第10話 色欲
ハワイ出張から帰ってきた七海と凛太郎は、いつもの業務に戻っていた。
ある日の終業後、七海の部屋。ギャラクティカでの業務が終わっても、七海は自分の部屋で副業のwebデザイン業務、退勤と同時に九頭龍に戻った凛太郎も、自分と梅ケ谷で立ち上げた仮想通貨事業の仕事がある。それぞれ、七海は自室のデスク、九頭龍凛太郎はリビングのテーブルでPCを広げて真面目に仕事に打ち込んでいるのだが。
「カタカタカタ…」
「カチ…カチ…」
ひたすら、キーボードとマウスを操作する音が、無音の部屋に響いている。
…と。
突然、テーブルを両手で「バン!」と叩いたかと思うと、九頭龍凛太郎はやおら立ち上がって絶叫した。
「オナゴー!!
「うっるさいわね、もー!!」
七海は顔を赤らめて叫び返す。
「龍神といえば色欲、これ常識。目覚めてから、何かを忘れておると思っとったわい…!
「知りませんッ!!!」
♦
10年前―。
勇
京香は美人であった。結婚した年齢も若かったので、千里が15歳になった年でも36歳、まだまだ女ざかりはこれから、という歳だった。自然、新しい男ができた。
水内の目当ては京香ではなく、娘の千沙都だった。(いや、両方を欲していたのかも知れない。)最初は、毎晩のように学校の勉強のことや将来のことで、親身に相談に乗ってくれているのだと思っていた。そのうちに、「娘としてではなく、女として君を愛している」ということが言われるようになった。初めて千沙都の体に牙が
水内はそれからもしばらくは、京香が家にいない時間を狙って千沙都に襲いかかった。しかし、そんな機会は限られている。夜に水内が千沙都の部屋に通うようになるまで、そう長くはかからなかった。行為中、万が一にも母を起こしてはならないと、千沙都は必死に声を殺した。だが、そんなことを毎晩のように続けていて、母親が気づかない方がおかしいのである。いつの時点で京香が気づいたのか、それは今となっては知る由もない。
ある日千沙都が帰宅すると、京香は自室で首を吊っていた。遺書には、水内が夜な夜な千沙都に手を出していたことに気づいていながら、言い出す勇気がなくてごめんなさい、という趣旨のことが書いてあった。遺書の内容が決め手となって、水内は裁判で罪を認めざるを得ず、刑務所に収監されることになった。千沙都は施設に入ることになったが、そこでの暮らしも千沙都にとって大変に辛いものだった。私物がどんどん盗まれるなど、あからさまなイジメに遭う。千沙都のルックスがいいからだろう。早々に、高校を中退して一日でも早く施設を出て自活することに決めた。実の父親の保険金の残りを頼ることは考えなかった。水内と相談しなければいけなくなるだろうから。「どうせ、汚れた体なんだ―」18歳から、千里は路上とマッチングアプリで体を売り始めた。違う男と体を重ねる度に、水内に汚された体が浄化されるような感覚さえ感じた。
客の一人に、
まもなく―
千沙都は妊娠していることがわかった。双子だった。どちらか分からない。客との子なのか、あの汚らわしい男との子なのか。どっちにしても全くもっていい気はしない。が、お腹に宿る2つの新しい命に対しては、不思議と愛おしい気持ちしか湧いてこなかった。2人とも強く生きてほしいという願いをこめて、龍ノ介・虎ノ介と名づけることにした。孤児院に預けるという選択肢もあったが、千沙都は2人の命に向き合うことに決めた。
身寄りのない状態での双子の出産と育児は苛烈なものであろうが、女は母親になると心底強い生き物である。PEARLの店長に事情を話し、店を裏切るようなことはしない、必ず戻るという約束をして、お腹が出てくる妊娠6か月から、保育所に入れられる最低年齢の生後2ヵ月がくるまで、育児休暇をもらえないかと相談した。店長の槌田という男は理解ある人物で、千沙都に同情してくれた。売り上げトップのキャストだからという
千沙都は、店との約束を守り、出産から2か月で店に復帰した。もちろん保育園の時間が終わるまでの出勤である。同僚の朋美とと
5年後。龍ノ介・虎ノ介兄弟は5歳、そろそろ小学校のことも考えなければ… 土日はPEARLの仕事は入れていないが、保育園もないので一日中双子たちの面倒を見なければならない。まったく休む暇もない日々であるが、この子たちのためだと思うと、千沙都はどんなことでも平気だった。自分を支えてくれる仲間もいる。心配はないはずだ。
ある日。千沙都は、体力的に一日の客数を4人までにしてくれと店側にお願いしてある。今日も4枠完売だ。今日はスタートから3人つづけて馴染みの客。最後の4人目は、新規の客らしい。
(よしラスト一人、頑張ったら、龍と虎に会える)
いつになっても新規客との初対面は緊張するものである。PEARLにはエレベーターがない。嬢が待機している部屋から受付と客の待合室のある1階まで、階段を降りて迎えに行くスタイルである。新規客の場合は、そこで嬢と初対面となる。
梶谷が客を案内する。
「
「…!!」
千沙都は絶句した。
そこに立っていたのは、水内秀樹。自分の体を汚し、母親を自殺に追いやった張本人であった。
(つづく)
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