第19話 ただ結果のみが既成事実


 一応は私と同輩の、最優良生徒であったらしいイーダ君から挑まれての『模擬戦』は、こうしてひどくあっさりと幕を閉じることとなった。

 これだけ多くの観覧客見届人が居る中で、ああも完膚なきまでに敗北を喫したのだ。さすがに彼とて、もはや言い逃れをしようとは思わないだろう。


 これに懲りたら、これからは真面目に訓練に取り組んで、あと少しは控えめな性格になって……ついでに私とはなんの関わりもなく過ごしてほしい。



 決着からしばらくの間は、やれ『大穴』だとか『配当』だとか意味不明な言葉が飛び交っていたような気がしなくもないが……私は何も聞いてないし、知らないぞ。教官らが何も言わないなら良いんじゃないですかね。なるほどお祭り騒ぎなわけだよ。


 そんな色んな意味で頭が痛くなる騒乱も、ようやく下火になってきた気がする某日。

 午後休となる半講日のお昼どき、つまり後は明後日の朝までお休みというタイミングで……私はふたりで、とある教官執務室へと呼び出されていた。



 その理由とは……私の出自に関する秘密を握った教官に、それをバラさない見返りにと身体の関係を求められたため――



(…………とかだったら良いのになぁ)


――――はいはい、えっちえっち。



 ……で、あるわけが無く。


 先日の模擬戦に対する純粋な労いと、私が提示した……要するに『ご褒美』に関してだ。




「私も、流石に無理があるのではないかと思ったのだがな。……結論から言おうか。大筋では『許可』が出ることとなった」


「ほ、ほんと、です、かっ!」


「あぁ、本当だ。事情を知った辺境基地司令……エライネン大佐が、全面的に支持して下さってな。各方への根回しにも、積極的に立ち回って下さった。……良かったな」


「……ぁ、あり、あ、っ…………ありがとう、ございますっ」



――――感謝しないとだめだね、ファオ。


(うん、いっぱい感謝……お返し、お礼しないと)




 私が彼らにねだった『ご褒美』とは、物品的な要求ではない。概念的というか条件的というか……はっきり言って『ダメもと』に近いものだった。

 しかしながら私達の心配をよそに、返ってきた答えは『条件付き許可』。しかもその条件とやらも、私達にとっては『なんだそんなこと』というか、むしろ『え、いいんですか?』と言わんばかりのものである。

 むしろ後先考えず出した要求に応えるため、先方が色々と段取りを付けてくれた……という方が正しいのかもしれない。



「……それで、だ。…………私達は、大雑把にだが君の身の上を知らされている。が本来、君の持ち物であることは理解しているが……一般学生らに告示を出すに当たって、ひと芝居ご協力頂きたい」


「はい。大丈夫、です。で、大丈夫……問題ない、です」


「感謝する」



(テアは嫌じゃない? 機体からだにこだわりあったでしょ?)


――――大丈夫。色塗ったりちょっと細工する程度じゃ、わたしの魅力は揺るがないから。


(ほんと? ……嫌なもの付けられたら、言ってね。取ってもらうから)


――――ん、わかった。




 今回の演目を披露する見返りとして、不遜にも私が要求したこと。……それはずばり、愛機相棒【グリフュス】との再会許可である。

 はっきり言って、コレがほぼ全面的に認められるとは思わなかったのだが……どうやらこれには『細かな解析を行うなら、設備の整った首都郊外拠点のほうが都合が良い』との背景があったらしい。

 つまり研究解析という名目のもと、私達の暮らすカーヘウ・クーコ士官学校の近くに、愛機テアを運び入れてもらえることとなったのだ!



 私達の要求した『ご褒美』を許可するにあたって、先方……ヨツヤーエ連邦国軍から提示された『条件』とは、以下の通り。


 まずひとつ、所属の判別をしやすくするため、機体全体の色を塗り直す。またこの際、細かな注意書きやマーキングなんかも施されるという。

 もともと、クソ帝国軍の機体は『黒』ベースのものが多い。元の【4Trフィアテーア】も黒色をメインに、あちこちに黄色の差し色が入れられた毒々しい装いだった。……ハチみたいじゃん。

 その全身のカラーリングを、まるっと塗り直す。駆動系のフレームとかセンサー部分はそのままだが、装甲部分だけを連邦国軍カラーである青灰色ブルーグレーに変えるのだと。

 これならば、遠目からでも『連邦国軍所属機』だと周囲に知らしめることが出来る。……さすがに首都郊外で敵国の機甲鎧が飛んでたら、そりゃ大騒ぎだろうからな。


 また機体の主たる格納場所を、研究開発局のハンガーに登録させてほしいとのことと、私達に【グリフュス】解析の許可、ならびに可能な範囲での解説をおねがいしたい……とのこと。

 どうやら機体を壊したり、過度な分解を試みたりはしなさそうな感じだったので、テアと相談の上で許可することにした。

 駐機場所を提供してくれるというのは、私達にとっても単純に助かる。もちろん駐機場所となるハンガーへは、ファオが自由に出入りできるようにと特殊な権限を付与してもらえるとのこと。

 無いとは思うが……もしファオが閉め出され、機体を取り上げられそうになったり、あるいは勝手に分解されそうになったりした場合でも、機体テア単体で処置できるだろう。

 その程度、どうとでもなる。べつに心配する程のことじゃない。


 そして……もうひとつ。

 私こと『ファオ・フィアテーア特課曹長』を、として正式に登録、ならびに告知すること。

 そこへ至るシナリオとしては……先の模擬戦で見せつけた私の制御技量の高さに研究開発局の面々が目をつけ、研究機のテストパイロットとして引き抜きスカウトが掛かった……といった感じだ。



 なるほど確かに、それであれば私は愛機テアと一緒に過ごせて幸せ、軍関係者からすればハイスペック美少女である私を繋ぎ止めることができて幸せ、研究開発局とやらにとっては高性能機の解析が出来て幸せ、と……見事なウィンウィン、いやウィンウィンウィンの関係を構築できている。

 ……いい響きだな、ウィンウィンウィン。思わずもっとウィンウィンさせたくなっちゃうよな。例の義手とかもウィンウィンさせてもらえないかな。




「では、各所へ速令を送っておこうか。……特に辺境基地の面々はな、なんでも『最優先で』準備を進めてくれるそうだ」


「ぇ、ぁ……はいっ」


「何もなければ7日後、次の半講日には首都ココを出て……辺境基地までを取りに行って貰うことになるだろう。……心得ておいてくれ」


「……はいっ」


「まぁ……今回は多分に、我々の都合に巻き込んでしまった形となるが……今後も双方にとって、良い関係を築けることを期待している。下がって宜しい」


「はいっ!」




 にこやかな表情を浮かべる教官どのに会釈をし、私達は教官執務室を後にする。

 最初は単に『面倒なことになったぞ』としてしか捉えてなかった事態が、まさか巡り巡ってここまで都合よく好転することになるとは、このファオの目をもってしても見通せなかった。


 なるほど……単に面倒なやつだとしか思っていたイーダ君だったが、今にして思えば私達に多大なる恩恵を与えてくれた恩人……ということになるのだろうか。





―――――――――――――――




――――じゃあ、じゃあ、もしそのイーダミフくんが、じつはファオと「えっちしたい」って思ってたら……ファオはどうする?


(いや、ふつうにお断りするけど……)


――――えっ!? え、えっ? あっ、そ、そう……?


(うん……だって、なんか……強引だし、横柄だし、他人の言うこと聞かなさそうだし……性格が、ちょっと)


――――そ、そっかあ…………うん、まあ……たしかに。


(それに…………結局他の学生とえっちしたら、教官とかにめっちゃ怒られるだろうし。せっかく良さげな配慮してもらったのに、それをえっちで台無しにするのは、よくないとおもう)


――――ま、まあ…………そうね。……では今回は残念ながら、ご縁がなかったということで……。


(うん? ……うん、まぁ……そう。そうね)





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