第22話 力くらべ
数日後。
ヒロくんこと、
先方の出してきた条件は、以下の通りである。
〇月×日の夜△時に
「場所の指定はそちらに任せる」、ということで、竹ノ内は『ナイトフラワー』を一日営業をストップして取引場所とすることにした。内村組の面々は、当然全員は来ていないが、主な面々は揃っている。待つこと数分。約束通り、藤島兄弟を連れた優男が現れた。
「やっぱり、お前か…」
予想の当たった重黒木は、思わずつぶやいた。
葛原は、加納と竹ノ内のいたレイヴンズマンションに来たときはスーツ姿であったが、今回は白のTシャツにジーンズというものすごくラフな格好である。戦闘モードということか…?だがそれ以上に気になるのは、葛原が藤島兄弟の他にもう一人連れている、眼鏡をかけた金髪の男である。助っ人だろうか。
葛原という優男が口火を切る。見た目に似合わぬ老人のような口調である。
「集まってもらって
「…すみませんでした…」
藤島兄弟は巨大な体を縮めるようにして頭を下げる。この優男に相当痛い目を見せられているのか、まったく反抗できないようである。
「おう、
「…話がちげーぞ、おい!」
竹ノ内が怒号を上げる。こちらに身柄を引き渡す、という約束だったはずだ。
「まあ、待て。ぬしらにとっても悪いようにせんから、安心せい。
…こちらの
「…なんだと…?」
「世の中、警察だけでは解決できないことは山ほどあろう。おぬし等には、警察が大っぴらに介入できない分野で、新宿の街を守る役目を果たしてほしい。その代わり、おぬしらの存在は暴対法の特例とする。身分と収入も保証する」
「収入を保証だと…どうやって払うつもりだ。まさか俺たちに公務員になれっていうんじゃねえよな」
「旭日会の構成員は全員、儂とこの菅原の会社で雇う。仕事も金もいくらでもあるから安心せい。もちろん、旭日会の名前は今まで通り残してよいぞ」
「…信じられねぇな」
「無理もないの。では、勝負としようか。この場所で暴れるわけにもいくまい。
…ここは酒場か。ちょうどよいテーブルがあるのう。借りるぞ」
葛原という優男、もとい九頭龍凛太郎は、VIP席で客がドリンク類を飲む際に使うテーブルを、自分の目の前に運んできた。
「儂と、ここにいる全員で、力
菅原こと梅ケ谷の隣で、九頭龍凛太郎はヤクザたちに向かって、腕相撲を挑むポーズをとった。
「儂がここにいる全員と腕相撲して勝ったら、この話を信じて条件を飲め。一人でも儂に勝ったら、双子も儂も好きにすればよい。」
「…おもしれえじゃねえか。約束は守ってもらうぜ。」
竹ノ内は乗ってきた。
「うめ…じゃなかった、菅原よ。レフェリーを頼むぞ」
「ハイハイ、分かりました。」
梅ケ谷は呆れた、といった様子。
「心配するな。すぐに終わる…と言いたいところじゃが」
凛太郎は一呼吸挟む。
「一人、厄介そうなのがおるでの。」
「知り合いなのですか?」
梅ケ谷はクイッと眼鏡を中指で上げる。
「相当腕の立つ
「ああ。強いぞ」
♦
数十秒後。
「おおうりゃーー!!」
「おっしゃーー!!!」
「ええい、面倒じゃ。3人まとめて相手してやる… そおおりゃーー!!!!」
凛太郎はか細い腕で、ヤクザ者を一度に3人ずつ腕相撲で瞬殺していく。よくもまあ、こんなハイテンションが続くものだと、梅ケ谷はレフェリーをやりながら感心していた。昔から龍神が
「…よう、また会ったの、色男。おぬしが大将か」
最後に立ちはだかるのは、やはり重黒木である。
「おい、竹ノ内とやら。この若いのが大トリということでよいのじゃな?」
さきほど他の組員たちと3人がかりで凛太郎に挑んで負けた竹ノ内が、右手首を押さえつけながら
「おぬし、名を何と申すか?」
「…
「そうか」
(この感じ…
「レディー…」
梅ケ谷もやや興奮しているようだ。掛け声が若干芝居がかってる。
「ゴー!!」
掛け声と同時に、二人の右腕に渾身の力が籠もり、筋肉が盛り上がる。重黒木の腕と凛太郎のそれとでは、大人と子供ほど太さが違う。普通に考えれば誰が見ても勝敗は明らかだが、凛太郎はその細腕で一度に3人を倒してきた。この小男に常識は通用しないらしい。
が。
今回はそう簡単にはいかないようだ。
「…」
両者とも、無言のまま相手の目を見て、笑みを浮かべる。全く互角、二人の力は拮抗している。
5分以上経過した。いまだに膠着状態のままだ。そのうち、二人の左手と右ひじが接触している大理石製のクラブテーブルに、「ビキッ」とヒビが入った。
「そんな馬鹿な…本物の大理石だぞ!」
竹ノ内が驚いて声を漏らす。うすうす感づいてはいたが、こいつらは本当に、人間以外の存在なのではないか。
ガシャン!
大理石のテーブルが砕けて、崩れ落ちた。凛太郎と重黒木は、空中で手を組み合ったままである。
「勝負がつかんのう」
「まだだ…!」
「…美樹子の身の安全は、保障するぞ」
凛太郎は、ぼそりと
「…!!」
なぜ、こいつが、最近付き合い始めたばかりの自分の彼女の名前を知っているのか。
「あれには世話になっておるからの。幸せにしてやれよ」
「…」
重黒木は、何か考えている様子だったが、
「竹ノ内さん。内村のオヤジさん。俺の負けです」
と、降参の宣言をした。
「…分かった。会長、オヤジ。そういうことでいいですか?」
「おぉ。いいモン見せてもらった。」
「いい勝負だったぞ。」
腕相撲には参加しなかった、それぞれ会長、オヤジと呼ばれた二人の初老の人物が答える。新宿裏社会の頂点に立つ、旭日会会長・小関伝七と、傘下の内村組組長・内村
「話は決まったの。」
凛太郎と重黒木は、目で合図をして同時に手を離した。
菅原(梅ケ谷である)が続けてアナウンスする。
「それではこの瞬間をもって、旭日会は日本国公認の自警団という扱いになります。もちろんこれはトップシークレット、書面も交わさない密約となりますから、詳細については後ほどお席を設けて、小関会長にご説明させていただきます。今後一切、旭日会はスカウトマンに対する暴力行為は控えるよう、くれぐれもお願いします」
これにて、新宿歌舞伎町の住人たちを恐怖のどん底に叩き落した「スカウト狩り」騒動は幕を下ろした。同時に日本国政府は、警察や自衛隊が
♦
クラブ『ナイトフラワー』での腕相撲合戦のあと、九頭龍凛太郎と菅原こと梅ケ谷は新宿3丁目のレストラン『カルメン』で食事をしていた。
「それにしても、見事でしたね」
「腕相撲のことか?」
「いえ。腕相撲と同時にやっていたことです。」
「ふふふ。やはり気づいておったか。」
「会場のやくざ者たちの
「うむ。…奴らは
「さあ… そこまでは。私の眷属たちでは、瘴気の出どころを追うことはできませんので」
「そうか…仕方ないのう。まあよい。これであの渡世人どもも、極悪な所業はしなくなるじゃろ。むこうが約束通り、全員をあの場に揃えていたとは思えんが、組員の相当数は瘴気ゼロになったじゃろうから。」
「あの重黒木という神人にも、瘴気がありましたか?」
「いや、あれからはまったく感じなかったぞ。」
「そうですか… 向こうから負けを認めましたね。武の神の『
「…いや。あれは儂の負けじゃ。小畔美樹子の身の安全を保障すると言ったら、向こうから折れた。ぬしの情報のおかげじゃ。礼を言う」
「いえ、お礼は仕事で返してください。」
「…
(つづく)
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