第41話 放課後のちょっと寄り道が紡いだ好機




「えー、っと…………ここ、で、いいの?」


「……すみません、わかりません」


「……申しわけ、ありません」


「あーっ! ちがう、ちがうの! 大丈夫、だから……ねっ、ねっ!」



――――だから、わたしは『案内してもらえば』って言ったのに……ファオが断るから……。


(だ、だって! 結構慣れてきたと思ったんだもん!)


――――『もん』じゃなくて。


(はいすみません)




 まだひと月かそこらとはいえ、それなりの時間をこの学舎で過ごし、それなり以上の経験を積むことが出来たと自負していた私だったが……しかしながら今回は、はっきり言って不安でしかない。

 こんなことならばテアの言うように、詳しい知人に協力を仰ぐべきだったのだろうが、今となっては後の祭りだ。


 実際「案内しようか?」と言ってくれた同輩は居たのだが、ほかでもない私自身が「大丈夫です、慣れてきたので」などとドヤ顔で調子乗って断ったせいなので、今からでもどうにかしてあのアンポンタンを縛り上げることは出来ないだろうか。



――――はいはい、帰ったら縛り上げとこうね?


(やはり縛り上げる話は無かったことに)


――――あほなこと考えてないで、早く行っちゃおうよ。立ちんぼしててもじゃまになっちゃうし、ふたりも不安そうじゃん。


(そ、そそ、そ……そう、ダネ。…………いくかぁー)


――――がんばれ、ファオおねえちゃん。



 テアからの声なき声援と、妹分ふたりからの期待の視線を受けて、私は目の前の扉へと進んでいく。


 カーヘウ・クーコ士官学校の敷地内某所、コンクリート造のがっしりとした建物、そのガラス張りの正面入口には……『輜重課総合管理棟』の文字が刻まれていた。




 私達がここを訪ねるに至った経緯を、簡単にご説明差し上げるならば……ずばり『魔法』に関する知識を求めて、ということになるだろう。

 まず、残念ながらこの士官学校には、そのものずばり『魔法課』などという括りの組織は存在しないようだった。

 かといって、全く『魔法』関連技術を扱っていないというわけではないようで……どうやら『輜重課』内の一部に『魔法』に関連する部門が存在しているらしい、ということがわかった。


 そんな噂を聞きつけた私達は、放課後に『善は急げ』と繰り出してみたわけなのだが……まあぶっちゃけノープランだったりするわけで。

 加えて当然ながら、私達は一度も足を踏み入れたことのないエリアであり、また明確な目的地があるわけでもないわけで……要するに今の私達は、早い話が『部外者』かつ『不審者』である。



 そんな不審な連中、しかも真っ白頭の小柄な美少女が3人、慌ただしい総合管理棟の中をもたもたと歩いていれば……そりゃ当たり前だが、良くも悪くも人目を引いてしまうわけで。




「ほらあれ! 機甲課の天使ちゃん! すっごく強いんだって!」


「うっわカワイイ〜! 見たの初めて! 姉妹なのかなぁ」


「天使が3人も……なんだ、俺は死ぬのか? こんなお迎えなら……」


「死ぬなバカ! 気を強く持て! 今は目に焼き付けろ!」


「しっかし……何でまた輜重課ウチに? 何やってるんだろ、誰か探してるのかな」



 いやほんと、何やってるんですかね、私達。誰か探してる、というよりかは『何か』を探してる、というのが正直なところだろうが、その『何か』を私達自身も知らないのだから始末に負えない。なにせ初めてきた場所であるからして、どこに何があるのかもわからない。

 お目当てである『魔法』関連を扱っているのが輜重課ここだ、ということまではわかったのだが……しかしいきなり行動に移してしまったばっかりに、状況としては正直見切り発車もいいところなのだ。


 まあ……最悪、今日のところは邪魔しないように見学だけさせてもらって、また後日訊きたいことを煮詰めて再訪するのがマルいのだろうか。



 輜重課の皆さんからの関心を集めつつ、カチコチに固まりキョロキョロ周囲を見回すだけの置物と化した私達だったが。

 なんとそこで、思ってもみなかった救いの手が差し伸べられたわけなので、つまり私のえっちはまだまだ捨てたもんじゃないということだ。




「おーおーおー、天使ちゃんじゃーん! 今日もかわいいねー、なになにどーしたの? なにしてるのーこんなトコでー」


「えっ? あっ、あっ、あっ! お、お姉さま! お風呂、の、お姉さま!」


「オーケーオーケーちょーっと聞こえが悪いからやめよっかその呼び方! ちゃーんと名前覚えてくれたでしょ!?」


「はいっ! エルマ、おねえ、さま!」


「はーいよくできましたー! ……妹ちゃんこれ、ナデナデしても大丈夫なやつ?」


「えっと、えっと…………やさしく、なら……大丈夫」



 からからと気持ちの良い笑みを振りまく眼前の女性……幾度となく裸のお付き合いをさせて頂いている間柄だが、そういえば輜重課の所属だと言っていたような気もする。

 ここには見知った人など居ないのだ、などと思い込んでいただけに、彼女の出現はとても嬉しい誤算である。おかげで私の心もかなり平穏を取り戻せたようだ。


 うなじのあたりで緩く纏められた金髪と、ほんのり纒う煙草の香りがチャームポイントな彼女。

 エルマ・ホーシオさん。私がまだ寮生だった頃から、よく私の身体を洗ってくれた面倒見の良いお姉さんである。





「えーっと……つまりその、アウラちゃん? が『魔法』に興味があって、でも機甲課は外界作用系魔法についてはほぼ扱わないから、何か魔法について学べそうな『輜重課ココ』を訪ねてきた……と」


「はいっ、そ、そう。そうでしゅ」


(こくこく)



 実際には『興味がある』どころの話じゃなく、この子は様々な攻撃魔法はもちろんとして、防御魔法や隠蔽魔法を使いこなすテクニシャンな子なのだが……あんまり開示しすぎると怪しまれるだろうし、今はナイショにしておこう。


 しかしながら実際のところ、純粋な『魔法使い』としてのアウラの技量は、はっきり言ってなかなかのものだと思う。やり方次第ではあるが、それこそ機甲鎧さえ(単体であれば)戦闘不能に追い込めるのではなかろうか。

 専用機【8Skエルシュルキ】によるバックアップを喪ったことで、対機甲鎧戦線で行使するような戦略級の出力は出せないながらも、帝国施設で刷り込まれた戦術魔法のレパートリーは健在なのだ。


 機体によるバックアップを受けずとも、それらを活かすことのできる方法。前線で戦う私やシスの助けになればと、優しいアウラはその手段を模索しようとしてくれているのだ。



 ……いるの、だが。





「うーん……結論だけ言うとね、やっぱ『従者』の子に輜重課ウチの講義聞かせる……ってのは、多分キビしいと思うのね」


「そ、そう…………でしゅか……」




 がーんだな、出鼻をくじかれた。


 しかしまあ、それもそうだろう。なにせ自課の講義でさえ『従者』は(大っぴらには)受けることが出来ないのだ。

 監督者たる『ご主人さま』の居ない場所、他所よその課の専門講義など……こればかりはさすがに、アウラに限らず受けることなど出来ないのだろう。



 とはいえ、ここで道が閉ざされたわけではない。なんでもエルマお姉さまいわく『知識をつける手段とは、なにも講義のみに限らない』のだと。

 教本を与えられていないシスもアウラも、しかし講義を聞くことを咎められはしなかったように、こと『学び』に関して寛容なこの国は、またしても私達に救いの手を残してくれていたのだ。



 私達が毎週お世話になっている『病院』のように、このシュト基地内に開かれている半公共施設。国内外のあらゆる書物を纏めたは……いわば『連邦国立図書館』といったところか。

 一般の国民が閲覧できるのは、数多収められた蔵書の一部に過ぎないが、軍属しかも階級持ちの私とその『従者』であれば、軍事技術に近しい文献も閲覧することができるだろう。



 ……という、非常に魅力的な情報を与えてくれたエルマお姉さん。

 困ったように笑いながら「ホントはじっくり教えてあげたいんだけどねぇ〜」などとこぼしていたが、こうして有用な指針を与えてくれたのは、とてもありがたい。



「私もだけど、もっと時間に余裕があったら色々とお世話焼いてあげたい、って子は居ると思うの。……ただ『今』はちょっとね、輜重課ウチも大規模演習控えてるし、そのための準備やら棚卸しやらで……ゴメンね?」


「い、いえっ! こちら、こそ、お忙しいとこ……すみません、でしたっ」


「いえいえ〜! 私も『魔法使い』仲間が増えるのは嬉しいし、何かあったら寮に聞きに来てくれてもいいからね!」


「あっ、ありがっ、と、ござましゅっ! エルマせんぱいっ!」


「ヴッ!!」



 胸を押さえてうずくまるもいい笑顔を浮かべていたエルマお姉さまと、ほか多くの輜重課の方々に見送られ、私達は未だ慌ただしく活気のある輜重課管理棟をあとにする。

 別の入口、開け放たれた大きなシャッターのほうでは、なにやら輸送車両が出たり入ったりしているので……エルマお姉さまのいうように、近々行われるという演習の準備にてんてこまいなのだろう。

 そんな忙しいときに話を聞いてくれて、しかも有益な情報まで与えてくれて、おまけに心強いお言葉まで頂いた。……本当にありがたい限りだ。




――――それで、図書館? どうするのファオ、今から行く?


(いや、さすがに日を改めるよ。もうすっかり暗くなっちゃったし……遅くなるとジーナちゃんにも心配掛けちゃうし)


――――ふうん……じゃあたいへんだ。またこんどね。



 夜の帳に包まれた広い敷地内を、ふたりの『従者』を引き連れつつ進んでゆく。女子寮方向ではなく、士官用の貸借物件が建ち並ぶほうへ。

 夜間に女子ばかりで外出など、本来であれば褒められたものじゃないのだろうが……私も、そしてシスとアウラいずれも、対人戦闘技術はある程度仕込まれている。またふたりに関しては、その左目であれば夜闇だろうと見透すことが可能だろう。

 そんな強化人間のスリーマンセル、余程の『プロ』でもなければそうそう後れを取ることはなく、しかしそんな『プロ』などそもそもが入って来れやしないだろう。首都中枢の軍事施設、そこを守るセキュリティは伊達ではないのだ。


 夜間営業のコンビニやファストフードチェーン店、24時間営業の牛丼屋が無いのはマイナスポイントだが、こと『治安の良さ』に限って言えば、前世にも引けを取らないだろう。



――――病院に、図書館に……やることいっぱいだね。


(やることいっぱい……そうだね。……でも病院のほうは、そろそろ成果出そうだって。正式版の義眼と義手)


――――おおすごい。やったじゃんファオ。よかったね。


(うん。いろいろと出来ること増えそうだ)


――――左手、ちゃんとうごくの? 目は『むりぽい』って聞いたけど?


(義手はねー、動かせるって。例の傀儡兵ゴーレム制御のバリエーションで、魔法つかって)


――――ほへー。すごいね。


(うん、たのしみ)




 治安が良いエリアなのだから、脳内で相棒テアと気の抜けたやり取りをしていようとも、別に不備が生じることもないだろう。

 はっきりいって私はそう思っていたし、まあ実際のところだった。お家につくまでの、ちょっとした夜の散歩……特に危険も何も無い、ただの帰り道。


 ……そのはずだった。




「止まって、ご主人さま」


「不審な、昆蟲ノンセクト……内包魔力の極めて多い、感知しました」


「っ、な……なに?」


――――偵察用、の……使い魔? 目的は……軍施設の諜報活動、とか?


「シス、アウラ、おしえて。……偵察、私達のこと、察知されてる?」


「…………断言は、できません……が、夜間かつ距離がある、ので……」


「……指定調査位置への移動中、と思われ……今はまだ、視られた可能性は……低い、と判断します」


――――軍施設、偵察のための……仕込み? わたしたちは、まだ眼中にないっぽい。


「機能、だけ、停止させて。残骸、サンプル、確保したい。……できる?」


「…………アウラ、なら……おそらく」


「……やってみます、ご主人さま」




 特務制御体【A−8Skアウラ・エルシュルキ】の強みとは、搭乗者の『魔法』を増幅・高出力化し、攻撃のみに限らず防御や隠蔽にも転用できる点であった。

 その戦略級『魔法』を行使するにあたって、専用機【8Skエルシュルキ】とは単なる術式媒体……いわば『魔法杖』のような外部拡張機構であり、その性質の根底にあるのは『増幅』と『効率化』に過ぎない。



 すなわち展開可能な魔法とは、搭乗者自身が会得しているものであり。

 ……要するに、アウラ単体でも『隠蔽』を始めとする補助魔法、そして幾らかの攻撃魔法を繰ることは出来てしまうわけで。



 それこそその気になれば……あんな矮小な昆蟲ノンセクトを使ったスパイ工作なんかしなくても、直接軍施設を破壊することも出来てしまうわけなのだが。




「……でき、ました。ご主人さま」


「……内包魔力の不活性化、確認しました」


「あっ、あっ、ありが、とう。……すごいね。ふたりとも、えらい」


「……恐縮、です」「……余裕、です」



 さて……今回は私達が夜間に出歩いていたために、こうして見つけることが出来た『敵国の目』ではあるが……当然、これが今回ののみで済む話だとは思えない。


 恐らくだが、これまでも昆蟲ノンセクト――小型・矮小・ほぼ無害な魔物モンステロ、私の前世でいうところの『ただの虫』――を用いた諜報活動は、行われていたと見て良いだろう。

 さすがに施設中枢にまで入り込んでいたり、鮮明な盗聴が出来ているとは思わないが……こうして『輜重課の物々しい雰囲気を感じ取り活動を開始する』程度には、それなりに働く感覚器を備えているらしい。



 幸いなことに……この連邦国軍の上層部は、私達が『どんなモノ』かをよく理解し、その上で自由にさせてくれている。

 ならば『このこと』を手土産にすれば、多少の意見具申は許されるのではなかろうか。もしかすると私達のことを再評価し、高く買ってくれるかもしれない。



 私達は今となっては、完全に連邦国の庇護下に入っているのだ。かつての祖国を売ることで私達の評価が上がるのなら、こんなにチョロいことはない。

 まあ、全部を解決できると自惚れるつもりはないが……問題提起くらいなら、怒られることもないだろう。







 ……そう思っていたのだが。



 後日、このことに関して報告を上げた私達は……私達が思っていた以上に『功労者』として称えられ、めっちゃほめられることとなるのだった。




 わ、わあい?




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