第17話 ヤ〇ザマンションは実在する!B面

 新宿のヤクザマンションに千沙都と正代が監禁される全日の金曜日、株式会社ギャラクティカのオフィス。新しくデリバリーヘルスを始めるという企業からのweb制作の件で、たまたま問い合わせの電話対応をしたがために案件担当になった凛太郎が、再びかかってきた電話に出ていた。


「葛原さん、すまないんだけどね。明日の土曜はお休みだと思うんだけど、午前中、説明しに来てくれませんか。」

どこかが抜けたような声だ。


「はいもちろん、お伺いしてサービスの説明をさせていただきます。どちらまで参ればよろしいでしょうか?」


「新宿区〇〇-××-△△、レイヴンズマンション歌舞伎町の701号室。」


「弊社のオフィスからすぐ近くですね… 10時ではいかがでしょうか?」


「10時ですね。じゃあお待ちしてますよ」



 翌日。その住所が悪名高きヤクザマンションだとはつゆ知らず、凛太郎は営業資料を携えて701号室にやってきた。


玄関のチャイムを鳴らすと出迎えたのは、やせた神経質そうな男だった。電話で2度話した、加納という人物らしい。奥にもう一人、高価そうだがガラの悪いスーツを着てガッシリとした体格の男が座っている。


「いやー、すみません。休日に呼び出してしまって。すこしでも早く店を始めたくてですね… じゃ、早速ですけど、おたくにホームページ作成を頼んだとして、料金プランみたいなの、簡単に説明してくれますか?」


「はい、よろしくお願いします…」


そこからのプレゼンの内容は、凛太郎はよく覚えていない。自分としてはいつも通り、誠実に説明をしたつもりである。気づいたら、加納が奥のガラ悪スーツの男を呼んでいた。


「竹ノ内さーん。話、まとまりそうです」


奥から出てきたその竹ノ内と呼ばれる男が、カタギの人間でないことぐらいは、25歳の凛太郎にも理解できた。


「…この場所を聞いてビックリしなかったかい? 店のスタートは俺に任されてるんだけど、風俗店は初めてでね。表向きはクリーンな店ってことにして、直接俺が経営に関わらないようにしないといけねえから、この加納に任せるわけだ」


「はぁ…」


表向きは?ということは、やはり組のシノギなのか。「この場所を聞いてビックリする」ということは、やはりここは噂のヤクザマンションか。聞いたことがあるが、都市伝説の類かと思っていた。


「で?どうなった?」


「この値段だそうです」

加納が料金の見積書を竹ノ内に見せる。そういえば見積書をさっき加納に渡したっけ。


「120万か…」

竹ノ内はため息をつく。


「暴対法、知ってるだろ?俺ら極道は今大変なんだよ、ホント。肩身狭くて。なぁ…」


イヤな予感がする。


「この半分の額でやってくれるかな」


「…それは…できません」


「…なんでだ?」


「私どものサービスを提供するにあたっては、こちらが最低限度の料金になります。どうしてもこれだけの工賃が発生します」


「このヤロー、ナメてんのかコラ!!もういっぺん言ってみろ!」

竹ノ内は大声を張り上げる。他の部屋の住民にも聞こえてしまうだろう。


「申し訳ありません… ですが先ほどから申し上げています通り、これ以上価格は下げられませんので…」


「…テメェ、そんなに痛い目見てえのか…?」


竹ノ内を呼んだ加納も、この展開を予想していたのだろう。涼しい顔をしている。それにしても、価格を下げられないということと、ヤクザをなめるということがどう結びつくのだろうか。どうしよう、こういう時はどうすればいいのだ… 頭が回らないが、凛太郎は冷や汗をかきながらも、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。もしかすると、九頭龍の性格が少しずつ自分にも移ってきているのかも知れない。


凛太郎はふと、何か聞き覚えのある匂いを嗅いだ気がした。


「あれ…?」

思わず、条件反射的に立ち上がって、ドアの方に向かう。


「…おい、どこ行くんだよ」


凛太郎は無視してドアを開けて出ていく。竹ノ内が腕をつかんで引き戻そうとするが、凛太郎の細い体のどこにそんな力があるのか、竹ノ内ごと引きずって匂いのもとに近づいてゆく。


「オイ!調子こいてんじゃねーよ!!」

(こいつ… なんでこんなに力が強いんだ…?)


「いや~、なんか、知ってる人の気配がするもんですから」

凛太郎は構わず、斜め向かいの部屋へ進み、チャイムを押してドアをやや乱暴に叩く。もう凛太郎は分かっていた。

(ああ… 九ちゃんがやってんだな…)


部屋から、坊主頭の大男が出てきた。中にはもう一人のヤクザらしき男と、拷問を受けているらしき、腹を抱えてうずくまっているチャラついた見た目の男がいる。そして奥の方には、ギャラクティカのパート職員で元高級風俗店のNo.1、いさむ千沙都ちさとがソファの上に縮こまっていた。


「ほら、やっぱり。知り合いがいるような気がしたんですよ。覚えのある匂いがしたもので」


(凛太郎…さん?どうしてここに…?)

千沙都は、自分の脳が現実逃避をして幻覚でも見ているのかと思った。


「匂いって…どこまでふざけてんだ、コラ… いてっ!」

竹ノ内は後ろから凛太郎の首を羽交い絞めにしようとするが、逆に凛太郎がその手を掴み、力をこめると激痛で悲鳴をあげた。


(ここからは、さすがに僕のままじゃダメだよ…九ちゃん、お願い)


あい分かった)


凛太郎はそっと目を閉じる。再び開くと、金色こんじきの瞳にグリーンの虹彩。龍の目だ。


「おイタの過ぎるやからは、成敗せんとのぉ」


九頭龍になった凛太郎は、手をボキボキと鳴らしながら、楽しそうに部屋に入ってきた。


(つづく)




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