第45話 雨降って地固まるやつ尊いね



 改めて、例の『模擬戦』におけるルールなのだが……厳密には『被弾した部位の重要度』と『口径の大きさ』によって、それぞれ評価ポイントが算出されているらしい。



 最も失点がデカい部位が、操縦席コクピットまわりのいわゆる胴体部分バイタルパート。実戦でもをヤラれちゃ当然おしまいなので、日頃から胴体そこを守らせようとする意識づくりには、確かに一定の説得力がある。

 また……今回のレギュレーションで仕様が変わったのか、はたまた前回は単純に私が見落としていただけなのかはわからないが、ちゃんと『弾丸の口径』によってスコアが変動するようになっていた。

 ……うん、袖口の小口径砲と長銃ロングライフルが同列って、さすがにおかしいもんな。


 つまるところ今回のルールでは……装甲の分厚い末端部位に、小口径の訓練弾頭をポコポコと叩き込まれるよりも。

 背面であろうと胴体部分へ、しかも特大の一撃をズドンと喰らったほうが、減点はデカいということらしく。



 そんなわけで……イーダミフくんの健闘もむなしく、こうしてエーヤ先輩が勝利を収める形となったようだ。



 まあ、その勝負の行く末は、ぶっちゃけ別にどうでもいいのだ。そこかしこで宙を舞う謎の券を気にするまでもなく、私は別にどっちに賭けてたわけでもないのだから。

 とはいえ、イーダミフくんの機体制御技能には正直ちょっとだけびっくりしたのは確かだ。土壇場で覚醒したのか火事場の馬鹿力なのかは知らないが、機甲鎧であんな変態機動を取ってみせたのだから。

 はっきり言って予想以上、私がこれまで抱いていた彼の印象を、大幅に上方修正して余りある健闘だったと言えるだろう。



 ただ……もう一つ、私にとって予想外だった点としては。

 今回の模擬戦がもたらした、私を混乱させて余りある『異常事態』とは。




「………………え? ごめ、なさい。なんて?」


「ぐ、ッ…………申し訳、なかった。これまでの数々の非礼、心よりお詫び申し上げる。ファオ・フィアテーア特課少尉殿」


「………………??????」



――――どういうこと?


(しらん……どういうこと?)


――――ぇえ…………しらない、なに?


(私も知らない……負けすぎてくやしすぎて頭ヘンになっちゃった……とか?)


――――あぁ、ファオが困らせるから……。


(待って!? 身に覚えないんだけど!?)



 これまでの、どこか生意気で厭味ったらしい雰囲気など微塵も垣間見せない、心から申し訳なく思ってそうな表情で頭を下げるイーダミフくんの姿。

 ……そしてそんな彼の背後にて、腕を組んでウンウン肯きながら後方理解者づらを披露している、エーヤ先輩。


 つい先程まではバチバチにやり合い、怒鳴り合い、罵り合い、殴り合っていたはずの二人が……何やら『わかってる』『よく言った』みたいな感じで通じ合っているという、よくわかんない光景が繰り広げられていたのだった。



「これまで私は……リーナレッソ・イーダミフは、貴官らを侮っていた。……何も知らぬ幼子ゆえ、軍人として相応しくないと……この場に居るべきでは無いと、不遜にもそう捉えていたのだ」


「ほ、ほぇー」


「……しかし、貴官らは我らヨツヤーエ連邦国に対し……幼い身でありながら、既に多大なる貢献を果たしている。他でもない我等『機甲課』の特殊機動訓練、そしてその成果も、貴官なくしては得られぬものであった」


「ぽ、ぽぁー」


「……そして、何よりも……私が貴官を『守ろう』だなどと、思い上がりも甚だしいことであった。貴官は他ならぬ自らの意志で、戦いにその身を置かんと決意したのだと聞いた。……知らなかったとて、その尊い意志をないがしろにするなど、到底許されるものではあるまい」


「しょ、しょんえ」





 つい先刻の【ベルニクラ】どうしの公開模擬戦闘訓練……エーヤ先輩は装甲傾斜で機銃弾を弾き飛ばし、またイーダミフくんは機甲鎧を踏んづけての跳躍と、大変見どころのある取組を見せてくれた両名。

 機体回収後になにやら連れ立って裏のほうへと移動して、どうやらそこで何かヤらしいことをしていたようで……十数分後に再び現れた二人、特にイーダミフくんに関しては、なんか顔を朱に染めて心なしか『しゅん』としているようだった。


 もしかしてえっちなことしてたのか、とも一瞬思ったが……それにしては時間が短すぎる。エーヤ先輩も無理やりえっちを企むようなひとじゃないし、両者ともに外傷や着衣の乱れは無さそうだったので、やはり単純に『おはなし』していただけのようだ。

 ……そうだよな、ほんとにえっちじゃないよな。私を差し置いてえっちしてたとかだったら、本当にまじで絶対に許さないからな。




――――ねえファオ、わたしわかった。完ぺきに理解した。聞きたい? ねえ聞きたい?


(もったいぶってないで教えて)


――――えー、どーしよっかなぁー。


(機甲鎧での『疾走』に対して以前テアが言ったことに異議申し立てしたいんだけど。誰の何が『変態』だって?)


――――おっけー、かんたんに説明するね。




 テアいわく……元々イーダミフくんのおうちは、ここヨツヤーエ連邦国でも結構保守的な軍人の家系であるらしい。

 弱きを助け強きを挫く。国を守るは男の役目。強者が弱者を導く先にこそ未来がある。……故に、女子供は戦いの場に出るべきではない。

 細かなニュアンスは異なるのだろうが……突き詰めると、そういう考えを持ち合わせているらしい。


 なんというか、実際その心構えは立派というか、悪くないものだと思う。

 ただ一点……そうやって『守られている側』の意見に耳を傾けてくれさえすれば、だが。



 彼のお父上のゼルヤ大尉も、既に連邦国軍で頭角を現している彼の兄上も、いずれもその思想を抱き……そして実際、実力をもって示している。イーダミフくんにとって父上や兄上は、まさにお手本のような人物であるようだ。

 故にこそ、尊敬する父や兄を間近に見ていたからこそ、戦いの場に連なる士官学校に『女』で『子供』である私が紛れ込んだのが許せなかった、と。

 編入初日の……あの可愛らしい『足掛け未遂』は、そんなささやかな抵抗の現れだったらしい。



 尤も、テアときたら『他にも理由があっただろうけどね』などと言いながら、ニッシッシと気持ちの悪い声を響かせてたが……まあどうせ大した理由ではあるまい。大元の動機はわかったので、良しとしよう。

 ……なにやらテアから唖然としたような感情が伝わってきたが、だって『教えないけどね』みたいな雰囲気だったじゃん。聞かせたいのか聞かせたくないのか、どっちなんだい。



 ともあれ、そんな家庭の事情もあってか、私達が出しゃばることに対してよく思っていなかったらしいイーダミフくんは、守られるべきである私達を『特空課』に対しても、良い感情を抱いていなかったと。

 そんな折に、訓練中の私達に『特空課』所属の、しかも諸悪の根源である教導官が接触してきたものだから……日頃の鬱憤がドーンしてしまい、売り言葉に買い言葉でどんどんエスカレートしていった……と。


 今回の公開模擬戦闘訓練が勃発するに至った経緯は、まあそういうことらしい。……やっぱこの子ケンカっ早いなぁ。



 しかしながら……まあ正直なところただの勘違いだったとしても、『私達を争いに巻き込む奴が気に喰わない』との想いで勃発した模擬戦で、あろうことか『私がもたらした特殊機動』の恩恵を受けて立ち回り、皮肉にも『軍組織における私の有用性』を証明してしまったこと。

 また……恐らくだが、機体回収後の『ナイショ』のおしゃべりの場において、詳細は不明だがエーヤ先輩からお説教、ないし説得てきなアプローチがあったのだろう。


 それらの要因によって、思想すべてが改まったわけでは無いにせよ、少なくとも『私達がこの場に居ることは間違いである』との考えは撤回することができたと。

 それに伴い、これまで私にしてきた(らしい)いじわるに関して、明確な謝罪の言葉をもらった……というのが、テアいわくの答え合わせのようだ。


 ……というか私、いじわるされてたんだ。正直初めて知った。



――――それで、どうするの? ファオ。イーダくん、ゆるしてあげる?


(うーん……正直、ほんっと『どっちでもいい』って感じなんだよね。許さなくってもべつにメリットもデメリットも無さそうだし……それってつまりは――)


――――許してあげても、メリットもデメリットもなさそう?


(うん。……どっちでもいいから、まぁ好きにしてもらおうかなって)


――――あらあ〜、ファオってば無慈悲〜。


(な、なんで!? ……ぬぬぬ、わかった。わかりました!)




「えっと、えっと、あの……イーダ、ミフ、くん?」


「な、なん……何、でしょうか、特課少尉殿」


「あの……えっと、私は、べつに気にしない、よ? あと……敬語、むりしないでいい、です」


「そんっ、……それは、しかし」


「それに……同じ課の、同輩、なので…………これからも、いっしょ、がんばろ、ねっ?」


「ぅぐ、ぉ……ッ! …………は。感謝致します、特課少尉殿!」



――――おぉー……やるじゃんファオ。これは『きた』んじゃない?


(え、なにが?)


――――なにが、って……男の子と『いい感じ』の関係しとけば、卒業後にえっちできるんじゃないの?


(……………………はっ!)



 な、なるほど。そういうことか!


 たしかに現在の私は、清く正しく成績優秀で真面目な優等生である必要がある。そのため不純なえっちによって各方面からの評価を下げられてはたまらないと、私は男女間のえっちをあきらめざるを得ない……という実情があるのだ。

 しかしながら卒業後であれば、私がちゃんと一人前の成人おとなになって、合法的にえっちできる状況になれば、そりゃ直ぐにでもえっちしたいのが本音なのだ。


 もっと言うと、すぐにでもえっちしたいのが本音なのだが……私は真面目だし、ちゃんと長期的にものごとを俯瞰できるので、将来の夢を叶えるために目先のえっちを我慢することができる。えっちしたいのは本音なのだが。


 ともあれ、つまり将来的に私がえっちできる状況になったときに、速やかにえっちしてくれそうな相手を見繕っておくというのは……なるほど、悪くない考えだ。

 その点イーダミフくんであれば……まあ以前の彼だったら御免こうむりたいところだが、エーヤ先輩との『おはなし』のおかげか、私に歩み寄りの姿勢を見せてくれているのだ。




「あの、えっと……イーダミフくん」


「は。……何でしょう、特課少尉殿」


「えっと……私、質問ある、のです……けど……いい?」


「何でしょう。私にお答えできることであれば、何なりと」



 第一印象は、はっきりいって良くなかった。生意気な小僧(※歳上です)という印象で固まってしまってたし、いつも不機嫌だしすぐ怒るし気難しいし、仲良くなろうとは思わなかった。なんなら面倒だし関わる必要無いとも思っていた。

 しかしながら、私に機甲鎧での模擬戦チャンスを持ってきてくれた。そのおかげで私は各方面から注目を浴びることになり、紆余曲折を経て私の評価が高まっていき、今やこうして【グリフュス】を迎え入れるまで至った。

 そのことを『感謝していない』といえば、やはり嘘になるのだろう。


 それに、彼はなんだかんだで頑張りやである。先の模擬戦での動きを見るに、機甲鎧の制御技能に関しても(もちろん私には及ばないが)同期の中でもトップクラスだろう。

 つまりこれは……良さげなえっち相手候補として、今のうちからツバつけとくのも、悪くないのかもしれない。



「イーダミフ、くん。……正直に、こたえて」


「……はっ」


「私と、なかなおり、したので……?」


「そホぁ!!?」「おグぇえ!!?」



――――な、ちょ、な、な……なんでぼかさないで聞くの!? ああもう……おばか!! ファオのおばか!!


(い、いや! ちが…………だって! 結局だいじなのはでしょ!?)


――――聞き方があるでしょ! それじゃファオがえっちしたい変態って思われちゃうでしょ! もう……ファオのえっち! 変態!


(で、でも! じゃあ……他になんて聞けばいいの!? だってべつに、私はイーダくんと恋仲になりたいわけでもないし、えっち以外を求めてるわけじゃないし!)


――――えっ? え、えっ…………あっ? ……えっと……あっ、そっ、か。…………うわぁー。


(な、なに……うわぁってなに……)



「ち……ちが、ッ! 私は、この謝罪は別に! があったわけじゃ……!」


「そ、そそっ、そう! そうだぜファオちゃん! コイツは別にそんな下心あるわけじゃなくて! 本当に、単純にファオちゃんが(※軍の役に立ちたい)を理解しただけで! 素直になっただけで!」


「えっと…………つまり、えっち?」


「「ちがァァァアう!!」」



――――も、もー!! もぉーー!!


(だ、だって! 私がやりたいことって言ったもん! エーヤ先輩そういったもん!)


――――もんじゃなくて! もぉー!!



「か……勘違いするな!! 確かに私は、さッ……フィアテーア特課少尉殿のことは、そんッ…………尊敬、に、値する人物だと、思っては居るが!! だからとて……貴官のような、はっ……幼子そのものの体躯に、情欲など湧く筈が無かろう!!」


「いや鹿お前その言い方は……」


「…………ぇ、……ほんと、に?」


「もッ、勿論! だとも!!」


「……………………そう。……わかった(スンッ)」


「あ、あぁ……」「ビビったァ……」



(えっと……はい。あなたの意志はわかりました。どうやら今回はご縁がなかったということで)


――――もう、ほんと……ひどい。


(そうだね。せっかくえっち相手の候補が見つかったと思ったのに、私の身体ではムラムラしないって……えっちに興味ないんだって。……はぁ、いい掘り出し物だと思ったんだけどなぁ)


――――そ、そっか……ファオはふつうの女の子じゃなかったっけか……なんてこと、わたしがなんとかしないと……。




 まぁ、残念ながらえっち候補にはならなかったけど……それでも彼の技量は私としても気になるところであり、今後とも継続して観察していきたいところだ。

 私とて将来の夢が、進みたい進路があるのだ。イーダミフくんが頑張っているとて、そう易易と首席を譲るわけにはいかない。


 だが……彼のような候補生のレベルが上がることで、それがこの国にとって良い影響をもたらすというのなら、私としても協力に異存は無い。



 それに……どうやら、イーダミフくんとエーヤ先輩、この僅かな間でかなり仲良くなったようだ。

 なにやら肩に手を置いて慰めたり、元気づけたりしているようだし……きっと機甲鎧の訓練について、建設的な意見交換をしているのだろう。えらいぞ。


 彼らのような候補生(※歳上です)が、集中して訓練に取り組めるように。また将来、国防の力となれるように。

 階級をいただいた私も、微力ながら務めを果たすべく、出来るところから協力していこうと思う。



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