第18話 搭乗者の技量のみでほぼ決まる




 機甲鎧の制御訓練中に、生徒どうしの決闘じみた模擬戦がおっ始められるだなんて……そんな物騒な事態がホイホイ起こるものなのか。


 ……はい。どうやらそこそこの頻度でおっ始まるらしいです。決闘じみた模擬戦。




「……模擬戦……いつも、こんな、盛り上がる……です、か?」


≪いや……今日のは格別だな。朝から見物に来ていた、他課の教官連中が居ただろう。彼らが賑やかしに一役買っているらしい≫


「…………他の、学課……機甲鎧、見に来てます、よね? 種類が、たくさん」


≪そうだな。我々の【ベルニクラ】は勿論として……輜重課の【エリアカ】も寄って来てるし、高射課の【オリオーラ】……特空課の【アラウダ】と【ウルラ】も居るな≫


「おぉ…………おまつり、さわぎ。……みんな、かっこいい」




 日常的に機甲鎧の制御訓練を行う我々『機甲課』とは異なり、他の課は我々ほどガッツリ取り扱っているわけではないらしく、備品である機体の数も少なめなのだという。

 しかし今回ばかりは、歩兵と比べるべくもない遠距離観測能力を求められ、各課が直々に状況観測に出している……ということらしい。

 なるほど、自前で撮影機材を用意してきたということか。私としても眺めて楽しめるので、願ったり叶ったりだ。



 なにより、元々娯楽の少ないだろう士官学校生活である。だだっ広い演習場で楽しそうな催しがあると知れば、場合によっては今回のように演習を中座してでも観覧に来るらしい。

 教官は何も言わないのか、そんな適当で良いのかとも思ったが……教官はじめ軍関係者のほうが、むしろ熱い視線を注いでいるようなのだ。


 模擬戦に用いる弾薬は、粉末塗料を用いた訓練弾頭。大破はそうそう起こらず、中破レベルまでであれば万全の整備体制が整えられている。軍関係の総合病院もすぐそこであり、万が一のケガに対する備えもバッチリ。

 何から何までお膳立ての整えられた環境であれば、むしろ模擬戦にかこつけて機甲鎧の戦闘データを取得したり、成績優秀者の情報を集めたりする、絶好の機会なのだろう。

 きっと卒業後の進路に向けて、こういった場での勝率とか戦い方とか……判断材料にしているに違いない。なんてやらしい。



――――ファオほどやらしくは無いとおもうよ。


(そんな、私のどこがやらしいっていうの?)


――――だって、えっちじゃん。


(えっちのなにがわるい!)



 とはいえ……訓練弾頭とてタダでは無いし、機体の洗浄や修理ともなれば、修理ならびにその後の訓練計画にも影響が出る。

 そのためこうした一対一の『模擬戦』は、そもそもが士官学校ならびに軍関係者上層部の許可制となっているらしく、模擬戦の許可が出されるイコールなかなか栄誉なことなのだという。許可が出ることがあんまり無いからこそ、こうしたお祭り騒ぎが見逃されているのだろう。

 そうでなくとも、ヨツヤーエ連邦国の機甲鎧が戦う姿を拝めるとあっては、国軍を志す者にとっては一見の価値があるだろう。

 なぜなら……機甲鎧は、カッコイイからな。特に連邦国式は。



――――わたしのほうが『ないすばでぃ』なのに……。


(どうどう。テアのカッコよさは私がよく知ってるから。……今は、ね? ねっ?)


――――ふ、ふーん。ふーーん。まあ、いいけど。……お話、ちゃんと進めてね?


(もちろん。だからこそ、かっこよく勝たないと)


――――うん。……がんばってね、ファオ。


(ふふ。ありがと、テア)



 そもそも、私は模擬戦を持ち掛けられる側である。苦労させるだけで何も得るものが無いのも申し訳ないと、審判役を務める教官の方々は、私にトクとなる条件を持ってきてくれた。

 前提として『この模擬戦で私が勝ったら』という条件こそ設けられたものの、まぁそんなものは無いに等しい。

 つまり実質無料で、わがままを聞いてもらえるということなのだ。これはすごい、きっと私が可愛いからだな。ふふん。



≪済まない、待たせた。あ奴ら……イーダミフ側も、どうやら準備が整ったらしい。……行けるか? フィアテーア特課曹長≫


「っ、はい。……いつ、でも」


≪承知した。……では以降の管制は、AJE005が担当する。通信帯値はS12409、S12409へ≫


「……帯値……Sの、12409……了解」


≪勝てよ≫


「…………りょう、かい。……通信終了オールオーバー




≪……通信帯値の共有を確認。【ベルニクラ】E078号、およびE105号との接続を確立。【ベルニクラ】E078、ならびにE105、こちらは管制担当官AJE005である。E078、貴機の所在を開示せよ≫


≪【ベルニクラ】E078、リーナレッソ・イーダミフ。感度良好だ≫


≪E105、貴機の所在を開示せよ≫


「ぁ…………E、105……ファオ・フィアテーア。感度……えっと、たぶん敏感、です」


≪通信定型句も知らんのか、田舎者が≫


≪【ベルニクラ】E078、余計な発言はつつしめ≫


≪…………了解≫




――――ねぇファオ、あいつなやつだよ。そっこーでたたきつぶそう。


(潰しちゃダメだってば!!)




 これまでは言葉を交わす必要もなかったため、初めて聞いた気がするイーダミフなにがしの声。テアやおしゃべり教官から教えてもらった前情報と違わず、なんというか生意気そうな印象を感じた。

 こんな機会を与えてくれたのには、いちおう感謝しておくけれど……なんていうか、あんまり多くお喋りしたいとは思えない。


 まあそもそも、私はテア以外とのお喋り全般が苦手なわけで。要するに、テア以外とはあまりお喋りしたくないんだけど。




≪…………以上となる。何か質問は?≫


≪E078、ありません≫


「…………あ、大丈夫……です」


≪E078およびE105、双方の規約合意を確認。……では双方、構え。カウント30≫




 私がぽんやりと別のことを考えていた間、いつのまにか模擬戦前の諸注意伝達が終わっていたらしい。

 30秒間でのカウントダウンを待って、いよいよ試合開始となるようだ。相手は訓練用の長銃を拾い上げ、すぐさま撃てるようにと両手で保持している。



≪カウント20≫



 模擬戦のフィールドとなるのは、私達が訓練を行っていた射撃訓練場。全体的にデコボコと起伏のある地形だが、この子ベルニクラが隠れられる程ではない。

 つまり、遮蔽物など無いに等しい。そこそこの射程と命中精度を誇る長銃を構えるのは、至って当然。……そう判断したのだろう。



≪カウント15≫


≪おい、銃は?≫


「…………え? いらない」


≪ッ、正気か!? ナメやがって!≫



 私ととはそれなりに距離があり、長銃とて狙って当てるには距離を詰めざるを得ないだろう。

 その機体で歩を進めようと思えば、当然ながら銃口もブレる。この距離ではさすがにこの子ベルニクラとて、行進間射撃は難しいと思う。


 つまり……そこそこの距離で、正確に狙って撃とうと思えば、必然的に足を止めざるを得ないわけで。

 機体を動かしながら当てるためには……もっと、もーっと近付かなければならないわけで。



≪カウント5≫



 どのみち近づかなきゃならないのなら、この子ベルニクラの内蔵火器でも充分に事足りる。

 袖口の火砲は短射程・小口径のため、その命中精度も破壊力も心許ないらしいが……そもそも、今回の目的は『破壊』ではないのだ。


 武器無しで敵機を破壊しなきゃならない、というのならまだしも……訓練弾頭を当てるだけで勝敗が決まるなど、はっきり言ってヌルすぎる規定だろう。つまりは『当てる弾頭の口径や破壊力は関係無い』と言っているに等しいのだ。

 イーダなにがしは「ナメやがって」と言い放ったが……そっちこそ、あまり私をナメない方がいい。



 私のような可愛い女の子をナメるのは、えっちするときだけにしておけ。

 まあもっとも……私もテアも、イーダなにがし負けえっちされるつもりなど、微塵も持ち合わせては居ないのだが。




≪――――始め!≫


≪くたばれ!≫



 模擬戦の開始と同時、敵は両手で保持した長銃を私へ向け、直立姿勢のまま立て続けに発砲する。

 その判断や良し。戦闘機動中の遠距離目標に自分も動きながら当てようなど、一朝一夕で出来るものではない。

 この距離で、少しでも命中精度を上げようと思うのならば、下手に動かずに銃口のブレを極力抑え、落ち着いて狙いを定めた方が良い。


 まぁもっとも、仮にそうやって『落ち着いて狙いを定め』てみたところで……私が動いたら、何の意味もないのだが。



≪ッ、ちょこまかと!≫



 言うほど『ちょこまか』したつもりは無いが……黙って突っ立っているはずも無いだろう。あくまでも【ベルニクラ】が実際に可能な範囲で機体を動かし、敵弾の射線から身を逸らす。

 機体全てを遮るには小さな起伏とて、腰から下を隠すことくらいは充分に可能。そうやって下半身を守りつつ、上半身は射線を銃弾をスイスイと躱していく。

 私の前方の土留には、敵の放った訓練弾頭の極彩色がぶち撒けられていくが……しかし私の機体からだには、ただの一発も届いていない。


 やがて敵の射撃が途切れ、空になった弾倉が排出され、それなりに手慣れた動きで予備の弾倉が叩き込まれ、再び射撃の構えが取られる。


 しかしその間、ただ大人しく待っているわけも無い。その頃には私の機体からだは既に土留から飛び出しており、悠々かつ機敏に距離を詰めていく。


 機体を鋭く前傾させ、自らの速力に重力を添加し、背面の加速器を細かく噴かして更に加速。



≪くッ、そ! 速ェ!?≫



 ようやく第二波の射撃準備が整ったところで、既に私はトップスピードに達している。先程よりも距離が詰まっているとて、スマートな【ベルニクラ】を撃ち抜くことは決して容易なことじゃない。


 敵の持つ長銃は、長い射程と高い集弾性を誇るが、しかしその銃口の向きを見定めるのは比較的ラクな方だ。

 右へ左へ機体を揺さぶり、大小様々なフェイントを織り交ぜ、敵の長銃と射線をも揺さぶって、立て続けに飛来する銃弾を躱し続ける。


 フルオートで秒間何十発とか、そのレベルの弾幕だったら流石に厳しかろうが……セミオートとはいえ単射式の銃であれば、掻い潜ることは充分に可能である。



 そうして、敵が二つ目の弾倉を空っぽにするのとほぼ同時。私は勢いそのままに敵機へと吶喊……すると見せかけて、直前で跳躍。

 ついでに空中で機体からだを捻り、脚を振り抜いて長銃を蹴っ飛ばし、敵機から遠距離攻撃手段を奪い去り……私は両足と片手を突いて華麗に着地、すぐさま身を返して向き直る。



(ふふ、なかなかの芸術点でしょう)


――――空中大回転とか、逆立ち着地とかしても良かったんじゃない?


(よくないよ、この子は浮遊機関グラビティドライブ積んでないんだよ? 関節負荷やばいって)


――――むー、ものたりないなぁ。



 主たる武器を奪われた敵機は、もはや完全に冷静さを喪っているようだ。私と同じその機体ベルニクラであれば、両前腕の袖口に自衛用の小型火器が仕込まれているし、なんなら両肘には刺突用の突起スパイクも備わっているのだが……そこに思い至る素振りも見られない。

 まあ確かに、すぐ直前の訓練ではさんざん長銃の扱いを刷り込んでたもんな。そもそも日頃の訓練で袖口ココ火器コレを使った経験があるのか、それさえも定かじゃない。


 テアじゃないが、これでは確かに消化不良感は否めない。物足りなさがないではないが……だからといってこれ以上時間をかけても、引き出せるものは無さそうだ。



≪や、やめ……ッ!≫



 必死に後ずさり、私が蹴飛ばした長銃へと近付こうとする敵機の……とりあえずは、その両足へ。ぱんぱんと。

 ついで、右の前腕と左の前腕……もしコレが実弾だったのなら抵抗手段袖口火砲を喪うであろう箇所へと、ぱんぱんと立て続けに粉末塗料がぶち撒けられる。




「…………はい、勝ちー」


――――なぜならファオはすごくつよいので。



 最後に一発、搭乗ハッチへと極彩色の化粧がと施され。

 特に予想外の事態が起こることもなく、彼に秘められし力が特に覚醒するでもなく……ごくごく当たり前と言える私の勝利をもってして、模擬戦おまつり騒ぎは幕を閉じたのだった。



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