第26話 わくわくの特別予行訓練




 機甲鎧などに用いられる動力機関とは、特定の巨大昆虫【魔物モンステロ】の心核を利用した、一種の半永久機関であるらしい。


 長期に渡って膨大な動力……恐らくいわゆる『魔力』的な何かを取り出すことが出来、機甲鎧や路面電車に搭載できる程度にはコンパクト。地球でいう内燃機関や蒸気機関よりは可動部品も少なく、よって整備性にも優れる。

 個体ごとに若干の性能差は生じるらしいが、どうやら破壊されない限り(少なくとも現状では)限りなく長い耐用年数を誇る(と思われている)。


 その優秀さが戦闘兵用機械の恐竜的進化を促し、やがては軍事目的に転用されることとなり、国家間の殴り合いへと続いてしまっているのだが……このあたりは、やはりどこの世界でも似たようなものなのだろう。

 平和目的の発明が、必ずしも平和をもたらすわけではないということだ。



 そんな心臓を備える機甲鎧だが、そうはいっても機甲鎧そのものの構造は複雑である。前世ではちんちんがあった者のさがとして、その構造にはとても興味があった。まぁ巨大ロボだもんな。

 そのため講義以外でも色々と聞いたり調べたりしていたところ、むっちゃ褒めてもらったし撫でてもらった。うれしい。

 そんなわけで私は同期の子らに比べ、機甲鎧の構造に詳しい自信はある。どうやら前世で身につけていた知識――機械制御やプログラミングの存在が、理解を深める手助けをしてくれていたようだ。




「【ウルラ・エデュケーター】E012……起動アイドリング。……各部応答、正常値、を……観測」


「そんなあっさりできちゃう? 半端ないって。出来ないでしょ普通」


≪うーわ、マジかぁ……え、特務機だよ? 本当に起動アイドリング出来ちゃってるよ……いやマジか……本当すごいな、機甲課の天使ちゃんは≫


「んんっ!?」




 一般的に言われているのは、機甲鎧の制御術式とは『傀儡兵ゴーレム制御魔法を応用したものである』というもの。その認識はやはり正しいらしいのだが、とはいえ『機甲鎧イコール巨大傀儡兵ゴーレム』というわけではない。


 機種によってバラツキはあるが、あんな十何メートルもあるアホデカい傀儡兵ゴーレムなど……仮に魔法で制御しようと思えば、ほんの一時間と保たずに魔力が枯渇するだろう。戦闘機動を行わせるとなったら、尚のこと息は短くなる。

 ではどうするのかというと……魔法による干渉を、あくまでも『機体制御』のみに専念させる。そうすることで制御魔法のコストを下げ、長期間の動作を可能とするに至ったらしい。

 機甲鎧の動作そのものは、例の動力機関から生じる動力で行われる。例えば『走る』や『銃を構える』なんかの動きは機体側が行ってくれるわけで、操縦者はただ的確なタイミングで『走れ』や『銃を構えろ』なんかの指示を出せば良い。これが基本の考えだ。




浮遊機関グラビティデバイス励起オンライン。出力上昇。……浮上、開始」


≪……うわマジかぁー。浮いちゃったかぁー。……いや待って、何だこの安定性≫


「ぇえ、だって振動ほぼ無かったじゃん。ホントに浮いて…………浮いてるよなぁ本当に。ぇえ、ウソでしょ……」


「ふふん」




 つまり機甲鎧を動作させる動力は、機甲鎧そのものに備わっている。そのため仮に搭乗者の魔力が枯渇したところで、あくまでも『機体を動かす手段』が無くなるだけであり、決して『機体が機能停止する』

 仮に搭乗者を入れ替え、魔力に余裕のある者が制御を引き継ぐことができれば……まぁ機甲鎧そのものの補給が必要無ければだが、すぐさま行動を再開できるのだ。


 ……とはいえ、急制動を掛けるための推進剤や弾薬なんかを補充する必要もあるわけで、結局は一度拠点に戻らなきゃならないらしく。

 なら別に行動中に搭乗者入れ替えなくても、基地に戻って補給してる間に休ませれば良いじゃん、そっちのが安全だし効率良いでしょ……となり、まぁ実際ほとんどのケースでは、そういう運用で落ち着いている。



 しかしながら一方で、そんな効率的運用……例外的かつ特殊な運用が前提とされる機体も、無いわけではない。

 現在私が動かしている機体、空戦型機甲鎧【ウルラ】こそ、まさにだ。




≪…………えー、はい。正直言うとね、僕が教えなきゃいけないコトなんて無いね、これはね。制御コードも綺麗だし、接続もスムーズだし……もービックリだよ、お世辞抜きに特空課ウチで欲しいくらい≫


「ホントそれですって。いやー羨ましいなぁ機甲課の連中、こんな可愛いくてスゴいと毎日ご一緒できるんだもんよ」


「ぁ、と…………恐縮、ですっ」




 本日私が搭乗している教導訓練機【ウルラ・エデュケーター】……その原型となる特務機【ウルラ】は、標準仕様で複座式の操縦席を持つ、少々特殊な機体である。

 先に述べた『搭乗者の入れ替え』を前提とし、更に発展させた『行動範囲拡大・長距離強行偵察仕様』とでも言うべきコンセプトの機体であり、その胸郭内には左右に操縦席が並んでいる。

 役割を『機体制御』と『情報収集』とで分担し、負荷を2名の搭乗者へ分散させることで、活動時間の延長と行動範囲の拡大を実現させた機体。……ただしその性格上、特に分散制御時は戦闘機動が苦手だといい、実質的には偵察などの後方支援特化型の機体といえる。

 また拡張された胴体後部――訓練機では教官用モニタリングシートが据え付けられている位置――には、原型機では小規模ながら、寝台とトイレとシンクを備えた休息スペースも備わっているという。……ちょっと欲しくなってきた。




――――なあに、浮気? ファオひどい、わたしという機体ものがありながら、えっちで変態なのに浮気までする気?


(ち、ちがうって! ただ、ちょっと……こぢんまりとした休憩スペースにロマンを感じただけだって! キャンピングカーみたいな感じの! 私が好きなのはテアだから)


――――ふ、ふーん、ふーーーん。……まあでも、ファオがほかの機体に夢中になるとは、わたしも思ってないけれど。


(当たり前じゃん。テアは私にとっていちばん大切な……もう『機体』っていうより、私の家族みたいなものだし)


――――しってる。……だいすきだよ、ファオ。


(…………知ってる。えへへ、私もだよ)




 さてさて、本妻テアからの追求も無事にかわしたことだし(といっても本心ではあるが)……現状について、改めて説明しておこうと思う。


 教官どののお話からもわかるように、現在私がお邪魔しているのは『特空課』機甲鎧訓練の場である。この時間いつもの戦術訓練区域では機甲課みんなが訓練中のはずなので、要するに私だけ特別扱いというわけだ。しっとが高まる。

 もちろんこれには理由があり、士官学校ならびに軍上層部からの正式な命令のもと行っているので、私は何も悪くない。


 この特別待遇には、ひとつは『特別候補生の空戦機甲鎧への適性検査』といった理由が存在する。私が技術開発局からのアプローチを受けていることは既に周知されており、そのため私の技量評価という名目で【ウルラ】に載せてもらっている、という……それがひとつめ。

 ふたつめは、特空課の搭乗員候補生に対し、いわゆる『発破を掛ける』ための、つまりはデモンストレーション。イーダくんの例じゃないが、私の制御技術を実際に見せ付けることで、特空課の向上心を促す作戦なのだとか。


 そんな感じで、なにやら理由が付けられていた『特別措置』なのだが……とはいえそれらは、いわば表向きの理由なのだという。


 ではもうひとつ、裏向きというか……差し当たっての理由。

 それは今週末に迫った【グリフュス】受領のため、限られた時間で首都郊外・辺境基地間を往復するための、強硬輸送手段適用のための『事前訓練』なのである。



≪では……まぁ必要無さそうではあるけど、念の為。機体制御の継承、やってみてくれ≫


「…………はい。えっ、と……制御中枢コンダクター待機ニュートラルへ。……【ウルラ・エデュケーター】E012、制御離脱ベイルアウト制御権限譲渡ユーハブコントロール


「はいはーい。制御権限継承アイハブコントロール、っと。……なーんで初見一発で出来ちゃうんだろうね? ねぇ教官〜、やっぱこの特空課ウチで欲しいですってぇ〜!」


≪うるせェ俺だってそう思ってるわ!≫



 サイドバイサイド型の並列操縦席……いうなれば【ウルラ】の右乳に座る私から、左乳に座る特空課のツヤーネン先輩へと、空中で制御引き継ぎの練習を行う。

 浮遊機関グラビティデバイスも機体動力と同様、制御魔力が途切れても出力は維持されたままであるため、墜落する危険は無い。その特性を活かしてパイロットのバトンタッチを行うことが、本訓練の目的である。


 この機体の原型機【ウルラ】が備える最大の特徴、それは『最大4名の人員を搭載できる』という点である。

 パイロットの魔力切れで機体を動かせなくなるのなら、一人あたりの負荷を減らせばそれだけ長い時間動かせる。なんなら予備人員を帯同させ、複数人でバトンタッチしながら機体制御を行えば良い。

 長距離強行偵察型機甲鎧【ウルラ】とは、ずばりそんな頭がわる……えっと、その、思いきったコンセプトの機体なのだという。背部に増設された休憩室も、まさにその予備人員2名を運ぶための空間なのだという。


 この機体特性を存分に活かし、半講日の朝から首都郊外基地より出撃、道中の搭乗員交代を経て、その日のうちに辺境基地への到着を目指すという、超強行スケジュール。

 ただこの長距離行軍自体は、例によって特空課の課外訓練として運用されることになったらしい。私はそこに紛れ込み、バックアップ要員として機内待機しつつ、辺境基地へと運んでもらう。そういう作戦である。



 作戦当日は、訓練機ではない【ウルラ】3機編成、合計で10名の先輩方が特空課から参加してくれるらしい。

 操縦者が3名ローテーションで制御を担当し、予備人員として教導官クラスが1名。そこへ私を加えて、全部で11名となる。私は主だって制御に当たる予定は無いのだが……『せっかくなので』と、特別に制御と訓練を体験させてもらった。めっちゃたのしかった。

 左胸に同乗しているエーヤ先輩も、背部監督席のエナ教官も、いずれも当日参加してくれる予定だという。どちらも私をほめてくれるし撫でてくれるので、彼らとなら長距離行軍も苦にならないだろう。


 それに……なんといっても、念願の【グリフュス】と再会できるのだ。それを思えばどんな苦労も、私の気分を害すことは出来ない。



――――ていうか週末って、えっちしにいく気まんたんじゃなかったっけ?


(こ、候補地を探しに行くだけだったし? べつにえっちの予定は無いですし?)


――――ふーーーん。




 そう……たとえ私の『ひとりえっちするホテルを探しに行く』という予定が崩れてしまったとしても、それを補って余りあるうれしさが得られる見込みなのだ。


 なのでべつに悲しくはないし、べつに忘れていたわけじゃない。ホテル探すのは来週でもいいし。



 えっちが1週間くらい延びても……私はガマンできる。たぶん。



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