第35話 やっぱこの国って被検体少女に優しいね




 おはようございます。親愛なるヨツヤーエ連邦国民のみなさん。思春期じゃないけどえっちが気になるお年頃、ファオ・フィアテーア特課少尉です。


 私のおねだりに端を発する辺境基地往復計画と、それに触発されたイードクア帝国侵攻軍の迎撃作戦から、早いもので4日が経過しまして。

 私達はつい昨日……前世に当てはめると、水曜日でしょうか。ようやく首都郊外の軍事拠点、更にいうとカーヘウ・クーコ士官学校へと、帰還することが出来たわけであります。


 正確には、まだ色々と処理が残っているのだろうけど……所詮は学生の身分である私達、および盛大に巻き込んでしまった特空課の方々は、程々のところで本来の任務おべんきょうへと戻されることとなったのだ。

 水曜日の夜、久しぶりに寮へと帰還した私を、ジーナちゃんはそれはそれは労ってくれて、ぎゅってしてくれたしいっぱいなでなでしてくれた。すごいうれしかった。

 久しぶりジーナちゃんにお風呂に入れてもらい、久しぶりに寮生のお姉さま方に(ひかえめだったが)気持ちよくしてもらったので、とてもうれしかった。……声は、ちゃんとガマンできた。



 そしてその翌日である、今日。

 満を持して機甲課の訓練に復帰……できるのかと思いきや、私達は首都郊外基地の上層部の方々に呼び出しをくらいまして。

 ……はい、どうやら今週いっぱいは訓練に復帰できなさそうであります。




「楽にして構わん。ヨツヤーエ連邦国軍シュト統合基地司令部、教導部門長のオットー・カンダイナーだ」


「は……はっ! カーヘウ・クーコ士官学校、機甲課1期、ジーナ・ゼファーでありますッ!」


「は、はいっ! えっと、えっと、えっと……ファオ・フィアテーア……特課曹ちょ――」


――――少尉少尉。


「あっ! そ、そう、しょう、しょうです、少尉です。フィアテーア特課少尉、ですっ! …………あっ、名前を、名乗って。なまえ」


「…………はい。…………イードクア神聖帝国中央軍スバヤ生体工学研究所所属戦略機動パッケージ、検体名シス・セクエルスス……です」


「…………同じく……イードクア神聖帝国中央軍、スバヤ生体工学研究所所属……戦略機動パッケージ。……検体名、アウラ・エルシュルキ」


「……ハッ。…………噂には聞いていたが……なるほどなぁ」



 そういって乾いた笑みを浮かべ、深々とため息をつくカンダイナー部門長……見た感じは『穏やかそうなおじさん』でしかない彼が、カーヘウ・クーコ士官学校の、いわば『校長先生』的な立場の人なのだろう。

 私と、私の介護役であるジーナちゃんと、私がどこからともなく誘拐してきた美少女ふたり。こうして『校長室』的なところに呼び出されて、いったいこれから何をされてしまうのか。

 ……私一人だったら、そりゃもうえっちなことをしてもらえるに違いないと喜んだところだが……シスとアウラ、それにジーナちゃんが一緒ということは、さすがにえっちのお誘いでは無いのだろう。この優しそうなおじさんが5Pをご所望するとは思えない。



――――ごぴー? もしかしてファオの変態。


(ちょ、ちょっと!? 今色々とすっ飛ばしたよね!? 変態って断言しないでよ!! ひどい!!)


――――はなしちゃんと聞いて。ファオはもちろん、シスとアウラの今後に関係あることでしょ。


(はいすみませんテアさん)



 状況からして、シスとアウラ2人の今後を決めるお話の場なのだろう。私のようなどこの馬ボーンを迎え入れるような懐の深い国が、シスやアウラを処罰するとは思わない。

 なまじファオという前例が存在しているために、ある意味ではこの国の考えが読みやすかったりするのだ。



「確認しておきたいのだが……我等ヨツヤーエに対して敵愾心を抱いていないというのは、確かなのか?」


「えっと、えっと、暫定的な『飼い主』……あっ、その、命令する人、私になっています。私が『ヨツヤーエ連邦国民に危害を加えない』と……指導? するので……えっと、たぶん」


「多分、か。…………なるほど、致し方あるまいな。コトロフ大尉」


「はっ。……悪く思うなよ」



 雑談の延長のような『何気なにげなさ』で、カンダイナー部門長は傍らのコトロフ大尉に合図を出す。

 その合図を受けて、腰後ろから短銃を取り出したコトロフ大尉は……本当に何気なにげない動きで、そのままシスの額へと銃口を向ける。



 それを受けて……シスもアウラも、


 けっして動けないわけではなく、自らの意志で『動かない』ことを選択し……コトロフ大尉とカンダイナー部門長に、自分たちの命を委ねている。




「……発言を許可しよう。シス・セクエルスス、ならびにアウラ・エルシュルキ。……何故、抵抗の構えを見せなかった?」



 私の気のせいでないのならば……よりいっそう笑みを深めながら、カンダイナー部門長はシスへと問いかける。

 手を挙げて合図を出し、それを受けてコトロフ大尉も苦笑しながら、短銃を腰のホルスターへと戻す。……やっぱりただのだったか、一人だけ顔真っ青にしていたジーナちゃんが可哀想だろうに。



「…………わたしたちは、ヨツヤーエ連邦国の捕虜となった。命令権限保持者、現在は『ファオ・フィアテーア』と認識しています。……状況は、理解しています」


「…………わたしたちは、所属国をヨツヤーエ連邦国へと変更する必要がある。『ファオ・フィアテーア』はそう指示を下し……また、『みんな優しいから安心して良い』と、判断材料を提供しました」


「…………『怖がらなくて良い』『苦しまなくて良い』。いずれも、わたしたちは魅力的だと感じています」


「…………わたしたちは、かつての命令権限保持者の存在を……好ましいと感じたことは、ありませんでした」



 私よりもずっと硬い表情に、どこか悲しげな相を垣間見せながら……シスとアウラは、淡々と語り続ける。


 自我が薄れ、命令に対して忠実に従うように仕立て上げられていたとしても……彼女らの自我は、完全に消え失せているわけでは無いのだ。

 粗雑な扱いをされれば嫌だろうし、身体を傷つけられれば痛いだろう。心無い扱いや視線を向けられ続ければ……心は軋み、ひび割れていたことだろう。


 あのクソアホ帝国の特務制御体わたしたちに対する扱いが、ロクなものではなかったということは……他ならぬ私達が、身をもって知っているのだ。

 だからこそ……かつては同じ扱いをされていたからこそ、ここヨツヤーエでは安心して良いのだと、苦しいことは無いのだと、せいいっぱい伝えたつもりだったのだが。



「…………なるほど。……老いぼれごときが、いちいち危惧する必要も無かったようだね」


「全くですよ。……いくら軍令とて、こんな幼娘に銃を向けるなど……娘に知られたら間違いなく軽蔑されます」



 どうやら私の想いは、きちんと伝わっていたようだ。

 この国が安全な場所なのだと、信じてくれたようだ。


 今のこの子たちならば……私の差し伸べた手を、きちんと握り返してくれることだろう。

 幼いなりに、つたないなりに、それでもこの国で、少しずつ『できること』を見つけていってくれることだろう。




「…………よくわかった。配属先は追々おいおい検討するとして……2人の在籍許可を出そう。いきなり脅して……試すような真似をして、すまなかったね」


「あっ、えっと……いえ。…………だって、ね?」


「…………はい。…………コトロフ大尉、銃を向けましたが……発砲の可能性は無い、判断しました」


「…………わたしたちを、傷つけようとする、意志……少しも、感じられません……でした」


「です、です。私達は、ヒトの害意? けっこう感じ取る、得意ですので……その逆も、よく、わかります」




 カンダイナー部門長も、コトロフ大尉も、苦笑したような表情を浮かべると……そこからは『ぱりっ』と空気を切り替え、私達への『辞令』が下された。

 ……とはいっても、ジーナちゃんはともかく、シスもアウラも正式にはまだ軍属じゃないので、要するにただの『指示』だ。身寄りのない彼女らに『今後はこうしなさい』っていう指針を出してくれたわけだな。



 そうして……まぁ私はあらかじめ知らされていたんだけど、お引越しの話が出されることになった。

 今住んでいる寮から出て、学生寮とは異なる士官クラス用の、しかもファミリー向けの賃貸物件を手配してくれるとのことであり……それの示すところとは、シスとアウラは私達の『同居人』になるということだ。


 2人は一応、自分の意見を曝け出すことが出来たわけだが……しかしまだまだ、抑制されまくった自我が蘇りきってはいないようだ。長年に渡る洗脳と条件付けを打ち砕くのは、容易いことではない。

 仮とはいえ、私は『飼い主』を引き受けた。彼女ら2人を預かると決めたのだ。まさか檻や観察部屋に監禁しようとも思わないし、ならば一緒に寝起きして、少しでも多く『いろんなこと』を教えてやりたいのだ。


 それに加えて……私は自身の階級と収入を活かし、身の回りのお世話をしてもらうためにと、ジーナちゃんを雇用しようという計画なのだ。

 お父上からは許可を得ているので、というかこれはむしろお父上からの提案なので、あとはジーナちゃんご本人の意志に委ねられるわけなのだが。



「…………っ! ぜひ! 是非とも私にやらせて下さい!」


「……だ、そうだ。私としても異存は無い。……良かったね、フィアテーア特課少尉殿」


「は、はいっ! あの、えっと……ジーナさん、これからもよろしく……お願いし、ますっ」



 私が発した『一緒に暮らそう』アプローチに、少しも嫌そうな表情を垣間見せること無く、ジーナちゃんは二つ返事で快諾してくれた。

 やはり私は嫌われていなかった。ジーナちゃんとこれからも一緒に暮らせることが、とてもうれしい。彼女の気配りはとても助かるので、私はもうジーナちゃんなしでは生きられない身体になってしまったかもしれない。



――――わたしもいるよ。


(テアとは本気ガチで一緒じゃなきゃ生きられないからね。……いつもありがと、テア)


――――んふー。




「では……取り急ぎ、物件へと案内させよう。……コトロフ大尉」


「はッ。…………重ね重ね、先程は失礼した。シュト統合基地司令部教導部門付、タガナ・コトロフだ。……何か不都合があれば、遠慮無く相談してくれ」


「あっ、えっと……ありがと、ござまうす」


「住人は女子ばかりになってしまうが、近隣住民は軍関係者が多い。治安の心配も無かろう。……さて、色々と支度も在るだろう。仔細はまた連絡を寄越そう。下がって宜しい」


「「はっ!」」




 そうして校長室を後にした私達4名は、コトロフ大尉に率いられて新しいお部屋を案内してもらうことになった。

 なんでも新しいお部屋、小さいながらも個室がしっかり4つ確保されているファミリー物件とのことで、ワンルーム二人部屋な一般学生寮と比べるとあからさまに高待遇である。これはやはりしっとが捗るな。



 とはいえ、注目すべきは『個室がしっかり4つ確保されている』点である。

 個室というのはつまり、プライベートな空間なわけで、つまりは……深い意味はないけど、たとえば裸になっても何も問題ないのであって。



 つまりは……つまりは、いうことにほかならないのだ!





 ……ええ……そう思ってたんです、が!!




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