第52話 強化人間少女の合法的職場放棄作戦




 結局私達はあの後、アウラの【エルト・カルディア】と一緒に樹上から周辺警戒を継続し、無事にその日の作業終了までを乗り切ることができた。

 ……というかまぁ、幸いなことにというべきだろうか。その後は至って平穏で、脅威反応がキャラバンに近付いてくることさえ、結局は一度も無かったわけなのだが。



――――ふふん。


(…………?)




 ともあれ、これにて本日の作業は終了。軍部の方々から資源回収班から民間業者から、皆で仲良くエマーテ砦郊外の野営地へと引き返し……とりあえずは、これでひと心地だ。


 野営地への撤収完了後、私達は所定の位置に機体を駐機し、歩いて遠征部隊長のところへと向かう。先んじてアポは取ってあるので、邪険に扱われることもないはずだ。

 収穫物の積載やら補給物資の降載やらで賑わう野営地の中を、私と(テアと)シスとアウラはひとかたまりになって移動していく。


 しかし……遠征部隊長どのには連絡してあったが、さすがに一般兵士の方々や士官学校生らには、私達の訪問は知らされてなかったらしい。……まぁそれもそうか、私達はいち兵卒とその従者に過ぎないもの。いちいち周知する程のことじゃない。

 とにかく、さまざまな作業とそれに伴う掛け声とで賑わっているこの場において、私達の姿ははっきりいって場違いなのだろう。先程からものすごい数の視線と、あと『驚愕』に類する感情が注がれているのを感じる。




――――いや、場違いっていうよりは……うん。


(んえ? ……いや、場違いでしょ。ほんと申し訳ない、邪魔はしないので、ちょっと通りますよ)


――――そうだけど、それ以上に……アウラが、ねぇ。


(…………うん、そうだね。……どうしよ、なにこの子……めっちゃかわいいんだけど……)



 日中、私達が魂(の一部)に侵入はいり込むという狼藉をかましてしまったアウラだったが……機体(と機材)を降りてからというもの、ここへ至るまでずーっとなのだ。

 私の右手を『ぎゅっ』と握って、私の顔を『じーっ』と凝視して、それでいながらその愛らしいお顔をこれまた可愛らしい『はにかみ』に染めて、私と目があったら『にぱっ』とほほえみ、とどめとばかりにその頬にはあからさまに朱が差して。


 しかも……これ、本人は半ば無意識なのだろうか。小さく薄いその唇からは、先程から「ご主人、さまっ」「ごしゅじん、さまっ」と弾むような小声がこぼれ落ちていて。



 これだけ判断材料が揃っていれば……まぁ、おそらく自意識過剰でもないのだろう。この子はたぶんだが、間違いなく私に好意を抱いてくれている。

 そしてそんなアウラの様子を、仲良く手を繋いですぐ傍で見ていたシスも……こころなしか嬉しそうに見えるのだ。



 可愛らしいふたりに好かれるのは、それはもちろん嬉しいのだけど……私の仕掛けた『ハッキング』が悪さをしているのではないかと、さすがに不安になってしまう。




「えっと、えっと……アウラ、シス」


「……はいっ」「……んっ」


「いま、から……えらいひと、お話を……します。……いい子に、ねっ?」


「……はいっ」「……は、ぃ」



 とはいえ実際、それで目に見えて悪影響が生じているわけでもない。ふたりはいつもどおり『いい子』だし、受け答えにも違和感は無さそうだ。

 原因と思しき『ハッキング』魔法に関しても……もし従来どおり『制御下に置こう』と試みていた結果なのだとしたら、それは彼女にとって一種の『洗脳』に近しい効果を発揮してしまったのかもしれないが、今回試みたのはあくまでも『同調』である。

 例えるならば……そうだな、アウラと横並びになって「あれ見える?」「なんだろうね」「もっとよーく見てみよっか」「何かわかった?」みたいな感じで観察しているようなものだ。人格をねじ曲げるような干渉だとは思えない。


 経過観察はもちろん行っていく必要があるだろうが……そこまで不安を感じるほどではないのかもしれない。とりあえず今夜と、明日の様子を見て判断しよう。

 ……というわけで、いまはだ。お忙しいところわざわざ、私のような下っぱの健全美少女のために時間を割いてもらったのだ。貴重な時間を無駄にする訳にはいかない。




「楽にして構わん。第二十七期ヨーベヤ特別資源回収遠征行軍、総合指揮官のクダース・ハンダーンだ。……噂は聞いておるよ、ヨツヤーエの『白の天使』。お目にかかれて光栄だ」


「ほュえっ!? あ、あっ、えっと……ふぁ、ファオ・フィアテーア、ですっ! ほ、ほんほんほ、ほんじじっ、……お時間、ありがと、ございますっ!」


「はっはっは! ……よいよい、疲れているだろう。立ち話もなんだ、掛けたまえ。後ろの二人もだ」


「あっ、えっと、えっと……恐縮、ですゅ」



 この遠征の総指揮官であらせられる、こちらのハンダーン大佐どの……立ち位置でいうと兵站とか輜重とか、物流関係の管理を主に担うお方だという。

 一種の戦略物資でもある【要塞種ジェネレーター】の心核や、大森林由来の巨大で重厚な森林資材等、国を豊かにするための資源回収を一手に担う、体格的にも包容力の高そうなおじさんである。


 ハンダーン大佐の仮設執務室内、可搬式会議セットの椅子をお借りして、おっかなびっくり腰掛ける私達。

 その様子を眺める細められた目元、そして私達のような小娘を労い、茶を出すようにとお付きの兵士へ指示を出すその振る舞いは……彼の性格と性根を私達に推し量らせるには、充分すぎるものだった。




「…………して、確か『扱いの難しい情報』と言ったかね。ここで得られる『新たな情報』というのは、何であれ非常に貴重なものだ。是非とも教えて貰いたい。……内容次第では、そうだな。何かしらの『褒美』も出せるやもしれんぞ?」


「えっと、えっと……あの、その『情報』、判断材料、は、確かに所持して……ますっ。……ですが、その……正確性、信憑しんぴょう性、を……まだ、不充分、と判断し……」


「不確かでも構わん、聞かせてくれたまえ。その『情報』に深追いする価値があると思えたなら、追加調査を許可しよう」


「ほ、ほん、ほんと、ですかっ!?」


「勿論だとも」



 私達の手に入れた情報……もとい、新発見の切っ掛けとなり得る断片情報は、まだまだ確たる証拠とは言い難い。アウラの身に起きた異変もあって、超長距離観測では念入りな情報収集ができなかったためだ。

 そのため私達としては、是非とも近距離まで近付いての強行偵察……もとい、情報収集を行いたい。そのための許可を得るのが、この訪問の目的である。


 未開拓の地上を『その場所』目指して突き進むとなると、その危険度は大変に高い。ある程度開けた開拓道路から外れれば、そこはもう【魔物モンステロ】どもの領域である。

 その点、私達であれば空から目的地へ、ヨーベヤ大森林の深部へと侵入できる。もちろん飛行型の【魔物モンステロ】とて出てくるだろうが……しかしが『危険』に直結するということは、私達の撃墜スコアが証明してくれているだろう。


 無論、無茶はしない。脅威レベルが想定以上だった場合は、【エルト・カルディア】を引っ掴んで全速力で撤退を図る。私達のような空戦型機甲鎧であれば、そのへんも安全にこなすことができるのだ。……まぁ1機は機甲鎧じゃないけど。


 そんな感じのことを、なけなしの表情筋と語彙力を総動員して、必死に営業を掛ける。

 大事なのは、キャラバンの皆に負担を掛けることは無いこと。また私達においても、危険や心配がほぼ無いこと、だ。




「…………『あの子』は……突拍子もないことを、澄ました顔で言い始める」


「とぷよ、っ!?」


「到底不可能に思えることでも、本人が諦める理由とはならない。一見すると荒唐無稽に思えるが、決して『できないこと』は言わない。……しかし、もし頭ごなしに否定しようものなら……遠慮することなく『脱走』し、そして平然と戻ってくる」


「そ、ちょ……そそん、そんそ、そえ、っ」


「当たっているかね? ……エライネン大佐はね、私も出身が近くてね。日頃から何かと懇意にさせて貰っているんだよ。……何かがあれば、事細かに教えてくれるんだ」


「そそ、そそそんそうそう? そう、な……そう、でしゅか」



 辺境基地司令のエライネン大佐は、どうやら私達の思考パターンをよく理解してくれているようだ。……そしてそこから情報提供を受けているらしいハンダーン大佐もまた、私達がこの後どういう行動を取ろうとしているのか、ある程度は予想がついているらしい。

 若干とはいえ『苦笑』を湛えてはいるが……なるほど、そこには私達を『頭ごなしに否定しよう』との意志は見られない。単に諦められてるだけかもしれないが、ともあれ協力的に動いてくれそうなのだ。相談してみる価値はあるだろう。



 なにせ、私達が仕入れてしまった情報とは……ともすると連邦国の方針を、今後のヨーベヤ大森林に対する対応を、大きく左右させる可能性も秘めているのだから。




「ヨーベヤ、大森林、の…………えっと、すごく、奥の、おく。……全長1から2メテルメートル程度の……、を――」


「何だと!?」


「あっ! あっ、あっ、えっと…………二足歩行、の、可能性のある姿、を……あの、信憑しんぴょう性を、まだ……」


「………………ヒト型の、生命体……」


「あの、なので……しんぴょうせい……」



 そう、現状はあくまでも『そう見えた影』に過ぎない。だからこそ接近しての詳細調査を行いたいわけで、なので本音をいうとキャラバンからちょっと離れさせてほしいわけで。

 そのための許可を得る、というか『離れて大丈夫なタイミングを相談させてほしい』というのが、今回のご訪問の目的であったのだが。



 ……かくして、その目的は。


 信憑性を高めるための追加調査、当該地へ赴いての強行偵察は。




「……フィアテーア特課少尉」


「はっ」


「本日の貴官らの働きは、充分評価に値する。よって、明日一日のの取得を命ずる」


「……はぇ?」


の間は……まぁ念のため遠隔応答可能な状態で居ては貰うが……非常時を除き、こちらから特に指示することは無いだろう。明後日以降に備え、おくといい」


「………………あっ! あっ、あっ……ありがと、ございますっ!」




 こうして――電話出れるようにはしといてね、との条件付きではあるが――割とあっさりと、許可をいただくことができた。



 ……べつに、気の向くままに動きがちな私の説得を諦められてるだけ、ではない……と思う。


 …………たぶん。



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