第46話 対えっち封じ込め極秘作戦の気配
さてさて……昨日は『本科』の訓練中に模擬戦が始まったり、その模擬戦が終わったかと思ったらイーダミフくんに謝られたり、これはえっちチャンスかと思ったら結局は残念な形で終わったり……とにかく、とても濃密な一日だった。
――――残念なのはファオだからね?
(そ、そんなひどい!)
あの後はテアに心当たりのないお説教を受けたり、今もこうしてチクリといじわるを言われたりもするけど……私はめげないし、気にしない。テアとて百%いじわるで言ってるわけじゃないだろう。
それよりも、私は私の勤めを果たす。夜が来て、そしてまた朝が来れば、いつも通りの日常が待っているのだ。
私達には近々、軍部からのちょっとしたオシゴトが待っているとはいえ、それ以外では私は機甲課のまじめな優等生である。
今日も今日とて従者のふたりを伴い、ジーナちゃんと連れ立っていつもの講堂へ。私の知的好奇心を満たす、たのしい『予科』の講義が待っているのだ。
「おはよ、ざいますっ。イーダミフくん」
「ぁ……あぁ。おはよう、ファ……フィアテーア特課少尉殿。……お前らも」
「……おはよ、ございます」「……ございます」
「えっと、えっと……ファオ、で、いいよ?」
「ぁ、あぁ。……お心遣い、感謝する」
「……んー? ……うん」
いつものように、壁際のイス席へと妹分ふたりを送り届け、ついでにすぐそこにいたイーダくんにもあいさつをする。……前よりはちゃんとおしゃべりしてくれるようになったので、そこはちょっとだけ嬉しく思う。
しかし、のんびりしてはいられない。私は優等生でありながら一般知識が無いので、予習を欠かすことは出来ないのだ。私は『いい子』のふたりに手を振り別れ、自分の席へと向かう。
今日の講義は『連邦国内の製造業』についてであり、私が近々拝命するオシゴトに関わりが無くもない情報が得られそうなのだ。しっかり聞いておかなきゃならない。
私の斜め後方、イーダミフくんがシスとアウラにちょっかい掛けてるような気がしなくもないけど……彼も今更いじわるなんてしないだろう。
事前に『ふたりにイタズラするなら私にしろ』と釘を刺してあるし、まぁ大丈夫だろう。いまは予習に専念する。
――――あらあらあら……ふぅーん、へぇーえ? イーダミフくん、そういうことだったんだ。どおりでふたりが嬉しそうにしてたわけだよ。
(ん…………なにかあった? もしかしてイーダくんがシスとアウラにえっちな――)
――――えっちなことじゃないから、大丈夫だから。……だから羨ましそうにするのはやめなさい。
(……そう。……大丈夫なんだよね?)
――――うん。……良くしてくれてるよ、イーダくん。こんどお礼しないとね?
(うん? …………まあ、わかったよ)
……さてさて。
私達がお世話になっている、このヨツヤーエ連邦国。機甲鎧等の一部を除けば、技術水準は私の前世の母国に及ばないのであろうが……しかしそれでも、この大陸有数の大国である。
実際、国内情勢はなかなかに富んでいるようにも見える。戦時中の緊迫感は見え隠れしているが、人々は総じて前向きに日々を過ごしている。
純粋な国力と、それを守るための武力、そして国民の愛国心の高さで言えば……かつての私の母国よりも、ともすると勝っているのではなかろうか。
そんな『強い』連邦国を形成する要因とは、国内各所にて様々な資源が産出する『資源大国』であるという点だろう。
南部の鉱山地帯から掘り出される金属資源や、樹脂のような素材へと加工される軟質資源……ファンタジー補正の加わった石油やゴムのようなモノなど、工業力の発展に直結する資源が非常に潤沢であるらしい。
またそれ以外にも、この世界ならではの資源が得られるとっておきの場所が、ヨツヤーエ連邦国の内陸部には広がっているのだとか。
そしてそんな『資源の宝庫』こそ、私達に提示された『オシゴト』の現場となるのだが……そんな場所から集めた資源が、どう加工されていくのか。私のオシゴトのモチベーションにも繋がるだろうし、純粋に興味がある。
品行方正な優等生であるため、また直近に控えた『オシゴト』の事前調査のため、本日もはりきってお勉強に臨もうと思う。
――――――――――――――――――――
「……取り込み中のところすまない。特空課2期のツヤーネン殿は居られるだろうか」
「んお? あー悪ィ、ちーっとココで待っててくれ。コレ置いたらすぐ呼んで来っからよ」
「あぁ……すまない。恩に着る」
「兄ちゃん機甲課か? よく来たな、どしたん? 誰かと待ち合わせ?」
「機甲課ってあれじゃね!? あのなんかスッゲェ動きするやつ! 前あんなんじゃなかったよな!?」
「そうそう! アレ何なん? 全力ダッシュする【ベルニクラ】ヤバすぎっしょ!」
「ええと……そうだな。ごく最近、提案された……実証試験中の戦術機動……だ」
「「「おぉーーーー!!」」」
講堂での『予科』講義を終え、本日予定されていたカリキュラムを全て消化し終えた私は、独り特空課の棟へと足を運んでいた。
つい先日までは、不相応といえる敵愾心を一方的に抱いていた集団ではあるが……なるほど実際に話してみれば、どうにも距離感が近いというか人懐っこいというか、総じて陽気な空気に充ちているようだ。
明るく、前向きで、性根の真っ直ぐな面々が揃っているのだろう。彼女が懐くのも頷ける。
……もし私も、彼らのように真っ直ぐに、思いの丈を口にすることが出来ていれば……彼女との関係性も、何らかの進展が見られたのだろうか。
「いや済まんイーダ君! 待たせて申し訳ない、わざわざ来て貰っちまって……」
「いや、私から足を運ぶと言い出したのだ。……むしろこちらの方こそ、時間を割いて貰って……」
「なんのなんの、気にすんなって。……その素直さをなぁ、あの子にも最初っから向けてやれりゃァなぁ……」
「ふ、ぐ…………それに関しては……返す言葉も、ない」
私が訪ねた相手とは……特空課の2期生、エーヤ・ツヤーネン。
昨日の公開模擬戦闘訓練で相対した相手であり、特空課の教導訓練官が「
……確かに、直接相対して嫌というほど理解した。機体の運動能力では上を行っていたハズだったが……細かな部分での技が光るとでも言おうか、とにかく扱いが『
彼といい、ファオ……フィアテーア特課少尉殿といい、これまで自分がいかに世間知らずであったか、まざまざと思い知らされているようだ。
「……それで、どうだ? 今日の……ファオちゃんの様子は」
「あぁ。…………そうだな、端的に言うと……大人しかったな、非常に」
「へぇー……いい子ちゃんだった、ってか? あの子自身は特に気にしてなかった、ってコトか。……あんな爆弾ブチ込んといて、なァ?」
「…………全くだ」
私が今日、この場を訪ねた理由とは、ひとえに彼からの『頼まれごと』を果たすためだ。
昨日、我々に向けての……その、爆弾発言を放った彼女の、その後の様子を観察しておいてほしいと、そういった類の頼みである。
実力的にも、年次的にも下である私に、真摯に頭を下げての『頼みごと』ともなれば、流石に私とて無下には出来ない。彼ほどの実力者の頼みであれば
……まぁ、正直私自身も気になることであったのは、否定するつもりは無いが。
「…………それにしても……彼女の貞操観念はどうなっているのだ、一体。……嫁入り前の娘が、軽率に吐いて良い言葉ではあるまいに」
「あー、まァ……あの子の場合は、生い立ちが
「…………戦災孤児、といったか。……確かに、親を失くしては淑女の教養など得られまい」
「アッ! そ、そう……だな。…………しかし、嘆かわしいよなぁ。あんな可愛いコが、戦うことしか選べないたぁ」
戦災孤児……戦争にて故郷を焼かれ、家も家族も失い、それどころか己の身体さえも壊された少女。
その身に降り掛かった不幸は、我々の想像を絶するものであろう。
消えない
……確かに、彼女のような娘が生きていくためには、迫り寄る害意を跳ね除けるだけの力が必要となるのだろう。
自らを、そして妹達を守る力を求め、彼女は士官学校の門を叩いたのだ。
そんな高潔な意思を秘めた少女を、幼稚な考えで追い出そうとしたなどと……あの頃の自分の愚かしさを思い返すと、自らの喉を掻っ捌いてやりたくなる。
「彼女自身が選んだ道ならば、外野が騒ぎ立てるものでもあるまいが……ただ、やはり遣る瀬無いな。彼女ほどの器量であれば……故郷が戦禍に見舞われなければ……」
「教養を得て淑女になって、いいトコの旦那に貰われて、幸せに暮らせただろうに……か?」
「………………否定はせんとも。あの娘が魅力的であることは……まぁ、多くの同輩らの思うところであろう」
遠くからでも人目を惹きつけてやまない、銀糸のような艷やかな髪。
表情の変化こそ大きくはないが、真っ直ぐに見つめてくる整った顔。
お世辞にも上手とは言い難い、辿々しくも懸命に言葉を紡がんとする唇。
どこか浮き世離れした、神秘的ともとれる立ち振る舞いの少女は……しかしその容姿に全くもって見合わない、卓越した運動能力と機甲鎧の制御技術を兼ね備えた、まさに才色兼備といって差し支えない人材であった。
……まぁ尤も、その体型ばかりは……こればかりは、まだまだ『将来に期待』といったところだが。
ともあれ、そんな部分も含めて、彼女……ファオ・フィアテーアという少女が多くの人々の関心を集めていること。それは今更疑う余地もないだろう。
機甲課だけでなく、こうして特空課をはじめとする別の課の面々や……果ては、カーヘウ・クーコ士官学校の上層部に至るまで。
編入してからまだ数ヶ月にもかかわらず、彼女の知名度は相当に高い。
そんな話題の人物が、自分のすぐ傍で日常を送っていること。そんな彼女の妹分らと、恒常的に接する機会を得られていること。
声を大にして吹聴したりはしないが……はっきり言って、悪くない気分だ。
「…………嫁に欲しい、か?」
「ォは!? な、なにョ……ッ!?」
「だってよ、あの可愛さにあの勤勉さにあの優秀さ。欠点といえば……まだ出るトコ出て無ェってくらいだろ? ぶっちゃけ結構な数、あの子を狙ってる野郎は居ると思うぜ?」
「………………貴公も、か?」
「はっはっはっは」
……まあ、言うだけ野暮というやつだろう。他ならぬ彼女自身も特空課の面々には懐いていた様子だし、必然的に(物理的にも精神的にも)距離が近くなることだろう。
そんな至近距離から、あの無防備な笑みを見せつけられたとあっては……むしろ惚れないほうがどうかしている。
事実、我らが機甲課でも――男女問わず――彼女へ熱い視線を注いでいる者は、少なくない。
……他でもない私自身、そのうちの一人であるという自覚は……まぁ、無くはない。
確かに、今現在の彼女は
「……いや、
「なんだ同志って。……何がヤバいんだ?」
「忘れたわけじゃ無ェだろ、昨日のあの爆弾発言をよ。……あんときは幸い共有通信帯も閉じられてたし、オレらしか聞いてなかったから……まァ、どうにかなったが……」
「…………彼女があのままの勢いで、不特定多数に…………その、えっ……行為、を……持ち掛けんとも限らない、と?」
「あァよ。まーったく……花嫁修業どころか、果たして性教育さえちゃんと施されて……ッ、……あー、とにかく! 我らが『天使ちゃん』を、あのまま野放しにすんのは色々と危なっかしい。誇りあるカーヘウ・クーコで婦女暴行、しかも未成年の少女相手など、なんとしても避けねばならんだろう」
「………………同感だ」
「ほかでもない『天使ちゃん』のためとあらば、オレら特空課も動けるときァ動くけどよ、やっぱ機甲課は遠いんだわ。同課であるイーダ君に頼らざるを得ねェってワケよ。……どうにか見守って、目ェ光らせといてやってくれ。間違っても『シよう』とか言わせるな、血が流れるぞ」
「ぞっとしない話だ。……まぁ、了解した。コチラでも協力者を募ろう、幸い心当たりがある」
「そりゃ助かる。……危なっかしいからなぁ、あの子はよ」
彼女の根本的な意識改革が為されない以上、私達に出来ることなど対症療法に過ぎないのだろうが……しかしそれでも、やらないよりはマシだろう。
編入してから僅か数ヶ月、しかしたったそれだけの間に、あの真白の娘はカーヘウ・クーコでも有数の有名人となったのだ。……そんな娘が、そんな……多くの男共を勘違いさせる発言をしたとなれば、その混乱は凄まじいものとなるだろう。
根が真面目な彼女のことだ。そういった不慮の事態で学びの機会を喪うなど、彼女にとっても喜ばしいものではあるまい。
聞いた者に『勘違い』させるような、そんな危なっかしい発言や行動は、なんとしても阻止して……理解させてやらねばなるまい。
差し当たっての方針としては……同輩の一人、ジーナ・ゼファーにも情報を共有し、協力を仰ぐ。
まぁ尤も……果たして彼女が、私の協力要請を請けてくれるのか。そればかりは未知数だが……これまでの私の周囲への態度が、褒められたものじゃないという自覚はあるのだ。根気よく頭を下げるしかあるまい。
全ては、我らがヨツヤーエ連邦国のため。
フィアテーア特課少尉の指導によって、候補生全員の実力を高めるため。
学内の混乱や騒動を防ぎ……彼女が学び、そして導くための環境を整えるため。
そうとも、我が祖国のためであるならば。未来を拓く女や子供の日常を守るためならば。
それは我がイーダミフ家にとって、最善を尽くすに値する事柄なのだ。
――――――――――――――――――――
「えっぷちょん!!」
――――わあ!?
「みっぷち!!」
――――どうしたのファオ、かわいいくちゅみ出ちゃったね?
(くしゃみ、ね。……2回かぁ、だれか噂してるのかな?)
――――うーん……
(えっちな噂だといいなぁ……ほら、『あのファオって子かわいくね?』『えっちしたくね?』とか)
――――このガッコに居るとおもう? そんな物騒で、いろぼけで、えっちで、変態で、めいわくで、わるいこと考えるような…………あっ。
(えっ? ちょ、な、なに? ……なんでそこ黙るの? ねぇ、テア? ……ちょっと!?)
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