第20話 金と星

 重黒木じゅうくろきが倒した藤島正博・史博の兄弟の目・鼻・口からドロドロとした黒い、粘性のある液体のような物質が流れ出てきた。やがてその液体は別々の人型を成していった。二人の女である。が、二人とも頭に一本の角が生えている。


「…ハハハハハ。お前、いいねぇ。好きだぜ、強い男はよぉ。」


一人が口を開いた。正博から出てきた方である。鮮やかな金髪のセミロングで、肌は浅黒い。


「あら。あんたはどんな男でも好きでしょ、金熊かねくま。ホントに、見境みさかいないんだから」


史博から出てきた方の鬼の方が言う。こちらは色白で、しとやかな美少女といった風体である。美しく長い髪は、黒と鮮やかな紫のメッシュに、きらきらと銀色のラメがあしらわれたように輝いている。こちらの長髪メッシュの方の鬼が、今度は重黒木に対して話しかける。


「お前、どうやら普通の人間じゃないみたいね。お前に乗り移ってもいいんだけど、瘴気しょうきが全然ないみたい。…というわけで、サクッと死んでちょうだい」


「オイオイ、せっかち過ぎねーか、星熊ほしくま。ちょっとは楽しんでから、ってのはなし?」


「まあ、相変わらずサカっていらっしゃること。めんどくさいわね…。もし私らより強い男だったら、アリなんじゃない?」


重黒木は動揺していた。今まで、裏社会に半分以上足を突っ込んで生きてきて、組の抗争も含め、修羅場は数えきれないくらいくぐってきたつもりだ。生まれたときから肝っ玉の太さには自信がある方だし、何より自分には、天から授かった人間離れした腕力と屈強な肉体が備わっている。銃撃に巻き込まれるなどといったことがない限り、自分にとって恐れることなどないだろうと思っていた。


ところが、今自分の目の前で起きていることは、明らかに超自然的な現象である。自分の肉体にものを言わせて解決するような問題であるようには思えない。


「嬢ちゃんたち、俺とケンカしたいのか。俺は女は殴らないことにしてるんだが」


「ハッ!聞いたか星熊!こいつ女に優しいぜ。『ふぇみにすと』てやつだろ?ますます惚れちまいそうだぜ…!!」


金髪の鬼が一瞬のうちに重黒木の正面まで間合いを詰め、右手で重黒木の喉元をつかむ。


「…うぐッ!」


そのまま右腕一本で重黒木の大きな体を持ち上げる。とても女の腕とは思えない力である。このままだと窒息死は確実だ。


だが重黒木も負けてはいない。自分の喉元に食い込んでいる鬼の腕を、二本の腕で両側からつかむと、そのままありったけの力を振り絞って、

「ボキッ」

とへし折った。


「おおお、すごいすごい!お前、『受護者ガーデッド』ってやつだろぅ?なあ?誰の生まれ変わりだ?何の神の守護を受けてんだ?なあ?」


金髪の鬼は、折れた腕を全く意に介している様子がない。見ると、腕は黒いもやを放ちながら元通りに回復している。


「ゴホッ… 俺は力では、誰にも負けんね―んだ…」


「そうか、力の神か!面白いじゃねーか。よしきた。相撲すもうをとろうぜ、相撲。

…星熊!行事よろしく」


「…めんどくさいわねー、もう… わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば」


(チッ… 断る、っていう選択肢はなさそうだな。)

重黒木は覚悟を決めた。


「場外は無し、足以外が地面についた方が負けだ」

金髪おにがルールを一方的に決める。


「しかたねー。おし、やったろーじゃねーか!!」


重黒木と金髪鬼は、同時に地面に両手をついて腰を上げる。


「発気用意… のこった!」

長髪メッシュの鬼が掛け声をかけると同時に、重黒木と金髪鬼は真正面からぶつかった。大相撲の廻しはないので、いわゆる廻しをとっての「がっぷりつ」に組んだ状態にはなれない。レスリングの「四つ組み」に近い状態である。


お互いが雄たけびとともに、あらん限りの力を力を込めて、目の前の相手をなぎ倒すか、投げ捨てようとする。


両者の力は拮抗しているか。優劣はつけ難い。二人の足元の床が、

ビシ、ビシッ!

と音をたててひび割れてゆく。


「へぇ…」

星熊と呼ばれている、行事役の長髪メッシュの鬼が、感心したようにため息を漏らす。


もうすでに、二人の足は地面に相当めり込んでいる。

このまま決着はつかないかと思いきや。


「お、お… まさか… お前!」

金髪鬼が驚きの声を漏らす。


「俺が… 俺が力で負けたことは、今まで一度もねーーんだぁー!!!」

バキッと奥歯をかみ砕く音とともに、重黒木は絶叫した。


気合一閃。重黒木はブワッ、と金髪鬼の体を引っこ抜くように持ち上げると、そのまま自分の背中側斜め後方に大きな弧を描いて投げ飛ばした。フロントスープレックスである。


「…!」


ドキャッ!


そのまま重黒木は金髪鬼の体を地面に思い切りたたきつける。すでにヒビが入っていた床が、さらに大きくひび割れる。


「勝負あり…」

長髪メッシュの行事がおもむろに宣告する。


「お前… 本当にすげーよ!オイラの負けだ。完敗だ」

金髪の鬼は心底驚いている様子だったが、潔く負けを認めた。


「ハァ、ハァ、ハァ… 血管、ブチ切れるかと思ったぜ…」

重黒木の安堵もつかの間。


「まぁさか、力自慢の金熊に相撲で勝つとはね… 悪いけど、休むヒマはあげないわよ。あたしたち、いかに『ガーデッド』だからって、人間に負けたまま済ませるわけにはいかないもの。あー、めんどくさい…」


「…ちょっと、タイム… 勘弁してくれ…」


「だーめ。待ってあげない。

私は力に自信がないから… 武器コレ、使わせてね」


「オイオイオイ…。まじかよ…」


長髪メッシュの鬼は、どこからともなく、巨大な金棒を取り出した。鬼の武器といえば、日本人なら誰でも想像するであろうアレである。ただ、漫画やアニメの昔話に出てくるものよりも、よほど鋭く凶悪にとがった針が無数についている。


(あんなもんで殴られたら、いかに俺といえども命がなくなっちまう…)


既に動けるような体力は残っていない。俺の命運もここまでか。重黒木は覚悟した。付き合い始めたばかりの相手、小畔美樹子の顔が心に浮かんだ。あの子は幸せに生きてほしい。俺なんかみたいな危険な生き方をしている男じゃなくて、まっとうにの当たる生き方をしている相手を見つけてくれ―


重黒木はこの世に別れを告げる覚悟をした。


その時。


「よう、色男いろおとこ。大ピンチのようじゃの。」


重黒木がシャッターに空けた大穴から、女のように華奢な体つきをした、長い髪の若い男が、その年恰好に似合わない老人のような口調の台詞せりふとともに入ってきた。


(つづく)

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