第47話 じつは私は連邦国軍の所属なので




 私達の所属しているカーヘウ・クーコ士官学校は、基本的に首都近郊の広大な軍用地内にて活動を行っている。

 各課ごとの講義棟や格納ハンガー、さまざまな寮や厚生施設、そして射撃訓練場を兼ねた屋外戦術訓練用地と……隣接する基地の各施設。

 純粋な『広さ』のみでいえば、ちょっとした城塞都市に匹敵し得るほどに、士官学校含むこの軍用地は広大なのだ。


 しかしながらそうはいっても、直ぐ側に首都の街並みが広がっているとなれば、その軍用地にも広さの制約は付いて回る。いかに広大とて『なんでもできる』わけじゃなく、そのため敷地外での活動が無いわけじゃない。



 一例を挙げるとすると、少し前に私達の『私用』に巻き込んでしまった、特空課の長距離行軍訓練。あんな感じの『敷地外へと出向いて数日間泊りがけでの遠征訓練』なんてカリキュラムも、各課それぞれ用意されているらしい。




「それでね、私ら『輜重しちょう課』の遠征訓練ってのが……まぁ最近色々と準備に忙しかったなんだけど、ちーっとばかし特殊なのね」


「とく、しゅ? んっ…………輜重しちょう課、遠征……たいへんそう、です、っ……んはぁ、っ」


「……本っ当になまめかしいわねぇ」


「んんっ、…………ごめ、なさい……でちゃうの、声」


「「「「ヴッ…………!!」」」」




 私達が現在暮らしている住処は、ジーナちゃんや妹達シスとアウラと共同で借りている士官用ファミリー物件である。当然バスルームもトイレもキッチンも備わっているし、そっちで用を済ませることももちろん可能なのだが……しかし私はこうして、週に何回かは女子寮の大浴場のお世話になっていたりする。

 家族が増えて、お風呂が混雑することもたまにあるし、正式に『寮のお風呂使っていいよ』とのお達しも頂いているし……それになにより、嬉しいことに女子寮で度々顔を合わせていたお姉さまたちが、天使ちゃんとの離別を惜しんでくれていたのだ。


 寮のお風呂は広いし、液体石鹸とかの備品も備わっているし……それに、お姉さまたちがいろいろとお世話してくれるので、とても助かるのだ。

 一時期は、私の口からまろび出たエグい嬌声によって距離を置かれていたこともあったが、そんな事件の記憶は風化していくものだ。今となってはこうして、身体を洗ってもらえるくらいには、関係性は修復されているわけで。



 その甲斐もあって……第二戦術目標である『合法おふろやさん生還せいかんマッサージ作戦』も、こうしてめでたく実行に移すことが可能となったのだ。

 ……たまに、ちょっとだけ声が出ちゃったりもするけれど……これくらいなら、単純に『身体を洗ってもらってきもちいい』と誤魔化せる範疇だろう。実際お姉さまたちも、こうして『きもちい』ふうにしてくれているので、つまり作戦は成功ということだ。


 ただ……当たり前といえば当たり前だが、さすがにだいじなところを触ってはもらえないので、根本的な目標は相変わらず未達で『すっきり』しないままなのだが……それはまあ、仕方ないだろう。

 そっちのほうは引き続き、よさそうなホテルを探してなんとかする作戦を継続していく次第である。……まあ、自由に動ける休日どっかいっちゃったんだけど。




「そーねぇ……ファオちゃんは『ヨーベヤ大森林』って、知ってる?」


「んふぅっ、…………えっと、魔物モンステロ、出る……あんっ! でりゅ……でぅ、んゅっ! でる、とこぉ……です、か?」


「そ、そう! そうそう! …………う、うん、きれいきれいなったし……『ごしごし』は、これくらいにしとこう……ね?」


「くぅん、んぅっ…………はぃ、っ。……ありがと、ござぅましゅ」


「「「「ヴッ…………!!」」」」



 身体中の『あわあわ』を洗い流してもらいながら、私は身体を磨き上げてくれたお姉さまたちにお礼を告げ、湯船へと戻っていく。

 確かに、だいじなところこそ触ってもらえないが、全身を洗ってもらえるのはとても助かるし……実際、とっても高品質な『きもちい』を摂取できているのは、事実なのだ。



 湯船に浸かることで状況も落ち着き、やがて話題は再び明日からの『輜重課』遠征訓練……そしてその目的地たる大森林へと帰結する。

 巨大ロボットやら馬鹿デカい虫やら、そんなファンタジー要素が随所に見え隠れしているこの世界だが……地理というか植生環境に関しても、惑星地球とは異なる『ファンタジー』らしさを発揮してくれているらしい。

 今しがた話題に上がった『ヨーベヤ大森林』というのも、そんなファンタジー感あふれるスポットのひとつであり、その特徴を端的に表すとするならば『森にあるまじき危険度の高さ』だろう。


 それもそのはず、なぜなら『ヨーベヤ大森林』とは、我々人々を度々脅かす並々ならぬ存在【魔物モンステロ】のとして、その悪名を轟かせているのだ。



 林立する木々が惑星地球のものよりも明らかにデカく、枝葉の生命力もたいへんに旺盛であり、前世の常識を引きずっている私にとっては常識外で異様な生態系を築き、魔物モンステロをはじめ多くの生命を擁する環境。

 たとえヒトであろうとも、それなり以上の備えをもってして踏み込まねば、ちょっとした油断で容易く命を落としかねない魔境。


 しかしながら……特定の魔物モンステロ――ファンタジーインフラを担う動力機関の素材となる【要塞種ジェネレータ】――をはじめ、良質な木材やら有用な生物資源やらの獲得が期待でき、ヨツヤーエ連邦国へ多くの恩恵をもたらしている……鉱床。



 いかな『魔境』とて、しっかり戦力を整えて臨めば、攻略ならびに『収穫』自体は可能なのだという。そのため一定周期で収穫を目的とする『遠征攻略』が企画され、連邦国軍および一部民間専門業者が大規模な遠征軍を組織するのだと。

 そして、お風呂のお姉さま……もといエルマ先輩たち『輜重課』にとっての遠征訓練とは、そんな攻略遠征軍に帯同しての物資や収穫物の輸送、ならびに各種バックアップを担うこと。……ということらしい。




「荷運びもそうだけど……仮設拠点とか、あとキャンプとか設営したり、要するに私ら『輜重課』はバックアップ全般を請け負う感じなのね。だからまず泊りがけになるし、数日間はウチに帰れないから……こうして、今夜ファオちゃん成分を摂取できたのはラッキーだったし、とーっても助かるわけ」


「へう? あ、あっ……あう、恐縮、です?」


「んふふふ。……帰ってきたら、また一緒にお風呂入ろうね」


「は、はいっ! ……あの、輜重課、みなさん……がんばって、くださいっ」


「「「がんばるぅー!!」」」



 エルマ先輩をはじめとする輜重課のお姉さまたちは、名残惜しそうにしながらもいい笑顔を浮かべ、手をひらひら振りながら女子寮大浴場を出ていった。……私も振り返しとこう。ふりふり。

 この後彼女たちはお部屋に戻り、各々が最後の準備を整え、明日の早起きに備えるのだという。そういえば特空課の遠征も朝めっちゃ早かったからな、大変そうだ。


 しかし……大雑把に話は聞いていたが、輜重課の業務の幅が半端なく広い。てっきり物資輸送のエキスパートなだけだとばかり思っていたが、どうやら連邦国軍の輜重兵科とは『何でも屋さん』のような扱いをされているらしい。

 ……そういえば、魔法関連のアレコレを扱っているのも輜重課ココだと聞いたときにもびっくりしたっけ。本当に多岐に渡るんだな。



 ともあれ、そんな輜重課の遠征訓練について、事前にいろいろと情報が得られたのはありがたい。特にヨーベヤ大森林のやばさについては、私の抱いていた印象と大きく乖離があった。

 いうてそんな、たかだか森林やろ……などとかナメて掛かってたら酷い目に遭うトコだった。あぶなかった、さすがに食糧(※摂取される側)エンドは御免こうむる。私はヒトとえっちがしたいのだ。



 ……そういえば、エルマ先輩ら輜重課のお姉さまたちに「私も同行させてもらうことになりました」って言ったっけか?

 遠征について教えてください、とは言った気がするけど……大事なことを伝え忘れた気がする。なんか「しばらくファオ成分摂取できなくてつらい」みたいなことも言ってたもんな。……ねこかな、私は。



 うーん……落ち着いて思い返してみたけど、やっぱり伝えてなかったな、これはな。





――――――――――――――――――――





 実は私達、ほかでもない連邦国軍からの要請により、件の『ヨーベヤ大森林』遠征に帯同させていただくこととなっていたりする。

 私の変態じみた……もといであれば、障害物の多い大森林内でも自由自在な立ち回りが可能であろうこと。また不慮の事態が生じた際なんかも、飛行可能な機体が帯同していれば臨機応変な対処が可能となること。

 つまりこれは、実質的な『指名依頼』のようなものであり、私達ならば任せられると判断してもらったからこその出撃要請なのだ。……さすがにこれはテンション上がる。




――――おかえり、ファオ。おふろ気持ちいいできた?


(うん、きもちかった。……あの調子でもっとあちこち触ってくれたらいいのに)


――――他のひとに迷惑かけないようにね、ファオはただでさええっちなんだから。遠征については、どうだって?


(う、うん? ……うん、そうそう。やっぱ結構ハードだし、危険もあるって。がんばっておシゴトしないと)


――――エルマおねえさんたちも喜んでくれたんじゃない? ファオがいっしょするって聞いて。


(………………うん、伝え忘れた)


――――ちょあむえ。



 身体を拭いて、オフの服装に着替えて、相棒テアの感覚器官でもある観測端末ゴーグルを首から提げて、私達はお風呂……もとい、女子寮を後にする。

 輜重課の面々ほどではないが、私達も明日はそこそこ早起きだ。さっさと眠っておいたほうが良いのだろうが……その前に、もうひと仕事というか、もうちょっとだけ確認したいことが残っているのだ。



 もう陽もどっぷりと暮れており、周囲の見通しは良くはない。夜間照明が頼りなく灯る程度の薄暗い敷地内を、私達は湯上がりほかほかのまま歩いていく。

 程なくして辿り着いたのは、専属の守衛さんがきっちりと目を光らせてくれている格納庫。この暗がりでも私の真っ白頭はよく目立つので、ニコニコ笑顔のピシッと敬礼で出迎えてくれる。


 ……私もカッコよく敬礼を返す。びしっ。




「……あっ、ご主人さま」


「……おかえりなさい、ご主人さま」


「んっ。……ただいま」



 そうして足を踏み入れたここは、私達の『ひみつきち』である専用ハンガー兼研究解析拠点。ここのヌシである機体相棒【グリフュス】も、明日の出撃を前に万全の準備が整えられている。

 そんな『ひみつきち』にて、こんな時間にもかかわらず行われているのは……明日からの輜重課遠征訓練に『可能であれば間に合わせたい』と続けられていた、とある新兵器の調整作業。


 本業である【グリフュス】の準備以外は役立たずである私は……作業を続ける部下と、それに協力する妹分たちを差し置いて、なんとお風呂をいただいてきていたのだ。

 さすがにそれは『いいご身分』過ぎるので遠慮しようとも思ったのだが……しかし実際役に立てることは無さそうだったのと、あと情報収集も兼ねるとのことだったのと、なにより職員総出で勧められたこともあって、お言葉に甘えてお風呂してきたわけです。はい。




「お疲れ様です、特課少尉殿。……夜分に恐れ入ります」


「いえいえ。……そち、こそ、おつかれさま……です。……ふたりは、いい子?」


「はい。非常に協力的に働いてくれて……お陰様で、ギリギリなんとか間に合いそうです」


「……んん……突貫、作業……ごめなさい。ありがと」


「…………はっ! 恐縮です!」



 お澄ましした顔で、控え目にすり寄ってくるふたりを順番になでなでしながら、担当職員からの経過報告を頭に入れる。

 こんなんでも特務制御体強化人間だ、思考力にはそれなり以上に自信があるし、なによりも頼れる相棒テアだってついている。情報処理はどんと来いだ。


 報告を聞きながら、かつ妹分らの頭をなでなでしながら歩を進める先……そこは鹵獲機を固定している治具の前。

 この遠征に間に合わせるべく突貫作業が続いている、の調整現場である。



「えっと……アウラ、調子、は……どう?」


「……はい。……仮称【8号改エルト・カルディア】、機体……いえ、制御を確立、完了しています」


「むずかしい? 大丈夫?」


「……大丈夫、です。……アウラは、ご主人さまのお役に立ちます」



 私の従者として登録がなされているふたりだが、現在は機甲鎧の実働搭乗許可は出ていない。さすがに敵国の尖兵であったことだし、昨日の今日で全幅の信頼を置かれることは難しいのだと思う。

 しかしそこは経過観察中の態度次第であり、そしてふたりはこんなにも『いい子』なので、やはり時間の問題だと思うのだが……ここらでひとつ、有用性をアピールしてみるのも良いだろう。



 そんな私達の思惑もあり、また遠征ならびに長期行動中の人員の精神安定や作業効率向上に寄与するため、私達『特務実験課』が建てた計画。

 それはずばり、幸いにも無傷で手に入った特務機の浮遊機関グラビティドライブならびに中枢制御系を流用したの投入、ならびにその機体特性を活かした【グリフュス】の後方支援計画である。





――――――――――――――――――――




――――ところで、シスとアウラの『機甲鎧乗っちゃダメ』っていうのは?


(えっとね、この【8号改エルト・カルディア】は機甲鎧じゃなくて、あくまでも『機甲鎧のパーツを流用してる輸送機材』だから大丈夫なんだって)


――――んへぇー。





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