第38話 その命に最大の成果を期待する




≪さて……まず最初に、要請を受けて頂き、感謝する。フィアテーア特課少尉殿、シス殿≫


「いえいえ」


≪……いえ、いえ≫


≪今回の模擬戦では、それぞれの達成目標や戦術目標は設定しない。勝ち負けの存在しない、いわばただの『組み手』だ。我々は貴嬢らに強いるものは無いし、疲れたらそちらの好きなタイミングで終了して貰って構わない≫


「はいっ。……シス、わかった?」


≪……はい≫


≪貴嬢らの厚意に、千万の感謝を。……では以降の管制は、AJE005が担当する。通信帯値をS12409、S12409へ≫


「はいっ。……シス、わかる? Sの、12409……あっ、できてる。すごいね」


≪……恐縮です、ご主人さま≫




 特空課のハンガーから出立した私達ふたりは、広々とした戦術訓練用地にて向かい合う。

 通信魔法越しに投げ掛けられるエナ教官のアナウンスは、どこかわくわくそわそわしている感じだ。……奇遇だな、私もだ。


 そこそこの距離を隔てて向かい合う、私とシス。その姿は小柄で可愛らしいいつもの姿、ではなく……シャープながらガッチリとしたボディラインがカッコいい、連邦国軍が誇る空戦用機甲鎧。

 ゼファー隊長さんとおんなじ【アラウダ】のバリエーション、橙色に塗り上げられた教導訓練機エデュケーターである。




≪……双方、通信帯値の共有を確認。【アラウダ】E011号、およびE022号との接続を確立。【アラウダ】E011、ならびにE022、こちらは管制担当官AJE005である。E011、貴機の所在を開示せよ≫


「あっ、えっと、はい。【アラウダ】E011、ファオ・フィアテーア、ですっ。…………あっ、感度、感度。えっと、敏感ですっ」


≪ン゛ッフ! …………E022、貴機の所在、ッ、を……開示せよ≫


≪……【アラウダ】E022……シス。…………自己評価……認識している……敏感、です≫


≪ンボッフ!≫



――――ファオのせいだからね? わかってるね?


(わ、悪気はなかったんですって!!)



 ……恐らく、雑音が入ることを危惧して通信そのものをオフにしているのだろう。なんの前触れもなく管制からの声が止み、いたたまれない静寂に包まれる。

 そうだ、以前イーダくんにも怒られたじゃないか。それにそのせいで寮のお風呂で『びんかん』されてエグい声がこぼれ出てドン引きされることになったんじゃないか。なんてことだ、まるで成長していない。


 このままではいけない、私はこれでも機甲課の首席(※暫定)だし、しかも特課少尉の肩書き持ちなのだ。今までのようなホンワカパッパが許されるような立場ではないのだ。

 私の背中を見て育つ妹分が2人もいるのだ、私がきちんとしなきゃならない。……認識を改めなければ。




≪……ッ、失礼した。……公開模擬的戦闘訓練、レギュレーションはUL02、追記変更は無し。何か質問はあるか?≫


「あっ、えっと、だい、大丈夫、です」


≪……確認、大丈夫、です≫


≪E011およびE022、双方の規約合意を確認。……折角の機会だ、存分に楽しんで来い。双方、構え≫


「あっ、はいっ!」≪……は、ぃ≫



 ……さて、私にとっては2回目となる模擬戦闘訓練。イーダくんから微笑ましく喧嘩を売られた前回と異なり、今回は完全なるエキシビションマッチである。

 この一戦、ほかでもない特空課の方々から『参考にさせてほしい』と直々にお願いされての一戦なので、つまりここ数日間お世話になりっぱなしだった皆さんへの、私だからこそできる『恩返し』なのだ。


 手を抜くつもりなどもちろん無いのだが……しかし、心がワクワクに踊ってしまうのも確かなわけで。

 そしてそれはどうやら――正直ちょっと意外ではあったが――相対するシスもまた、同様であったらしい。




≪カウント15≫


「あ、えっと、シス、ごほうび、あります」


≪…………ぅ?≫


「ルール、まもって、私に勝ったら……えっと、なんでも言うこときく、から」


≪…………!!≫



≪――――始め!≫




 通信帯値を共有している回線を介して、シスのやる気が跳ね上がった気配を感じる。元々楽しんでくれそうではあったが、何かしらモチベーションが上がる仕掛けがあったほうが、もっと楽しめるだろう。

 合図とともに機体を一気に浮上させ、また同時に進行方向へ向けてベクトルを操作、一気に間合いを詰めてくる。

 専用機【7Ax】での戦闘スタイルは、翼状の腕部(に纏わせた侵食性の防性力場)を用いての直接打撃が主なものだったので、やはりインファイトが性に合っているのだろう。



――――すごいね、シス。もう【アラウダ】制御系に順応しつつある。


(天才かな? ほめてあげなきゃ)



 今回私が『空戦型機甲鎧での模擬戦闘の公開』を求められたとき、シスは自ら進んで相手役を買って出てくれた。

 彼女とて――本人は望んでいなかったのだとしても――長らくを特務制御体として生きてきたのだ、はっきりいって人並み以上には機甲鎧を扱えるのだろう。専用機に頼らない、彼女のパイロットとしての実力を把握しておくのも、悪くない。


 一方、アウラのほうはというと……シスに比べるとやや引っ込み思案で、機甲鎧の操縦よりかは生身での魔法の方に興味があるらしい。……魔法課ってあったかな、今度調べといてあげよう。



 ともあれ、まずは目の前の模擬戦だ。先日の大怪獣規格外機甲鎧バトルとは異なり、今回は同じ機体・同じ条件である。

 シスのことは好きだが、それとこれとは話が別。いちおうは先輩かつ機甲課暫定首席の私としては、なんとしても負けるわけにはいかない。




――――わたし、出しゃばらないほうがいい?


(んー……そうだね。【アラウダ】だし、今はテア観測だけでしょ? 私のことはいいから、シスの動きをよく見ててあげて)


――――でもファオ、目がひとつだから、距離の感じわかんなくない?


(なんの。大丈夫、ちょうどいいハンデだよ、これくらい)


――――わかった。……もし負けたら、おしおき。ばつげーむね。


(んん!?!?)




 空戦型機甲鎧【アラウダ】の長所は、浮遊機関グラビティドライブもたらす浮力を活かした、軽快な機動力にある。

 陸戦用の汎用普及型【ベルニクラ】と体格はほぼ同じながら、重力軽減効果により運動性能は遥かに上回る。全身に急制動用の噴射機を配置しているためディテールも増えているが、それが尚のこと『上位機種』かんを感じさせてカッコいい。


 とはいえ、主眼に置かれているのはもちろん空中戦であり、更に言うならば空中での中近距離である。

 ……そう、想定された運用方法とは、あくまでも

 標準装備である携行式の機関銃も、バリエーションとして用意されている低反動砲も、袖口に仕込まれた自衛用の短射程機銃も、どれもこれも射撃用の装備だ。あたりまえだが。

 いちおう自衛用として、格闘戦用装備が無いわけじゃない。が、それはあくまでも『魔物モンステロに喰らい付かれたとき』や『射撃武器の残弾が尽きたとき』に用いる、いわば最後の手段である。



――――狙いは正確。……なんだけど。


(うん、腕の長さが……リーチが足りてないね)


――――【7Axセクエルスス】の感覚が抜けないみたい?


(そもそも【アラウダ】って、積極的に格闘振るように作られてないからなぁ)



 『空戦用機甲鎧』なんて軽々しく言ってしまっているが……まずもって空中戦そのものが、極めて難易度高い芸当だったりする。地上での戦闘とは比べ物にならないくらい、空中では彼我の距離感が掴みづらいためだ。

 同じように地に足つけて撃ち合うだけでも、『動く相手に動きながら当てる』ことは結構困難なのだ。それに加えて上下方向、高度や仰角俯角まで気にしなきゃならないわけだから……命中率は、特に戦闘機動中の行進間射撃ともなれば、それはそれは悲惨なことになるだろう。


 そんなわけで、その『バチクソ難易度の高い空中戦』をこなす機甲鎧を駆るための訓練を積むための特空課が、いわゆるエリート集団として通っているわけだが……そんな彼らであっても、主に訓練するのは『射撃』である。

 というかそもそも、身も蓋もない言い方をしてしまえば……空中での近接格闘戦などというものはらしい。



 …………何故か。

 ずばり単純、苦労して近づいて殴るよりも、遠距離から銃撃ったほうが安全で強いから。


 もっと言うと……強い銃を用意するのがそこそこ容易であるのに対し、危険を冒して苦労して近づいて殴ったところで、その『強い銃』よりも効果の高い攻撃を行うことなど、ほぼ不可能だから。


 …………誠に、誠に遺憾ながら、この世界にはビーム○ーベルなどという近接戦闘お約束アイテムは存在しない。軽量で取り回しに優れ、しかも破壊力の高い近距離戦闘用武器など、そもそも存在しないのだ。

 せいぜいが【グリフュス】の手足に搭載されているような、内部加熱式の対装甲衝角(兼・溶断用の赤熱刃)くらいだろうが……それすらも破壊力で言えば、せいぜい『同口径の徹甲弾』程度の威力しか出ないだろう。

 しかもヘタな角度で叩き込めば簡単にポッキリ逝くわけで、扱いが結構めんどくさい。そもそもコレを叩き込むためには、まず敵の攻撃全部掻い潜って近付く必要があるわけで……なら『徹甲弾撃てば良くない?』となるのは、まぁ必然ではなかろうか。


 要するに、この機体にそんなモノを仕込むような設計担当は『非常識』というか『変態』と呼んでも差し支えないのだが。

 しかしながら……この世界における『機甲鎧での近接格闘戦闘』がどういう扱いを受けているのか知らず、機甲鎧巨大ロボでの近接格闘戦に抵抗感を抱いていない私が、その『非常識』というか『変態』な挙動で既に戦果をバッチリ上げてしまっていたわけで。



 しかもしかも、実際に彼女の乗機を撃破してみせたことを受け……その『非常識』というか『変態』っぷりを、シスまでもが真似るようになってしまったわけで。




――――あぁ、シス……かわいそうに。ファオの変態っぷりが伝染しうつっちゃったんだよ。どうするの? 責任取れるの?


(だ、だってそんな……知らなかったもん! 陸戦用機甲鎧は、斧とかメイスとか携行装備あるじゃん! 空中でも使えばいいじゃん!!)


――――ふつうのひとは、そんな重たいもの持って飛ばない。


(私が普通じゃないって言いたいの!?)


――――変態、って言いたいの。


(んん!!?)



 機甲鎧の五指を『ぐわっ』と開いて、シスの【アラウダ】の腕が迫る。モーションとしてはかつての乗機【7Axセクエルスス】で多用していたような、対象を握り潰すつもり満々の攻撃なのだろう。

 巨大な両翼のような腕部に攻性防壁を纏わせ、その侵食力で握ったモノを抉り取る。……これまでのシスの決め手は、ほぼであったようだ。


 テアときたら、さも『私のせいでシスに変態が伝染した』みたいな言い方をしていたが……私はそれは違うと思う。

 私と戦う前から、特務機【X−7Axシス・セクエルスス】はその戦法を用いていた。つまりシスは元から変態なので、私の変態がうつったわけじゃないのだ。……私は変態じゃない。



――――ひどい言いがかり……あとでシスに謝ってね?


(う、うん? ……うん)



 伸びてくる【アラウダ】の腕を掻い潜り、ならばと私も意趣返し。機体と完全同調させた右手の指を器用に扱い、シスの腕をこちらから引っ掴む。

 今は遠いかつての世界、義務教育期間中の体育の時間。申し訳程度に嗜んだ柔道の知識を、覚えている範囲で呼び起こす。

 

 シスの【アラウダ】の右腕を圧潰させることなく、それでいて自機のマニピュレーターを自壊させることもなく。関節部に掛かる負荷を機敏に感じ取り、絶妙なトルクでホールドしつつ引っ張り……そのまま振り下ろす。




『『『『はぁーーーーーー!?』』』』




 ……なんていう観覧者ギャラリーの声など聞こえるわけないのだが、それくらいのことをやっている自覚はあったりする。なにせ空戦型機甲鎧どうしで、空中で近接格闘戦を繰り広げ、しかも機甲鎧が機甲鎧を一本背負いしてのけたのだ。

 この世界の常識で当てはめれば……それがどれだけ変態じみた挙動なのか、なんとなくだけど想像できてしまう。



――――自覚ありの変態とかどうしようもないんですけど?


(へ、変態ってそういうんじゃないし!?)



 ともあれ、私達の機体は空戦用機甲鎧【アラウダ】であり、ここは地の上ではなく空中である。勢いよく投げ飛ばされたシス側の機体とてダメージを負うことはなく、むしろスムーズに制動を掛けてバランスを整え、ほんの一瞬で立ち直る。

 ちょっとだけびっくりしたような様子で、何か思考を巡らせるように機体の右手をぐっぱぐっぱしていたが……私にはその悩みのタネがよくわかる。


 なんといっても特務制御体は、私もシスも『規格外』だらけなのだ。これまでは【X−7Axシス・セクエルスス】の長大な腕に慣れていたシスにとって、標準的な――つまるところ圧倒的に短い――腕をもつ【アラウダ】の間合いは、どうにも不慣れなのだろう。

 これまではずーっと、あの異形の特務機を操ってきたのだ。テアの兄弟機みたいなものだし、あの機体のすべてが悪だとは思わないが、是非ともいろんなことに挑戦してみてほしい。



「シス、シス。いい?」


≪……ぅ、? ……はい≫


「これ、実戦じゃない、ので……いっぱい試して、練習して、大丈夫。試して、うまくいかなくて、失敗して……でもそれは、何も怖くない、から」


≪…………ぁ、≫


「ここは、大丈夫。……失敗しても、大丈夫なところ、だから。……わかった?」


≪…………はいっ≫




 常識ハズレもはなはだしい、空戦用機甲鎧どうしによる、盛大な取っ組み合い。それが『特空課の皆さんの参考になるか』と聞かれれば首を傾げるしかないが、演目としてはそれなりに見ものだろう。

 諦めることなく、一生懸命に【アラウダ】を駆るシスの姿は、見る者に『頑張りやさんのいい子だな』と印象付けてくれるだろうし……そんな彼女の相手を務めているファオに対しては、『お願い聞いてくれる子なら強く頼めばヤらせてくれるかも』という印象を抱いてくれるかもしれない。


 さすがに、すぐさまえっちに結びついたりはしないだろうが……そういう細かな仕込みが、輝かしい将来の合意えっちライフに繋がるのだ。



 新しいことに挑戦し、たくさん失敗し、それでも諦めずに成功を目指し、新しい自分のかてとする。それを学ばせてくれるこの国は、とても寛大な場所なのだ。

 願わくばシスが……そして彼女とともに歩むアウラが、自分の好きなこと、夢中になれることを見つけられますように。



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