第23話 流血をいざなう恐怖の強化人間



 訓練ならびに講義の日程が組まれている平日は、若干ではあるが放課後に自由時間が存在する。

 休息日のように敷地外へ出掛けることは叶わない、限られた自由ではあるものの、学生たちは思い思いに自由時間を満喫しているようだ。


 尤も『外に出られない』とはといっても、もちろん例外は色々と存在する。あくまで『遊びに行けない』というだけらしい。

 本人の急病や身内の不幸、行政機関や軍部からの呼集等の、正当な理由を添えて外出許可申請を行えば、意外とすんなり許可されるのだという。


 まあ、とはいえ……今回の私達の目的地である『病院』は、そもそも許可申請の必要がないエリアだったらしいが。



 私達の目的は、今日一日をとても刺激的に過ごす切っ掛けとなった『仮義眼』の調整である。……いやほんと、軽く思い返しても刺激的な一日だった。


 まず朝イチで元気な挨拶をしてからというもの、いつもより7割増しで集中する視線を味わうことになった。

 お昼どきにも様子は変わらず。講堂を出てから食堂への道すがらも、昼食を摂る間も、常に『興味』あるいは『好意』の視線が向けられていたようだ。

 昨日のお出かけの際の一件なでなでもあって、そもそも高射課はじめ他の課にも私の真っ白頭は知れ渡っていたらしく、それで『興味』を抱いて実物を見た結果、見事『好意』を抱いてくれたと。


 いやはや、我が身ながらすさまじい迎撃能力だが……これには『左眼を隠す必要がなくなった』ことに加えて、やはり『堂々と顔を上げて背筋を伸ばすようになった』等の要因が考えられる。

 とはいえ要するに、私がとても可愛いと認めてもらうことが出来たのだ。この身体の管理責任者としても、鼻が高い。



 ……それで、そんな刺激的な一日を過ごし、私は放課後こうして病院を訪れることとなった。

 義眼およびその周囲の眼底組織に、およそ一日でどれ程の負荷が掛かっているか。その診断を行い、形状をブラッシュアップするため……らしい。


 しかしながら、この度挿入されていた仮義眼は、眼底組織への負担を限りなく抑えるための薄いタイプだ。私としても妙な圧力は感じていないし、削る必要はまず生じないだろう。

 いやむしろ、色々と詰め込んでほしいまである。なにせ私の眼窩は、以前は『帝国製戦闘義眼もっと大きなモノ』を咥え込んでいたのだ。

 義眼に視力を持たせることまでは望まないが……欲を言うのなら、せめて右目の視線に追従できるようにはしてほしい。あっ、あと夜間灯もできたらお願いします。でも熱線砲レーザーはさすがに要らないです。発砲したら熱で脳が焼けるって欠陥品どころじゃないでしょ馬鹿じゃないのか。誰が使うかこんな産廃モノ



――――それ、一種の自爆特攻兵器。白兵戦の必要が生じたときとか、武装解除されたときとか、油断した敵を刺し違えてでも仕留めるため。


(丸腰に見せかけて意表を突く、ってことか……いやそれでも、爆弾隠し持つとかで良いんじゃないの? いやよくないけど)


――――捕虜にされて、装備ぜんぶ剥かれたときでも使えるように。裸にされて武器もってないかボディチェックされてもすり抜けられるし、性交に及ぼうと無防備になった敵兵を道連れに――


(ごくごく自然にそういう手段が思い付くとか……帝国って本ッ当に最低だな)


――――うん、まぁ……うん。



 はっきり言って、私が思っていた以上にアホンダラ帝国の倫理観は終わっていたらしい。

 ハニートラップなんてレベルじゃない、行為に及ぼうと無防備になった敵を道連れにして焼き殺せと……そういう命令を下せる仕組みが整えられているのだろう。


 確かに、私の……というか『特務制御体』の容姿は、総じて非常に愛らしく整っている。仮にこの身体が無抵抗に、弱々しくその身を差し出してきたら……まぁ劣情に駆られなかったとしても、どうにか保護しようと警戒を緩めるだろう。

 そこを狙い、使用者の脳に深刻な後遺症が遺ることを承知の上で広域破壊手段を行使させ、ミサイルのように使い捨てる。

 ……ふざけるなよ、本当に。命を……私のきょうだいを、何だと思っている。




(テア、ごめん。お願いがあるんだけど……)


――――いいよ。わたしも、がんばってみる。


(…………私、まだ何も考え言ってなくない?)


――――機体からだ本体が来れば、処理速度も上がるから。検証も実験もしやすいよ。たのしみだね。


(それは助かる、んだけど、だから――)


――――ファオが何を考えてるかなんて、わたしにはお見通しだから。ファオのを甘く見ないでね?


(…………うん。ありがとう)




 あのロクでもない研究施設は、決して消えて無くなったわけじゃない。私の離脱はパッケージ【V−4Trファオ・フィアテーア】こそ消失させたが、施設そのものには何の損害も与えられていない。

 再現不能の失敗作だった私は、作戦行動中の行方不明として処理されているだけだろうが……あの気狂いどもが研究を止めているとは思えない。他の『成功例』や『実験例』は帝国の何処かで、今もなお活動しているだろう。


 つまり……いずれは他の『特務制御体』が、このヨツヤーエ連邦国へと差し向けられる。このまま戦争が続けば、それは間違い無いだろう。

 それによる被害を、可能な限り減らす。そのための戦術案は、既に粗方組み上がっている。あとはそれを機体テア協力のもとで仕上げ、足りないようなら各方面をそれとなく巻き込み、力を貸してもらう。


 幸いなことに、今の私は無力な小娘ではない。特例とはいえ一応は軍属のファオ・フィアテーア特課曹長であり、エリート校であるカーヘウ・クーコ士官学校の機甲課首席(暫定)であり、この連邦国の叡智が集う研究開発局のテストパイロット(内定)である。

 様々なことを学び、様々なことを試せるこの立場。私の悪巧みを成功に導くためには、これ以上の好条件はそうそう見つかるまい。

 わがままに、したたかに、私は私の『立場』を、存分に利用させてもらおうじゃないか。





「フィアテーアさん、お待たせしました」


「あっ、は、はいっ」



 私が決意を新たにしていると、看護師さんの声に意識を呼び戻される。せっかく来院したのだからも調整してしまえと、私の担当である例のドクターから指示が出ていたらしい。

 片腕での生活は不自由も多いので、私としても義手製作のための苦労は厭わないつもりである。


 看護師さんに指示されるまま診察室へと通され、カーテンで仕切られた隅っこにて制服を脱ぐ。今日は保護者ジーナちゃんが居ないので、独りでちゃんと脱がなきゃならない。ひとりでできるかな。



(で、できました)


――――はい、えらいえらい。


(うーん、やはり可愛い)


――――ちっちゃいのはどうにもなんないね。



 幸いというべきか、私の身体は起伏の少ないなだらかな体型だ。ボタンにはさすがに少々手間取ったが、慣れてくればどうにかなるし、そもそも数も多くはない。片手でもなんとか脱衣を済ませ、こうして無事に全裸になることが出来た。

 ……そう、起伏が少ないから。あまり引っ掛かることもなかったから。……いっぱいごはん食べようね。



「フィアテーアさん、検査着こちらに置いておきますね」


「は、はいっ」


「脱いだ服はそのまま置いといて大丈夫ですので、検査着を着れたら廊下で待っていて下さいね」


「は、はいっ」



 カーテン越しに掛けられる看護師さんからの指示に従い、私は素肌に検査着とやらを羽織り……これまた非常に難儀しながら、なんとか右手一本で紐を結ぶ。

 ややではあるが畳んだ制服と、脱いだ下着とを籠に入れ、首元にはいつものゴーグルを掛け、更衣室代わりの診察室を後にする。



――――ねえファオ、10時の方向。3人。


(まじで。なんでこんなとこに)


――――そりゃーもちろん、ファオ狙いじゃない?


(まじで。…………いやいや、さすがに別件でしょ)



 廊下の長椅子に座り込むなり、首元ゴーグルのテアから観測情報がもたらされる。なんでもわが機甲課の級友クラスメイト3名が、偶然にも病院を訪れているとのこと。

 テアは「ファオの後をつけてきたんじゃない?」などと主張しているが、さすがにそれは無いだろう。きっと彼らも課外活動中のケガが何かで、診察してもらいに来たのだと思う。



――――あっ、気づかれたよ。あいさつする?


(いいよ、いい。べつに私目当てってわけじゃないだろうし、病院であんまお喋りって良くないし……そんな親しい仲でもないし)


――――あっ、あー…………うん。……そっか。


(それに……看護師さん呼びに来たし。よっ、こら、せっく……あっ)


――――あっ。


「「「「えっ?」」」」




 呼びに来た看護師さんの指示に従い、私は別の診察室へと向かうべく……長椅子から立ち上がり。


 その際に、私が片手でどうにかこうにか結んだ(と思いこんでいた)検査着の紐が、はらりと解け。


 そして……この病院で用いられる検査着は上下一体の、いわゆるガウン型というか浴衣タイプであり。


 そしてそして、これは完全に私の自業自得ではあるのだが……このガウン型検査着の、左右脇腹のあたりで結ぶ紐。

 左脇の紐こそ、短い左腕で押さえつけながらの試行錯誤で結べていた(と思いこんでいた)のだが……私の短い左腕では届かなかった右脇の紐は、実は結んでいなかったりしたわけで。



 つまるところ、まぁ、フェイルセーフを自らぶっ壊したせいなのだが。

 私の現状を例えて言うのなら……浴衣の帯が解かれた状態、とでもいいますか。


 私の身体の正中線、お胸の先っちょこそかろうじて隠れていたが……そもそも私、検査着これ着るときにんですよね。




「な、な、な、な、な、何でパンツ履いてないんですか!? ちょっと何で! 何でパンツ履いてないんですかフィアテーアさん! 何で、何でパンツ履いてないんですか!? 何で!?」


「…………おぉー」



――――見られちゃったね、ファオ。


(まぁ……べつに減るもんじゃないし)


――――大丈夫かなぁ、完全に固まってるよ、あの子たち。


(うーん……まぁ、仕方ない。完全に私のポカミスのせいだし)


――――あーあ。




 私を引きずるように更衣室代わりの診察室へ緊急隔離し、私の脱いだ制服を目の当たりにして崩れ落ち、見ているこっちが居た堪れなくなるくらいそれはそれは必死な形相で、涙さえ浮かべながら詫び続ける看護師さんに……さすがの私でも、事態は思ったよりも深刻だと理解し始め。



――――うーん、未成年の女の子の裸を衆目に晒してしまった、って……そう思ってるのかなぁ。


(なるほど……でも悪いの私なんだけどなぁ、指示ちゃんと聞かないでパンツまで脱いじゃったし、紐も片方しか結ばなかったし……あとちゃんと「手伝って下さい」って言わなかったし)


――――とりあえず、ごめんなさいしとこう?


(うん)




 幸いなことに、その後しばらくして看護師さんは落ち着きを取り戻し……予定よりも若干遅れて、診察との調整を済ませることが出来た。

 全部終わった頃には、看護師さんもすっかりいつも通りの様子で、でも少し申し訳無さそうに『次に来たとき、お詫びのお菓子用意しときますから』と言ってくれた。


 お姉さん好き。また来るね。






―――――――――――――――





 あと級友クラスメイトの男の子たちは、気がついたら居なくなってた。

 あとなんかそこに床の掃除してる人が居たんだけど、そこの雑巾が血で染まってたりしたので、もしかすると誰かケガしたのかも知れない。

 病院の中でそんな流血沙汰が起こるとは……しかし、病院だからこそきっと大事無く治療してもらえたに違いない。そう祈ろう。



(こわいねぇ)


――――そうだね、怖いね。ファオがね。


(うん…………うん?)



 よし、あしたもがんばるぞ。





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