第25話 女の子だらけの生活コミュニティ



「えっと……寝癖も無いし、鞄も持ったし、ゴーグルも掛けたし、お目々もぱっちり。制服のシワも無いし……うん、きちんと着れてますね。……よし! では行きましょうか、ファオさん」


「はいっ! 今日も、よろし、く、お願い……しますっ」




 昨晩はおたのしみ……というには少々危ない橋を渡る羽目になり、私は正直なところ生きた心地がしなかったのだが。

 私にとっては幸いなことに、ジーナちゃんはいつもと変わらず――いや心なしかいつもより距離感が近い感じで――私の世話を焼いてくれている。


 私が制服を着るのを手伝ってくれたり、寝ぐせが残らぬよう髪を梳かしてくれたり、全身の身だしなみのチェックをしてくれたり。

 私が五体満足の美少女だったら、もちろん何の苦もなくこなせてしまうモーニングルーティンなのだが、いかんせんあちこちバランスの悪い私にとってはいちいち難易度が高いのだ。


 確かに、ジーナちゃんはお父上から直々に、私の介護を指示されているのだろうが……しかし多分だけど、どうやら彼女は私の介護を、嫌悪してはいない。

 ……正直、とても迷惑を掛けている自覚はあるので……嫌われていなくて、本当によかったと思う。



――――わたしも肯定。ジーナさんのエモーショナルステータス、わたしが検知できる全ての要素で【親愛】と判断できる。


(よかった……昨日のアレで嫌われちゃったら、ホントどうしようかと思ったもん……)


――――なかよしだね。とてもありがたいこと。


(うん……ほんと、もう……おかあさんみたい)



 寮の自室の玄関で身だしなみチェックをしてもらい、ジーナちゃんと二人一緒に部屋を出る。鞄を持ったまま寮の食堂で朝食を摂り、そのまま登校するのがいつもの流れだ。


 私達と同様、登校前の朝食を摂るべく食堂へ向かう寮生にあいさつを返し、私は階段を降りていく。ジーナちゃんはいつも、さりげなく私の動きを注視して……もし私が躓いたらすぐにでも手を出せるようにと、常に身構えてくれている。

 私のお世話をしてくれたり、私の安全を守ってくれたり。もちろんこれらは、お父上から仰せつかってやっていることなのだろうけど……そこに『嫌悪感』が少しも混じっていないことが、私はたまらなく嬉しい。




「…………? どうしました? ファオさん」


「んーん。なんでもない、ですっ。……んへへ」


「かわ、ッ! (すー、はー)………で、では……いつも通り、私が食事を持ってきますので――」


「はいっ。席、確保。あと……お水の、用意、しますっ」


「ふふっ。お願いしますね、ファオさん」


「はいっ!」



 ジーナちゃんから鞄を受け取り、私は空いている席を探して食堂内を練り歩く。

 だいぶ短くなってしまった左腕とて、肘関節までは残っている。こうして、鞄の取っ手を引っ掛けて運ぶことくらいは可能なのだ。


 義手を付けてもらうことが出来れば、もっと出来ることは増えるのだろうが……とはいえ、さすがに重たいトレイを持ったりは難しいだろう。

 私は末永く、誰かの手助けを必要とする運命なのだ。それはもう受け入れるしかない。……なされるがままっていうのも、それはそれで興奮する。


 しかし、そのことを悲観してばかりもいられない。少なくとも今はこうして、私を助けてくれる子がいるのだ。その恩に報いるべく、できることからやっていく。

 モノを持つことが絶望的に苦手な私に代わり、ジーナちゃんは私の分の朝食プレートも、こうしていつも確保してくれる。貢献度で言えば及ぶべくもないが、こうして席取りとお水の用意くらいはと、毎朝作業分担をさせてもらっている。

 こなせる作業が殆ど無い私ではあるが、それでもできることをすると、ジーナちゃんがなでなでして褒めてくれるのだ。……いや、ママの才能あるよこの子。



「お待たせしました。席、ありがとうございます」


「こ、こちら、こそっ! ……いつも、ありがと、ございます」


「はい、お粗末さまです。……では、頂きましょう」


「…………はいっ!」



――――ほら、あの子だよ。この前言ってた、機甲課の白い天使ちゃん。


――――やった! 今日は天使ちゃん見れた! 良いコトありそう!


――――はぁ……なごむわぁ……いつ見てもいいものだわぁ。


――――仲良いわねぇ……はぁ……いいわねぇ……あぁ、尊い……。



――――などという声がね、多数ね、いままさに寄せられてるんだけどね。


(わざわざテキスト化して読み上げてくれるのは助かるんだけど……いや、べつに助からないわ。それ私が知ったところでどうしようもなくない? てか天使ちゃんって何?)


――――いまファオあちこちで人気出てるんだよ。知らないの?


(知らないけど!!?!?)



 おいしいスクランブルエッグをスプーンで頂きながら、私は私の置かれている驚愕の事実を、今更ながら把握するに至る。

 ふわふわでトロトロの卵料理は、ケチャップとの相性も抜群。そのまま頂くのも美味しいが、私はパンにチーズと一緒に乗せて食べるのが好きだ。……いや、でも今はそれどころじゃなく。


 心なしか、いつもよりニコニコ具合が増している気がするジーナちゃんと、こうして平穏に朝ごはんを頂けているのは、とてもありがたいことなのだけど。



――――んとね、まずファオは編入直後から騒がれてました。


(まぁ……目立つもんな、この頭。あと特徴ありすぎるし……片目と片手って)


――――それもだけどね、ファオは小さくて子どもみたいな身体だから。


(士官学校だもんね、ここ。周りはみんな成人か、その一歩手前か。……その三歩くらい手前だもんね、この背丈は)


――――あとね、ジーナさん。きれいでカッコよくて、もともと女の子たちに人気だったみたいで。


(あー、わかる気がする。きれいでカッコいい。おまけに優しくて、面倒見が良くて…………なるほど、か)




 そもそもこのカーヘウ・クーコ士官学校、軍関連施設の常として、女子の比率が結構控えめであるらしい。そのため女子内コミュニティの結束力はことほか高く、容姿端麗かつ面倒見の良いジーナちゃんは多くの女子に好かれていたという。

 そんな折、中途半端なタイミングでの編入生が現れ、得体の知れぬ真っ白美少女がジーナちゃんの隣を占有することとなった。


 女子だけの学生コミュニティともなれば、多少はそういう百合の花が咲き乱れていたとて、別段おかしなことではないのだろう。

 そんな花園を、どこの馬の骨とも知れぬ欠損美少女が踏み荒らしたのだ。



――――うまのほね? ほね……うま?


(気にしない気にしない)


――――う、うん……?



 その事実に気づいたとき、私は正直『やっちまった!』と結構凹んだりもした。そりゃそうだ、既に可憐な花を付けていたであろう花畑を、何も知らない私が土足で踏みにじったと……そう思ったのだ。


 しかしながら、その……なんだ。軍関連組織に名を連ねている家のご息女ともなれば、そのへんは結構現実主義であるらしく。

 いわゆるところの、本気で結ばれようと奮闘している女子ともなると、実際のところはほぼられなかったらしく。

 実態としては……例えて言うなら『美しい花を並べて一枚のとして眺めて楽しみたい』みたいな、ばなタイプ(?)の百合愛好家が大多数だったようなのだ。



 そこへ現れたのが、見た目だけは美少女であるところの、ファオ

 かねてより人気が高かったジーナちゃんと私がべったりであることから、私に対しても彼女らの興味が注がれ始めたらしく。


 そうして連日連夜、お風呂にて繰り広げられていた『ふれあい』を経て、私の可愛らしさに目覚めてしまった寮生の女の子が、こうして続出しているらしいのだが。



(だからって……さすがに『天使ちゃん』は、ちょっとばかり恥ずかしいぞ)


――――白くて、ちいさくて、かわいいから。


(……や、それはそうかもしれないけど)


――――諦めて。もう結構広がってるから。


(えっ!?)


――――模擬戦闘訓練、すごく目立ったでしょ。ておくれだよ。


(えっ!?)




 慌てて朝食プレートから顔を上げ、ぐるりと周囲を見回してみると……そこそこの数の女の子が、私達のことを注視しており。

 食堂ならではのノイズで声のほとんどを掻き消されているが、そもそも表情を見る限りでも、結構な割合の子らが微笑ましげな笑みを浮かべており。


 中には……私と目が合うなり、笑顔でお手々をふりふりしてくれる子までいる始末なのだ。……私も振り返しとこ。ふりふり。



――――きゃーーかわいいー!


――――きょとん顔かわいいー!


――――すごい和む……しあわせ……。


――――寮に入っててよかったぁ。


(リアルタイム読唇再現すごいね!!)


――――ふふん。まかせて。



 ま、まあ……天使だなんだと言われるのは、やっぱり少々気恥ずかしいけれど……でも凛々しくも可愛らしいお姉さま方にちやほやしてもらえるのは、やっぱり悪い気はしない。

 私は基本的に女の子が好きなので、やはりそういう意味で言うならば、女の子からの覚えめでたい美少女で良かったと心から思う。


 なにより……寮生の女の子たちのヘイトを買うことなく、むしろ暖かく見守ってもらいながら、ジーナちゃんにお世話してもらえるのだ。

 つまり私達の仲は皆さま公認というわけなので、これからも堂々と甘えられるということなのだ。




――――告白しないの?


(さすがにそれは。あんまり面倒な女にはなりたくないし。…………それに)


――――うん? それに?


(……いざ踏み込んで、距離を詰めてみて…………それで拒絶されて、関係が壊れちゃうかも、って考えると……怖いし。甘えられなくなっちゃうの、やだし)


――――なるほどねー……まぁ、べつにいいのかな。いまのままでも。


(……うん。ジーナちゃんに嫌われないように、それでいてお世話焼いてもらえるように……愛玩動物ポジションみたいな? そんな感じで好かれたい)


――――ぇえ、ペット志望とは……たまげたなぁ。


(えっへへぇ! なんかえっちでしょ?)


――――うわぁ。




 ジーナちゃんはわたしが甘えても許してくれるし、寮生のお姉さま方はそんな私達を暖かく見守ってくれるし……テアはときどき辛辣だけど、でも私のことをよく理解してくれている。

 これ以上を求めるのは我儘であろう、非常に恵まれている住環境。素敵な毎日を提供してくれる彼女らのことが、私は好きなのだ。



 …………だからこそ。


 みんなが、好き、だからこそ。




(はやく…………はやく、一刻も早くいい感じの宿ホテル見つけないと……朝までソロライブしないと……)


――――そうだね、たいへんだね、えっちファオは。早くえっちしないとなんだもんね、えっち。ファオの変態。


(変態じゃないの! むしろ変態にならないためにもひとりえっちしないとなの!!)


――――はいはい。今日も一日がんばろうね。


(私は変態じゃないの!!)




 ついさっき、今朝起きたときまでは、確かに『今日のお勉強はなにかな、予科かな本科かな』なんて楽しみでいたのだが。


 あぁ、休息日が……つぎの休息日が待ち遠しい。



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