第2話 私達の戦いはこれからだ




 現在の私がこうして存在している、血と煤と砂煙に覆われた、この世界。

 広大な大陸の各所にて、飽きることなく行われている、国家と国家による熾烈な武力衝突。

 地上には歩兵や陸戦兵機がひしめき、上空には航空兵機が飛び交い……数千やら数万の命が無造作に、露と消えていく。


 この世界の人々にとってはこれが『当たり前』の光景、いわゆる『常識』なのだろうが……しかし私にとっては、未だにこの『現実』には違和感がある。




 私は……いや、特務制御体【V−4Trファオ・フィアテーア】のは、この鉄血の世界とは異なる世界の生まれである。

 惑星全体で見てみれば、確かに未だ紛争の絶えない地域もあったのは確かだが……前世の私が生まれ育った島国では、少なくとも戦闘に類する事態は生じていなかった。

 義務教育の9年間では『命は尊いもの』『平和は尊いもの』と教え込まれ、その後の9年間は平和なこの国の発展に寄与するための、様々な知識や技術を学んできた。


 それらの知識がロクに活かされぬ職場に勤め、拘束時間の長さの割には実入りも少なく、贅沢も日々の楽しみも喪って久しく……来る日も来る日も変わり映えのしない、灰色の日々を送っていた。




 …………私が『この世界』に来ることになった切っ掛けは、正直よく覚えていない。

 頭の中を突き刺されるかのような激痛に跳ね起きてみれば、目に映る光景は狭く無機質な操縦席であり。

 頭の中に流れてくるのは……この身体の持ち主であり、今や私と一蓮托生となった専用機【4Trフィアテーア】に意識を囚われた少女の、困惑したような声。




――――悪いことは言わない。喋らないほうが、いい。


「…………ぅ、ん? ……っ、」


――――あとでわたしが、ちゃんとぜんぶ答えるから。喋らないで、あんまり動かないで……抜け殻、みたいに……振る舞って。


(…………わかった、けど……何で?)


――――観察、されてる。研究員の、目がある。


(…………っ!?)




 そこで行われていたものとは……私が長年『尊いものである』と教えられてきた『平和』に、そして何よりも『命』に、唾を吐き掛けるかのような悪辣な所業。

 より効率的に敵を殺せる兵機の開発、ならびに……より効率的に兵機を動かすことができる、命を使い棄てることを前提とした兵装インターフェイスの開発計画。


 ヒトの形を模した巨大な機械兵機、従来は搭乗員が乗り込み操っていたそのものに、被験体のする。

 概念的に言い表すのならば……ヒトの魂を一部切り出し、兵機に閉じ込めることで操る。そのための実験機関なのだという。




 私が滑り込んだのは、そういった経緯で『兵機に魂を持っていかれた』少女の身体。魂を完全に抜き取られ空っぽになってしまった、虚ろな『抜け殻』である。

 本来の想定であれば……魂の濃度は分割によって薄まり、まるで人形のように意志薄弱にはなるものの、被験体は自我を備えているはずだったらしい。

 そうでなければ機体と搭乗者被験体の同期が成されず、要求された性能を発揮することができず、新兵機としての役を満たさないのだとか。


 しかしながら彼女テアは、いわく『機体との同調が高まりすぎた』らしく……どうやら魂の全てをということらしい。

 そうなってしまえば、もはや実験は失敗。兵機と外部をつなぐインターフェースである制御体ことパイロット、それが完全に『抜け殻』と化してしまっては、外部からの命令によって兵機を運用することは出来ない。……そのはずだった。

 だが、どういうわけか『抜け殻』は動いている。機体への『魂』定着率も百%を記録しているが、しかし『抜け殻』は命令に反応してみせたのだ。



 彼女の『魂』が兵機に取り込まれたのは、果たしてただの事故なのか……はたまた研究者の何者かが仕組んだことなのか。

 真偽の程は定かじゃないが、とにかく『私』が入り込んだことで意図せぬ結果となったことは、確かだろう。


 この実験結果が正しく観測されていれば、私は新たなサンプルケースとして研究者らの知的好奇心を充たすため役立てられたことだろう。

 結果として残ったものは、他に類を見ないほど強固な接続が確立された機体と被験体。

 中身が別物とはいえ、元は彼女テアの身体であれば、機体との拒絶反応も生じないということか。


 しかしながら結局のところ、研究者が観測できたところとは……魂の全てが機体へ移ってしまった『抜け殻』のはずなのに、緩慢ではあるが指示通りに身体が動くのだという事象。

 彼女テアの助言に従い『だんまり』を決め込んだ『私』の存在を、彼らはとうとう感知できなかったらしく……つまりは原因不明、よって再現性も再現方法も不明。

 前例の無い実験結果をもたらすこととなったV−4Trファオ・フィアテーア】は、彼らを大変な混乱に叩き落とすこととなった。



 そこから経過観察と戦闘試験、調整やら処置やらの日々を、私は従順かつ虚ろな『お人形』として過ごしてきた。

 分厚い強化ガラス張りの私室観察檻で過ごす日々には何度も気が狂いそうになったが……境遇の近い話し相手が居たことで、今日まで正気を保つことができたのだ。





 そうして迎えた……今日。

 誰にも聞かれることのない『内緒話』によって、彼女テアと綿密に練り上げてきた脱走計画が、ついに実行に移された。



 敵国ヨツヤーエ連邦地上部隊によって押された戦線を押し返すため、『実戦試験』という名目で投入された制空兵機【4Trフィアテーア】であったが……護衛機の全滅によって抵抗らしい抵抗のできぬまま、すべもなく鹵獲された。


 機体制御関連技術の機密を守るため、情報流出など防止措置を行使。

 管理局の遠隔操作による搭乗者の廃棄処置と、機密保持のための自爆および敵施設の破壊をもって、パッケージ【V−4Trファオ・フィアテーア】はその登録を抹消されることとなる。





 ……というのが、奴らの想定していた筋書きになるのだろうが。



 しかし実際のところは、私達はこうして健在である。

 左目に仕込まれた爆弾の摘出と封殺を達成し、機体テアに仕掛けられていた遠隔制御および自爆プログラムも消去された。


 頭蓋内に埋め込んだ爆弾で搭乗者を処理し、動かなくなった機体を敢えて鹵獲させ、敵軍の重要施設に搬入させたところで自爆させる。

 ……そういうシナリオだったのだろうが、お生憎様と言っておこう。

 誰よりも機体を知り尽くした相棒テアによって、私達に害を為す仕掛けの一切を切除されたこの機体。最新技術をふんだんに用いられた実験機のデータは、いい手土産となっただろう。




 …………そう思っていた。

 いや、実際そうなっているのだが。





(ただ、それを外部の人間……しかも細かな事情を知らない敵側から見た場合。……どうなっちまうのか)


――――え、なに? どうなったの?


(あ、おはようテア。なんかねー……やべーことになったよ)


――――おはよう、ファオ。やべーこと?


(そう、やべーこと)


――――ふうん。えっちしてもらった?


(ううん、それどころじゃなくなりそうな雰囲気)


――――やべー。




 私が軟禁……もとい、医療処置を施された部屋を訪ねてきたのは、私をここへ連れてきた張本人である小隊長どのだった。

 銃を片手に私の機体へ接触を試みたときの、あの雄々しく凛々しい表情は、いったいどこへ行ったのやら。

 視線はあちこち彷徨い、私の顔をなかなか見ようとしない。これではせっかくのも効果を減じてしまうだろうに。


 加えて、何よりも私達を混乱させたのは……たかがいち捕虜であり、しかもさんざん自軍に被害を与えてきた敵国兵士に対して、明らかに紳士的おかしな態度で応対されている点である。




(なんかねー、めっちゃ下手したてに出られてるの。『何か困ったことないか』とか『ケガは大丈夫か』とか、あと『食べたいものはあるか』とか聞かれてる)


――――えっと、隊長さん? だよね? まちがいない?


(間違いない。私に銃突きつけてきたおじさん。……なんかもー、可哀想なくらいビクビクしちゃってるよ)


――――ファオ、なにかしたの? おじさんいじめちゃだめだよ?


(いじめてないよぉー)




 医務室を訪ねてきた隊長さんと、しばらく当たり障りのない会話……と呼べるか怪しいコミュニケーションを、おっかなびっくり続けた結果。

 どうやら隊長さん――というか、私が投降した部隊のほぼ全員――の認識として、私は『過酷な実験を強いられてきた環境から必死の思いで脱出を図った被験体少女』ということになっているらしい。


 まぁおおよそとしては、当たらずといえども遠からず、といった感じなのだが……いざ纏められると微妙に小っ恥ずかしいな。

 研究所では四六時中監視の視線に晒されていたが、あの変態共は直接危害を加えてくることは少なかったように思う。過酷な実験を強いられてきた、というのは当て嵌まらないのではなかろうか。



――――それはちがう。ファオがとき、もうはぜんぶ終わってた。


(………………そう、だな。…………ごめん、テア。さすがに無神経だった)


――――気にしてない。わたしは今が好き。ファオといるのは、楽しい。


(……ありがとう)


――――ん。




 ……まぁ、とにかく。


 私としては色々と、それこそ身体に訊かれることも覚悟して臨んだ亡命だったが。

 むしろどっちかというと……その『身体に訊かれる』に含まれるいちジャンルを、正直私は期待していたところもあるのだが。


 元とはいえ敵国の兵士に対し……非常に、ものすごく紳士的に接してくれているわけで。

 この流れでは……恐らくだが、私がこっそり期待しているには、到底繋がることは無いだろう。



 うーむ……まさかここまで善良で、高潔な軍人だとは。これまでさんざん見てきた軍人がアレだったせいか、なかなかのカルチャーショックといえよう。

 私がいた軍の軍人、もとい給料泥棒どもにも見習って欲し……いや、やっぱりいいや。彼らはそのまま、救いようのない下衆ゲスのままでいて欲しい。



 私は、いや……私達は。

 あの下衆ゲス共や変態共に一泡吹かせてやるための、楽しい楽しい悪巧みの真っ最中なのだから。












―――――――――――――――
















「……どうでした? 隊長」


「オーリか。…………あぁ、ひどいな……あれは」


「ただ事じゃないですよ。あんな小さな子が、片目と片手を喪うなんて……錯乱してもおかしくないでしょうに」


「全くだ。………………堕ちる所まで堕ちたか、イードクアの奴等も」




 ヨツヤーエ連邦空軍が誇る精鋭部隊、第三空戦機甲鎧小隊。彼らが貸し与えられている施設は現在、普段とは毛色の異なる緊迫した空気に包まれていた。


 敵方の新兵機と思しき大型空戦機甲鎧の鹵獲、ならびにその搭乗者の身柄確保に成功。そこまでは良かったのだが。

 彼らの度肝を抜いたのは……化け物じみた大型機の搭乗者が、未だ年端も行かぬ少女であり。

 それどころか、彼女が充分に致命傷となりかねない大怪我――片目と片腕の欠損――を負い、操縦席も血の海と化していたことであった。



 イードクア帝国の新型空戦機が、ほぼ無傷で手に入った。……そんな高揚感を一瞬で霧消させてしまうほどに、それは衝撃的な光景であり。

 尋問やら事情聴取やら、そんなは後回しだと言わんばかりに、小隊長権限でもってあらん限りの救護措置が取られたのだ。


 鹵獲機を検分していた整備兵、および少女の治療を担当した医療スタッフらの証言を纏めると……少女のあの大怪我と操縦席の惨状は、操縦席内にて発生した小規模爆発に由来するものであり。

 加えて……空っぽとなった少女の眼窩には、あからさまな外科的処置を施された痕跡が見られたという。



「どうすんですか? あの子……心に傷を負ってなきゃ良い…………いや、もう遅いですか……ね」


「子どもにをするような奴らだ、既に傷だらけだろう。……身体も、心も」


「…………エリッサにも協力を仰ぎます。アイツなら、あるいは」


「そうだな、頼む。……彼女のほうが…………同性のほうが、あの子も話しやすいだろう」


「黙り込むと顔怖いですもんね、隊長」


「………………」




 そもそも、捕虜となった敵兵の扱いに関しては、国際法にて明確に定められている。

 最初から遵守する気の無い野蛮な奴らならまだしも、ヨツヤーエ連邦は大陸で一二を争う大国である。たしかに戦時中ではあるが、規律と良識は末端に至るまで機能しているのだ。


 しかしながら、仮にその国際法が存在しなかったとしても……今回迎え入れた捕虜に関しては恐らく、細心の注意を払って扱われたことだろう。



 未だ幼気な身でありながら、その小さな体の各所を弄られ、ヒトではないモノに仕立て上げられ、果ては片目と片手の機能をも奪われ。

 平然とそんな手段を採るような奴等から、必死の思いで逃げてきたのであろう……表情変化も乏しい、全てを諦めたように無気力な少女。



 第三空戦機甲鎧小隊の面々のみならず、この駐屯地にて彼女を目にしたほぼ全ての人員が抱いた想いとは……恐らく、同一のものであっただろう。






 ただ……そうして培われた彼らの『想い』とは、とうの彼女本人(の中身たる彼)の願いを叶えるにあたって、非常に大きな障害となるのだが。


 残念ながら当然なことに……そんなことは、誰ひとりとして知る由もないことなのだった。




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