第11話 種まきの直後に畑ないなった的な
なんてひどい、私のカンペキな作戦がコテンパンのポカペカジャンに粉砕されようとしているだなんて。
――――ぇえ……だって、あんなに自信満々だったのに? 得意のでぃーないないは?
(DIYね。……うーん自信あったんだけどなぁ、私のかんぺきなコンクリート舗装が……)
――――やっぱファオってば残念だよね。
(いや、だって……これは予想できないでしょーよ)
そうとも、いくらなんでも
基地内での条件付き自由行動が許可されたということは、つまり私達に対する警戒が薄れてきているのだと、そういうことは理解できた。それはもちろん喜ぶべきことだ。
であれば当然、今後は『歌姫』と『傭兵』の二足のわらじを履き替えつつ、引き続き好感度を上げていき……やがては基地内のダレソレとムフフな関係に至るのだと、勝利への道筋を確信していたところなのだ。
それが、しかし、どうして。
まさかのまさか、こうして
――――大丈夫、わたしは
(……まぁ、それはそう。物理的にはともかく、私達が離ればなれになることなんて無いわけだけど)
――――さすがに直接攻撃は出来なくなったから、ファオにがんばってもらわないといけないけど……ね。
(いやー、たぶんそんな物騒なことにはならない……と思う……)
いわゆる『魂』とでも呼ぶべき部分が混ざりあった私達は、たとえ物理的な距離を隔てていようとも、この関係性が分断されることは無い。
聴覚や視覚情報の入力補助を行うゴーグル型デバイスを介せば、
そんな
つまり残念ながら、そして当然のことながら、
まぁ、
異世界とはいえ、この世界は惑星地球と同様に球状であるらしい。直進を続ける光学兵器では地平線の向こうには届かないし、
――――心配しないでいいよ。いざとなったらわたしが飛んで、助けに行くから。
(いやいやいやいや、無人動作できる点は隠しといた方がいいって。……まぁ、さすがにそうそう危険なことは無いと思うよ、多分)
――――でも……
(大丈夫だよ。……だって――)
あの基地で好感度荒稼ぎ作戦に臨もうとしていた私が、こうして抵抗むなしく連れてこられた場所。
ヨツヤーエ連邦国の内陸部、前線からは遠く離れた安全地帯……私の望みからは大きく乖離した、しかし多くの人々が『私のために』と連れてきてくれた場所。
異国情緒溢れる大きな建物と、それを擁する広い敷地。そこを出入りする老若男女は、しかし一様に『ぴしっ』とした雰囲気を纏っている。
とはいえ若い者が居るとは言っても、
……そうとも。聞くところによるとこちらは、ヨツヤーエ連邦国の中でも航空兵科に特化した士官学校であり。
通常航空兵機だけでなく、空戦用機甲鎧の運用関連技術に関しても取扱っているという、なるほど確かに私の来歴が多少なりとも活かせそうな学び舎である。
見ず知らずのヒトばっかりということもあり、テアが不安がるのも当たり前のことだろうが……場所が場所であることだし、そうそう危険など無いだろう。
「緊張してるか? ……大丈夫だ、心配するな。ファオの『事情』は、ある程度は教官も把握している。……ここは安全だ、気を楽にして良い」
「………………がっ、こう?」
「あぁ。カーヘウ・クーコ士官学校……これからファオが、多くのことを学ぶ場所だ」
「…………んんー」
基地内で大人しくしていたり、兵員の休憩どきを狙ってお歌を披露してみたり、強引に出撃して
お世話になっている小隊の隊長さんに引っ立てられ、人員輸送機と軍用車両と長距離列車を乗り継ぎ、道中名も知らぬ街にて一夜を明かし、こうして辿り着いた『首都』。
この地に家族が暮らしているという隊長さんは、久方ぶりの里帰りも兼ねて、遠路はるばるこうして私を連行してきてくれた……ということらしい。
そんなに前線を離れて大丈夫なのか、とも問うてみたのだが……なんでも敵航空戦力はほぼほぼ壊滅状態らしく、連邦国軍の機甲鎧【アラウダ】に抗える戦力が存在していないとのこと。
少し前まではイードクア帝国軍のエース機と、バカアホデカい怪物じみた機甲鎧が幅を利かせていたらしいのだが……そのエース機は粉々に爆発四散し、怪物は鹵獲されて大人しくしているのだという。クソうける。
まーつまるところ、前線に程近い基地で前途洋々たる傭兵活動を送ろうとしていた私達だったのだが。
いったいぜんたい何の因果か、
とはいえ、勿論これが嫌がらせなどでは無いことくらい、常識に疎い私とて理解している。
これまで人間らしい生活を送れていなかった私のため、
確かに、攻略の流れに乗っていた(はずの)基地の面々から引き離されたのは、少なからず残念ではある。
しかしながら、縁もゆかりも無いどころか仇敵であるはずの私のため、隊長さんやらお偉方やらが手廻しをしてくれたのだ。
当然、ありがたいし……嬉しいに決まっている。
「……さて、私が案内出来るのは此処までだ。後は教官と娘に任せるが、困り事があれば私の名を――」
「ぅ? ……むす、め? です……か?」
「あぁ、娘だ。私の……上から三番目の子、女子では二番目だな」
「…………ぜんぶ、きょうだい……なんにん、ですか?」
「四人だな。男子が一人と、女子が三人。……どうした?」
「い、いえっ。……なんでもない、です」
なんとまあ、私達がお世話になっているこの顔が怖い隊長さんは、お子さん四人の大家族を養うパパさんだったという。
……しかし、それもそうか。彼ほどの人格者なら、良いお相手が居て当然だろう。顔は怖いが。
子どもが四人というのも、私の前世の認識に引っ張られた思考では子沢山なように感じられるが……しかしこの国は戦時中であることを考えると、割と一般的なのかもしれない。
(そこんとこ、どう? テア)
――――んー……しらないし、わたしは参考にできないと思う。わたしの生まれが自然じゃない、
(…………ごめん)
――――ううん、ぜんぜん。きにしないで。
(ありがとう。すき)
――――わたしも。
とはいえ……危うく妻帯者に手を出すところだった。危ないとこだった。
さすがに私とて、そのあたりは弁えているとも。既に幸せな家庭を築いている殿方に、横から手出しなどするつもりは無い。
私はただ純粋に性欲を満たしたいだけなのであって……よそ様の家庭を壊したいわけでも、そこへ不和を持ち込みたいわけでも無いのだ。
まぁそれ以前に、既婚者には普通に相手にされないだろうが。確かに可愛いんだけど……色々と物足りないだろうしな、この身体だとな。
――――うーん? ……なんか
(気のせい気のせい気のせい)
とにかく、そんなパパさん……ゼオラ・ゼファー大尉の、三番目のお子さんが在籍していること。それこそが私を編入させる決め手となった……というのは考え過ぎだろうか。
まあ実際、色んな意味で非常識な私達である。監視役というか、連絡役のすぐ近くで観察しておきたいというのは、わからないでもない。
そんなことをぼんやりと考えながら、これまたぼんやりと建物を眺めていた私だったが……やがてその眺めていた方角から、一人の女性が近付いて来ていることに気付く。
明らかにこちらを……いや、私の傍らのゼファー大尉を認識し、嬉しそうに顔を綻ばせる女性……もとい、少女。
……なるほど、この子が。ほうほう。
「ご無沙汰しております、お父様。お元気そうで、何よりです」
「すまんな、ジーナ。忙しいところを」
「大事ありません、お気になさらず」
なるほど、ジーナ・ゼファーちゃん。年の頃は……見た感じでは、十代後半といったところだろうか。
士官学校に在籍しているだけのことはあるのだろう。真面目そうで、いかにも『優等生』って感じの女の子だ。
父親譲りの赤毛をショートに整え、制服もきちっと着こなしている。鳶色の瞳は少々吊り目がちだが険しいという程でもなく、意志の強さを感じさせる。
まあ、つまるところ……かっこよくて、でも可愛らしくて、どこか安心感を感じさせる美少女だ。
「……それで、あの……速信にて伺いましたが、こちらの方が?」
「…………ぇ? ……あ、わたし。わたし……はい」
「あぁ、ファオ特課曹長だ。イードクアからの亡命者……ということになっている」
「…………そう、ですか」
とくかそーちょー……多分に特例が含まれているのだろうが、今の私に与えられた肩書である。
この肩書こそがこの国における私の立場であり、身分であり、存在を証明するものであり……私達のため、ゼファー隊長さんならびにあの基地の方々が用意してくれた、贈りものだ。
まあ当たり前だが、そんなに高い階級じゃない。取り立てて偉いわけでもないし、人に指示が出せるわけでもない。
しかしながら……このヨツヤーエ連邦国に、私達の居場所があるということ。それがとても嬉しい。
この士官学校への入学手続きやら、それに関連する費用やら、私生活のための物件の手配やら、それら諸々も併せての『贈りもの』ということらしく。
なんでもそこには、私が待機命令を無視して救援に駆けつけた輸送隊の隊長さんなんかも一枚噛んでいるのだとか。
……どうやら、けっこう偉い……というか、発言力がある人だったらしい。盗み聞きしていたテアからの
いやしかし、至れり尽くせりで嬉しくはあるのだが……そんなに好感度高かったなら、一発くらいヤってくれてもよかったじゃないかと。
…………まぁ、それはさすがに冗談だが。私とてそれくらいの常識は弁えている。
「教官らにも、ある程度は通達が届いている
「承知しました。お任せ下さい、お父様」
「あぁ。……頼む」
「はいっ! 宜しくお願いします、ファオさん」
「…………よろ、しく……お願いし、ます」
それに……こんな可愛らしいお嬢様に、色々とお世話して貰えるだなんて。
まさに役得、なんという幸運。これからの学校生活は『勝ち』を約束されているようなものではないか。
ゼファー大尉に見送られ、ジーナさんに連れられ、私はカーヘウ・クーコ士官学校へと足を踏み入れる。
とりあえずは受け入れ担当の人との顔合わせと……それが終わったら軽く敷地内を散歩がてら、私に与えられた部屋へと案内してくれるらしい。
国も、文化も、世界さえも変わったとて、新たな学び舎ならびに新生活というものには、さすがに気分が高揚してしまう。
新生活……なんてドキドキする響きなのだろう。
ひとつの計画がほぼ頓挫してしまったのは残念だが……ならば即座に新たなる計画を立案、実行に移すまで。
このファオ、転んでもただでは起きぬ。男子だろうと女子だろうと好感度上げまくって、ゆくゆくはそういうシーンを回収させてもらおうではないか。
―――――――――――――――
――――いちお帝国の様子、基地でわたしが観察してるね。
(ありがとテア。……勝手に動いたりしないでね?)
――――わかってる。いろんな人が近くにいるから、わたし動くとあぶないし。
(…………え、近くに……人? 整備とか……補給とかしてくれる、とか?)
――――んーん、なんかね……開発とか設計とか、よそから専門家のひとが来てるみたい? 見たことない人、わたしの
(ひどいことされそうだったら言って……いや、最悪ふっとばして逃げてきて)
――――さっきと言ってること逆だよ? わかってる?
(だ、だって! テアの身に何かあったら!)
――――んー……やな感じはしないし、わたしのこと心配しないで。ファオは自分のこと優先しよう? お勉強、がんばって。
(ううぅー…………長休みになったら会いに行くからね!)
――――はいはい。わかりましたよ。……いや、いっしょじゃん。わたしたち。
(まぁそうなんだけどね)
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