第36話 記者会見
青祥学園側の記者会見が翌週に迫ったある日。凛太郎は著しく体調を崩していた。
「オォエエー!!」
七海のマンションに帰ってきた凛太郎が盛大にトイレでもどしている。帰宅したときには最初から九頭龍ではなく凛太郎の人格だった。いつもは就業か帰宅のタイミングで九頭龍に変わることが多いのだが… 何か変な食べ物でも口にしたのだろうか。
「ちょっと、大丈夫!?
しっかりしてよ、もうすぐ大事な記者会見なんだから。」
「す、すみませn… オオオゥェエエーーー!!」
「も~、半分龍のくせに情けないわね…」
かなり重症のようだが、果たして凛太郎の体調は記者会見までに戻るのだろうか。
♦ ♦ ♦
青祥学院の
なんと一連の事件の黒幕と噂される女生徒の保護者である、日本の広告業界最大手・電信グループの役員である飛知和一俊と、超大物女優の寒川
会場は都心の高級ホテル、ホテルグレイス東京のホールで行う。進国党の江島めぐみ議員と梅ケ谷が、イトカズ・クリストファー・ヒロノリと会食して相談を受けたホテルである。
予定の時間になった。口火を切ったのは、乳井ではなかった。
「それでは、定刻になりましたので、記者会見を始めさせていただきます。私は文部科学省から委託を受けて、青祥学園の運営をお手伝いしております阿賀川と申します。
本来であれば理事長の乳井が進行役をするのが道理でしょうが、中立に近い立場で状況を捉えることができるだろうということで、不肖ながら
七海は、ひと呼吸置いてから、次のように続けた。
「…元々は別の者が司会をする手はずだったのですが…
諸般の事情により私が代役を務めさせていただきます。
どうやら、凛太郎の体調は戻らなかったらしい。
(こんな美人が司会か…)
会場に詰め掛けた報道関係者の多くが、七海の容姿と声の美しさに、危うく本来の目的を忘れそうになっていた。
「まずは、学園側が把握している事態の概要を説明いたします…」
七海は、女生徒A(
「それで、すでにニュースにもなっている通り指図をした疑いのある女生徒Bの保護者がかなり社会的影響力の大きな方たちでしたので、ここまで報道が過熱したようです。
…それでは、これより青祥学園の乳井理事長より、今回の件に関して学内で調査を行った結果について、ご報告させていただきます。」
さて、乳井がマイクが握る。
「えー… 理事長の乳井です…。先ほど阿賀川さんからご説明があった趣旨の内容を、女生徒Aが主張していること。これは事実でございます。ですがその主張が事実であるということ、ましてや、女生徒Bが暴行の指示をしたといったようなことが、事実だと裏付ける証拠を認めることはできませんでした」
「生徒からの証言は、どのようなものがあるのか教えてください!」
ある記者が、乳井の言い終わりに間髪入れず、挙手もせずに質問をぶつけてきた。
「申し訳ありません、記者の方の質問にお答えする時間は、後ほどまとめて取りますので、今は発言はお控えください」
七海の言葉には、有無を言わせぬ迫力があった。だてにギャラクティカで『女王』と呼ばれているわけではない。
「それでは続いて、お名前は伏せますが、暴行の指示を出したという疑いのある女生徒Bのお父様とお母様がいらっしゃっています。お二人とも大変にご多忙な中、本日の会見の場に自主的に参加を申し出てくださいました。ありがとうございます…」
身元の特定を防ぐという名目で実名の公表を控え、七海はあくまでも『女生徒Bのお父様・お母様』という呼称を通してはいるが、意味はほぼ無いに等しい。『お母様』が超有名女優の寒川幸であることは誰の目にも明らかであるし、『お父様』が天下の電信グループの役員である飛知和一俊であることくらい、集まった記者全員が知っていた。
「ではお母さまより、ご子女である女生徒Bとご家庭でどのようなお話をされたのか、それから今のお気持ちなどございましたら、お願いします」
寒川幸が卓上マイクをONにすると、報道陣の空気が変わったのがはっきりと分かった。やはり今回の会見の目玉はこの女優である。
「この度は… 娘がご迷惑をおかけしまして… 本当に申し訳なく思います」
(いきなり、全面的に事実を認めるのか?)
記者たちは色めき立った。…が。
「娘とは、家庭内で何度も話し合いまして… いじめや暴行をけしかけて、動画まで撮らせるなんてことは誓ってしていないと言っております」
もちろん、『家庭内で何度も話し合った』などというのは真っ赤な嘘である。幸には家族と時間を共有するという習慣はない。ましてや、報道があってからは自室にずっと引き籠っている萌とは、ここ1か月ほどは全く口を利いていなかった。
「有難いというか申し訳ないというか、娘のファンクラブのような生徒さんたちの集団があるようで… 娘本人がしらないところで起きた話ですので、女生徒Aさんのおっしゃることが事実かどうかを判断することはもちろんできませんが…。女生徒Aさんが非常に魅力的で可愛らしい方だそうで。娘の過激なファンの生徒さんたちが、Aさんを、その、排除するような行動をとったということが、もしかしたらあり得るかもしれないと、娘は話しております。
…もっと娘に人徳が備わっていれば、Aさんがクラスの中で悲しい思いをすることはなかったんではないかと思います…
本当に、申し訳ございません」
幸は途中ハンカチで何度も涙を
「私たち夫婦としては… 自分たちの娘が、自分が知らないところで起こった出来事についての報道で心を病んでしまって、もう学校にも行きたくないと泣いている様子を見るのがただただ辛くて… きっとここまで報道が過熱したことで、Aさんも一層苦しんでおられるでしょうから… 何とか、納得して下さる形で、一日も早く、こうした状況が収まってくれることを願っております。長引けば長引くほど、みんなが傷ついていきますから…」
この声明を聞いた人ならほとんど、『幸の言う通りかもしれない』と考えただろう。会見中のこの幸の発言がニュースで流れれば、『実行犯は寒川幸の娘ではないのだな』と、青祥学園はともかく、幸とその娘(萌)には同情的な風潮が間違いなく生まれるはずだ。
(フン。白々しいったらありゃしない)
七海は心の声をグッと嚙み殺して腹の底にしまうと、幸の後を引き取った。
「…ありがとうございます。では続けて、同じく女生徒Bのお父様… お父様は、こちらも名前は伏せますが、メディアに対して非常に強い影響力を持った大きな企業の上層部にいらっしゃいます。一部では、報道各社に対して、今回の事件が表に出ることがないよう、お父様あるいはお父様がお勤めの会社が圧力をかけたという報道がありますが、その辺りについてお聞かせ願えますでしょうか」
一俊がマイクに口を近づける。
「…はい。女生徒Bの父親でございます。私の勤める広告代理店が、マスコミ関係各社に対して
(それは、そうだろうな…)
記者たちも、そう考えかけたところを逃さず、七海が続けて口を開いた。しかし少し妙だ。詰めかけた報道陣の方ではなく、会場の前方、七海たちが入場した入口の方を見て話しかけている。
「そうですか、ありがとうございます。と、いうことらしいのですが、今の発言、お聞きになってどうでしょうか?どうぞお入り下さい」
お入りください?まだ誰か入ってくるとでもいうのだろうか。記者たちも若干ざわつきながら、一斉に入り口の方向を見やる。が、誰も現れない。
「入っていいって言ってるでしょー!!」
七海が会場前方の入り口に向かって、美しい顔からはちょっと想像もつかない怒声を上げる。すると。
「
会場前方の入り口から、老人のような口調の若い優男が、ひょっこりと顔を覗かせた。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます