第40話 強化人間少女のたのしい機甲鎧講座



「もっと、えっと、こう! こう……じょう、はん、しん、を……ぐーって、ぐいぐい、って倒して――」


≪し、しかしフィアテーア特課少尉、そのまま動けば重心が崩れ、我が軍の【ベルニクラ】とて転倒してしまうだろう。作戦行動中にそのような危険な行為は――≫


「んんー……キケンじゃ、ない、よ? ……重心、を、前に投げて、ぷらす、下半身の駆動系、を……瞬間的に、ぶーすと。……これは、機甲鎧で『走る』……んーん、『疾走』する、基本のかんがえ」


≪は……? 疾走の、基本? ……機甲鎧で?≫




 よく晴れた青空、そよそよとそよぐ風。首都近郊にありながらもだだっ広い草原を備えたここは、連邦国軍の訓練用地である。

 今日も今日とて楽しい楽しい『機甲鎧制御訓練』のお時間がやってきたので、私はやや久しぶりな気がする汎用機【ベルニクラ】訓練仕様を預かり、元気いっぱいはしゃいでいたところだ。


 さすがに『従者』のふたりには……まあいろいろな思惑から、機甲鎧を預けることは出来ないとのことで、お留守番である。

 今頃は我々『機甲課』の格納ハンガー建屋内にて、お行儀よく待っているはずだ。ハンガー出るときにもなんか整備課のひとたちにおやつもらってたの見たから、特に心配しなくても大丈夫だろう。

 あの子達は可愛いし……この国のひとは、みんな優しいからな。




「えっと、えっと……この子、【ベルニクラ】、噴射推進機を、機体各所に持ち、ます。短時間の跳躍、姿勢制御用、が、本来の役目……なので、走るの補助、使えます」


≪…………待て、待ってくれ。どういうことだ? 走るのと推進機がどう繋がる?≫


「んんー…………ひと、はしるとき、自然と身体を前に倒す、します。風の抵抗を防ぐのと、重心を前に投げ出す、よって……えっと、早く走れる、ですが――」




 今日の訓練は、主に【ベルニクラ】の制御技術向上を目指すものであった。

 課された種目は単純にして明快、ずばり『指定地点まで速やかに移動せよ』というものであり……ここで私ことフィアテーア特課少尉は、それを前代未聞レベルの最速で、ぶっちぎりで達成したのだった。


 ……汎用陸戦型機甲鎧での『疾走スプリント』という、ぶっちゃけかなりアレな手段でもって。



――――はいはい、変態変態。


(い、異議ありー! 異議ありー!)


――――異議より先に、ちゃんと教えてあげて。つみほろぼしのために。


(はい…………)




 カーヘウ・クーコ士官学校に所属の機甲鎧に限らず、この世界この国の陸戦型機甲鎧の戦闘機動とは、せいぜいが『歩行』あるいは『駆け足』レベルが限界であるらしい。

 そう……『駆け足』は既にたくさんいるのだ、やってる者が。だからこそ私は「よっしゃ『駆け足』やな任せとけってこちとらプロ特務制御体やぞ(๑´ڡ`๑)」とばかりにしたわけで、つまり私は自ら進んで変態をさらけ出したわけじゃない。……いやそもそも変態じゃない。



 私が先程やっやらかして見せた『疾走』と、広く認知されている『歩行』『駆け足』とはどう違うのか、と聞かれれば……厳密な定義的には異なるところもあるのだろうが、私が答えるとするならば『機体上半身の傾斜角』あるいは『重心の位置』といったところだろうか。

 とはいえそもそも機甲鎧というもの自体、いうなれば『巨大な人型ロボ』であるからして……もしもそれが転倒なんてした日には、まぁ色々と大変なことになるだろう。

 そのため彼らは……あえて身も蓋もない言い方をすれば『ビビって』しまい、あまり機体の重心を外に投げ出すような真似はしなかった。『駆け足』の際にも機体の背筋は伸びたまま、それでは脚部の回転を早めたところで、ヒトでいう『ジョギング』程度の速度しか出まい。


 まぁ確かにそれでも、『歩行』に比べれば当然速い。安定性はやや下がるが不安定なわけではなく、それでいて移動速度や部隊展開の速度は圧倒的に速いのだ。

 しかしながら、まぁ実際これまではで事足りていたからなのだが……本日の訓練、ならびにイーダくんとの模擬戦闘の際に私がかました『疾走』の機動力、そしてそれが与えた衝撃は、はっきり言ってなかなかのものだったらしい。




「えっと、えっと……なので、えっと……機体、が、倒れそうになったら……その分、はやく脚をくり出して……えっと、すべりこませる、ように。上半身、が、たおれるまえに――」


≪ま、待ってくれ! いや……可能、なのか? そんなことが……【ベルニクラ】の運動性能で……≫


「えっと、えっと……私、できました……よ? 機甲鎧の、制御……下半身の一部、細分化して……ヒト、走るみたいに、こまかいマニュアルの、制御。テンポよく、ぱんぱんぱん、って――」



 発端は『思わず』といった形で問い掛けられた、同輩の男子訓練生からの『おしえて』の声。別に隠す程のことでもないかと思った私は、当初こそ『ちょっとしたコツ』を教える程度のつもりだったのだが……えっと、どうやら私と彼らとの間では『ちょっとした』の認識レベルにそこそこの乖離があったらしく。

 私の口下手も相まって、当初の見立てより結構な時間がかかってしまっており、いつの間にかとっくに全機が集合しており、なんなら次の訓練行程へと進まなければならないはずなのだが、むしろ訓練教官どのも一緒になって質疑応答に加わっている有様であり。


 そんななので私は『まぁ怒られない減点されないならいっか』と、決してわかり易いとは言い難い説明を必死に続けているところである。




「細分化、脚の動き、に…………タイミングよく、脚の推進機、を、動作させる、を……まぜます。脚を前に出す、一瞬、推進機を、動作……脚を早く出せる、ので、脚の回転が、速い……です」


≪……もしや、とは思うが…………フィアテーア特課少尉殿、貴嬢は機甲鎧全身の駆動位を部位単位で……いや、全身の推進機に至るまでも……個別制御が可能だ、と?≫


「えっ? えっと、あの、えーっと…………は、はい」




 証拠代わりになるかは不明だが……私はその場で乗機の【ベルニクラ・エデュケーター】を屈ませ、両足を揃えて勢いよく跳躍。

 脚部推進機を吹かしながら上体を思いっきり反らし、水平感覚器を頼りに姿勢制御を行いつつ、着地。

 それすなわち……後方宙返り。機甲鎧のマニュアルになんて載っているはずのない、むしろ載っていたら制作者の正気を疑う他ない、実用性絶無な曲芸を披露し……優雅に一礼。


 周囲の訓練生一同、そして訓練教官どのも、どうやら言葉を失ってしまうほどにドン引きしている模様なのだが……ま、まぁ確かに『バク宙』である必要はなかったかもしれない。

 とはいえ程度に違いはあれど、熟練の操縦者は『自らの手足のように』機甲鎧を操れるものだ。バク宙や側転くらいやろうと思えばやれるだろう、ゼファー隊長とかアーサー副隊長だってきっとできるし。バク宙とか。





――――――――――――――――――――



「えッッぶしょォぉい!!」


「うわびっくりしたぁ! ……どしたんすか隊長、カゼっすか?」


「んん……? オーリか、すまん。そういう訳では無い筈だが……」


「へーっぶしょん!!!」


「わあ!? アーサー副長も!? だだっ、大丈夫すか!? 何なんすか!? 移さないで下さいよ!?」



――――――――――――――――――――




「と、とにかく! 制御をマニュアル、細分化して……ていねいに、フローを構成。あとはそれを、すこしずつ、サイクルを早く……それで、足まわりの高速化、は、可能……ですっ」


≪…………成程な……試してみる価値はある……か≫


「はいっ! ……あっ、えっと、えっと……げんきよく、はしる、きもちい……ですっ」


≪ふふ。…………総員、傾聴。我が隊はこれより訓練内容を一部変更、林間踏破訓練ではなく……暫定呼称『特殊機動訓練』を開始する。……なにせ、教本には載っていない制御法だからな。手探りにはなるだろうが……楽しそうだろう?≫


『『『『はいっ!!』』』』




 そうとも……機甲鎧の制御というのは、なんだかんだで楽しいのだ。こうして気心の(多少は)知れた面々と、ワイワイガヤガヤ機体からだを動かしての訓練というのは……私も身内として受け入れてもらえたかのようで、とてもうれしくなる。


 前世の知識から色々と引っ張ってこれる私は、いい意味でも悪い意味でも『常識に囚われない』存在なのだろう。今回見つけ出し、普及を試みている『疾走スプリント』のように、画期的なブレイクスルーを彼らにもたらせるかもしれない。

 そうして私が知識チート(?)を披露することで、少なからず彼らに恩恵を与えることができるのなら……私達と、そして私達のかわいい従者の立場がより強固なものとなるのなら、それは充分に試す価値のあることだろう。



 幸いなことに……私が生前蓄えたそのテロボアニメの知識は、まだまだストックが残っている。

 そのまま活かせるものは、まぁ決して多くはないだろうが……探ってみる価値はあるだろう。


 私はやっぱり、この国が好きなのだ。彼らの助けにもなり、また私達の評価も上がり、そして生活レベルの向上にも繋がり、心も身体も豊かになれるというのなら……それは素晴らしいことだろう。



 えっちももちろん大切だし、その目標が揺らぐことはないのだが、とはいえせっかくできた『家族』のことも大切だからね。

 ここは私が一家の大黒柱として……きちんとがんばって、いっぱいのおちんぎんで満たしてあげないと。



 ……よし、がんばろう。







――――――――――――――――――――






「あの隊長、ちなみになんですけど……機甲鎧で『バク宙』とかって出来ますか?」


「…………は? 何だ藪から棒に」


「いや……何でしょうね? なんかっていうか……ふと気になって」


「…………まぁ、出来ないことは無いかもしれんが……やったところで得るものも無いだろう。万一にも【アラウダ】の制御系が狂ったら最悪だ、やろうとは思わん」


「ですよねぇ、私も全く同意です。機甲鎧でバク宙とか…………平然とやってのけそうな娘に心当たりはありますが」


「……………………まぁ、な」


「ほら、ファオちゃんあんな曲芸飛行してたじゃないですか。空戦機【アラウダ】なら可能なのかなって」


「どうしたアーサー、疲れてるのか? 頼むから正気に戻れ。あのお転婆娘に引っ張られるな。……わかった、休暇を上申する。さすがに我々も働き詰めだ、ここらで休んでも罰は下るまい。だから戻って来い」


「はははは…………」




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