第22話 力くらべ

 数日後。 


 ヒロくんこと、重黒木 力じゅうくろき ちからは、クラブ『ナイトフラワー』で先方の到着を待っていた。竹ノ内のもとに、くだんの『IT会社の営業マン』から「藤島兄弟の身柄を確保した」と電話があったらしい。ということは、噂の葛原という営業マンとは、あの優男やさおとこのことだろうか。

 先方の出してきた条件は、以下の通りである。


 〇月×日の夜△時に旭日会きょくじつかいの構成員全員が見ている前で藤島兄弟を引き渡す。必ず全構成員を出席させること。


「場所の指定はそちらに任せる」、ということで、竹ノ内は『ナイトフラワー』を一日営業をストップして取引場所とすることにした。内村組の面々は、全員は来ていないが、主な面々は揃っている。待つこと数分。約束通り、藤島兄弟を連れた優男が現れた。


「やっぱり、お前か…」

予想の当たった重黒木は、思わずつぶやいた。


葛原は、加納と竹ノ内のいたレイヴンズマンションに来たときはスーツ姿であったが、今回は白のTシャツにジーンズというものすごくラフな格好である。戦闘モードということか…?だがそれ以上に気になるのは、葛原が藤島兄弟の他にもう一人連れている、眼鏡をかけた金髪の男である。助っ人だろうか。


葛原という優男が口火を切る。見た目に似合わぬ老人のような口調である。

「集まってもらって手数てすうじゃったの。約束通り藤島兄弟は引き渡す。…ホレ、2人とも、詫びを入れよ」


「…すみませんでした…」

藤島兄弟は巨大な体を縮めるようにして頭を下げる。この優男に相当痛い目を見せられているのか、まったく反抗できないようである。


「おう、渡世人とせいにんたちよ。ぬしらも、メンツがあるじゃろうが、この通り2人とも反省しているようじゃから、これで手打ちとさせてくれ。この2人にはこのあたりでの商売からは手を引かせる。じゃからこのまま儂に2人を連れ帰らせてほしい。」


「…話がちげーぞ、おい!」

竹ノ内が怒号を上げる。こちらに身柄を引き渡す、という約束だったはずだ。


「まあ、待て。ぬしらにとっても悪いようにせんから、安心せい。

…こちらの御仁ごじんはのぅ、さる政府の高官じゃ。証人としてここに呼んだ。仮に菅原と呼ぶ。今回の新宿の騒動をこれで収めてくれたら、ぬしら旭日会を政府公認の自警団とする」


「…なんだと…?」


「世の中、警察だけでは解決できないことは山ほどあろう。おぬし等には、警察が大っぴらに介入できない分野で、新宿の街を守る役目を果たしてほしい。その代わり、おぬしらの存在は暴対法の特例とする。身分と収入も保証する」


「収入を保証だと…どうやって払うつもりだ。まさか俺たちに公務員になれっていうんじゃねえよな」


「旭日会の構成員は全員、儂とこの菅原の会社で雇う。仕事も金もいくらでもあるから安心せい。もちろん、旭日会の名前は今まで通り残してよいぞ」


「…信じられねぇな」


「無理もないの。では、勝負としようか。この場所で暴れるわけにもいくまい。

…ここは酒場か。ちょうどよいテーブルがあるのう。借りるぞ」


葛原という優男、もとい九頭龍凛太郎は、VIP席で客がドリンク類を飲む際に使うテーブルを、自分の目の前に運んできた。


「儂と、ここにいる全員で、力くらべをするというのはどうじゃ?」


菅原こと梅ケ谷の隣で、九頭龍凛太郎はヤクザたちに向かって、腕相撲を挑むポーズをとった。


「儂がここにいる全員と腕相撲して勝ったら、この話を信じて条件を飲め。一人でも儂に勝ったら、双子も儂も好きにすればよい。」


「…おもしれえじゃねえか。約束は守ってもらうぜ。」

竹ノ内は乗ってきた。


「うめ…じゃなかった、菅原よ。レフェリーを頼むぞ」


「ハイハイ、分かりました。」

梅ケ谷は呆れた、といった様子。


「心配するな。すぐに終わる…と言いたいところじゃが」

凛太郎は一呼吸挟む。


「一人、厄介そうなのがおるでの。」


「知り合いなのですか?」


梅ケ谷はクイッと眼鏡を中指で上げる。

「相当腕の立つ神人しんじんのようですね」


「ああ。強いぞ」



数十秒後。

「おおうりゃーー!!」

「おっしゃーー!!!」

「ええい、面倒じゃ。3人まとめて相手してやる…  そおおりゃーー!!!!」


凛太郎はか細い腕で、ヤクザ者を一度に3人ずつ腕相撲で瞬殺していく。よくもまあ、こんなハイテンションが続くものだと、梅ケ谷はレフェリーをやりながら感心していた。昔から龍神がいた人間はエネルギーが常人離れしたものになるという。凛太郎の場合は龍が憑いているのではなく、半分龍神と一体化しているのだから、これくらいは当然か。


「…よう、また会ったの、色男。おぬしが大将か」


最後に立ちはだかるのは、やはり重黒木である。


「おい、竹ノ内とやら。この若いのが大トリということでよいのじゃな?」


さきほど他の組員たちと3人がかりで凛太郎に挑んで負けた竹ノ内が、右手首を押さえつけながらうなずく。


「おぬし、名を何と申すか?」


「…重黒木じゅうくろきだ。」


「そうか」

(この感じ… 手力男たぢからおか。果たして、倒せるかな)


「レディー…」

梅ケ谷もやや興奮しているようだ。掛け声が若干芝居がかってる。


「ゴー!!」

掛け声と同時に、二人の右腕に渾身の力が籠もり、筋肉が盛り上がる。重黒木の腕と凛太郎のそれとでは、大人と子供ほど太さが違う。普通に考えれば誰が見ても勝敗は明らかだが、凛太郎はその細腕で一度に3人を倒してきた。この小男に常識は通用しないらしい。


が。

今回はそう簡単にはいかないようだ。


「…」


両者とも、無言のまま相手の目を見て、笑みを浮かべる。全く互角、二人の力は拮抗している。


5分以上経過した。いまだに膠着状態のままだ。そのうち、二人の左手と右ひじが接触している大理石製のクラブテーブルに、「ビキッ」とヒビが入った。


「そんな馬鹿な…本物の大理石だぞ!」

竹ノ内が驚いて声を漏らす。うすうす感づいてはいたが、こいつらは本当に、人間以外の存在なのではないか。


ガシャン!


大理石のテーブルが砕けて、崩れ落ちた。凛太郎と重黒木は、空中で手を組み合ったままである。


「勝負がつかんのう」


「まだだ…!」


「…美樹子の身の安全は、保障するぞ」

凛太郎は、ぼそりとつぶやいた。


「…!!」


なぜ、こいつが、最近付き合い始めたばかりの自分の彼女の名前を知っているのか。


「あれには世話になっておるからの。幸せにしてやれよ」


「…」

重黒木は、何か考えている様子だったが、


「竹ノ内さん。内村のオヤジさん。俺の負けです」

と、降参の宣言をした。


「…分かった。会長、オヤジ。そういうことでいいですか?」


「おぉ。いいモン見せてもらった。」

「いい勝負だったぞ。」

腕相撲には参加しなかった、それぞれ会長、オヤジと呼ばれた二人の初老の人物が答える。新宿裏社会の頂点に立つ、旭日会会長・小関伝七と、傘下の内村組組長・内村戒牛かいごである。


「話は決まったの。」

凛太郎と重黒木は、目で合図をして同時に手を離した。


菅原(梅ケ谷である)が続けてアナウンスする。

「それではこの瞬間をもって、旭日会は日本国公認の自警団という扱いになります。もちろんこれはトップシークレット、書面も交わさない密約となりますから、詳細については後ほどお席を設けて、小関会長にご説明させていただきます。今後一切、旭日会はスカウトマンに対する暴力行為は控えるよう、くれぐれもお願いします」


 これにて、新宿歌舞伎町の住人たちを恐怖のどん底に叩き落した「スカウト狩り」騒動は幕を下ろした。同時に日本国政府は、警察や自衛隊がおおやけに介入できない分野に、旭日会という暴力行使をいとわない集団を投入することが可能になった。これは後々、日本史的に非常に大きな意味を持ってくるのである。



 クラブ『ナイトフラワー』での腕相撲合戦のあと、九頭龍凛太郎と菅原こと梅ケ谷は新宿3丁目のレストラン『カルメン』で食事をしていた。


「それにしても、見事でしたね」


「腕相撲のことか?」


「いえ。腕相撲と同時にやっていたことです。」


「ふふふ。やはり気づいておったか。」


「会場のやくざ者たちの瘴気しょうきも吸い取っていましたね。」


「うむ。…奴らは渡世人とせいにんじゃから、致し方ないところもあろうがの。少しばかり瘴気が濃すぎる。それにしても今の日本には瘴気が濃い人間が多すぎる気がするが… 梅よ、発信源を知らぬか?」


「さあ… そこまでは。私の眷属たちでは、瘴気の出どころを追うことはできませんので」


「そうか…仕方ないのう。まあよい。これであの渡世人どもも、極悪な所業はしなくなるじゃろ。むこうが約束通り、全員をあの場に揃えていたとは思えんが、組員の相当数は瘴気ゼロになったじゃろうから。」


「あの重黒木という神人にも、瘴気がありましたか?」


「いや、あれからはまったく感じなかったぞ。」


「そうですか… 向こうから負けを認めましたね。武の神の『護られし者ガーデッド』に勝つとは、さすがです。」


「…いや。あれは儂の負けじゃ。小畔美樹子の身の安全を保障すると言ったら、向こうから折れた。ぬしの情報のおかげじゃ。礼を言う」


「いえ、お礼は仕事で返してください。」


「…重黒木ヤツとは、また会うじゃろうな。」


重黒木じゅうくろき ひろむ。守護神は、日本神界随一ずいいちの怪力の神、手力男命タヂカラオノミコト。初代征夷大将軍、坂上田村麻呂の生まれ変わりである。


(つづく)

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