第39話 ナンオラースッゾコラー




「……では、いきましょうか。……皆さん、お早うございます」


「あ、えっと、えっと……みなさん、みなさん。あの、おはよう、ござい……ますっ」


((…………ぺこり))




 休息日明けの平日……前世に当て嵌めるとすれば、月曜日ということになるのだろう。

 先週末の半講日土曜日から一身上の都合により欠席していた身としては、まさに一週間……いや正確には9日ぶりの出席となるわけで。

 はきはきと元気の良いジーナちゃんにならい、元気よく(※ファオ調べ)朝の挨拶を行った私と、可愛らしく会釈をして入室したシスとアウラを出迎えたのは……一気に集中する級友クラスメイトらの視線と、目を見開いた驚愕の表情と、結構なペースで広まっていくだった。




「嘘でしょ……やべぇよ増えた……」


「ファオさん一人でも既にヤバ……」


「やっぱあの2人のどっちかが……」


「ていうか、やっぱくそカワ……」


「はー? たまらねぇ……最高……」




 強化処置を施された私達3人の聴覚はもちろん、そんなひそひそ話を容赦なく捉えてみせる。

 シスもアウラも何か言いたげな視線を向けてくるが、それに対し私は『気にしないでいいよ』と、ふたり順番に頭をなでなでする。……目を細める2人は、やはりとてもかわいい。


 私が『従者』として引き連れている2人、突如として現れた小柄白髪眼帯美少女らに対し……やはりというべきだろうか、同輩の彼らは少なくない興味と関心を抱いているようだ。

 まあしかし、それも無理からぬことだろう。なぜなら先週金曜日の模擬戦闘訓練、【アラウダ・エデュケーター】どうしの非常識な取っ組み合いは、多くの観覧者ギャラリーの知るところであるからして。


 そこそこの知名度を誇る(らしい)私こと『ファオ』はもとより、その相手を務めた謎の操縦者『シス』とは、いったい何者なのか。

 機甲課どころか士官学校全体で見てもトップクラスの技量を誇る『ファオ』を相手に、機甲鎧での肉弾戦で遣り合ってみせたあの操縦者……突如として現れた『シス』の、その正体とは。


 多くの一般生らの間では、この週末の話題はもっぱらで持ち切りだったらしく……そのせいじゃないとは思いたいが、私達が調整に訪れた病院でも士官学校生の姿をちらほら見かけたのだ。

 ただ……今回は前回とは異なり、正体不明の『謎の切り裂き魔』は現れなかったようで、病院内が血で染まることはなかったらしい。よかった。




「シス、アウラ、ふたりの席……えっと、ここ。講義中、お勉強中、は……みんなの、迷惑は、だめ。しずかに……大人しく、いい子で待機。わかった?」


「……わかりました」「…………はい」


「うん。いいこ、いいこ」



 ジーナちゃんや私や、あるいはイーダくんとか他の一般生とは異なり……シスとアウラのふたりには、机を用意してもらっているわけではない。これは別にイジメとかそういうわけじゃなく、あくまでも私の『従者』であるふたりは、元々講義を受ける権利を持ち合わせていないためだ。

 そのためふたりの席は、講堂内の廊下がわの隅っこ、後ろ側の出入り口横の壁際に並んだ椅子のみであり……仮にならず者が踏み込んできたら真っ先に危険に晒されるだろうには、当然ながら机やテキストは置かれていない。

 彼女らがココに居るのは教育を受けるためではなく、私の護衛やお世話のためなのだから、それは当たり前なのだ。



 ……まあ、ただ……先日お会いしたカンダイナー部門長は『何を見聞きしようと我々は知ったことではない』といった内容のことを、ご丁寧にもウィンクしながら茶目っ気たっぷりに言っていたので……テキストこそ無いものの、つまりはなのだろう。

 帝国生まれの亡命したて、まだ何ひとつとしてヨツヤーエに貢献していない幼子ふたりが、それでも学ぶ機会を得られるように。……まったく、ニクいことをしてくれる。




「…………おい田舎者。……お前の従者か? そいつら」


「え、だれ? 何、いきなり話し、かけ、きて……こわ」


「ぐ、ッ! ……リーナレッソ・イーダミフだ。模擬戦闘訓練で相対しただろう!!」


「あー! えっと、えーっと……こんにち、わ?」



 私がヨツヤーエ連邦国の小粋でニクいところに感動していたところ、いきなり小憎たらしい同輩の男子に話しかけられた。ちょっとびっくりしたけれど、どうやら知らない男子ではなかったようで、その正体は以前私に機甲鎧での訓練戦闘を提案してくれたイーダなにがしくんであった。

 いや、忘れてたわけじゃないんです。でもですね、あのときはお顔をまじまじと見ていたわけじゃないし、べつにお顔をよーくチェックする必要も無かったので、つまり忘れてたんじゃなくて単によく知らなかっただけです。はい。



「…………お前ら、戦災孤児って――」


「ファオ、フィアテーア、ですっ。特課少尉、なので……イーダくんより、えらいの」


「んぎ…………ッ! …………フィアテーア特課少尉におかれては……いわゆる、戦災孤児……と、伺っております。……そちらの二人も……同じ、なのですか?」


「そ、そうです、けど?」


「………………ふん。……そうか」



 なおも何か言いたげに、大人しくしているふたりへと視線を向けるイーダくん。……まさかとは思うが、これは怪しまれているのだろうか。

 彼女たちと、そしてなにより私の出身国がイードクア帝国だということは、一般生レベルに対してはまだ秘匿している状態である。大々的に交戦状態に陥っている『敵国』出身ということが知られれば、愛国心をこじらせた若者が暴走しないとも限らないためだ。

 肥大化した『帝国憎し』の感情が私一人に向かうなら、それはそれである意味期待できる展開なのかもしれないが……今は守るべき可愛いふたりも居るのだ、を期待するわけにはいかない。



「えっと、えっと……イーダくん」


「な、何だ? ……何、でしょう、か?」


「…………えっと、無理やり敬語、つかわなく、て、いい……です。きもちわるいし」


「なァ、ッ!?」


「あと……シスと、アウラ、に、言いたいこと、あったら……私が、ぜんぶ、聞きます。……模擬戦、訓練も、受けて立ち、ますっ」


「………………いや、私は、別に……」


「えっと、えっと……シス、アウラ、この子、イーダくん。すぐ怒る、から……怒らせないように、ね?」


「ちょ……!?」「……はい」「……はい」



 カンダイナー部門長どののお心遣いは、とてもありがたかったのだが……しかしながらふたりに用意された席は、どうやらイーダくんのすぐ近くだったらしい。

 いきなり絡んでこられたのは少しびっくりしたけれど、シスもアウラも大人しくて聞き分けの良い『いいこ』である。気難しいイーダくんとて、理不尽にいちゃもんつけてきたりはしないだろう。なにせ上層部のお墨付きなのだ。


 イーダくんは尚も何か言いたげにしていたが、私はふたりに別れを告げ、自らの席へと戻る。

 席の近くにいきなり白髪美少女が現れてびっくりしているだろうが、あの子たちは可愛いのでイーダくんにとっても役得だろう。




 そんな感じで、今日も今日とて予科の講義が始まる。今日のお話はヨツヤーエ連邦国の地理……国内地図や産業なんかに関してのお話だ。

 私にとってはもちろんのこと、シスとアウラにとっても有益な情報だろう。ここからでは後ろ方向になるため、様子をうかがうことは出来ないが……あの子たちは良い子なので、きっと目を皿のようにして板書を拾っていると思う。



 門前の小僧習わぬ経を読む、ではないが……テキストが無かったとて、講義を聞かせてもらえるのはありがたい。

 十割全てを身に付けられるかはわからないが、少しずつでも彼女らの知識となってくれることを私は願いつつ……自分自身が置いていかれることのないよう、必死に頭に叩き込むのだった。



――――機甲課の首席って、いちばん優秀な子、ってことでしょ? お勉強もがんばんなきゃね、ファオ。


(……ねぇテア、たとえばなんだけど……試験のときにさ、こう……こっそりと――)


――――不正はブブーです。おしおきです。


(んぎィ……!!)


――――かわいい妹たちの『ご主人さま』だもんね。がんばってね、ファオおねーちゃん。


(うおお、がんばるゥー)








――――――――――――――――――――







「…………おい、お前ら……シスと、アウラとか言ったか」


「…………はい」「…………は、い」


「……貸してやる。我が祖国のことだ、私は教本など見るまでもないが……余所ヨソ、ッ…………流れ者のお前らは、違うのだろう」


「…………ぁ……え、と……」


「…………ぅぅ……」


「……あくまでも貸すだけだ。講義が終わったら返せば良い。……主人に恥をかかせぬよう、お前らも知識をつけておけ」


「…………ぁ、か……感謝、します」


「…………ありが、とう……ございます」


「ふん。……私は不要な教本を持たせているだけだ、礼を言われる筋合いなど無い」





「…………こんな年端も行かぬ幼子が……祖国も家族も喪った、戦災孤児だと? ファオの奴といい……何だというのだ、一体……」




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