第34話 強化人間少女のたのしい作戦リザルト




 私はこれまで、とても真面目で良い子で可愛くて勤勉な優等生として、学校生活を送ってきていた。

 確かに編入してからまだ1〜2ヶ月だし、イーダくんを蹴落として手に入れた首席の立場ではあるけれど……私としてはこのまま無遅刻無欠席を維持しつつ、極めて真面目に学校生活を続けるつもりで居た。



 …………いたの、だが。



 さすがに、これ程までに事態が大きく動いてしまっては、もはや『週末の二日間で往復して、翌日から普通に訓練』などと言ってられるような状況ではない……らしい。

 かくして私と、私の用事に巻き込んだばっかりに道連れとなってしまった特空課の皆さんは……辺境基地への延泊が決定し、少なくとも第一平日月曜日の訓練欠席が確定してしまった。


 空戦型機甲鎧の扱いを専門とする『特空課』は、カーヘウ・クーコ士官学校の中でもエリートコースである。そんな将来有望な方々の学習の機会を奪ってしまい、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだが。




「…………え? いや、別に平気っしょ? サボってるわけじゃ無いし……ってかコレ『訓練中の不慮の事態』だし?」


「だってよ、ケンロー基地だぜ!? しかも【アンセル隊】を生で拝めたんだぜ!? どう考えてもラッキーっしょ!」


「しかもさぁ…………いや、タダモノじゃないとは思ってたよ? ……けどさぁ、天使ちゃんがそんな……こんな大変な身の上だったなんてさぁ」


「それよ! 他でもない天使ちゃんが困っとるんやぞ? そりゃもー最優先で助けるべきっしょ! 俺らの訓練とか別に後回しで良いし!」



――――もてもてじゃーん?


(て、天使ちゃんは恥ずいってば!!)



 ここまで見せつけてしまっては、さすがに私の出自はおのずと知れてしまうことだろう。ならばとエライネン大佐は方針を転換し、本訓練に参加していた特空課の面々にも『私のこれまで』を共有した方が良いのでは、と提案してくれた。

 私はそれに同意を返す。命の危険を冒してまでここまで良くしてくれた彼らに、今後も嘘をつき続けるというのも気乗りしなかったし……それに、彼らとて軍関連組織に身を置いているわけで、秘匿すべき情報の保守義務に関しては、私よりしっかりしているだろう。


 幸いなことに、私の半生と出身国を知ってあからさまに態度を変えるような人は、特空課の中には居なかった。……いや、なでなでをたくさんしてくれたので、むしろ嬉しい。

 エーヤ先輩を始めとする候補生の皆さんも、それどころか引率役であるエナ教官も、皆が皆先の調子でノリノリであり……私としてはとても助かるのだが、私の用事が終わるまで待機を継続していてくれることになったのだ。



 ここでいう『私の用事』が何なのか……この期に及んでは、今更言うまでもないだろう。




「以前のファオさんを見てる僕としては、やはりどうにも緊張してしまうんですけど……あの、本当に『大丈夫』なんですよね?」


(ほんとに大丈夫なんですよね?)


――――ほんとに大丈夫です。ばっちり。


「えっと…………ばっちり、みたい……です」


「……そう、ですか。…………いえ、すみません。さすがに……目の前で幼子の頭が吹き飛ぶ、なんてことは……ちょっと、御免ごめんこうむりたいですので」


「あぁーー…………」




 辺境基地の医療衛生担当、かつては自らの血で真っ赤に染まった私を診てくれたこともある先生は、引きつった笑みを浮かべながらもそう漏らす。

 どうやら彼はあの一件で『幼気な子どもがスプラッタされる』ことに対して、少なからずトラウマを植え付けられてしまったらしい。……えっと、だいたい私のせいだな。片手吹き飛んでたもんな。


 しかしさすがに今回は、そんな結末になりはしない。有り余る私の魔力と、顔も名前も知らぬ親から引き継いだ魔法の才、そこに前世サブカルの知識とテアの演算処理能力が合わさることで、この事態を打開するための『秘策』を練り上げていたのだ。



 いつだったか、私の特異な魔法について触れたときにサラッと言及した気がするが……私は帝国の研究施設で飼われていたとき、自身の精神安寧のために『魔法』をことがある。

 他者の意識のベクトルを感知し、それを掻い潜ることを可能にする魔法。最近ではもっぱら私の脱走、あるいは周囲の人々の感情を察知することに活用されたり、ヒト相手であれば戦闘にも役立てることが可能な、私達のだ。


 魔法の『構築』など、そうそう容易く出来ることではないらしいのだが……私には恵まれた血筋と、前世異界の(創作物の)魔法知識があったのだ。

 実際のところ、実験体時代には魔法の構築を成し遂げているし……大っぴらに行動することが出来るようになってからは、魔法の研究――というよりかはテアの演算処理によるシミュレート――も自由に行うことが出来るようになっていた。



 そうして私達は、このたび新たなる『魔法』構築を成功させるに至った。構想そのものは前々から組み立ててあったので、この度は必要に迫られて一気に完成させた形になる。


 その魔法とは……ずばり『ハッキング』。

 私の身体が直に接触している、あるいは密着に近い至近距離に位置する魔力制御端末を、テアの力を借りて一時的に支配下に置く魔法である。

 とはいえ、さすがに支配できる端末の規模には限界がある。機甲鎧サイズの支配なんかはもちろん無理だが……今回の目的を達成させる分には、問題なかった。




(……これで、この子たちの義眼、勝手に暴走自壊……自爆される心配も、もう無いってこと?)


――――安心していいよ。もともと義眼はちっちゃいから、複雑な制御パターンは仕込まれてない。自爆の機能は一つだけだったから、ちゃんとこわしといた。


(…………ありがと、テア)


――――ううん。きにしないで。…………、わたしもやりたいことだから。



 清潔で真っ白なシーツがぴしっと敷かれた、診察室特有のちょっと狭い寝台。少し前には私がお世話になった清潔な寝床が、2つ横並びに設置され。


 見た目だけで言えば私と同程度に幼気で、神秘的な真白の髪の女の子……捕虜となった『特務制御体』2名が、すうすうと規則正しく、健やかな寝息を立てている。



 イードクア帝国の生み出した、吐き気を催す実験の成功事例……特務制御体パッケージ【X−7Axシス・セクエルスス】ならびに【A−8Skアウラ・エルシュルキ】。……いや、どちらも機体を喪い、また悪辣な飼い主による束縛からも逃れたとなれば、単に『シス』『アウラ』と呼ぶべきか。

 彼女らは機能停止した機体から出てきたところに鎮静剤の洗礼を受け、大人しくなったところで私達が『ハッキング』の処置を施し、周囲の危険と彼女らの命の危機を取り除いた。

 そこで、帝国製特務制御体のに関する知識(もっとも『取り扱われる側』だったのは言うまでもないが)を持っていた私が、彼女らに命令の『上書き』を実行。

 『元』とはいえ帝国人の私を暫定的な『飼い主』として再設定を施すことで……【V−4Trわたしたち】ならびにヨツヤーエ連邦国に対する敵対行為を封じることが出来た。


 しかしながら、長年刷り込まれていた『教育』とは真っ向から相反する命令を入力されたことで、表情には出ないながらも相当混乱していたらしく……いわゆる『再起動』を試みるかのように、眠るように意識を失ったのだ。

 トラウマ幼子のスプラッタを恐れて所作がぎこちない医療班長を宥めすかし、すやすやと眠る『シス』と『アウラ』を預け、安心安全に太鼓判を押したのが先程のことである。



 一方で機体の残骸は、辺境基地の技術班が奇声を上げたり小躍りしたり舌なめずりしたりしながら回収していたので、恐らくは何かしら有効活用されることだろう。特に浮遊機関グラビティドライブがほぼ無傷で、しかも2機分手に入ったのは相当嬉しかったらしい。

 動力部は当然ながら全損、機体も胴体部以外ほぼダメになってしまっているが、それでも制御中枢まわりが無事だったのも、嬉しさポイント追加だったようだ。おかげで私は私史上最高に、思う存分ちやほやなでなでしてもらうことが出来た。ただしえっちはしてもらえなかった。


 えっちなことは、してもらえなかった。




――――でも、ご褒美のおちんぎん、もらえるんでしょ?


(そうみたい。あとなんか、階級を上げてくれる的なことも言われたけど……でも正直、階級とか興味ないし、あんまり嬉しくな――)


――――おちんぎん増えるし通りやすくなるかもよ?


(めっちゃ嬉しい。なにそれ、うそ、やだ、連邦国だいすき)



 今回の夜間出撃――魔物モンステロ編隊とイードクア突撃軍との同時迎撃戦闘――を総括するにあたって『を駆ってに当たり、のもと被害抑制に大きく貢献した』私ことフィアテーア特課曹長は、辺境基地司令部から正式に仰々しいお褒めの言葉を賜ることとなった。

 まあもっとも、いち早く迎撃に出られたのは愛機テア操縦席ナカで夜間えっちを画策していたからであり、また私達としては正直なところその場のノリで動いていただけだし、またの身柄以外はあまり気を配る余裕もなかったのだが。

 しかし……その辺を知るよしもない第三者おじさんたちによって不遜の身に余る過分な評価を賜るに至り、わたくしとしましても誠に恐縮であり今後も粉骨砕身の精神にて滅私奉公に臨む次第となったわけで御座います。



――――わかりやすくまとめて?


(ひとりえっちするためにがんばるぞ)


――――ぬあもうん。


(あっ! なんかいろいろと諦められたような気配を感じる!)



 今回受けた襲撃に関して、私達としては『完全勝利』と捉えて差し支えないと思う。

 襲撃の最中に会敵してしまった姉妹は、どうにか命を奪わずに無力化することが出来たし……機体の残骸は技術部の方々が喜んでくれるだろう。


 それに、ただの『おまけ』かと思っていた私の昇進に関してだが……それに更に、思ってもみなかった『おまけ』がついてきたのだ。



 そうとも、私は特課扱いとはいえ『少尉』クラスになりましたので、即戦力として申し分ない立場なわけです。

 しかしながら、士官学校で常識や知識を身につけることは、軍の方々と私達の双方ともが望むことなので、今後も頑張ってお勉強したい。


 ならばということで、なんとなんと……私達の寮のお部屋をですね、この度ドドンとアップグレードしていただけることになったのです!!





 ……なったのです、が。





 

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