第27話 どきどきの週末遠足行軍
私にとって運命の日である、その週末。一般学生は通常講義がある半講日だが、今日の私は特別扱いゆえに、ひと足早く寮を出発する。
いつもより早い時間帯なのに、ジーナちゃんは私の起床時刻に合わせて早起きしてくれて、私の身支度を手伝ってくれた。とてもありがたい。……ゼファー大尉にもお礼を伝えなくては。
「いってき、ますっ」
「はい。行ってらっしゃい。……お気をつけて」
「…………はいっ!」
ジーナちゃんに見送られ、私は女子寮を出立する。通学時刻にはまだまだ早い早朝の時間帯、さすがに周囲はまだ静けさに包まれている。
こんな時間に動き回っているのは……今回私がお世話になる特空課の皆様、あとは敷地内警邏の警備兵や、維持管理担当の方々なのだろう。お疲れ様です。
集合場所となるのは、いつも使っている学生用の格納庫……ではなく、軍用機が収められているほう。私は初めて立ち入るエリアなので、正直とてもわくわくしている。
ゲートを見張る監視員に、通行パスを見せて名前と所属を告げる。……やはりというか、私の真っ白頭は珍しいので、照会も非常にスムーズだった。
――――そのつぎの、扉が開いてるたてもの。もう何人か来てるみたい?
(ありがとテア。……まあ、準備してくれてたんだろうね。こんな早くから)
――――すごくえらいね。
(そうだね。ありがたい)
記憶力がいい私より更に記憶力に優れるテアが、基地内の道案内をしてくれた。そのお陰もあって迷うこと無く、スムーズに目的地の格納庫へと到着する。
明るく照らし出された格納庫内では、既に3機の【ウルラ】がスタンバイしているようで、動力機関が独特の駆動音を響かせている。
「おはよファオちゃん!」
「お早うございます、ファオさん」
「はよーす! 今日はよろしくな!」
何人か来ているみたい、どころの騒ぎではなく……格納庫へと顔を出したのは、どうやら私が最後だったようだ。慌てて時間を確認してみたが、提示されていた時刻にはまだまだ余裕がある。
どうやら機体の準備もろもろの『課外訓練』は、もっと早くから始まっていたらしい。私達に負担をかけないようにと少し遅めの時間を伝え、一方の彼らはもっと早くから活動していたらしい。
いったい何時に起きたのだろうか。早朝の疲れも苦労も感じさせず、特空課の皆さんは私達を気遣うように……明るく元気に、それでいてやさしく声を掛けてくれる。
まったく、本当に……なんでそういうことをするのか。……この国のことが、もっと好きになっちゃうじゃないか。
≪【ペンデュラム1】より各機。最終確認を実施せよ≫
≪こちら【ペンデュラム2】問題ありません≫
「【ペンデュラム3】同じく。いつでも行けます」
≪各機の応答を確認。感度良好。……では、現時刻を
≪了解。【ペンデュラム2】
「【ペンデュラム3】、右に同じ。浮上開始します」
(すごい、なんか新鮮。わくわくする)
――――なかなかないもんね、ほかの機甲鎧にあいのりするの。
(複座型とか乗らないし、機甲鎧に乗るとしてもだいたいテアでこと足りるもんね。テアはすごいから)
――――でっしょー?
当初の予定では、私は3番機の背部休憩スペースに収まり、文字通り『お荷物』として運ばれるだけの予定だった。
しかし先日の実機訓練において非常に優秀な制御能力を披露したこと、また真面目で勤勉で可愛らしい私を『特空課』の方々が好いてくれたこと、そして狭隘な寝台で長時間『じっ』とするよりかは、眺望の良い操縦席が良いだろうと配慮してもらえたこと。
以上の理由となにより『特空課』のご厚意により、なんと私は現在【ウルラ】3番機の左乳操縦席にて、2番搭乗者としてスタンバっているわけで。
つまり1番搭乗者、エーヤ・ツヤーネン先輩がバテた際には、この【ウルラ】は私のものになると言っても過言ではないのだ(※過言です)。
≪【ペンデュラム】、こちらヨツヤーエ・シュト・コントロール。離陸を許可する。天使の翼が輝かんことを≫
(んん???)
≪了解。【ウルラ】P1、P2、P3、【ペンデュラム】全機、発進≫
≪っしゃァ! 天使とダンスだぜ!≫
(なんて???)
――――もてもてじゃーん。
私的には色々と言いたいことが無くもないが……そもそも今回の課外訓練自体が、私の発したわがままに由来している。そう考えると異議申し立てする気も失せるというか、むしろなんか気を使っていただいてすみませんというか。
とにかく、私の内心の葛藤をよそに、コールサイン【ペンデュラム】3機は格納庫前発着場から離陸し、悠然と宙を舞う。あとはこのまま辺境基地方面へ、巡航速度でほぼ一直線に進むだけだ。
私が首都へ来るときには、空路と陸路を併用し、およそ2日掛かっての行程だった。今回は全行程を空路でかっ飛んでいくため、前回の半分程の時間で着けるらしい。
空路では目的地まで一直線だが、しかし陸路は当然そうはいかない。ヨツヤーエ連邦国の首都である『シュト』は、大きく開かれた平野部に位置しているとはいえ、平野部の周囲には多くの起伏と河川が走り、数々の障害物が行く手を阻むこととなる。
たとえば川幅の広い大河や、標高の高い山脈、付近に水源の乏しい乾燥した荒野や、巨大な野生動物が闊歩する草原地帯。
空路を選んだのは、そういった障害物すべてをスルーすることができるから。……そのはずだったのだが。
――――ねえファオ、望遠視覚だせる?
(うん? なにか気になるの? ていうか…………あぁー、そっか。テアもさすがに【ウルラ】の中は
――――さすがにね、よそのおうちだから。
(なるほどね)
「…………ん? どした天使ちゃん。何か気になるモンでもあったか?」
「ぁ、え、と……ちょっと、きになる、しまして…………あ、これ」
「どれど………ッ!? ちょちょちょいマジかよ! ――P1! 方位225距離585、【
≪何だと!? 全隊停止!≫
≪嘘だろ、何だってこんな……ッ! ヨーベヤ大森林か!? だとしても――≫
≪行動半径が広すぎるな。大森林の生態系に変化が…………いや、今はどうでも良い。迂回するしかないか……≫
「……ぇ、…………えっ? あ、あの……撃たない、です、か?」
「ん? ……あー、まぁ……この【ウルラ】はそもそも、戦闘苦手な機体だし。地上型の【
「あの、この…………携行型、長射程狙撃銃、って……」
「それなー、まぁ……威嚇用ってぇの? とりあえず逃げる時間稼ぐために積んでる、みたいな?」
「いかく…………弾頭、は、実戦用?」
「え? まぁそりゃ………………あの、待て。待って、マジ? 本気?」
「ん。……まじ」
≪どうしたP3。提案なら――≫
「えーっと…………ですね、その……」
まあ確かに機体の性格上、直接戦闘を苦手とする機体なのだろう。しかしながら【ウルラ】のチャームポイントでもある、動力関連設備の納められた腰背部ブロック……テア程ではないけど大きなお尻の側面には、折畳式のロングレンジライフルが懸架されている。
ツヤーネン先輩の言うように、本来は撤退に移るにあたって接近阻止の『威嚇』に用いるための装備らしいのだが、特定条件下では対地支援攻撃にも用いられるように、実戦用の攻撃弾頭も搭載されているらしいのだ。
飛行型の魔物【
現在の距離表記は585、あの【ギンヤンマ】の有効捕捉範囲は……せいぜいが450くらいだろう。この距離ならばまだ気付かれていない可能性が高く、実際こちらに反応した様子もないので、ただ周辺警戒を継続しているだけのようだ。
つまりこの条件なら、先制狙撃で【ギンヤンマ】の編隊を排除できる可能性が高いのであって。
――――いけそう? ファオ。
(ほほほ、だーれに向かっておっしゃっておられるのやら)
――――うっわ、うざ。わたしは知覚だけ、制御はフォロー入れないから、がんばってね。
(ごめんて、ありがとう)
≪フィアテーア特課曹長、ツヤーネン候補生より意見具申を承った。……やれるのか?≫
「はい。……はずしたら、予定通り、迂回すればいい……ですっ」
≪……貴官の言う通りだ。ではフィアテーア特課曹長、対処を貴官に一任する。早急に行動開始せよ。……ツヤーネン候補生≫
「オッケーです! さぁさ、
「ん……
一射目。目標の左斜め上。
二射目。誤差修正。ヒット、撃破一。
三射目。ヒット。撃破二。
四射目。ヒット。撃破三。
五射目。標的が回避行動。当たらず。
六射目。ヒット。撃破四。
およそ二秒に一発のペースで撃ち続け、遥か前方を警戒していた【
遠距離用の望遠視覚センサーで念のため確認してみたが、それら以外に面倒なモノは検知できなかった。偵察任務を担う【ウルラ】のセンサー群はかなり優秀なものなので、それに引っ掛からないということは安全と見て問題ないだろう。
四匹の編隊が、一匹残らず砕け散ったのだ。あの様子では仲間を呼べた形跡もないし、ばっちり処理できたらしい。
……教官の話では、普段はこの辺に出没することは無いらしいのだが……まあそのあたりの原因究明に時間を割く必要は、特に無いだろう。まだまだ道は長いのだ。
部隊は間もなくして移動を再開、時間のロスも最小限で済ませることが出来たらしい。
私は【ペンデュラム】隊の皆さんからの称賛を一身に浴び、とてもいい気持ちになることができたし、この調子で安全確保をがんばっていこうと思う。
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