第21話 すごい首都と私のすごい将来展望




 私がかつて生きた世界と、今の私が生を謳歌しているこの世界。双方は当然ながら全くの別モノであり、仮に似ている部分があったとしても由来は当然異なるモノだ。

 どちらかが進んでいて、どちらかが後塵を拝している……そんな関係ではもちろんないし、どちらかの世界が優れて(あるいは劣って)いる、というわけでもないだろう。


 車両が走りやすいよう舗装された路面、石を積み木を組み壁を塗った建物、金属製の街灯とトラムの路面軌条、聳え立つコンクリート造のような大型建造物……軽く眺めてみた限りでは、産業革命期の英国のような印象をあちこちに感じられる。

 だが、そこかしこで唸りを上げるのは蒸気機関ではなく、魔力で動く動力機関だ。下水処理技術も発展しているようだし、大気汚染等の公害も特に生じてなさそうである。

 ……まぁとはいえ、私はその時代の英国をこの目で見たわけじゃないし、正確に比較できる知識など持ってるわけがないのだが。



 比較対象として『私がかつて生きた世界』を見ているためか、建物や街並みからはクラシックな印象を感じさせるが、しかし決してこの国がローテクというわけでもない。

 事実、二酸化炭素や温室効果ガスを発生させない動力装置や、熱を出さない照明装置、長々と配管を行わずとも水を齎す設備など……見たこともなければ仕組みの見当さえつかない技術が、そこかしこに溢れているのだ。


 ……というかそもそも、あんな『機甲鎧』とかいうビックリドッキリ兵機メカが存在している時点で、惑星地球よりもと言ってしまえるだろう。

 巨大ロボは強い。これは宇宙の真理なのだ。




――――ひと、いっぱいだね。


(そうだねぇ。中心街っていってたし)


――――いろんな音するね。


(そうだねぇ。すっごい賑やかだねぇ)


――――めっちゃ見られてるね。


(…………そうだねぇ。可愛いからねぇ)




 私達がお世話になっているヨツヤーエ連邦国の首都は、その名をずばり『シュト・ヤ・ネーンデ』というらしい。いや何が『ずばり』なのか私にはわからないが、とにかくそういう名称だという。

 なんでもこの都市名、英語に置き換えるならば『シティ・ザ・ニュートラル』に該当するとのことで……つまりはこの連邦国における『絶対中立都市』を示す名であるとのことで、そこには『連邦加盟国全てが平等で居られるように』との崇高なる願いが込められた都市名なのであり、つまり決して名付けたヤツの頭が沸いているわけではない。いいね。

 なお連邦国の皆さんは、正式名『シュト・ヤ・ネーンデ』を略して『シュト』と呼ぶらしい。都市の中の都市、つまり最も有名で偉大な『都市シュト』ということなのだろう。首都のシュト、わかりやすいね。

 つまりこれまで私が耳にしていた『しゅと』とは別に『首都』ではなく、彼らにしてみれば『シュト』を指して『しゅと』と発声していたのだろうが、ともあれ実際は『シュト』が『首都』であったため難を逃れていたようだ。

 紛らわしい、もう『首都』でいいな。



――――いいよ。


(ありがとう)




 ……さて。


 どうやらこの『首都』において、士官学校に通う学生さんというものは、それだけでも一種のステータスであるらしい。

 一般市民の人々は国を守る国軍兵士を尊敬しており、そんな兵士となるべく日夜勉学に励む学生もまた尊敬の対象であり……その中でもひときわデカく、トップクラスのエリート校である(らしい)カーヘウ・クーコ士官学校の制服は、この街の少年少女にとって憧れの的である……らしい。

 いやはや……守る側と守られる側とがこうして相互に信頼してるの、とても良いな。どこかの国の奴らにも見習ってほしいわ。


 まあとにかく、どうやらそんな背景があったらしく、つまり士官学校の制服を着ている私は現在とても人目を引いており。

 ましてやこんな目立つ真っ白頭、しかもテア譲りのこの身体はとても愛らしく……今となっては(左袖を除き)万人受けする容姿の私は、多くの人の注目と関心を受けているのだ。


 しかもそれらの関心に含まれる感情は、ほぼ全てが『好意的』に類するものであるらしく……つまりはなんというか、とても気分が良い。




「こんにちは学生さん。訓練がんばってね」


「は、はいっ。ありがと、ございますっ」



「おねーちゃんこんにちわ!」


「はいっ。……こんにち、はっ」



「きれー……なんで真っ白なのー?」


「え、と、その…………秘密、ですっ」



「あのっ! もし宜しければこの後、お食事とかどうですか!」


「………………………………け、結構、です」



――――最後のはめっちゃ悩んでたね?


(う、うん……おいしいごはん、興味あるし……)


――――いや、その……あれは多分そういうあれじゃ…………まぁいっか。


(うん、まだ全然歩き回れてないし)




 私がかつて灰色の日々を過ごしていた都市とは、似ても似つかぬ賑やかな街並み。異国……というか異世界情緒豊かな中心街を、私達はと興味深げに練り歩く。

 街行く人々に話しかけられ、また言葉を返しながら、私達は五感全てを総動員して、初めて味わう刺激を受け入れていく。


 楽しくて、心地よくて、温かくて、気持ちいい。

 珍しいからというだけではなく、街並みがきれいだというだけでもなく。ここには確かに、私にとっての『嬉しい』が溢れているのだ。




――――それで、どこにいくの?


(んー、たぶんそっち)


――――どっち?


(こっち)



 そんな素敵な街中を、私は直感を頼りに進んでいく。スマホも地図も無いとあっては『どこにあるか』まではわからないが、この規模の街ならば必ず何処かに、私のお目当ての施設は存在しているはずなのだ。

 最適な経路ではないだろうし、あっちへこっちへふらふらと寄り道してばっかりの歩みだが……まあせっかくの休息日である。最悪お目当てのモノが見つからなかったとして、こうして散歩と洒落込むだけでも悪くない。



 私が探している、この規模の街になら『存在しているはず』のモノとは、何を隠そう『宿ホテル』である。

 自室以外でプライベートを確保できる場所。好きなように過ごすことが出来……なんなら素っ裸でいたとしても、何がとは言わないけど大声を発しても、詳しくは言わないがびしょびしょにしてしまっても、誰にも咎められない場所。

 それこそが、私の最終目的を達成するために必要な、今の私達に求められる環境なのだ。



 私が進める私の計画において、最終目標たるえっちをするまでには、どうあれ少なくない時間を必要とすることがわかった。

 在学中、あるいは私が他の人の庇護下にある間は、異性間交友によって監督者や庇護者に迷惑をかけてしまう恐れがあるためだ。


 そのため、長期的な目標に至るための『つなぎ』として、私はおなに……夜のソロライブを存分に満喫できる環境を、こうして探しているというわけだ。



――――はいはい、おな――


(言わない! 私はまだ足掻いてみせる!)


――――もう手遅れだと思うよ?


(そうかなぁ)




 また同時に、私の『えっち』に対する心構えの変化も、夜のソロライブ作戦を前向きに検討する切っ掛けとなった。


 というのも、これまではどっちかというと『無理やりえっちされるのもそれはそれで』とウェルカムな姿勢だったのだが……学校生活を送る中で、その意志を改める必要が生じてしまった。

 私本人の姿勢がどうであれ、むしろその『無理やりの性交渉』に満足していたのだとしても……その事態を知った周囲の人間は、恐らくだが決して『じゃあ別に良いか』と捉えることは無いのだろう。それは私でも予想できる。


 私が『望まぬ性交渉を強いられた美少女』と見なされてしまえば……普通の思考を持つ者であれば、私のことを『可哀想だ』と捉えてしまうことだろう。

 その憐憫の情が悪いとは言わないし、むしろその人が優しいということの表れなのだろうが……これまでと全く同じ人間関係を続けられるかと考えてみれば、きっとどこかで歪みが生じてしまう。

 可哀想な目に遭った子だから良くしてあげよう、危険の無いところで暮らせるようにしてあげよう、男と接触しなくて良いようにしてあげよう、接触にトラウマを感じてるだろうから絶対に触れないようにしよう。……そんな扱いをされてしまうのは、絶対に嫌だ。もうえっちできねぇじゃん。



 ……それに、その、これはあくまで仮定の話だけど……色々と過程をすっ飛ばして、もし私が在学中にえっちしたとして。

 私の最終目標といえる、いわゆるおしべとめしべの……そういうえっちが出来たとして。


 いかに非人道的な強化処置を施されたとて、この身体が女の子のものであり、こうして代謝を続けている以上……遅かれ早かれ私の身体は、いずれは次代に命を繋ぐためのを終えるわけで。

 仮に、もしも、万が一、をシてしまったら……そりゃ望んで行為に及んだ結果とはいえ、私も(一応は)人間である以上は、当然可能性もあるというか……つまりしまう可能性だって、決して無いとは言えないわけで。



 さすがにそれは、覚悟は、まだちょっと出来ていない。

 何よりもそうしてことで、私の健全な学校生活に影響が出てしまうのは、いろいろと望ましくない。

 体型が変われば、運動能力も落ちてしまう。吐き気に寒気にと体調だって崩れるだろうし……最悪、命を落とす危険だってある。


 この世界に生まれ変わった私が、生きていく上で立てた最終目標とは、もちろん変わらず『いっぱいえっちすること』なのだが。

 今となっては、ゼファー隊長率いる『第三空戦機甲鎧小隊に入ること』も、同じくらい重要な目標となっているのだ。




 ……長々と持論を展開したし、あちこち脱線した気もするが、まぁ要するに。


 私が、私の第二目標であるところの『エリート部隊に入隊する』を達成するためには……つまり。


 可能な限り早めに、安心してひとりえっちができそうな環境を見つけることこそ、ベストオブ最適解であると言えるのだ。



 だが……しかし。




――――それで、進捗は?


(いやそのあのー、えーとですね、なんと申しましょうか……いえその、探しているんです。見つかっているんです。ちゃんと。一応)


――――状況は?


(…………………………かんばしくない、です)



 そう……かんばしくないのだ、実態としては。



 そもそも私が狙っていたのは、いわゆる前世でいうところの『ビジネスホテル』のようなランクの宿だ。

 プライベートが確保できて、ひとりえっちするのに充分なスペースとベッドが用意されていて、各部屋にバスもしくはシャワールームとおトイレが備わっていて、それなりに防音性能が高いお部屋。

 私の認識としては『そんなに広くなくていいし、予算内で収まれば』といった程度の部屋を探していたつもりだったのだが……全然、全く、これっぽっちも甘くなかった。


 各部屋に水回りが一通り揃えられ、ドアにはしっかりと鍵が掛けられ、プライベートタイムを満喫できるレベルの防音性が備わり、当たり前だが清潔な部屋。

 どうやらこの世界では……そういったお部屋は、どっちかというと『高級ハイクラスな宿』に分類されるものらしい。ワンナイトだけで現在の予算が余裕で吹き飛びます。



 そもそも……私が今日、目星をつけて探しているエリアも、悪かったといえば悪かったのだろう。中心街とは読んで字のごとく『中心となる街』であり、しかもトラム路線が走るような大通り沿いだったわけで。

 そりゃ大国の、首都の、中心ともなれば、当然のようにハイクラスな客層――それこそ政治家やら議員先生やら軍の上層部やら、あるいはそういった方々とお付き合いのある方々――をターゲット層に据えた宿が多くあった……ということなのだろう。


 ただ……言い方は悪いが私のようなお金のない人向けの宿も、もちろんあるにはある。需要があればそこには供給が生じるものであるし、富者がいれば貧者もいるものなのだ。

 しかしながらはというと……いわゆる前世でいうところの『カプセルホテル』のほうが近そうな宿体系だった。

 それこそ産業革命期の某国なんかは、夜眠るために長椅子を貸し出すところもあったという。あくまでも長椅子であり、一脚を複数人に貸し与え、そこに座ったまま眠るのだとか。ちなみに横になったら別料金らしい。なんだその拷問。

 さすがにまで酷くは無かったが……それでも小部屋にベッドがギッチリと並べられており、そこへベッドの数の倍近い収容人数を雑魚寝上等で押し込む(※肌掛けは別料金)というのだから……いや『私の求めてるのそういうのじゃないです』ってなりますわ。そんなん第一目標えっちされてしまうじゃん。




――――つまりは、成果なし?


(ち、ちがうよ、だって『このエリアの特性を理解する』っていう成果は得られたもん)


――――そう…………つぎ、がんばってね。


(……うん、がんばる)




 様々な人が暮らし、様々な人が訪れる首都であれば、いずれは私の求めるビジネスホテルを見つけ出すことも不可能じゃないだろう。

 あるいは……成績に影響の出ない範囲で、アルバイトなんかも考えてみても良いかもしれない。仮にビジネスホテルが見つからなかったとしても、予算が増えれば強引に解決することだって可能だろう。

 ……そうだ。それこそ例の『テストパイロット』で報酬が出ないかどうか、またの機会にでも聞いてみようと思う。



 私達としても、この国やこの街には、長いことお世話になるつもりでいるのだ。

 焦らず、気長に、学業のモチベーションとえっちしたさのバランスをうまいこと取りながら……素敵な場所を探していこうと思う。


 はぁ……えっちしたい。




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