炎よ! 風よ、聖水よ! 聖女マルタvsタラスク!の巻
むかしむかし、あるところにマルタという娘がおりました。
マルタは主をもてなす主婦役をつとめたことがあり、その行いは聖典にも記されていました。
マルタは王家の出で、父はシュロス、母はエウカリアといいました。
父はシリアとその他の沿岸諸地方を所有しておりました。
しかしマルタが母方の相続分として、妹と共有していたのは三つの町、すなわちマグダラ、ベタニア、それにイェルサレムの一部でした。
マルタは気品ある主婦として主をもてなしました。
また妹も同じように主のお世話をしてくれたらよいのにと思っておりました。
主のようなお客様をおもてなしするには世界中の人々をもってしても足りないと考えていたからです。
主がご昇天になった後、弟子たちが世界各地に分散していくと、マルタは不信の徒の手にかかってしまいました!
弟のラザロ、妹のベタニアのマリア、それにマルタに授洗し、聖霊により彼女の保護者と定められた聖マクシミヌス。
その他の多くの人々と共に、舵のない船に乗せられ、櫂も帆もなく、食料もないまま海上に放り出されました。
しかし一行は神の思し召しによってマッシリアに流れ着きました。
そこからエクス地方に行き、この地の人々を教会に改宗させました。
マルタは話がたいへん上手で、すべての人々の気に入られた。
そのころ、アルルとアヴィニョンの中間あたりの、ロダヌス川の向こうにある森の中に半獣半魚の竜人レスラーが棲んでいました。
胴体は牛よりも太く、馬よりも長く、歯は剣のようで先が角のようにとがっており、全身が固いうろこで覆われておりました。
水中にひそみ、通りかかった人々を食い殺し、船を沈めるという悪行を繰り返しておりました。
この竜人レスラーはもともと小アジアのガラテア地方から海を渡ってこの地に上陸したのです。
海に棲む狂暴なレヴィアタンがガラテア産の獣オナクスと交わって生まれたのがこのタラクスという竜人レスラーでした。
追われて逃げても、炎を噴きかけられて燃え上がってしまうのです!
マルタは町の人々に頼まれて、この竜人レスラーを退治に出かけることになりました。
森に入っていくと、おりしもタラスクが人間を食らっているところに出くわしました。
「何をしているの!」
「なんだ~おまえは~」
振り返ったタラスクは非常に恐ろしい形相でマルタを睨みつけます。
マルタは怖気づかずに睨み返し、聖衣を脱ぎ捨てます。
あらわになったしなやかで豊満な筋肉は、すでに純白に赤い十字架が意匠されたレスリングウェアに包まれております。
「わたしの名はマルタ! 悪行を繰り返す竜人レスラーがいると聞いて、止めるために駆けつけた聖人レスラーよ!」
「ガメガメガメ~聖人レスラーだと~? 面白い~このおれさまを止めたいのならば止めてみるがいい~! ただし!」
ぐわっとタラスクが覆いかぶさるように手を伸ばしてきました!
それをマルタは手四つで、真っ向から受けて立ちます!
「力づくでだーーーっ!」
「望むところーーーっ!」
「待たぬかーーーっ!」
互いに力を込めた矢先のことです!
第三の声が聞こえてきました!
「師匠!? それにラザロまで!?」
そちらを見遣れば、マルタの聖人レスリングの師匠である聖マクシミヌスと、弟のラザロが駆けつけてきました!
「マルタよ、聖人レスラーたるもの、野試合ではなく正々堂々とリングの上で決着をつけるのだ!」
「しかし師匠、ここにはリングなど……」
「ガメガメガメ~わざわざ死ぬ場所を決めるとは律儀なやつらめ~! だがそういうことならばおれさまも協力してやろうではないか~!」
強引に腕を振りほどいたタラスクが、地面に拳を叩きこんだではありませんか!
ゴゴゴゴゴーーー!!!
するとなんということでしょう!
地中からリングがせり出してきたではありませんか!
タラスクがリングの上で不敵に笑います。
「さぁ~マルタとやらよ~このリングの上に上がってくる勇気があれば、来るがよいわ~~~っ!」
「言われなくても!」
マルタが威勢よくロープを飛び越えてドロップキック!
「ラザロ! ゴングじゃ!」
「はい!」
こうして今、マルタとタラスクの戦いのゴングが鳴り響きました!
「このようなドロップキックなどー!」
『タラスクのやつ! 姉さんのドロップキックの足を掴みやがったーーっ!』
「ガメーーーッ!」
そして振り上げてマットに叩きつけたではありませんか!
「がはっ!?」
「まだまだーーーっ! タートルシェル・プレスーーーッ!」
さらにタラスクの巨体が、背中を向けてマルタに降ってきました!
ガツーンッ!
タラスクの背中は非常に硬い甲羅です!
しかもタラスクの甲羅はただの甲羅ではありません!
なんかトゲトゲが結構ついていそれが突き刺さるのです!
「きゃーーーっ!?」
「さぁ~~~このまま圧し潰してやるわ~~~っ!」
「ぐぅ~~~、こんな甲羅ーーーっ!」
しかしマルタの豊かな胸部装甲が功を成しました!
痛みをこらえて、マルタが甲羅を持ち上げて立ち上がります!
『姉さんが歯を食いしばりながら、その両腕でタラスクをリフトアップ!』
「甲羅は硬いかもしれないけど、お腹の方から叩きつければどうかしら!」
マルタがジャンプ!
そして天空で逆立ちになることで自重を加えて、タラスクの前面をマットに叩きつけました!
「グギャーッ!? おのれマルターーー!」
タラスクが素早く立ち上がり、マルタへとつかみかかります!
しかしそれを躱して、
『いった! いった! マルタがいったーーーっ!』
マルタのナックルパートがタラスクの顔面に連打されます!
「ぐふっ!? ぐっ! この……! タートルシェル・ディフェンスーーーッ!」
その勢いにたまらずタラスクが振り返り、マルタの拳を甲羅で防ぎます!
「ああ!」
なにせトゲトゲのついた甲羅です、これにはたまらずマルタも手を傷めてのけ反ってしまいました!
その手を掴み、タラスクがマルタをロープへ放り投げます!
リバウンドしてきたマルタをタラスクがショルダースルー!
マットに叩きつけられてマルタが苦悶の表情を浮かべます!
「そりゃ~~~このままこんがりと焼かれるがいいーーー! タラスクファイアーーーッ!」
ボッ! ボッ! ボッ!
なんとタラスクが開いた大きな口から、火炎弾が連続で発射されました!
マルタはこれを転がり、飛び跳ね、ふたつ回避します。
そして最後の一発を、
「ホーリークロスカッター!」
右手を縦に、左手を横にして同時に繰り出す霊験あらたかな聖なる十字手刀で切り裂きました!
「なにーーーっ!?」
切り開いた炎の向こう、驚愕するタラスクへとマルタが突っ込んで、その股下に首を差し入れます。
そして担ぎ上げるようにビッグジャンプ!
『あーーーっと、姉さんがセットアップに入ったこの技はーーーっ!?』
タラスクを天空で反転させて、両足首をがっちり掴んでホールド!
そして両腕を踏んで落下するこの技はーーーっ!?
『変形ツームストン・パイルドライバー! 通称、』
「イスラエル・ドライバーーーーーッ!!」
ズガァンッ!!
激烈な音を立て、タラスクの頭がマットに真っ逆さまに突き刺さ……
「こ、この感覚は……!」
とてつもない威力のはずが、マルタの手応えはいまひとつです。
「ガメガメガメ……なるほど、まともに食らえばひとたまりもない技ではないか……!」
『ああっと、これはなんということでしょう! タラスクが首を甲羅の内側に引っ込めているーーー!』
そうです、タラスクは頭部を甲羅の中に収納してしまうことでダメージを最小限にしたのです!
踏まれた両足、甲羅の一部にダメージこそあれども、直撃にはまるで届かない軽微なダメージでした。
「ガメガメ~~そのようなフェイバリット、このおれさまにかかればこんなものよーーーっ! さぁ~~~次はこのおれさまのフェイバリットを食らうがよいわーーー!」
頭を甲羅から出して、身を捻りながら立ち上がれば、マルタと背中合わせになって両脇に腕を差し込んでクラッチ!
『タラスクの野郎! 空中で姉さんの両足も、自らの両足を絡めてロック!』
その絡みつくさまはまるで、リヴァイアサンが四肢を締め付けているかのようではありませんか!
「さらにこうだーーーっ!」
ボアーーーッ!
『ああーっと! タラスクが天空へと火を噴いて落下が加速していくーーー!』
「これがおれさまのフェイバリット! リヴァイアサン・ボルケーノクラッチだーーーーっ!」
ドギャーーーンッ!!
タラスクの体重を乗せて、火を噴く推進力でマットに叩きつけ、そして甲羅のトゲトゲで刺すというとてつもない落下技です!
さしものマルタも、意識朦朧となり四肢から力が抜けていきます!
『ワ~ンッ! 姉さーーーん!? ツ~ッ!』
ゴングマンのラザロが、カウントをしながら立ち上がります!
「姉さん!」
さらに駆けつけていたベタニアのマリアが!
「マルタ様!」
「聖マルタ!」
「マルタの姐御!」
町の人々も駆けつけて、倒れたマルタに声援を送ります!
「マルタよ──」
これまで静かにマルタを見守っていた聖マクシミヌスも立ち上がり、マルタに声をかけます!
この熱い声援を受けて、
「ぐ、うう……敗けられない……! あんたの悪行を止めるために、敗けられないわーーーっ!」
マルタが立ち上がりました!
『ナイ~ンッ! 姉さん、立ち上がりました! カウントはナイン!』
「はぁーーーっ!」
瞳に燃える炎を宿し、聖なるオーラを噴きだしながらマルタが敢然とタラスクへと殴り込みです!
「ゲェーーーッ!? おれさまのフェイバリットを受けて立ち上がるだとーーー!?」
「あの声援があれば、あたしは何度だって立ち上がれる!」
『再びタラスクの顔面へと吹き荒れるナックルパート! マルタがいったーーー!』
「ば、ばかめ~~~もう一度、タートルシェル・ディフェンスで手を傷めるがいいわーーー!」
タラスクが再び背中を剥き、マルタの拳をガードします!
「もうあたしは、それで止まらないわよーーーっ!」
『あーっと! 姉さん、止まらない! ナックルパートが止まらなーーーい!』
「こいつ、痛みを感じないのかーーー!?」
「痛いわよ! けどね! あんたを攻略するにはまず、この甲羅からなのよーーーっ!」
ガンッ! ガンッ! ガガンッ!!
打ち付ける拳を傷めながら、マルタは甲羅を叩きます!
肉が切れて骨をぶつけようとも、その甲羅を殴り続け……!
バキンバキンバキーンッ!
いくつものトゲトゲが砕け落ちていくではありませんか!
「こ、このーーーやめんかーーーっ!」
たまらずタラスクが振り向きながら、マルタの喉元へと水平チョップ!
この一撃によろめくマルタへと、タラスクが襲い掛かります。
しかしなんということでしょう!
むしろマルタが腰を落として、逆にタラスクへとタックルして抱き着きました!
「マルタブリーカー!」
メキメキメキ!
抱き着いたマルタの腕がタラスクの甲羅を締め上げてゆけば、いよいよ硬質な音が響き始めました!
「こ、こやつ本気でおれさまの甲羅を……!? さ、させるかーーー!」
抱きかかえられたまま、タラスクがマルタの頭部にエルボー! エルボー! エルボー!
「ぐう……!? ああああーーー!」
この痛みをこらえながら、フロントスープレックスへと移行します!
「ぬおおお!?」
顔面がマットに直撃する前に、タラスクが慌てて首を甲羅の中に引っ込めます!
ズガァンッ!
盛大な衝突音は立ちましたが、やはりタラスクにダメージはありません。
冷や汗を垂らしながら顔を出すタラスクですが、マルタがいません!?
「ここよ!」
気づけばコーナーポストの上に立つマルタが、まさに飛び立つところでした!
「イェルサレム・ダヴキック!」
『あーーっと! 姉さん、イェルサレムに舞い遊ぶ平和の象徴ハトを思わせる跳躍で、両膝跳び蹴りをタラスクの顔面に見舞ったーーー!』
ガギーッ!
タラスクがのけぞり、大きく後退していきます!
「ぐ、この……調子に乗るなーーーっ!」
ボアァーーーッ!
『あーっと! タラスクがしゃにむに火を噴くーーーっ!』
「く、うううっ!」
イェルサレム・ダヴキックで明滅する視界の中、手あたり次第の火炎放射です。
狙いは荒いですが、それを補う火勢!
これにはマルタも火傷を受けてしまい、つきまとう火も消えません。
観客たちからも悲鳴が巻き起こります!
「なんて火なの……こうなったら!」
するとマルタは、背後のロープとコーナーポスト二本を引っこ抜いて、体に巻き付けたではありませんか!
「イェルサレム・ツイスター!」
『そして姉さんの回転が竜巻を生んだーーー!』
「ガ、ガメ~~~!?」
この竜巻によって、身にまとわりつくタラスクの炎を打ち消しました!
そしてリング上に燃え盛る火と拮抗し、その温度差が天より雨を降らせたではありませんか!
『姉さんのイェルサレム・ツイスターとタラスクファイアにより、天から姉さんの聖水が降って来たーーー! 火勢が衰えたぞーーー!』
「さらにもう一発ーーーっ!」
さらにイェルサレム・ツイスターが繰り出されれば、タラスクが竜巻に弾き飛ばされました!
さっそうと跳び上がったマルタが、天空でタラスクの甲羅へと着地!
タラスクの両腕をぐいと引いて甲羅へ膝を押し付けて着弾!
「タートル・ブランディング!」
「ガ、ガメ~~~!?」
ズガァンッ!
マットに叩きつけられ、苦悶にうめくタラスクの声に交じり、
メキメキメキ……
ついにその甲羅にひびが入りました!
「これで今度こそイスラエル・ドライバーが……!」
「させるかーーーっ!」
叩きつけられた状態で、タラスクが火を噴きました!
その推進力で上昇!
甲羅に乗っていたマルタも、天空に放り出されてしまいました!
『姉さんが浮かされたーーー! ああ!? タラスクのクラッチが……』
この浮遊した状況で、噴射を仕掛けたタラスクの方が先手を取りました。
背中合わせになってマルタの両脇に腕を差し込みクラッチ、両足も絡めてロック!
『これは悪夢再びーーー! リヴァイアサン・ボルケーノクラッチだーーー! 姉さん逃げてくれーーー!』
「ガメガメ~今度こそ終わりだーー! 仕上げの炎よーーー!」
天に向けて、タラスクが火を噴いて推進!
どんどんとマットに急落下!
しかしイェルサレム・ツイスターが降らせたマルタの聖水によって、火勢が弱く加速が伸び悩みます。
「終われない……このままでは終われないわーーー!!」
「ガメガメーーー! 諦めろマルタよーーー! これでお仕舞だーーー!」
「お仕舞になんてなるものですかーーーっ!」
マルタの聖人パワーが吹き荒れます!
「はぁーーーっ!」
マルタが思い切り身をよじりました。
するとどうでしょう!
徐々にですが態勢が変わっていくではありませんか!
「こ、こいつ!?」
そうです、炎の噴射で下方向に加速しますが、その圧力はあくまで上下!
リヴァイアサン・ボルケーノクラッチは横の力には弱いのです!
「聖人パワー全開!」
ぐるん!
ついにマルタとタラスクの上下が入れ替わりました!
こうなってしまっては、炎の噴射もブレーキにしかなりません!
そして体勢の上下が入れ替わり、このままではタラスクが落下の直撃を受けるのですがから、
「ぬおおお~~~~!?」
必死の炎でブレーキをかけ、マットに落ちる直前で急停止!
直撃目前だったマットに、タラスクの冷や汗がぽたぽたと落ちていきます。
自分の技の威力を自分で食らわなかった安心の隙に、マルタがリヴァイアサン・ボルケーノクラッチをほどき。
「はぁぁーーー!」
再びタラスクを担ぎ上げるようにビッグジャンプ!
「ガ、ガメ~~~!?」
『天高くで姉さんがタラスクを逆さにしてーーー!』
「今度こそ! この技を受けなさいーーー!!!」
とっさにタラスクがひび割れた甲羅に首を引っ込めます!
その上で!
「イスラエル・ドライバー!!!」
ズガァンッ!!!
ついにマルタの変形ツームストン・パイルドライバーがマットに突き刺さりました!
そしてタラスクの頭部を守っていた甲羅が、
ピキピキピキ……バギィーーンッ!
砕け散って、その頭部がマットに突き刺さったではありませんか!
「ガ、メガ~~~!」
ついにタラスクが血を吐いてマットに倒れました!
『カ、カウントを……』
「いや、その必要はあるまい」
完全に気絶したタラスクを眺めて、聖マクシミヌスは厳かにそう告げました。
こうしてラザロがゴングを鳴らします!
「主よ、この勝利をあなたへ奉げます!」
マルタがリング上で天に祈りを捧げました。
こうして町の人々はタラスクに脅かされることがなくなり、平和になりました。
この町は現代にまでタラスコン市として、タラスクにちなんだ名前が残っておりました。
毎年6月の最終土曜日に「タラスクの祭り」が開催されているらしいです。
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