第32話 代打勝負

「…いるんだろ?葛原凛太郎!」


「呼ばれんでもここで見ておるわい。弱い者いじめの好きな女どもじゃの」


いつの間にか、スーツ姿の九頭龍凛太郎が、ギャラリーの中に混ざっていた。金色こんじきとグリーンの瞳を輝かせ、不敵な笑みを浮かべて腕を組んで立っている。


「ヤンキーどもの羽子板遊びか。七海んちのテレビで見たことがあるわい。面白そうじゃの」



「バットはこう持って… こんな感じに振るっス」


亀井が見本を見せて、九頭龍凛太郎にスイングのやり方を教える。


「こんな感じか?」


ブン!とスイングすると… スイングが早すぎて見えない。


(あの女2人といい、文科省関係者には化け物しかいねーのかよ…)


亀井は驚きを隠せないまま、キャッチャーミットを被る。これがなければ危険だと判断して野球部の部室から持ってきたものだ。


「1打席で、3球放るうちの1本でも打ち返せばいいのじゃな?」


「正確には違いますけど… まぁ、そんな感じっス」


「よし。1打席勝負じゃ。思い切り投げてこい、金熊きんくま… おっと、金田一じゃったな」


「ったりめーだ。アタイが勝ったら、この学校の仕事は辞めて好きにさせてもらうよ。」


「よかろう。その代わり、儂が勝ったら儂の眷属になれ」


「ハッ!のくせに、エラそうに」


「儂はホレ、じゃから」


「チッ… いくぞオラ!」


「…来い」


豪快なモーションから美しい脚を高々と上げた金熊童子が、一球目を投げる。殺意といっていい迫力のこもったストレートが亀井の構えるミットめがけて一直線に伸び、凛太郎がそれに合わせてバットを振りぬく。


ズバン!


空振りのストライク。甲子園出場を狙う強豪・青祥学園野球部の正捕手・亀井がやっとのことでキャッチングをしたが、ボールの勢いを殺しきれずに後方に一回転してしまった。剛速球にもほどがある。


「ほーぅ… 思ったより、難しいのう」


(いや初めてバット持ってこの球打てたら人間じゃありませんって…)

亀井は心の中でツッコむ。


「あと2球だぜ。覚悟しときな…!」


同じフォームから2球目。持ち球はストレートしかない。全球ど真ん中の直球勝負だろうが、それでもこの球速を打ち返すのは至難の業だろう…


パキン!


ファールである。凛太郎のバットに当たって真後ろにボールが飛ぶ。


(ひ~ 1球でタイミングを合わせやがった…)


「これでしまいだ…」


ひときわ気合をこめて、金熊が決め球を投げる動作に入る。


「うおおおらあ!!」


金熊の腕は光を放ち、投げた球はこちらに向かってくる隕石のように巨大に見えた。


(こ、殺される…)


亀井は、キャッチャーをやっていて初めて死を覚悟した… が。




カキィィィーン!!!


凛太郎が渾身の力を込めたバットが、真芯をとらえた。

金熊はハッとして、後ろを振り返って打球行方を見るが、そのままガックリと膝をつく。

天高く上がった打球は、スピードを保ったままいつまでも落ちてくる気配がない。そのままグラウンドの場外へ飛んでいったボールは、視界からも消えていってしまった。


「場外ホームラン…

 何メートル飛んでんだ、コレ…」


亀井は、チームメイト数名とともに、青祥学園の卒業生では初のプロ野球選手として活躍することになるのだが、野球にかけた人生の中で、今日の一日を超える衝撃を体験することはついになかった。



「勝負あり、じゃな。儂の眷属、ヨロシク♡」


「クソが…

 まだだ。裏のアタイたちの攻撃が残ってる。ピッチャーとバッターを交代して、もう一打席勝負しろ!」


「潔さの欠片かけらもないのぅ。どのみち、儂が打ったから、こちらのチームの攻撃は続くのじゃろ?

 そうじゃ、儂の次の打者に打たれたら、今度こそ負けを認めい」


「…ンだと?打てるわけねーだろが。」


「それはどうかな?二人続けて、代打を使わせてもらうぞ。それとも、に打たれるのが怖いか?」


「黙って聞いてりゃ図に乗りやがって… 誰が打てるってんだよ!」


「…棗田なつめだ郁未いくみは、まだおるかの?」


「え、私ですか…? は、はい。いますけど」

郁未は、思いがけない突然の指名に思わず自分の顔を指さした。



 同時刻。

 飛知和ひちわもえの父、一俊は、仕事を終えて自家用車のベンツSクラスで帰宅していた。2千万以上する車である。もう少しで自宅の広い屋敷に着く、というところで、青祥学園高等部校長の川崎理事長から電話がかかってきた。現在、ハンズオフスピーカーで話し中だ。


「…はい。棗田さんとの話し合いも済みました。前向きに検討してくれるはずです。ご心配なく。はい…」


「そうですか。ありがとうございます。

…今年は寄付金もはずまないといけませんね。」


「ああ、もうそれは… 恐れ入ります」


「では、八方丸く収まるように、くれぐれもよろしくお願いしますね。

それじゃ、失礼します。」


先方が電話を切る。ちょうど自宅に到着した。後はガレージに車を入れるだけだ。いかに日本が治安のいい国と言えど、ベンツSクラスを庭にそのまま駐車しておくわけにはいかない。


大事な大事な愛車を丁寧に車庫入れしようと、一俊はスマートホンを操作してガレージのシャッターを開けた。「スマートガレージ」と言って、スマホからガレージ内のリモコンを無線で操作してシャッターが開けられる。


車庫入れをバックでするために、後方のガレージを見ながらゆっくりと後ろに車を進めている。当然、前方は見えていない。

一俊は、前方から高速で飛来するに気づくことができなかった。いや、気づいたところで、何もできなかっただろう。


ゴシャン!!


ものすごい音と衝撃。一俊は何が起きたか分からないが、後ろのガレージを向いていた頭をそーっと前に戻す。

見ると、ベンツのボンネットが目茶目茶に凹み、湯気が立ち上っている。


「何なんだ、一体…!?」


一俊は車の外に出て確認する。



ベンツSクラスのボンネットを突き破り、まるで車に対する明確な殺意を持つかのように、内部の機械にまで深々と突き刺さっていたのは、軟式の野球ボールだった。


(つづく)

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