第3話 冷静に現状把握する作戦




 私が直接の上官をこの手で殺し、祖国(笑)を裏切りヨツヤーエ連邦にくだってから、早いもので三度目の朝を迎えた。


 その間私達はというと……予想していた尋問のたぐいを課されることもなく、話を聞かれたかと思えばカウンセリング名目の雑談という、酷く拍子抜け(悪く言えば期待外れ)な日々を過ごしていた。


 雑談カウンセリングの時間を除けば、どんなに昼寝を貪っていても怒られない。

 部屋の外には立哨が控えているとて、プライバシーは確保されている。しかも三食きちっと『食事』が出てくるときた。




(うぅ、逆に落ち着かないわ。何なんだコレ……これじゃ捕虜どころか、まるで『お客様』じゃない?)


――――お客様、は……嫌?


(そりゃあね。何から何までお世話して貰ってるのが非常にこそばゆい。……ご飯も食べさせてもらってるし、トイレや風呂まで付きっきりやぞ?)


――――左手、あと左目。ないなったから。


(そうなんだよなぁ。だから気を遣ってくれてるんだろうけど……)




 シミひとつない純白のシーツが張られた寝床を与えられ、朝昼夕と日に三度の食事を与えられ、尋問とはとても呼べないヌルすぎる事情聴取やら、私の体に関する健康診断やら。

 医療区画であるらしい近隣には人の出入りが感じられるが、この部屋はそこから更に扉一つ隔てられており、ヒトの出入りはほとんど無い。

 少々手狭であるとはいえ……なんと寝台四つが配されたこの部屋を、こともあろうに『私のために』と手配してくれているらしいのだ。


 私の(貸し与えられている)部屋の外、常人であれば聞き取れないであろう内緒話を盗み聞く限りでは……まぁなんというか、私に対する尋問や拷問の類は、どうやら画策されていないらしく。

 その盗み聞きによって得られた情報、現在の私の置かれている立場とは……はっきりいって、意図した方向とはそこそこ逸れてしまっているのだ。




――――なんで残念そうなの?


(だってさぁ、よくあるじゃん? 女の子の捕虜に向かって『身体に訊かせてもらおう』とか、もしくは『泣き叫んでも無駄だぜ』とか、『口では嫌がってても身体は正直だな』とか、そんな感じのやつ)


――――ちょっとファオが何言ってるのか分からない、けど……そんな感じがほしいの?


(うん。ぶっちゃけずーっとそういうのを……あわよくばえっちな尋問されないかなぁ、って期待してた……んだけど……)


――――だめぽくない?


(だめぽい。めっちゃ丁寧に……繊細な『壊れもの』みたいに扱ってくれてるもん)


――――まあ実際いろいろとるけどね、わたし達。


(ハハハそんなあっさり言うなし)




 やはり……仕方がなかったとはいえ、初っ端で片目と片手が吹き飛んだ様を見せ付けてしまったのが、大いに悪手だったのだろう。

 実際のところ、部屋の外で度々交わされる会話の多くとは、ずばり『私の外観がおさなげであること』と『私が大ケガを負っていること』に関するものに大別されているのだ。


 一例を挙げるとするならば……例えば『あんな小さな子を戦わせているのか』だとか、あるいは『幼い女の子があんな無惨な姿に』だとか、意味合いとしてはそんな系統のもの。



 なるほど確かに……年端も行かぬ少女がそんな疵を負っている様を目の当たりにしてしまっては、よほど良識や倫理観が欠落していない限り『えっちな尋問してやろう』なんていう気にはならないのだろう。

 少なくとも彼らヨツヤーエ連邦の兵士達は、極めて良識的かつ真っ当な倫理観をわきまえて(しまって)いたらしい。



 私としては……やっぱ、えっちしてくれたほうが嬉しいんだけどなぁ。




――――じゃあもう、直接頼んでみたらいいんじゃない? えっちして、って。


(や、やだよそんなの! だって、そんな……私が痴女みたいな……へ、変態みたいじゃん!)


――――変態じゃないの?


(ちがうよ! 私はあくまでも受動的に、こう……不可抗力的に、向こうからえっちを仕掛けられたいの!)


――――えー……めんどくさいなぁ。


(だって変態って思われたくないじゃん! 私せっかくカワイイんだから!)



 とはいえ、尋問のたぐいが行われる気配が無いことから、私の『作戦』は既に破綻している。

 それに加えて……初日の隊長さん以降、私と言葉を交わす相手の殆どが女性兵士になってしまったという点も、状況を(私にとって)悪化させる一因となってしまっている。


 男性兵士が相手であったら、こう……不自然じゃない感じにえっちな気分にさせて、あわよくば襲ってもらおうとも思ってたんだけれど。

 女性兵士が相手では、当然そんな色仕掛も使えない。……いやまあ、この身体に『色っぽさ』があるかは置いておくとしても、だ。



――――ねえファオ、なんかな気配がした。


(気のせい気のせい)



 私の身の回りを固めている兵士が女性ばかりとなってしまっていることで、私としてはもはや完全に詰みチェックである。

 こうなったら『無抵抗な敵国捕虜にえっちな尋問』作戦は諦めて……第二案に移行するほかあるまい。



 そうとも。えっちされるチャンスとはなにも、尋問のみにとどまらない。

 幸いにして、この基地の人々は私に対して好意的だ。これならば私の次なる作戦、ずばり『懐に潜り込んでむらむらさせる』作戦が通用する可能性も高いだろう。


 どうにかそのへんが達者そうな男性兵士とお近づきになって、少しずつ少しずつ怪しまれない程度に、無自覚を装いつつ誘惑していって……最終的に溜まりに溜まったフラストレーションを刺激し、あちらがわに一線を越えてもらう。

 私は変態呼ばわりされることもなく、この身体を授かってからの願いが叶って幸せ、あちら側も私達みたいなカワイイ子と致せて幸せ。ウィン・ウィンな関係ってやつだ。




――――まぁ、いいんじゃない? ……それで、どうするの?


(お手伝いできることはありませんか、みたいな感じで……とにかく、この部屋から出る許可をもらう。基地内をウロウロして、少しでも多くの男の人に会って……とりあえずは私のことを知って、意識してもらう)


――――ふうん……いいと思うよ。を診てたり、掃除してくれてたヒトも、【V−4Trわたしたち】には興味ありそうだったし……そのあたりを狙うか、もしくは帝国を相手取って――


(この基地の人たちに肩入れして、戦うか? ……いや、それはまだ早い。警戒心を煽るようなことは控えとこう)


――――ん……わかった。もう少し様子見る。




 【V−4Tr私たち】を構成する全ての要素は、ヨツヤーエ連邦軍にとっては未知の事象だろう。なにせあのイードクア帝国軍でさえ、私達のを知ることはついぞ叶わなかったのだから。

 根幹たる私達の秘密は、恐らく決して明かすことは無いだろうけれど……機体を構成する技術や魔力機関による制御手法等、解析できる情報は数多だろう。


 奇しくも、第三空戦機甲鎧小隊の活躍と私達の離叛によって、共和国軍を悩ませていた頭上の脅威はほぼ消え去った。一時は押し込まれていた戦線も、本領を発揮した陸戦隊の攻勢によって持ち直しているらしい。

 この拠点は前線に近いこともあり、もちろん完全に安心は出来ないのだろうが……それでも、幾らかは余裕が出てきているようだ。



 それこそ……先進技術溢れる鹵獲機体の解析に、本腰を入れて取り組もうかと画策し始める程度には。




(何よりも【V−4Tr】に詳しい私が、なんでも質問に答えます。……これでいこう、技術屋なら多分わかってくれる)


――――ファオのかわいさを?


(それもあるけど……まずは何よりも、私の『価値』を)


――――なるほど、訪問販売ってやつ?


(セールスプロモーション……まあ、そんな感じ?)




 幸いなことに、単体のファオは全くと言って良いほど、脅威とは見なされていない。


 思考を加速させ、痛覚を無視し、筋力を瞬間的に数倍に跳ね上げ、稀少かつ反則じみた固有魔法を備え、その気になれば相棒テアからの援護射撃も行使できる。

 片手と片目が潰されたこの状態でも、この基地機能の半分は喪失させられる自信があるが……しかし見た目の印象からでは、とてもは見えないだろう。

 ……いやまあ、実際に半壊させようとは微塵も思わないけど。



 可愛らしく、儚げに、見た目相応に、真摯に謙虚に献身的に。

 周囲で交わされる会話を盗み聞く限りでは、私の提案と要望が聞き入れられる可能性は、極めて高い。


 この身体に備わるとっておきの武器を、今こそ役立てるときなのだ。



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