第50話 よふかしは良くないけど




 今の私は、ヨツヤーエ連邦国軍より『特課少尉』の肩書きを賜っている。

 いうまでもなく軍属であり、つまりは軍部の命令に従う義務が生じる……わけなのだが。

 しかし私の(身体の)年齢と、そして在学中ということもあるのだろう。通常の軍隊員として配されることはなく、幾分か制限の緩い『特課』扱いということになっている。

 前線に配備されたり、基地で寝起きしてたり、キッチリキッカリ生活スケジュールを管理されたり、有事の際は有無を言わさず戦闘人員として駆り出されたり……などといった義務は、今のところは免除されている。


 ……まあ、見た目は幼さ残る女の子だもんな。良識あふれるこの国の人々なら、そんな幼子を最前線に配したりはしないだろう。

 必要なときには軍に属して行動する必要があるが、それ以外のときはあまり拘束されない……うん、どうやら予備自衛官とか、そんな感じの立場のようだな。まぁよく知らないんだけど。



 とはいうものの、やはりこの肩書を頂いている以上、軍部の命令には可能な限り従う義務があるわけで……そもそもこのオシゴトに関しては、私自身が「まかせてください٩(๑òωó๑)۶」とドヤ顔で大見得おおみえきって引き受けたわけで。



 そんなわけなので……初日から戦力外通告など喰らうことがあれば、さすがに評価のほうもだだ下がりしてしまうわけで。

 なので、たとえ万全のパフォーマンスを発揮できる状態じゃなかったとしても、私は与えられたオシゴトを休むわけにはいかないし、全力を尽くさなければならないのだ。




――――だ、だいじょうぶ? ファオ……。


「らいるょぷぅー……」


――――あっ、わかった。だめだね。気をつけてね、ぶつけないでね。


「ぅるゅぁーーーぃ」



 はい、どう考えても寝不足です。本当にありがとうございました。


 多機能輸送機材【エルト・カルディア】キャビンスペースは、大破した兵員輸送車輌を改装したものだ。前世で存在していたキャンピングカーよりもやや広く、そのため就寝人員にも余裕をもたせたつくりになっている。

 具体的な数で言えば……テーブルとソファスペースを組み替えた大型寝台が1台と、壁から『かぱっ』と展開できる寝台列車のような格納式寝台が4台。

 ……そう、個人個人で使える独立した寝台が、ほかに4つも備わっていたのだ。



 しかし……不思議なこともあったものだ。

 寝台の数でいえば充分に余裕があったはずなのに、なぜか搭乗人員がみんな同じ寝台で眠っていたのだから。いやーふしぎだな。なお私はろくに眠れなかったものとする。




「…………1番隊指揮者コンダクター、えっと……方位110、距離……んん……270くらい。目標、みつけ。足を止めます、か?」


≪またか!? ……凄まじいな、貴官の探査能力は≫


「え、と……私、僚機、上空から、と……観測連携、なので」


≪新たな開発部署が発足したとは聞いていたが……なるほど、見事なものだ。…………あー済まない。……そうだな、頼めるだろうか≫


「おまかせ、ですっ」



 しかしながら、私は成績優秀で容姿端麗でスポーツ万能で性欲旺盛な特課少尉である。

 とてもまじめでかわいくてえらい、軍部にとっての『便利なカード』の立場を確たるものにするべく……ヨツヤーエ連邦国のために、がんばってオシゴトをこなす。


 ヨーベヤ大森林ならではの周辺環境、百メートルを余裕で超える巨樹の合間を縫うようにスイスイと翔び、見つけ出した目標物である【要塞種ジェネレーター】へと急接近。対象が迎撃態勢を整えるよりも早く、両腕の赤熱刃を展開して脚の数本を斬り飛ばす。

 こうして逃走手段さえ潰してしまえば、あとは正規軍の方々が討伐から解体まで済ませてくれる。……オシゴトを全部奪ってしまうのも、それはそれで良くないらしい。



 この世界においては、機甲鎧をはじめさまざまな機器を動かす動力機関、その素材を獲得できる【要塞種ジェネレーター】とは……私が馴染みのある表現に置き換えるのならば、例によってアホみたいに巨大になったゾウムシ、体色と形状的にも【クロカタゾウムシ】といったところだろうか。

 その外殻は機甲鎧に匹敵するほど堅牢、また体内に独特の魔力器官を持ち、防御魔法のような力場をも生成する。とにかく耐久力に振りきった【魔物モンステロ】である。

 その反面、飛翔用のはねは退化しており、行動範囲は極めて限定的。繁殖地から離れた地域ではなかなかお目にかかれないため、纏まった数を狩ろうと思えばヨーベヤ大森林に踏み込むしかないのだという。


 今回ヨツヤーエ正規軍から参画している遠征1番隊は、そんな【要塞種ジェネレーター】狩りを主任務とする部隊である。

 先程から私達(と木々の上から俯瞰している【エルト・カルディア】)によって、いつも以上のハイペースで目標を見つけることが出来ているらしい。隊長さんも部隊員の機甲鎧搭乗者もニコニコ顔だ。

 ……これは後でいっぱい褒めてもらえそうな気がする。えっちしてくれないかな。




≪協力に感謝する、特課少尉殿。……いつも以上の収集効率だ、実に素晴らしい≫


「えへっ、えへへっ。……恐縮、ですっ」


≪……ただ……我々としては、実際に助かっているのは確かなのだが…………くれぐれも、無理はしてくれるなよ?≫


「…………えっ、と?」


≪不調を感じたら、直ぐに申し出てくれ。……貴官らは、替えの利く人材では無いのだからな≫


「………………んゅ」



――――バレちゃってるかもね、不調。


(んうー……まあ、本調子じゃないのは確かだよね)



 目を見張るほどの活躍をしているとはいえ――まあたしかに今日の私は睡眠不足だし、かわいい女の子のにおいと柔らかさをダブルでくらって頭がこわされちゃってる自覚はあるが――相棒テアと思考負荷を分割することで、こうしてなんとか通常戦闘機動くらいはこなせる程度に立ち直っている……と、私は思っていたのだが。

 頼まれたオシゴトをこなすくらいなら大丈夫だろうと、こうして実際に成果を上げることはできていたはずなのだが……しかし心配してもらえるというのは、悪い気はしない。



――――なんなら、わたしが替わろうか? ファオはちょっと『おやすみ』してていいよ?


(んゅぅ…………ちょっと魅力的、だけど……通信とか、連絡は? テアは出来なくない?)


――――うーん……じゃあ、危険回避のための警戒任務にシフト。目標物【要塞種ジェネレーター】の捜索は、1番隊のひとに丸投げしちゃう。


(…………うん、それでいこう)



 もともと、自衛するには充分であろう戦力を伴ったキャラバンである。襲われることは少ないだろうし、警戒任務はかなりヒマ……もとい、余裕のある任務であることが予想できる。

 少なくとも、目標物を探して周囲に意識を張り巡らせている今よりかは、ゆっくりゆったりできるだろう。


 幸いなことに、1番隊の隊長さんからは許可を頂いた。以降の捜索は彼らにおまかせして、私達はサボ……もとい、周辺警戒任務に当たることにする。

 上空にいるふたりにも通信を飛ばし、私達はキャラバン本隊上空へと移動。私達【グリフュス】同様にキャラバンの周辺警戒に当たっている2番隊の隊長さんへ『独自の判断で警戒任務に当たります』との通信を入れ、了承を得ると――



――――はい。じゃあ……あとはまかせて、お昼寝しちゃって。


(んゆ……なにかあったら、すぐ起こしてね)


――――はいはい。……【グリフュス】機体制御権限、継承要請。


権限譲渡ユーハブコントロール。……ごめん、おねがいね、テア)


――――おっけー、権限継承アイハブコントロール。いいから、やすんで。どうせ今夜も寝かしてもらえないよ?


(あははは……予想できちゃうなぁ)



 可愛い妹分ふたりに懐かれて、そりゃ全然まったく悪い気はしないのだが……しかし、私にとって睡眠欲とは、二番目に大きな生理的欲求なのだ。

 程々のところでゆっくりやすみたいところだが、かといってあの子らの求めを断りたくない。お願いは可能な限り叶えてあげたい。


 ちなみに……一番大きな欲求とは、わざわざ言うまでもないだろう。性的えっち欲求である。私はいつでもうぇるかむだよ。



――――もうねなさい、思考が変態になっちゃってるって。ほんとに変態になっちゃうよ?


(ふあーーーーぃ)



 閉じたまぶたの向こう……ゴーグル型の情報収集端末と繋がるテアからの、呆れと苦笑を多分に含んだ思念を、ぼんやりと感じながら。

 私は、緩やかな警戒機動を続ける【グリフュス】の操縦席内にて……意識を手放した。


 オシゴト中にこっそり居眠りとは……我ながら『いいご身分』すぎるな。







――――――――――――――――――――







――――特務制御体のメンタルパルス、鎮静化を確認。


――――【グリフュス】搭乗者パラメータ、睡眠中と認識。




 はー…………やっとねた。てこずらせてくれちゃって……がんこなんだから、もー。



 まったく、ファオの『まじめ』さには困ったものだ。へんなところで責任感強いんだから。

 たしかに今回のは軍部からの要請だけど、ファオの立場であれば断ることもできるだろうに。

 ファオは『評価が〜』とか『印象が〜』とかゆってたけど、そんなのは『機体わたしの調整』とかてきとうに理由をつけてキャンセルすることもできるでしょうに。


 それに、シスとアウラに関しても……ひとこと『それぞれのベッドで寝ようね』と言えば、それだけで済んでしまう話だろう。

 あのふたりは、わたしから見ても『いい子』だもの。ファオがそんなことを言ったからって、悲しんだりおへそを曲げたりなんてしないだろう。


 ……だけど、ファオはじぶんの睡眠時間を削ってまで、えっちしたくなる気持ちを必死にがまんしてまで、ふたりのお願いを聞いてあげている。

 たしかにあのふたりは、今まで甘えられる相手がいなかったのだ。それを思えば、そんな可愛らしいお願いくらい、叶えてあげたくもなるだろう。その気持ちはわからなくもない……けど。



 シスもアウラも、わたしにとっても『姉妹』といえる存在だけど。

 わたしは彼女たちよりも……なによりもファオに、健やかであってほしいのだ。



 ファオがずーっと、こころの中に秘めている『願い』のことは……わたしだって当然、把握している。

 なんだかタイミングが悪かったり、ファオ自身がまじめすぎたり、変なところにこだわっちゃったりしたせいで、これまで全然達成できていない……なんならしばらく達成される見込みのない『願い』だけど。

 その『願い』に対する執着の強さもまた、わたしは理解してるつもりだ。



 わたしは、今のこの機体からだには満足している。ファオにあげたやつみたいな『ヒトの肉体』に、未練を感じることは……あんまりなかった。


 けれど、もし。もしもわたしに、ファオみたいな肉体からだがあれば。

 わたしならファオが望むこと、なんでもしてあげられるのに。




 ……ま、考えてもしかたないか。


 もし仮にだったなら。もしわたしのからだが機体これじゃなかったら。……それはつまり、ファオと出会えていなかったということだもの。

 ファオにえっちをしてあげられないのは残念だけど……でも、えっちができなくて困るファオを見るのは、たのしい。


 ファオといっしょにいるのは、とてもたのしい。



 だからわたしは、わたしがたのしく過ごすために、ファオのお手伝いをしたいのだ。

 がんばりやさんで頑固なファオは、なかなかわたしを頼ってくれないので……こうして頼ってくれたからには、全力でファオの役に立ってみせる。


 警戒任務中、ファオがおやすみしてても大丈夫なように。

 ファオを起こさなきゃならない必要が、そもそも発生しないように。

 キャラバンの近くの安全確保、なんて生ぬるいことは言わない。わたしを中心に広域を走査、周辺の敵性反応を先んじて見つけ出し……片っ端から威嚇して、追っ払う。



 キャラバンに近付く脅威を見つけ、そのたびにいちいち報告を上げるならば、せっかくおやすみしてるファオを起こさなきゃならない。

 そんなことより……そもそも脅威存在をキャラバンに近づけなければ、いろいろと手っ取り早いじゃないか。




 広域戦術索敵、戦闘領域地形走査、多角的脅威度計測、総合アラートレベル……算出。


 …………うーん……と、あとを追っ払っとけば、ファオを起こす必要は無さそうだ。

 やっぱりわたしは賢い。とても効率的だ。これはファオもびっくりだろう、きっとわたしをほめてくれる。



 念のために、確実にほめてもらうために、もうちょっと広範囲を走査してみて……念入りに調べてみて…………うん?




 …………えっ……なんだろ、



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