第4話 飛んで火に入る異世界の蟲




 ――――さいわい、とは表現するべきじゃないのだろうが。


 私の建てた短期目標である『この拠点の人々に気に入られるようこびを売る』作戦の遂行にあたり、私達は間もなく絶好の機会を得ることとなった。




 そも、この世界……命の価値が極めて低い鉄血の世界には、ヒトにとっての明確な『脅威』が存在する。


 元を辿れば、私達【V−4Tr】のような機甲鎧――魔力機関によって動く巨大ロボット――関連技術の発展に関しても、本来はその『脅威』に抗うために培われてきたものである……らしい。

 人々の生活圏を守るために発展してきた武器が、国どうしの戦争に投じられるようになってしまったのは……まぁ残念ではあるが、至極当然の帰結だったのだろう。


 機甲鎧が振るう戦闘能力とは、それ程までに絶大なものであり。

 また……その一騎当千の武力をもってして相対せねばならない程に、その『脅威』は強大な存在なのだという。



 曲面主体の重厚な鎧で全身を覆い、歩兵の持つ兵機の殆どを弾き返し、自重の数十倍はあろうかという重量物さえ投げ飛ばし、鋭利な爪や牙は鋼鉄だろうと刺し穿ち。

 様々な兵科を取り揃え軍勢を成し、感情を窺わせない虚無の相貌にて、昼夜を問わず神出鬼没に襲い掛かってくる。

 そんな外敵を打ち倒すには、なるほど機械仕掛けの猟兵は適任と言えるのだろう。


 この世界の人々が【魔物モンステロ】と呼ぶ、それら。

 相対した者に底知れぬ恐怖と、生理的な嫌悪感を与えるという、その『脅威』。



 当然、物心ついたときから実験(※される側)に明け暮れていた私達にとっても、初めて目の当たりにするなのだが。




 …………いや、しかし……これは。


 この世界の人々が『直視することさえ憚られる』『見たくもない』『不気味で気持ち悪い』『生理的に嫌だ』などと言い放つ、禍々しい【魔物モンステロ】とは。





――――ファオ? どうしたの?


「いや、その…………ねぇテア、この世界の人って……の見た目『めっちゃ気味悪い』って感じてる……ってこと?」


――――そうみたい? 通信の向こうがわ、すごい悲鳴上げてる。


「そっかぁー…………」




 黒々とした光沢を湛える艷やかな装甲に包まれ、堅牢な六つの脚で大地を踏みしめ、雄々しくそびえる長大な衝角で敵を威圧する、堂々たるその姿。


 その縮尺と、それが撒き散らす衝撃波にさえ目を瞑れば。



 私の知識に照らし合わせる限りではは……【カブトムシ】と呼ばれる昆虫に、酷似しているように思えるのだが。




「カッコいいと思うんだけどなぁ、見た目は」


――――ファオの感性、ふつうのヒトとズレてるみたい?


「…………まぁ、この世界とズレてる自覚はあるよ」



 私達の見下ろす眼下、大穴を穿たれ打ち捨てられている、4つの巨大な【カブトムシ】の死骸。

 私達がこの場へ駆け付ける直接の原因となった人々、今しがたこの【カブトムシ】に襲われていた彼らは……今や呆然とを見上げている。


 手持ちの銃は解析のため没収されてしまっているが、この機体【V−4Tr】には他にも火器が多数取り揃えられている。

 特に両肩ブロック上部、砲撃ポジションへと展開された左右の自在砲台は、高出力動力炉を積んだこの機体【V−4Tr】ならではの光学兵装である。

 堅牢な装甲とバカげた馬力を発揮する重戦車カブトムシとて、光速で着弾する超高熱エネルギー弾の嵐など……到底耐えられるものではなかったらしい。




――――ねえファオ、隊長さん来ちゃった。


「まぁ気付かれるよなぁ。無理やり出撃したもんなぁ。んで報告行くよなぁ。…………駆けつけるよなぁ、あの人たちなら」


――――愛されてるね? ファオ。


「そうなのかなぁ……?」




 私の座す操縦席の片隅、味方との通信に用いる機器から、けたたましい音と男性の大声が発せられる。

 聞こえてきた怒声の主は、やはりというか予測通り。私達を鹵獲したエリート小隊の隊長さん……現在はイードクア帝国軍の牽制任務に出ていたはずの、彼だ。


 私達の現在位置――例の基地を目指す補給部隊から発せられた救難信号の発信源――とは真逆方向、かつの距離に居たはずの隊長さん。

 そんな彼(と3名の部隊員)が早くも通信圏内まで接近してきた、ということは……やはり彼らの任務はあっさりと成功、帝国軍は本格的に弱体化しているということなのだろうか。クソざまぁ。




――――ねぇファオ、隊長さんめっちゃ怒ってない? お返事しなくていいの?



 怒ってるか。……そりゃまぁ、怒るだろうな。無理もない。

 なにせ私は軟禁部屋から脱走し、調査保管されていた大量破壊兵機たる相棒テアを奪取し、誰の許可も得ることなく救難信号発信源こんなところまで飛んできたのだ。


 テアが基地内の通信を盗聴し、非常事態を聞きつけ、即応可能で飛翔可能な足が速い者が居なかったからと……捕虜の身であるにもかかわらず無断出撃を決めたのは、ほかでもない私だ。


 勝手に動いた以上、何らかの罰が下ることは確定している。

 私の望むジャンルの『罰』ならば喜んで受けるところなのだが……彼らの性根を鑑みる限り、そうである可能性は低いだろう。




「…………終わらせてから、弁解する。私の有用性、もっとアピールしとかなきゃ」


――――ん、わかった。


「もうひと仕事。全部落とすよ」


――――おーらい。




 …………で、あるならば。


 この後の『わがまま』が、少しでも通りやすくなるように。


 上げられるだけの戦果をここで上げ……売れるだけの媚を、先んじて売っておくべきだろう。

 



「【V−4Trファオ・フィアテーア】、戦闘態勢エンゲージ


――――了解。制限撤廃リミットオフFCS火器管制装置アクティブ。主機を戦闘出力へ。


標的ターゲット補足エンゲージ。いくよテア」


――――いつでも、どうぞ。




 両脚と腰後部に備わる推進器を盛大に噴かし、こちらに近付く多数の敵影へと距離を詰める。

 残弾に懸念の残る飛翔爆弾は温存を選択、両肩上部の自在砲台と胸部中央の迎撃機銃、あとは両前腕の小口径速射砲を主力に据え、とにかく手数で敵軍勢を圧倒する。


 機体を振り回し、両脚を振り回し、複雑な戦闘機動を繰り広げながら、吐き出す銃弾の勢いは緩めない。

 幸いにして敵の強度はそれ程でもないが、なにせ小さく、素早く、そして何よりも数が多いのがの面倒なところだろう。



 低く唸る羽音、鋭く不気味な目付き、物騒な大顎と物々しい突撃槍ランス、そして橙と黒の禍々しいストライプ。

 成人男性程はあろうかという体躯でありながら、飛翔し陣形を形作る【スズメバチ】の群れ。


 とにかくタフな【カブトムシ】を潜ませて足止めを行い、そこへ対人殺傷能力に優れるコイツらが満を持して襲い掛かる、と。そういうつもりだったのだろう。



 ただ、まぁ……私達【V−4Tr】がここにいる時点で、その作戦は頓挫しているわけだが。




――――友軍部隊の交戦空域到達を確認。


「あー、時間切れかぁー……」


――――敵性生命体残存戦力、2割。あとは隊長さんたちにお任せ?


「そうしとこう。……補給してもらってないからね、残弾も心許ない」


――――もらえるといいね、補給。


「ん。…………戦わせてもらえるといいね、これからも」


――――そうなるように、がんばって。交渉。


「んあー」




 通信装置から相も変わらず届けられてくる、隊長さんの『お叱り』の声。

 既に手遅れである可能性は否定できないが……しかしいつまでもあしらい続けるのも、さすがに心象が悪かろう。



 とにかく、私達【V−4Tr】の戦闘能力と有用性はアピールできたのだ。

 あとは上層部の面々が、私達を『飼う』ことに興味を持ってくれることを祈るばかりだ。












―――――――――――――――













 油断が無かったか、と問われれば……やはり少なからず『油断があった』ということなのだろう。




 イードクア帝国軍との主要交戦区域には、当たり前だが多くの人々と多くの兵機が行き交っている。

 現在はその殆どを帝国軍へと向けているとはいえ、本来の用途――禍々しい【魔物モンステロ】――へと向けることも、当然可能な兵力なのだ。


 そんな戦力が闊歩している、奴らにとっての危険地帯であるはずの、戦場。

 激戦区から多少離れているとはいえ……基地からの迅速な援護が望めない絶妙な地点にて、補給部隊が【重甲種タンク】の襲撃を受けるとは。




 そして何よりも……医療区画へ軟禁し、見張りを立てていたはずの『あの子』が。


 大人しく、従順で、良からぬことなど企んでいなさそうに見えた……あの幼子が。


 いったいどんな手段を講じたのか、基地内の兵士達をくぐって愛機を奪還。

 しかしそのまま逃走するでもなく……よりにもよって救難信号の発信元、【重甲種タンク】の襲撃を受け半壊している補給部隊の救援に、誰よりも早く駆け付けていたとは。




≪いやはや…………凄まじいですね、これは≫


「…………そうだな」




 帝国軍への牽制任務を放り出し、駆け付けた我々が見たものとは……活動停止が明らかな【重甲種タンク】の死骸が4つと、数えるのも憚られるほど膨大な【飛槍種ジャベリン】の

 そこかしこに散在する痕跡から察するに……相当な規模の軍勢であったことは、想像に難くない。

 補給部隊と物資がこうして無事でいるのは、間違いなくあの娘の『脱走』のお陰であろう。



 鈍重ではあるものの並外れた耐久力を秘め、必殺の魔力砲を備える【重甲種タンク】が待ち伏せを行い、逃走手段を奪ったところに【飛槍種ジャベリン】の大群が襲い掛かる。

 これまで幾度となく人々を苦しめてきた手口だが……そんな【魔物モンステロ】の連携を真正面から打ち砕き、たった独りで捻じ伏せて見せた。



 人型を逸した巨体を自在に駆り、我軍の誇る機甲鎧【アラウダ】よりも機敏に舞い、それでいて嵐のような破壊を振り撒く少女。

 ……イードクア帝国によって非人道的な処置を施され、片目と片手を喪い、心身共に深い傷を負ったはずの、彼女。


 年端も行かぬ娘を戦場に駆り立て、斯様に危険な役割を担わせてしまうとは。

 不慮の事態が重なった結果とはいえ……ただただ、不甲斐ない。




≪隊長、残敵掃討完了です。……まぁがほぼほぼってくれたんですが≫


≪付近に【魔物モンステロ】反応ありません。脅威レベル低下、警戒態勢に移行します≫


「アーサーは補給部隊と合流、状況確認。……ウィリアム、イアンは付いて来い。我儘ワガママ娘を取っ捕まえる」


≪了解です。…………逃げる気は……無さそうですね、あの子≫


≪捕まえるは良いんすけど……叱るより、ちゃんと褒めたって下さいよ? 隊長。あんな小さい子が頑張って守ってくれたんすから≫


≪ウィル、隊長しっかり見張っとけよ。嬢ちゃん泣かせたらすぐエリーにチクってやれ≫


≪了ぉ解です、副長≫


「アーサー、さっさと行け」


≪はいはーい。了ー解≫




 あの機体の推進力なら、我々【アラウダ】の追撃を振り切ることなど造作もないことだろう。機体ごと逃走を図り、自由の身となることも出来るだろうに。

 しかしあの娘は、そんな素振りを一切見せもせず……展開していた火砲を格納し、此方の指示を待つかのように、機体ごとゆっくりと向き直る。


 つい先程までは……確かに怒鳴り、咎め、叱り付けてやりたかったはずなのだが。

 ここまで素直に振舞われては、どうにも拍子抜けしてしまう。




「聞こえているな? …………帰るぞ。付いて来い」


≪…………わか、っ……た≫



 弱々しく、幼気で、儚げな声。

 部下アーサーに言われるまでもなく……こんな娘を泣かせる気など、私には起ころうはずも無かった。



 そしてそのことは……あの基地の総意と言っても、恐らく過言では無いのだろう。



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