向かって近付いてくる異形の機体……もとい輸送機材と、そこそこの距離をおいてこちらを見ているらしい正規軍の【ウルラ】の姿。

 ……なんだろ、気のせいだろうか。感情など窺えないはずの【ウルラ】の視線に、こころなしか『驚き』や『呆れ』が含まれている気がするぞ。



――――だって、ファオが変態するから……。


(はいはい。テアも同じ変態だもんね)


――――わたしは変態じゃない!


(変態はみんなそういうんだよ)


――――それ、ぶーめあん? だからね。


(なはヲッ!?)




 ショックのあまり墜落してしまうかとも思ったけど、実際には浮遊グラビティ機関ドライブが停止しない限り、機体が墜落することは無い。ほっと胸を撫で下ろしながら、私達はアウラの操る僚機【エルト・カルディア】へと向かっていく。

 ここまでのオシゴトで、ふたりが疲れてないか確認しておきたかったし、あと働きをきちんと労ってあげたかったことだし……あとなにより、テアがちょっと『試してみたいこと』があるらしいのだ。



 地表からの高度、およそ二百メートル。眼下には深緑の海、頭上には紺碧に晴れ渡る空、そして前方には緑と青の織りなす水平線。

 巨大な木々と独特の生態系を擁するヨーベヤ大森林は、まるで無限に続いているかのように広大だ。


 正直、なかなかに感動的な景色ではあるのだが……この樹海を形作るもののうち、われわれ人類が知り得たものなど、ほんの一握りでしかないのだろう。

 大森林の入口、エマーテ砦から切り拓かれた開拓道と、その周囲。……せいぜいそれくらいしか、ヨツヤーエ連邦国は立ち入れていないのだ。



 ……だからこそ、それよりももっともーっと奥深く……未だ連邦国民の誰一人として足を踏み入れたことのない、まさに秘境。

 そんな奥地に広がっている光景など、当然ながら誰にも想像できないだろう。


 さっき私がお昼寝させてもらっていた間、テアが見つけたという。それを詳しく調べるため、私は精密走査を画策した。

 その方法とは……私達【グリフュス】と僚機【エルト・カルディア】、高精度感覚素子を備えた2機の探知機能を『ハッキング』の魔法で同調させ、超ハイスペックマシンを擬似的に生成するという、恐らく私達にしかできない非常識な荒技である。




「ごめんね、アウラ。ちょっと【エルト・カルディア】、探知機能を、貸して……いい?」


≪……えっ、と? ……よく、わかりません、が……アウラは、大丈夫。……ご主人さまの、お役に立つ、なんでもやり、ます≫


「ありがと。……ちょっと、ごめん……ね」



 私の魔法の有効範囲に引き込むべく、空中で異常ともいえる接近を行う。

 【グリフュス】の操縦席と、【エルト・カルディア】の頭部演算機器を近づけ……万が一にも衝突しないように気を配りながら、細心の注意を払いながら『ハッキング』を行使する。




 …………と。


 そのとき、ふしぎなことがおこった。




≪……っあ、……ぁあ、っ! ……ぁ、ごしゅじん、さま、ごしゅじんさま、っ! わたしに、アウラ、に……ごしゅ、入って……んふぁ、っ、ごしゅじ、さまぁ……っ!≫


――――ちょ、ちょっとファオ!? アウラにえっちはだめって言ったでしょ!?


(えっちじゃないですが!? 私の『ハッキング』の魔法ですが!? 私は悪くなくてアウラがなまめかしい声を出しちゃってるだけですが!!)


侵入はい、って……わたしに、ごしゅじ、さあっ、アウラ、の、中枢なかに……≫


「ごご、ごごめん! ごめ、アウラ……ごめん! 出る、すぐ出るから――」


≪……っ、やっ!! いやっ! 出ちゃいやっ! ご主人さま、いっちゃやだ……っ!≫


――――まって、なんでこんなにえっちなの!?


(わかんない!! 何でこんなにえっちなの!?)


――――わかんないってばぁ!!




 魔法で擬似的に意識の向こう、身悶えするアウラにドギマギしながら、とりあえず早く『ハッキング』を終わらせるべく集中して走査を行う。

 テアが見当をつけた方向と距離にセンサーを向け、2機分の観測能力と演算処理能力を遺憾なく発揮し、超遠距離をピンポイントで調べ上げる。


 鬱蒼と広がる大森林の奥深く、数多うごめく生体反応……おびただしい数の【魔物モンステロ】や、原生生物。

 それらの中に、かろうじて見つけた反応。この距離からではさすがに詳細まではわからないが……とりあえずテアの探知にかすったものがということは、どうにか確認できた。


 現在位置座標をもとに、方向と距離をあらためてマーク。てきぱきと今なすべきことを済ませ、急いで『ハッキング』の魔法を終了する。



 …………と!


 そのとき! ふしぎなことが! おこった!




≪あっ…………ぁ、あぁ、っ、いっちゃやだ……ごしゅじんさま、いっちゃやだぁ≫


「だ、大丈夫、だからっ! 私は、ここにいる、から……アウラのそばにいるから、ねっ?」


≪ごしゅじん、さま……いっしょ、わたし、と……≫


「うん、うん。一緒。アウラと、いっしょだから……ねっ。大丈夫、だよ」


≪…………は、ぃ。…………あの、その……ごめ、なさい……ご主人さま≫


≪……ご主人さま、アウラは落ち着いたみたい……です。……大丈夫、と……思います≫


「……うん、私こそ……ごめん、ね? こわかった……よね?」


≪…………いえ。……すごく、きもちかった、です≫


「えっ!?」≪えっ≫



――――ちょ、ちょっとファオ!? アウラにえっちはダメってゆったでしょ!?


(ふ、不可抗力でしょう!? だって【エルト・カルディア】に『ハッキング』仕掛けるの、テアだって賛成したでしょう!?)


――――そ、そうだけどぉ…………そうだけどお!! どうするの、アウラまで『きもちい』ことすきになっちゃったら……。


(ど、どうしよう……そんな、もしかして、アウラの性癖をねじ曲げちゃった……とか?)


――――その『きもちかった』がどんなのか、よくわかんないけど……のときは、せきにんとらなきゃ……ね?


(……………………ハイ)




 私の創り上げたオリジナルの魔法『ハッキング』とは……術者である私の身体が直に接触している、あるいは密着に近い至近距離に位置する魔力制御端末を、テアの力を借りて一時的に支配下に置く魔法である。

 本来ならば、機甲鎧レベルの高次元端末を制御下に置くことは出来ない。しかし今回はあくまでも『探知能力』に絞り、また制御下に置くのではなく『同調させる』ことを目的として、行使に及んだのだが。


 えっと、そういえば……【エルト・カルディア】ならびに【8Skエルシュルキ】の制御中枢には、アウラの魂の一部が囚われているわけで。

 つまりは、私がやったこととは……アウラの魂(の一部)を同調させて、いきなり『こんにちわ』したということか。



 ………………はあん! なんてこと!



 な、なるほど……確かに、これはテアの言うとおりかもしれない。悪気は無いとはいえ、いきなり魂(の一部)に触れるなど、どんなに親しい間柄のひとでもそうそう無いだろう。

 ほんとだったらこの後すぐにでも、テアが見つけて、私達が精密走査を行い、信憑性を見いだした『びっくりな発見』について、今回の遠征の総責任者のひとに相談しようと思ってたのだが……ちょっと、それどころじゃなさそうだ。

 私達の無茶な試みの巻き添えをくらったせいで、心細くなってしまったらしいアウラに、今は少しでも寄り添っていてあげるべきだろう。


 幸いというか、この【グリフュス】の探知能力はかなり優秀である。もし木々の下のキャラバンに危険が迫ったら、ここからでもしっかりバッチリ察知できるのだ。

 だから……もうしばらくここで、アウラたちとゆっくりしていよう。ちゃんと『おつとめ』を果たしていれば、軍に怒られることもないはずだ。




「アウラ、アウラ、あの、えっと…………あとで、ぎゅってして……いい?」


≪……っ、…………はいっ≫



 よし決めた。さっき確認したことについてパパッと報告を上げて、そして今日の資源回収が終わったら、私達も早々に設営を済ませて『おやすみ』にしよう。


 寝台が1つだろうと、そんなの今さら知ったことか。私はたとえ自分自身の睡眠時間を犠牲にしてでも、大切な妹分たちに平穏と安心感と心の安らぎを与える義務があるのだ。





――――――――――――――――――――






――――ねぶそくになったら、まぁ……今日みたいにすればいいよ。わたしにまかせて。


(ありがとうテア……たすかる……)


――――んふふ。……いーえ。




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