第22話 清純儚げ美少女の新生学校生活




「……ファオさん、足もと気をつけて。……皆さん、お早うございます」


「ありがと、ございます。……おはよう、ござい……ますっ」



 休息日明けの平日……前世に当て嵌めるとすれば、月曜日ということになるのだろう。

 はきはきと元気の良いジーナちゃんにならい、元気よく(※ファオ調べ)朝の挨拶を行った私を出迎えたのは……一気に集中する級友クラスメイトらの視線と、少しずつ広まっていくだった。




「ほんとだ……開いてる……」


「高射課のヤツ……街で会ったって、本当……」


「でも前……確かに空っぽ……」


「ていうか、やっぱヤベ……」


「たまらねぇ……最高……可愛い……」



 強化処置を施された私の聴覚は当然、そんなひそひそ話を容赦なく捉えてみせる。どうやら愛らしい私の顔が、更に可愛らしくなっていることに気付いた者が居たのだろう。

 ……いや、どうやら先日、私がトラムでお世話になった学生さんが発端のようだ。


 つまり私の頭を撫でてくれた『高射課』の方々から、例えば「真っ白頭の可愛い子って機甲課だよな」的な感じでこのクラスの面々へと話が回り、そこで「え、あの子って片目なん?」「まじかよ両目開いてたぞ?」的なお話が出て、それで私を知る級友クラスメイトらは混乱していたのだろう。

 確かに彼らの前では、これまでほぼ常に左目を閉じたままだった。稀にまぶたの筋肉が疲れたりして開けてしまったりもしたが、そのとき瞼の内側には肉色のえっちな部分しか無かったのだ。


 しかしながら……そんな衝撃的な情報がもたらされた後、初となる訓練日。

 可愛らしく元気に(※ファオ調べ)挨拶を述べた美少女編入生は、これまで閉じられていた瞼をぱっちり(※ファオ調べ)と開き、歪みの消え去った美しい笑顔(※ファオ調べ)を披露していたのだ。



 しかしながら、現在の義眼はあくまでも仮の、いわばデータ収集のためのものである。筋肉によって視線を動かせるわけでもないし、外そうと思えば簡単に『ポロッ』と外せてしまう。

 かつて帝国のロクでもない研究施設で埋め込まれた義眼アレのような、嫌らしくはあるが何気に便利ではあった追加機能なんかも、当然ながら仕込まれていない。


 あくまでも経過観察中、一時的なその場しのぎに過ぎない処置……つまりは『間に合わせ』の瞳にすぎないのだが、それでも。

 両の目が開くという、当たり前のことで……人の魅力というのは何十倍にも跳ね上がるらしい。




「落ち着けお前ら! 道を開けろよ、ファオさんが困ってるだろうが!」


「お前こそ気安くファオさんに近づいてんじゃねぇよ! ファオさんがけがれるだろうが!」


「そうだそうだ! お前のスケベが伝染うつったらどうするつもりだ!」


「んだとコラ! テメェらだってイヤらしい顔してんじゃねぇか!」



――――ざんねん、ファオはもう手遅れです。


(私のは自前の天然モノだから!!)


――――だから、手遅れです。


(あっ、はい)



 朝から元気いっぱい、喧々囂々となじり合う健全な男子連中を冷めた目で見やりながら、冷静沈着優等生ジーナちゃんは私を席まで連れてってくれる。

 ごく自然に、さも『当然である』とでも言わんばかりの手の動きで、私の肩と腰とを絶妙なきもちよさで支えてくれるので、とても歩きやすくて安心感も半端ないのだが……はっきり言って、とても気持ちになってしまう。

 やはり早いところ、条件に合致するひとりえっちスペースを探し出す必要があるだろう。私がえっち大爆発する前に。



 しかし……仮とはいえ、義眼の効果は半端ないな。……いや、本来の魅力を取り戻したテアのポテンシャルが半端ないのか。

 確かにこれまでも、時おり少なくない『好意』の感情は垣間見ていたが……未だかつてこれ程までに、直接的な感情を向けられたことがあっただろうか。いやない。

 もしここが軍関連施設じゃなく、私も肩書を持たないただの少女であったのなら、オッケーバッチコイですぐさま取っ替え引っ替ええっちに及んでいたかもしれないが……誠に、誠に遺憾なことに、今の私には大切な将来の『夢』ができてしまった。

 だから残念ながら……いや本当に、本当に心から残念なのだが、いま男の子と交際えっちすることはできないのだ。すまんな。




「おッ前……! 言って良いことと悪いことがあるだろうが! ファオさんにそんな下劣な情を向けるな! 穢らわしい!」


鹿お前声がデケェよ! こんな話ファオさんに聞かれたら軽蔑されっぞ……!(小声)」


「テメェらなんざ最初ハナっから眼中にぇっての……! 彼女がそんな淫らな女なわけがあるかよ……!(小声)」


理解わかってェなぁ! あの落ち着きのある大人びた雰囲気を見てみろよ、きっと内面は『早くオトナになりたい』って欲求抱えてるに違いねェ! つまり黒のスケスケである可能性だって――」


「だ、か、らッ! いちいち声がデケェんだよお前はよ!!」



――――訂正しなくていいの?


(テアいま絶対楽しんでるよね?)


――――もちろん。


(…………放置しとこう。なんか面白いし)


――――やいさほー。




 元気いっぱいで声のトーンを抑えきれない話し声に、敢えてそっぽを向いて『気付いてないですよ』感をアピールしておく。そのほうが面白そうだと思ったのも事実だが……その日の講義のちょっとした予習をするのも、私のルーティーンであるためだ。どうよ、真面目でしょ。

 今日は私の好きな『予科』の講義なので、このまま席について『のんびり』と始業を待っていれば良い。私はこの世界についてはまだまだ知らないことだらけなので、貸与された教科書を眺めているだけでも心が躍る。

 ジーナちゃんは、そんな私の習性をよく理解してくれているのだろう。私の頭をひと撫ですると自席へ戻り、ほっこりするような優し気な表情で見守ってくれている。


 私が立派な兵士になってエリート部隊に入隊し、これまで受けてきた恩を3倍返しで突っ返すためにも、この国における『常識』のインプットを怠ることは出来ない。

 ただ漠然と生き、流されるままに人生を決め、自らの意志で大海を泳ぐこと無く人生を終えた前世とは異なり……今世のファオには、シたいことヤリたいことが盛り沢山なのだ。


 そんな意味でも、与えてもらったこの環境は――直ちにえっちに及べない点を除けば――きわめて魅力的かつ理想的であるといえる。

 せっかく手に入れた好環境、概ね私を受け入れてくれる級友クラスメイト、たまに私に楽しみを与えてくれるその他の同輩……そして私をくれる、寮生のお姉さま方。私はとても恵まれている。



 ……いや、待てよ。もしかして……これは、もしかするのではないだろうか。


 このクラスでの実証データから推測するに、両目が煌めく私の顔面偏差値かわいらしさは圧倒的に跳ね上がっている。それはつまり寮生のお姉さま方に対しても、同様の効果が得られるのではなかろうか。


 昨日はホテル街をなく彷徨っていたため自室に戻るのが遅くなってしまい、入浴時間はギリギリ、ジーナちゃんと二人っきりでのお風呂だった。そのためお姉さま方は私の左目義眼を見てはいないはずである。

 つまりは……普段から私に対して、積極的なボディタッチを図ってくれるお姉さま方ならば、この左目の効果で好感度にバフが掛かって更に積極的えっちなボディタッチに及んでくれる可能性が――





「――総員、起立ッ! 気を付けッ!」



 やがていつのまにか始業の時間を迎え、教官どのが講堂へと入られる。そのときには教科書とにらめっこしながら妄想トリップしていた私も、そんな私の内心を知る由もなくにこにこ見守ってくれていたジーナちゃんも、ほんのついさっきまでは「ファオさんの下着の色」についてひそひそ熱く語り合っていた男の子たちも、みな一様に『ビシッ』と姿勢を整えるのだ。

 健全な学生っぽさを垣間見せながら、こういうところはやっぱり軍関連組織なんだなぁと実感するとともに……やっぱ異性間交友は無理そうだなぁと、私はこっそり頭を抱えたのだった。




――――ちなみに結局、何色なの? ファオ。


(無地の真っ白。私ってばほら、支給品しか持ってないから)


――――おぅ…………今度、買いに行こうね。かわいいやつ。少しは夢を持たせてあげないと。


(んー……まぁ、そうだね。お風呂のときにお姉さま方にも見せて、反応期待できるかもだろうし)



 男の子らに披露することは(私としては満更でもないのだが)まぁ当分先になってしまうだろうけど……女子寮内の、それもお風呂場であれば話は別だ。

 合法的にえっちなことしてもらえるかの瀬戸際なんだ、やってみる価値はある……のかもしれない。



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