第44話 私を蚊帳の外に置くなんてひどい




――――ということで、やってきました。第3回わくわく機甲鎧タイマンファイトほんきバトルのたたかい。実況はわたしテア、解説は無自覚とらぶるめーかー少女のファオでお送りします。


(やっぱ私のせいなのかなぁこれ!!?)


――――ルールはかんたん、汎用陸戦機【ベルニクラ】どうしでの標準戦。着弾した訓練用弾頭の位置でポイントが計上され、撃破判定相当の被弾ポイントが貯まったほうの負けとなります。


(あっ、そういうシステムだったんだ?)


――――そうそう。ファオは被弾なしでぼこぼこにしてたもんね、イーダくんのこと。すごいね、容赦なかったよね。


(う、うん。……でもイーダくんも、あれから練習してるだろうから、前よりはさすがに動けるんじゃない? ……まぁ正直どうでもいいんだけど)


――――やだ、相変わらず無慈悲。ではここで、どうやら元凶っぽいファオから、ひとことどうぞ。


(私を差し置いて楽しそうなことしてるのずるい、私もまぜろ。さんぴーしろさんぴー)


――――さんぴーはよくわからないけど、状況からしてだめな言葉だっていうのは推測したよ。


(かしこい)





 ……さてさて。


 学課の垣根を越えた公開模擬戦闘訓練ともなると、それだけでも結構珍しいのだろう。今回も観覧者は士官学校全体から、お偉方も含めて結構な人数が集まっているらしい。

 加えて『機甲課』は『最近おもしろいことに挑戦しているらしい』という噂もあってか……その『おもしろい』成果が見られるのではないかと、いつにも増して注目を浴びているのだとか。


 しかしながら、相手は機甲鎧制御のエキスパートにしてエリートクラス『特空課』の、しかも学年でいうとひとつ上である。

 訓練機材こそやや不慣れな【ベルニクラ】とはいえ、やはり基礎能力のほうは確かなのだろう。何がとは言わないけど下馬評では彼に軍配が上がっているようだ。いやほんと何のことかは知らないけど。それでいいのかよ士官学校。



(見える? テア)


――――あんまりよく見えない。わたしの機体からだだったらラクラクみえるのになぁ。


(ちょっとゴーグルかぶるね。……どう? あんま変わんない?)


――――んー、さっきよりは見やすい。ありがとファオ。


(いえいえ。……まぁせっかくの機会だもんね、私も見て楽しみたいし)



 機体の性能はまったく互角、どちらも橙色のペイントが施された【ベルニクラ・エデュケーター】、何の変哲もない教導訓練機である。

 機体番号E034が『機甲課』のイーダくん、E078が『特空課』のエーヤ先輩。私であればペイントされた機体番号までバッチリ見えるが、一般のお客様はパッと見わかりにくいのではなかろうか。どっちがどっちかわからないんじゃなかろうか。……まぁどうでもいいか。



(……これ、ここは見やすい?)


――――あっ、見にくいなった。


(えっ? うそごめん、まって)



≪【ベルニクラ】E034、リーナレッソ・イーダミフ。通信感度良好だ≫


≪はいはーい。【ベルニクラ】E078、エーヤ・ツヤーネン。感度良好ですよっと≫


≪E034およびE078、双方との通信確立、ならびに規約合意を確認。……では双方、構え。カウント30≫


≪まーまー、せっかくの機会だし……楽しくやろうぜ? 少年≫


≪そんな軟派な態度で……ッ! あんな幼子を巻き込むことに、何の呵責も感じないのか!? 貴公ら『特空課』は!≫


≪…………あー……なるほどねぇ? オーケーだいたい理解したわ、か≫


≪何を知ったふうな口を……!≫


≪……カウント10。両者構え≫



 私がテアのゴーグルの位置を『あーでもない』『こーでもない』している間に、試合開始のカウントダウンが始まっていたようだ。

 会話は完全に聞き流していたが、どうやら声色から察するに両者ともボルテージが上がってきているようで、遠く離れたココまで熱量が届いているようだ(※気のせい)。


 私としても、同年代の搭乗者がガチでり合うのを見るのは、たぶん初めてだ。双方とも(私達ほどではないにしろ)クラスでは上から数えたほうが早い実力者であるため、なかなか見どころのある試合になりそうだ。

 ……何がとは言わないけど、オッズとかそのへんもだいぶ緊迫しているようだ。ちなみに教官連中は止めるどころか、むしろ乗り気だからな、これな。私は知らんぞ本当。




≪――――始め!≫


≪くたばれ!≫≪行くぜェ!≫



――――さぁ始まりました! いやーすごい、どう見ますか解説のファオさん!


(ぇえ、続けるのそれ……)



 えーっと、えーっと……がんばって状況を説明するならば、まずはいつぞやのようにイーダくんが仕掛けたようだ。

 前回の反省を活かしたのか、今日の携行装備は取り回しが良さそうな短機関銃。一発あたりの破壊力は控えめだが、そのぶん連射レートと制圧力に優れる。あくまで『被弾した箇所』による判定が強く出るこの訓練では、安定して優秀な携行装備と言えるのだろう。

 イーダくんは初手でその短機関銃を構え、そのまま連射。回避も反撃もさせずに一気にケリをつけるつもりらしい。


 しかしながら、そんな簡単には終わるわけがなかった。なんとエーヤ先輩は不慣れな【ベルニクラ】でありながら、短機関銃の掃射を見事に凌いでみせたのだ。

 鍵となるのは、例によってこの模擬戦の特殊ルール……端的に言うと『急所に被弾すれば減点となる』というものであり、肝心なのはこの『急所に被弾すれば』の部分である。……要するに、急所でなければ減点されないのだ。



 たいていの連邦国軍製の機甲鎧には、万策尽きた際の自衛手段として、近接打突装備が(いちおう)実装されている。

 【ベルニクラ】でいえば、前腕から肘を覆うように取り付けられている腕部装甲。これを展開させて前腕から拳を覆うことで、前腕部そのものを『対装甲衝角』として用いることが可能なのだが……その用途が用途なだけに、は結構なフレーム強度と堅牢な装甲を備えていたりする。

 それこそ……制圧力と引き換えに威力を削減された短機関銃の弾丸を、装甲面の傾斜によって弾き飛ばせる程度には。


 更に言えば、エーヤ先輩の属する『特空課』は、そもそもが『空戦機を含む機甲鎧の運用に主眼を置いたエリートクラス』であるからして、そもそも空戦機【アラウダ】の発展元である【ベルニクラ】の扱いも、当然人並み以上に堪能だ。

 機体各所の噴射推進器を緩急つけて噴かし、射線を揺さぶって掃射のほとんどを回避し、数少ない被弾は胴体部分バイタルパートを守るように構えた前腕部と、傾斜をつけた表面装甲で防ぎ切る。……結果として、有効打は一発も入らなかったらしい。



≪……チッ!!≫


――――うっま。


(すっっご)



 連射レートが高いということは、当然ながら弾切れも早いわけで。空っぽになった弾倉マガジンを再装填する隙を突かんと、エーヤ先輩が一気に距離を詰める。

 背面の推進器を噴かしての吶喊、弾切れでもたつく隙を突かれては、たまったものじゃないのだろうが……しかしながら私の予想に反し、イーダくんは落ち着き払った様子で手際よく再装填を済ませる。


 ……そういえば、前回は私も同じように距離を詰めたんだっけ。装備の選択といい、前回の轍を踏むまいとしている頑張りが見て取れる。

 全速力で突っ込んでくる機甲鎧と相対した経験もあるし、加えてここ最近は常軌を逸した限界機動をとる【ベルニクラ】に慣らされ、素早い敵と戦うための気構えができていたのだろう。

 初見では対処できなかったとしても、こうしてちゃんと次に活かせているのは素晴らしい。正直ほんのちょっとだけ見直した。



 とはいえ、エーヤ先輩は引き続き、両腕で身を守りながら突っ込んできている真っ最中である。

 両の前腕に展開された打突武装も、防護装甲の隙間から『ちらり』と覗く小口径短銃も、この近距離であれば充分な威力を発揮する。

 エリートクラスで培った制御技術を遺憾無く発揮し、ここから一気に決勝打を叩き込んでしまえることだろう。



 もしもイーダくんが、そのままボーッと突っ立っていたのなら……という話ではあるが。




≪ッだ、らァァア!!!≫


――――おおー!?


(うおおおお!?)


≪ちょベァぉ!? マジか!? すっげぇ!≫



 イーダくんが吼え、テアと私が思わず身を乗り出し、対戦相手であるはずのエーヤ先輩までもが歓声を上げる。

 恐らくだがこの模擬戦を観ていた全員が、その非常識な挙動に度肝を抜かれた瞬間だった。



 守りを固めながら突っ込んできたE078号エーヤ先輩と、再装填の完了した短機関銃を構え迎撃を試みるE034号イーダくん……しかしながらあっという間に距離は詰まり、既に短機関銃をも持て余すだろう殴り合いインファイトの間合いである。

 だがE034号イーダくんは銃を手放さず、しかも銃がアドバンテージを発揮する間合いへ逃げようともしない。この土壇場で彼が選んだ選択肢とは、なんと『前』。


 ここ数日間の、常軌を逸したマニュアル制御訓練の面目躍如といったところか。両腕は短機関銃を携えたまま、左足は思いっきり大地を踏み抜き、重心を前へと投げ出す。

 そこへ絶妙なタイミングで現れた『足場』を、今度は右足で勢い良く踏み付け……同時に脚部と背部の推進器を点火。


 機体の運動ベクトルを『上』へと捻じ曲げ、まるで階段でも駆け上がるかのように宙に身を躍らせる。



≪お、俺を踏み台にしたァ!!?≫


≪貰ったァ!!≫



 真正面からの突撃を踏み越え、大きくバランスを崩しながらも見据える先には、背中を向けて無防備を晒すE078号エーヤ先輩の姿。

 両手で銃を保持することも叶わず、集弾性の悪い片手撃ちともなれば、その命中率は推して知るべしといった感じだが……殴り合いインファイトレベルの至近距離であれば、話は別だろう。



 しかしながらE078号エーヤ先輩とて、黙って掃射を喰らうほど控え目な性格では無いようだ。

 全速力を乗せたタックルを往なされ、両腕部を強かに踏み付けられ、頭上からは短機関銃が睨んでいるこの状況で……【ベルニクラ】の身を捻って側面を向けて被弾面積を減らし、更には鎧われた片腕を空中のE034号イーダくん目掛けて突き出し。



 そこへ訓練用弾頭が立て続けに着弾、粉末塗料が極彩色の花を咲かせる。

 それらの半分以上は装甲部に阻まれたものの、それでも数発は駆動部分に食い込み、ダメージ判定が下されたようで。




≪ぐ、ッ!? …………嘘だろ!?≫


≪ははっ! ヤベーな今年の機甲課は!≫



 E078号エーヤ先輩の機体は、掃射を受けた左の前腕部に破壊判定。一方のE034号イーダくんはなんとか着地を果たすも、携行装備である短機関銃と機体右肩および上腕にそれぞれ被弾、破壊判定が下される。

 短機関銃の掃射を受けるとほぼ同時、前腕部の小口径短銃から放たれた訓練用弾頭は、E034号イーダくんの主たる攻撃手段を奪ってみせたのだ。



 決めたと思ったが決めきれず、しかも手痛い反撃を食らう始末。一筋縄ではいかない相手に苦々しい声を溢すイーダくんに対して、一方のエーヤ先輩は何やらとても嬉しそうだ。

 若干の距離を取って体勢を整え、まだ生きている右腕でファイティングポーズを取り、さっきまで以上に上機嫌な様子で対戦相手イーダくんに語り掛ける。




≪イーダミフ家って、アレだろ? 南部のゼルヤ大尉んトコの。代々機甲鎧の搭乗者を数多く輩出してるっていう……あれだ、『名家』ってやつ?≫


≪…………だとしたら、何だ?≫


≪ゼルヤ大尉も、貴公の兄であるメージマ少尉も……機甲鎧の制御技能もさることながら、模範的な軍人として評価が高い。……きっと貴公も、幼少の砌から『何たるか』を叩き込まれてきたんだろうよ≫


≪………………何が言いたい≫



 左の前腕を失った(判定の)機体と、右肩から先を失った(判定の)機体。双方の機体は同一の性能であり、損傷具合で言えばどっこいどっこい。まだまだどちらに転ぶかはわからない。

 しいて言えば、両者の『利き手』がどちらなのか。仮に利き手側が破損判定を受けていた場合、余程の技量がなければ巻き返しは困難だろう。


 様子を窺っているのか、何かの時間稼ぎなのか、構えたままで尚も言葉を重ねるエーヤ先輩。……私は直前に見せられたモノがすごすぎたせいで、はっきり言って現在の思考能力がポンコツである自覚はある。しゅごい。




≪……そりゃ面白く無ェわな。本来なら護られるべき幼子が、こともあろうに軍人志望の士官学校生。トドメに自分よりも強いと来たもんだ≫


≪……ッ!! 黙れ! その口を閉じろ!≫


≪女子供は男が護ってやるべきだ。男に護られるべきだ。……全部が間違ってるとは思わねェけどよ、ちーっとばかし極端が過ぎるんじゃ無ェの?≫


≪うるさい黙れ!!≫



 E034号イーダくんは何やら気合の雄叫びを上げながら、身を屈めて一気に速力を解放……見事な『クラウチングスタート』を決める。

 ここ数日『機甲課』のみんなで試行錯誤を繰り返した特殊機動、『疾走』および全身の微細制御を遺憾無く用い、【ベルニクラ】の常識外の速度で一気に距離を詰める。


 ……しかしながら、さすがに『疾走しながらの射撃』は訓練が足りなかったようだ。元々銃身も短く口径も小さな袖口の短銃では、この非常識な速度での行進間射撃など到底不可能だろう。

 そのことを見切っていたのか、E078号エーヤ先輩は例のファイティングポーズ――胴体部分バイタルパートを分厚い腕部装甲で守った体勢――のまま守りを固め、ものすごい速度で詰めてくるE034号イーダくんを凝視している。



≪その運動技術、ハッキリ言って見事なモンだけどよ。……それを授けたのは、誰だ?≫


≪うるさい!!≫



 やがて更に距離が近づき、E034号イーダくんの発砲もE078号エーヤ先輩に当たり始めるが、しかしそれでも有効打には至らない。

 埒が明かないと感じたのか、E034号イーダくんはその勢いのまま、破壊判定の出た右肩を前へ突き出しショルダータックルの構え。突き飛ばして体勢を崩し、防御と回避を封じたたところに撃ち込もうという算段なのだろう。



≪恩恵を享受しておきながら、現実に目を向けようとしねェ。そりゃ、ちーっとダセェよな≫


≪喋るなァアア!!≫



 肩から勢いよく、機体ごとぶち当たっていくE034号イーダくん。この角度からでは肩が盾になり、胴体部分バイタルパートに直接有効打を与えることは不可能だろう。

 エリートクラスのエーヤ先輩とて、変態機動訓練を受けているわけじゃない。こと【ベルニクラ】の運動能力に限れば、今のところは変態訓練を積んだ『機甲課』のほうに分があるようで。

 この状況から運動能力で巻き返せる可能性は、さすがに無さそうだ。



 そんなタイミングでE078号エーヤ先輩は、おもむろに重心を落とし……潜り込むように、『ひょいっ』と身を屈める。



 速度に頼った変態機動ではなく、『疾走』あるいは細かなマニュアル制御でもなく、ただ『身を屈めた』だけ。

 しかしそれだけでE034号イーダくんは狙いを外し、機体の全重量に非常識な速度を乗せた渾身のショルダータックルは、あっさりと標的を見失い。



 屈んだE078号エーヤ先輩が繰り出したローキックによって軸足を蹴っ飛ばされ、勢いそのまま大地へと突っ込み、盛大に突き刺さる。



≪な…………おブぁぁああ!!?≫


≪うわ痛そ……ケガ無い? マジで……≫



 割と本心から心配していたようだが……しかし、それはそれ、勝負は勝負ということなのだろう。

 立ち上がったE078号エーヤ先輩は、生き残っていた右腕を腰後ろのハードポイントへと伸ばし、携行装備である大型拳銃を引っ張り出す。


 袖口の小口径砲よりも幾分か大ぶりな、破壊力に優れる大型弾頭をぶっ放す、近距離で強烈なパンチをお見舞いするための携行装備。

 用途としては『拳銃』というよりかは『狩猟拳銃』というか、むしろグレネードランチャーとかそういうレベルのものだろうか。懐に潜り込んで致命打を与えるための、射程を気にしない特殊銃器。

 装弾数も多くなく使い勝手の悪い、しかし破壊力は折り紙付きなそいつを、しかし外しようのない標的へと向けて。




≪後で話がある。……ちっとツラ貸せよ、少年≫


≪ぐ…………ッ! クソッ!≫



 頭から地面に突き刺さり、無防備なE034号イーダくんの背中へと、特大の極彩色が花を咲かせ。



 観覧者の度肝を抜きまくった、見どころだらけの公開模擬戦闘訓練……第3回わくわく機甲鎧タイマンファイトほんきバトルのたたかいは、こうして幕を閉じたのだった。





――――――――――――――――――――








――――というわけで、いろいろ新事実が判明したわけだけど……どうだった? ファオ。イーダくんのこと見直した?


(うん、ちょっとだけ。あの飛び上がりながら反撃するトコとか、最後のタックルとか……けっこう興奮した)


――――あっ、えっと、いや、そういうんじゃなくて……いや、なんていうか……性格的な?


(うん……なんだかんだで、頑張りやさんなんだね、イーダくん。ちゃんと敗因を研究して、次に活かそうとしてる。それはえらいと思う)


――――あー、うー……いや…………もう! ファオのおばか!


(ま、ええ!? なんでぇ!?)



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