第27話 体育館裏

「…いじめに参加した人間どもには、一人残らず地獄を見せてやるから、そのつもりでな」


 飛知和ひちわもえは、「まさか」と思った。この『文部科学省の紹介で外部から招かれた社会人講師』である葛原という優男やさおとこは、何をどこまで知っている?こちらを脅しているのか。今まで頼りなさそうな感じでしゃべっていたのが、急に爺さんみたいな話し方になった。金で雇って棗田なつめだ郁未ひなこを襲わせた男子生徒たちの誰かが、ビビッてチクったか?つくづく使えない奴らだ。いや待て。仮にそうだとして、なぜ文部科学省が動く?すこし大袈裟すぎやしないだろうか。

大丈夫、大丈夫。私にはパパもママもついてるし。絶対に大丈夫だ。


とりあえず、もう一度釘を刺しとくか。



「はー、疲れた!通常業務のあとに高校生相手の授業はしんどいよ…」


「何を言うか。意外と楽しいと、顔にかいてあるぞ」

凛太郎は仕事が終わる夜以降は、九頭龍モードになって阿賀川あかがわ七海のマンションに居候している。


「えへへ、バレた?若さっていいわよねー、ホント。なんかこっちまでエネルギーもらっちゃう感じがして。」


「まったく、日ごろ儂がパワーを補充してやっておるのも知らんでいい気になりおって」


「え、そうなの?道理で、最近疲れにくいと思ってたんだよねー。いくらでも仕事できちゃいそうな感じ。」


「九頭龍の功徳くどくといえば、無尽蔵のパワー。これ常識。もっと儂を敬うがよい。…じゃが、純粋な若者たちと触れ合うと、フレッシュなパワーをもらえるというのは事実じゃな」


「…アンタ、まさか… また変なこと考えてないでしょうね。千里ちさとちゃんといい…この女たらし!」


「さて、何のことやら。千里の件は、向こうが勝手に儂らの職場に応募してきたんじゃぞ。」


「ふーん、怪しい~…」

七海は横目でジットリと九頭龍凛太郎を見つめる。(明日の朝、目覚めて凛太郎の人格に戻った時、七海からこの表情を向けられたのがつくづく九頭龍の人格のときでよかった、と凛太郎は思うことになるのである。)


「…で?どんな算段なの。」

七海の口調は突然、先ほどまでとは打って変わって真剣なものになった。


「ん?何がじゃ」 


「例のいじめにあってる子。助け出すんでしょ。」


「…当然♡」


こういうときに見せる九頭龍凛太郎の笑顔からのぞく牙は、心の底から頼もしいと、最近七海は感じ始めてきた。


♦ 


「おい、棗田なつめだ。ちょっとツラ貸せよ」


例の『いじめに参加した生徒には地獄を見せる』発言から数日が経った日の放課後。学校の玄関を出て帰宅しようとしていた棗田郁未に、大柄な男子生徒が声をかけてきた。


「村冨…」


村冨はあの最悪な日、郁未をもてあそんだ主犯格である。縦もそうだが、横にも体がデカい。


「…もう何も手はださねえからよ。ちょっと話し合いしようぜ。頼むよ」


どうせこれも飛知和萌美に言われて(あるいは金をもらって)やっているのだろう。村冨の傍には、あの日自分に乱暴をはたらいたメンツが揃っていいる。つくづく、吐き気をもよおす連中だ。


「もう何も話すことはないでしょ」


「そう言わずによ… お前も、を公開しないっていう保証が欲しいだろ?」


「…ほんっっっとクズだね、あんたたち」


「なるべく手短に済ますからさ。な!」


郁未は村冨らに連れられて、人気のない体育館前にやってきた。


村冨が口火を切る。

「…まあ、なんだ… お互いに約束をしようって話だ。俺たちはあの動画を流出させねーって約束する。その代わり、お前も、俺たちに何かされたとか、いじめに遭ったとか言う話を、学校側にするのはナシにしてくれ。」


「…」

郁未は感情が抑えきれない。こいつらを、許すことは到底できない。許したくない。しかし…


「なあ。約束してくれよ。そっちの方がお互いのためだろ…?

嫌だって言うなら、こっちも強硬手段にでなきゃなんねーんだが…」


村冨がズイ、と郁未に歩み寄って圧力をかける。同時に目で合図して、取り巻きの男子生徒たちも郁未ににじり寄ってくる。


女一人にこの人数の男たちで暴力を振るうつもりか。あるいは、また再び体を汚すことが目的か。


もういい加減にしてくれ。

こんな思いをするくらいなら学校を辞めよう。だが―


負けを認めるのはもっとイヤだ!!





「…面白そうな話、してんじゃん。何だよ、『あの動画』って。おねーさんに聞かせてほしーなぁ。」


思いがけない声がした方へ、全員一斉に目をやる。見ると、金髪で色黒の、どう見ても学校の職員とは思えないが、かといってどう見ても女子高校生にも見えない派手な見た目の女が壁に寄りかかって立っていた。


「…!」

村冨を含む男たちにも、郁未にも、この女には見覚えがあった。


「あ…新しい用務員の姉ちゃん…」



 さて、ここで時を少し巻き戻して、株式会社ギャラクティカの阿賀川あかがわ七海と葛原くずはら凛太郎の二人が特別講師として青祥学院高等部の全校朝礼にて紹介された際の、校長の話の続きをここで記すことを許してほしい。


「…詳しい話は、追って各担任からお話しがあるはずです。 

…えー続きまして、新しい用務員さんと事務員さんもお一人ずつご紹介をいたします。では、こちらへどうぞ。」


校長の古澤ふるさわは、七海と凛太郎を立たせたまま、その横に追加で2人を呼んだ。一人は派手な金髪に浅黒い肌、一人は長髪のメッシュで、メッシュの部分はきらきらとラメが入ったシルバーである。とても官公庁から紹介されて教育現場で働くのにふさわしい人材には見えない。表情にも全くやる気が感じられず、イヤイヤこの場にいる、というような雰囲気である。


「…ITリテラシー講座の開講に伴って事務作業が増えますので、新しいそのために必要な人員も文部科学省からご紹介をいただきました。新しい用務員の金田一きんだいち 温子あつこさんと、事務員の星子ほしこ 万優まゆさんです。」


古澤校長は、

(めちゃくちゃ派手な髪だけど… 髪、黒染めしてほしいなんて言えないよなぁ。国の紹介だもんな…

 二人とも、なんか不貞腐れてるような表情なのは、気のせいかな…)

と、ただただ冷や汗をかいていた。


(つづく)

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