第37話 記者会見・その2

「入って来いっつってんでしょーがー!!」


五月蝿うるさいのー。ちゃんと聞こえておるわい。」


七海が会場前方の入り口に向かって叫ぶと、若い男がひょっこりと頭を覗かせた。外見は20代の、少年と言っても良いなよなよとした青年であるが、老人のような口調で話すさまが奇妙である。


「遅れてすまなんだの、お集まりの衆。儂が司会をやろうと思っとったんじゃが、準備にチト手間取ってしまっての…」


九頭龍凛太郎はそう言いながら、記者会見の会場となっているホテルの広間の入り口の、閉じていた観音開きのドアをしずしずと開けていき、全開にした。


「ご本人様の御成おなぁりじゃ」


全開にされたドアの向こうから、一辺が2メートル余りの、巨大な白い箱を載せた台車が姿を現した。白い箱には一人の少女らしき人物が入っているようで、どういう仕組みになっているのか、周りが特に暗いわけでもないのにシルエットがくっきりと見えている…女生徒A、つまり郁美いくみである。


報道陣が色めき立った。いじめと性加害の被害者本人が、たとえ顔出し無しにしても記者会見の会場に姿を見せるなど、聞いたことがない。常識的に考えて、あり得ないことだろう。だが、今の郁美は無敵だった。あの日、どう考えても二重人格の葛原凛太郎に、「儂のうろこを一枚やる」とか何とか、不思議なことを言われたあとにホームランを打った体験をしてから、まったく怖いものがなくなっていた。


乳井も一俊も幸ももちろん、一様にギョッとして顔をこわ張らせた。だが驚くのはまだ早かった。特に一俊にとって、さらなる追撃が待っていた。


郁美を包んだ箱を載せた台車には前後に2つ取っ手が付いており、前から凛太郎が引き、もう一人の人物が後ろから押して会場に入ってきた。これまた若い、眼鏡に明るい色の短髪が印象的な男であるが、その姿に飛知和一俊は嫌というほど見覚えがあった。


(う、梅ケ谷…!!)


頃合いをみて、代打の司会・七海が再びマイクの前で口を開く。


「今回、非常に異例ではありますが、本人の強い幸望で、当事者の女生徒Aさんご本人がこの場に来て下さいました。とても勇気のある決断だと思います。問題のデリケートさを考慮して、皆様から姿が見えないようにしておりますが、何卒ご了承ください…。

 一緒に入場してきましたのは、私・阿賀川と同じく株式会社ギャラクティカから出向して青祥学園の運営のお手伝いをしております葛原と(九頭龍凛太郎は、紹介されると、ニヤッと笑みを浮かべて報道陣に対しVサインをした)、文部科学省から出向してくださっています、梅ケ谷さんです。よろしくお願いいたします。

 …さて、ではAさん。」


七海は、郁美に向かって問いかける。


「今までの乳井理事長、Bさんのお母さん、お父さんのお話は聞こえていましたでしょうか」


≪はい、全部しっかりと聞こえていました≫


郁美の声には、変声器によるエフェクトがかけられている。


「Aさんがいじめと暴行を受け、動画を撮影されたということは、間違いありませんね?」


≪はい。間違いありません。ついでに付け加えるならば、私はこの件で乳井理事長に呼び出され、自主退学を勧められました。そうすれば学費や就職先の世話もしてあげると、Bさんのお父さんが提案しているとのことでした≫


報道陣のざわめきが大きくなる。


≪対して、私に乱暴した生徒たちやBさんには何のお咎めもありません≫


「ま、待ってくれ…!」


乳井が慌てて声を張り上げる。


「君が言ってきた暴行犯の生徒たちは、なぜか一人残らず入院しているから、処分しようにもどうにもできなくて…」


暴行の実行犯である村冨たち男子生徒らも、それから動画を撮影した岩部いわぶ舞香も、一人残らず最凶かつ最恐の新任用務員・金田一温子に病院送りにされている。


「それに、君の話が本当だとしてもだ。その指図をBさんがやったという証拠はどこにもないじゃないか」


やり取りを聞いていた飛知和一俊は、しめた、と思った。最悪、萌美の悪事だけは証明不可能だった、という結末でも満足するとしようか…


「それに関しては、私からお話しいたしましょう」


梅ケ谷が挙手をした。七海がハンドマイクを梅ケ谷に渡す。


「…改めまして、文部科学省の梅ケ谷と申します。

 この青祥学院高等部は、現在政府が進めております、いわゆるスーパーデジタルスクール構想のモデル校に指定されましたので、我々文科省と、それから文科省の業務委託であるIT企業のギャラクティカという会社の、阿賀川さんと葛原さんにも出向して来ていただいて、ITの専門的な知識と技術を身につけるコースを高校生向けに開校したというのが、われわれ3人がこの学校にいるそもそもの経緯となります…


…それから、実は私は政府の中でちょっと変わった立場にいまして、経済産業省にも籍を置いております。それで、お父様の会社の経営正常化にも関わっておりまして、ある程度実情は把握させていただいております。一言でいえば、青祥学園とD社の両方の運営に携わっているということです。それを踏まえたうえで。

 …最初の乳井理事長とお父様のお二人の発言は、訂正しなければいけません」


おぉ、怖い。決して感情を込めるのではなく、あくまで淡々と冷静に話す梅ケ谷がこれほど怖いとは。


「…すみません、よろしいですか」


梅ケ谷が、後方で控えているホテルマンたちに合図をすると――事前に打ち合わせていたのだろう――会場の前方(乳井・一俊・幸たちが座っている真後ろ)に大きなプロジェクターが降りてきた。


「先ほど申しましたスーパーデジタルスクール構想の一環として、AI(人工知能)によるネットいじめの根絶を試みる取り組みを行っておりまして。こちらが、AIで検出したいじめに関わると思われるRINEでのやり取りのスクリーンショットになります」


梅ケ谷がどこからともなくノートパソコンを取り出し、その画面をプロジェクターに映すと、記者たちの口から小さく声が上がった。そこには以下のようなやり取りが映し出されていた。


〔【女生徒C】

『■■の動画、本人には送った方がよくない?チクったらこれを拡散するぞ、みたいな』


【女生徒B】

『ん- それも考えたんだけど、ヤケ起こされても面倒かなと思ってwww』〕


 【女生徒C】【女生徒B】『■■』の部分は、本来の名前が分からないように画像処理がなされた上に記されていた。この画像が本物なら、ほぼ動かぬ証拠と言っていい。


一俊はガタッという音とともに椅子を後ろに倒しながら立ち上がると、声を荒げた。


「…明らかに、プライバシーの侵害だろう!

それに、この生徒Bがうちの娘であるという証拠はどこにもないッ…!!」


すかさず梅ケ谷のカウンター。


「プライバシーの侵害という批判はごもっともですので、いじめを抑止する効果がどれほどのものかをこのモデル校で検証したうえで、学生たちのプライバシーと天秤にかけて考えるつもりでおります。

 それから… AIがいじめを感知したらすぐにわれわれ文科省の方に通知がくる仕組みになっています。今回その通知を最初に受理したのが私だったものですから、不躾ぶしつけながら我々が開発した技術でお二人とRINEでグループ通話をさせていただきました。この女生徒Bは、間違いなくあなたの娘さんです。ご幸望でしたら音声データも公開しますが」


「ウッ…」


「ついでながらお父さん。先日、お勤めのD社の本社ビルで、お時間を頂戴して話し合いましたよね。残念ながらメールやFAXといった書面の形跡は残っていませんでしたが、D社の専務という立場のお父様から今回の件を一切報道しないようにとの旨のお話を、直接的・間接的にされたという証言について、複数のメディア関係者から言質をとってあります。ご認識くださいますね?」


記者たちのざわめきは、すでに抑えられないほど大きくなっていた。最早どよめきと言ってもいい。七海も、完全に勝負は着いたと確信した。


しかし。


「待ってくれ…!」


乳井理事長である。


「今までの話はすべて、いじめと暴行の事実があったという前提に立っての話だろう?そもそもその部分の確たる証拠がないと、学校としては認めることはできない…!

 お父さんも、そう思われるでしょう?」


話を振られた一俊も、尻馬に乗る。

「そうですね… 残念ですが、Aさんの暴行の証拠がないとね」


この期に及んで、である。なんと往生際の悪い大人たちであろうか。会場にいるほぼ全員が極めて不快な感情を乳井と一俊に向けると同時に、一人の女性記者が手を挙げて言った。


「証拠ならありますよ」


今度は間違いなく会場の全員の目が、その女記者の方へ一斉に注がれた。銀髪で、スーツの上からでもわかる筋肉質な女である。


「申し訳ありません。記者の方の発言はもうしばらくお待ちに…」


七海が制しようとするが、女記者は構わず続ける。


「女生徒Aさんが、男子生徒たちに暴行されている動画のデータは、このUSBメモリに入っています」


「!!」


七海をはじめ、記者会見に出ている人間全員が今日一番の衝撃を受けた。


「なんだと…⁉」


一俊は思わず声を漏らしてしまった。女記者が掲げる手には、白いUSBメモリが握られている。白地に黒で「OHSHIBA 64GB」とロゴが入ったそれは、間違いなく娘の萌から受け取ったものだ。暴行の動画の1次コピーが入っており、いざという時の切り札になる可能性を考え預かっておいた。はっきり言えば、郁未サイドへの脅しの材料である。

(ちなみに元データは撮影者・岩部舞香のスマホに入っていたが、によって盗まれている)

 萌から受け取って、確かに自宅の書斎の机の引き出しにしまったはずだ。しかも鍵付きの引き出しに。

 そのUSBメモリがなぜ、あの女記者が持っている?


隣の乳井は、女記者の声に聞き覚えがあった。


「まさか、あなたが…」


「はい。週刊文春の猪原薫子いはらかおるこです。はじめまして。」


猪原と名乗ったその記者は、口では挨拶しながら流れるように手を動かし、どこかからノートパソコンを取り出して立ち上げると、手に持っていたUSBメモリを差し込んだ。すると会場前方のスクリーンに映し出されているのが、梅ケ谷のものから猪原のPC画面に勝手に切り替わった。


「なっ…?」


会場後方で立って待機していたホテルマンが2人いたが、互いに顔を見合わせ、後輩らしき一人が焦ったような顔で首を横に振った。誰も画面の切り替え操作などはしていないようだ。


 なぜ勝手に画面に切り替わったのか。答えは簡単である。猪原薫子が人ならざる力を使ったからだ。この女記者の正体は茨木童子いばらきどうじ。金田一温子こと金熊童子きんくまどうじ、星子万優こと星熊童子ほしくまどうじの姉貴分にあたる、日本有数の霊力を持った鬼である。


「せっかくこれだけの人数がお集りですから、皆さんに見てもらいましょう。」


「な…!何を勝手に!被害者本人もいるんですよ。やめなさい‼」


七海の必死の叫びも虚しく、動画は再生されていく。鬼は人間の負の感情を喰らって己れの力とする。七海も九頭龍から茨木童子のことは聞いていた。九頭龍に負け、交渉の末に仲間になったと聞いていた。


『鬼はキホンあくじゃが、筋は通す奴らじゃからの。信用していいと思うぞ』


『ホントに大丈夫なんでしょうね…』


というやり取りを二人でしたのだが、やはり仲間になったフリをしていただけだったのか。何があろうと、鬼は鬼。人間が泣き、悲しみ、憎しみ合う、黒々とした負の感情のエネルギーが大好物なのだ―


 茨木童子の不思議な力により再生された動画は、ホテルマンが機材をどれほど操作しても止まることはなかった。


(つづく)

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