第24話 脱法えっちは合法ではない



――――ファオ、ねぇファオ? 大丈夫? 生きてる? あ、だめだね、燃え尽きてるね。


「…………………………」


――――うう、かわいそうなファオ……やらしい子を亡くした。


(しんでなぃ……ゎたしゎ……しんでなぃ……)




 元気よく講義に出席して、元気よくお昼ごはんを摂って、色んな人にちやほやされて、病院で検査をして、私の不注意でほぼ裸を見られて……まぁそれは別にいいんだけど、帰ってきてからもうひと波乱が巻き起こって。

 平日初日げつようびなのにものすごく濃密な一日を過ごした気がするが……夜も更けて消灯時間を迎え、ようやく落ち着くことが出来た、といった感じだ。



 その、くだんの『もうひと波乱』に関しては……正直、予想以上だったとだけ言っておこう。

 そのせいもあって、現在私はこうして燃え尽きて、死んだように伸びているのだが……まぁご覧のように起き上がる気力は霧消しているが、もちろん死んでいるわけではない。げんきです。



「……その、えっと…………ご、ごめんなさい、ファオさんっ! 私、あんな……つ、次からはもう、あんなことしませんっ! もう絶対、触りませんから!」


「えっ…………や、やだ、だめ! だ、あのっ……こまって……それ、わ、こまり、ます……」




 状況そのものは、私にとって決して悪いことではなかった。いやむしろどっちかっていうとすごくことだったのだが、むしろあまり大変残念なことになったというべきか。

 いつも通り私をお風呂に入れてくれて、そのためその場に居合わせたジーナちゃんがここまで思い詰めてしまう程度には……それは、なかなかに出来事だった。



 その事態の引き金となったのは……ひとつは、私の左目に義眼が入ったこと。そしてもうひとつ、別の原因が予想できる。


 まずひとつめ。これは私の予想どおりだったが、かわいさ7割増しの私に対し、お姉さま方がいつも以上に積極的に『なでなで』をしてくれた。

 私は特にお風呂場では(ゴーグルテアを持ち込めないため)距離感が掴みづらく、またバランスも取りづらく危なっかしいので、基本的に介助を必要としている状態である。

 また単純に片手しかないので、身体を隅々まで洗うことが出来ない。それに非常に時間がかかってしまうため、いつもジーナちゃんに助けてもらっているのだが……その際、お風呂に居合わせた寮生のお姉さま方が、よくお手伝いを買ってくれているのだ。


 いつものように『なでなで』しようと思ったら、そこにはいつもよりも7割増しで可愛い顔が、温かいお湯で融けたように気持ちよさそうな顔をしているのだ。

 そりゃあ……いつもよりも7割増しで積極的になるのも、仕方ないというものだろう。



 加えて……これに関しては正直、ちょっと予想外のところから波及した原因なのだが。

 先週の『本科』の時間に執り行われた、イーダくんとの模擬戦闘訓練。……どうやら、が原因であるらしい。



「あ、あのっ、私はべつに……触られて、嫌じゃない、です、のでっ!」


「でも…………大丈夫、ですか? その……敏感、なんでしょう?」


「…………うん……そう、みたい……です」



 ……そう、『敏感』。

 いや実際のところ、私の身体はあちこちが敏感……つまり感覚細胞の働きが鋭く、また神経伝達速度と信号伝達容量も大きい。そういうふうに調整されている。

 細かな刺激を鋭く捉えることが出来、それこそ『空気が変わった』ことを感じ取れる程にまで、その感度は高められている。

 さすがに着衣に触れる部分とか、日常生活に支障をきたさない程度には制御できる。当たり前だ、でないと日常的に衣擦きぬずれでイき散らかすような淫乱美少女になってしまう。

 だが……先に述べたように、私にとってお風呂場とは少々『危険な場所』であるからして、危機察知しようと半ば反射的に『敏感』スイッチが入ってしまうのだ。


 普段の『なでなで』は、まぁなんとかギリギリがまんできるラインで踏みとどまっていたのだが……今回はお姉さまの一人が、その『敏感』というワードを聞きつけてしまった。模擬戦闘訓練前の状況確認のとき、ほかでもない私自身が『感度はたぶん敏感です』などと口走ってしまったためだ。

 もちろん私はで発したわけじゃないが、そもそもアレはイーダくんの言う通り定型句ではなかったわけで……ああもいきなり予想外のことを口走れば、聞き手が思考飛躍させてしまっても仕方がないところはある。

 話し手がどう考えていようとも、聞き手が全く同じ解釈をしてくれるとは限らないのだ。



 そして、つまり、今日さっき起こった『事件』の話に戻るのだが。

 そんな感じで『私の身体が敏感』という情報を仕入れたお姉さまが、誠に光栄なことに『どれくらい敏感なのか試してみても良い?』などとアプローチを掛けてくださり、それに待ってましたとばかりに同意バッチコイした私が『敏感』されたことで……そう、悲しい『事件』が起こったのだ。



 最初のうちは……本当、まじで『勝った』と思ったよ。実際マッサージっていうか、あわあわで身体を洗ってもらうのは気持ちよかったし。お湯で温かい感覚の中で『ぞわぞわ』ってして、そこからは『ふわふわ』な感じへと続いて、でもそれらは不快な刺激じゃないってことがわかって。

 つまるところ、私はお風呂場で全身をもらったことで――そりゃ本当のえっちには遠く及ばないだろうけど――念願の『きもちい』を摂取することが出来ていたのだ。


 しかもこれは、私が懸念していた『異性間交友』ではない。同性間であるし、ただの洗いっこなのだから当然だ。つまり完全合法で実質的にえっちしてもらえるわけで、オスメスのえっちができない現状で求め得る最適解と言えただろう。



 ただ、私にとって誤算だったのは。

 この身体が、その『きもちい』に対し……あまりにも免疫がなかったことだろう。




「……だって、その……ファオさん、出してたので……もしかして、嫌だっ――」


「や、やじゃない! 嫌じゃない! だめじゃない、です!」


「えっ!? あっ、その……そ、そう、なんです……か?」



 しかし……そんな『最適解』が。私が見つけ出した唯一の逃げ道が。

 私の現状におけるたった一つの望み、可能性の獣、希望の象徴ともいえる『寮のお風呂で生還せいかんマッサージ作戦』が。


 他の誰でもない私自身の手……もとい声によって、私が発してしまった『正直ちょっと予想外すぎた刺激で軽く達したときにこぼれ出てしまった物凄くエグい喘ぎ声』によって、無惨にも打ち砕かれようとしているのだ。



 あの瞬間は……はっきり言って『空気が凍った』とでも表現するのが妥当だろうか。

 私自身も自分の喉から飛び出たエグい嬌声にビビったし、間近で私の身体を磨いてくれていたジーナちゃんも物凄いビビってたし……恐らくは直接の原因と言えるであろう、私の『敏感』さを試してみようと身体をくれていたお姉さま方も、思っていた以上のエグい声にビビって、思わず手を止めていた。


 お風呂場ならではの水音が、いやに鮮明に聞こえる中……私と、私以外の誰かの荒い息遣いが、これまたハッキリと聞こえてくるようで。

 やがて……誰かがやや強引にその場を切り上げ、皆どこか焦ったような、引きつったような笑みを浮かべながら、何事もなかったかのように入浴の時間は終わりを告げ。


 中途半端に昂ぶった身体を持て余した私と、ひと撫でごとに身悶えする私を介護するジーナちゃんは……なんとも言えない雰囲気のまま、自室へと撤退するハメになり。



 こうして、いつになく緊迫した雰囲気の中で……反省会が執り行われているというわけなのだ。




「……あの、えっと……私は、ぜんぜん嫌じゃない、です。ジーナさんに、洗ってもらって……さっきはびっくりして、えっと、ちょっと…………へ、、出てしまった、です、けど……」


「ほ……本当に大丈夫なんですか? 痛かったり、その……嫌な感じ、とか――」


「ぜ、ぜんぜんっ! 嫌なわけない、ですし、むしろ、もっと気持ちよく――」


「えっ!?」


「あっ」



――――あの。


(やべ)



 ちがうんです、これはちがうんです。単純に私は自分ひとりでは身体を隅々まで洗えないので、そういった意味では隅々まで身体を洗ってもらえるのはとてもすっきりして気持ちがいいんです。

 決して、決して変な意味ではなくて、純粋にお風呂を『気持ちいい』と感じる感覚といいますか、つまりジーナさんのおかげで私は気持ちよくお風呂に入ることが出来ると、そういうことを言いたいわけですので、つまり決して変な意味ではなくて、なので変な気持ちはないです。

 なので明日以降もお風呂を手伝ってほしいし、なんなら今日と同じ感じにしてほしいです。


 ……といった内容のことを、私は未だかつて無いほど必死にまくし立て、己の無実と行為の正当性を身振り手振りで訴えた。

 普段は言うことを聞かない私の唇も、さすがにこの危機的状況下にあってはそれなりに働いてくれ……どうにかこうにか、ジーナちゃんに私の思いを伝えることは出来たようだ。




「え、えっと……えーっと…………つ、つまり私は、これからもファオさんのお手伝い……身体を洗ったり、しても良い、のです……か?」


「はいっ!!」


「…………ふふっ。……わかりました、ありがとうございます。ふつつか者ではありますが……今後とも、宜しくお願いしますね、ファオさん」


「はいっ!!!!」



――――あらあら、元気なお返事だこと。


(だって! 合法手淫ルートの消滅がギリッギリで回避できたんだよ!? めでたいでしょ!!)


――――あぁ、やっぱり……ジーナさんをダシにして、様子見に入ったお姉さま方を巻き込むつもりなんだわ……ファオ、いやらしい子。


(がはは! いやらしくて結構! このファオ・フィアテーア、目的の為なら手段を選ばぬ!)


――――はいはい、くれぐれもえっち罪で捕まらないようにね。


(……………………はい)




 まぁ……なんとかギリギリで、合法えっちへの道が閉ざされずに済んだわけだが……正直、お姉さま方が前みたいに積極的にしてくれるようになるまでは、少なくない時間を要するだろう。


 まあ実際のところ、私の見た目は弱々しくて儚げな色白小柄美少女なのだ。そんな子にえっちなイタズラをして、しかもやり過ぎて泣かせてしまったとなれば、そりゃ気まずくもなってしまうわな。

 私が『敏感』だったばっかりに、えっちな刺激に免疫がなかったばっかりに……お姉さま方を躊躇させ、こうして距離を置かれる結果となってしまったのだ。


 ……そう、全ては私のこの身体が、えっちな刺激に対する耐性を持っていなかったばっかりに。事前にひとりえっちで様子見することも出来ず、いきなり本番を迎えてしまったばっかりに。

 もし私がえっち耐性を有していたのなら……全身から甘く響く『きもちい』を受け容れつつも、あんなエッグイ声を上げることもなかったのだ。



 だからこそ、私個人のえっち耐性を付けるためにも、私は結構本気で『ひとりえっちできる場所』を探しているのだが……まぁその続きは、次回以降の休息日だ。

 とりあえず今日のところは……引き続きジーナちゃんに、お風呂を一緒してもらえる約束を取り付けたことで、良しとしよう。



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