第8話 大仕事

「ところで…(かみ)には、連絡は済んでおるのじゃろうな?」


「もちろん。抜かりはないです」


「ならばよし!」


(ハァー。また分からない話…)

七海は、イトカズが運転するホテルへのタクシーの中、九頭龍凛太郎と梅ケ谷のやり取りを聞いてため息をつきながら考えた。いつもこの二人は、何を企んでいるのか分からない。だが、だからこそ、ワクワクさせられる。



 翌日の午前中、ホノルル港に4人は集まっていた。全員、上はアロハシャツの軽装である。イトカズが1そうの船を手で指し示しながら説明する。


「こちらの船で、現場に向かいます。」


「これまた随分と豪華じゃの。」


4人が船に乗り込む。

「食事はビュッフェ形式でいつでもご利用できますので、好きなだけ召し上がって下さい。」


九頭龍凛太郎は、「ヤッター」とニコニコ顔でバンザイしながら船に乗り込む。

七海は「まだ食べるつもりなの…?」と半ば呆れ、半ば感心さえしている。凛太郎の人間としての胃袋が破裂しないかだけが気がかりだ。


 船は海上を順調に進んでゆく。順調に進めば2日半ほどでゴミベルトが見えるところにまで着けるそうだ。その間も、九頭龍凛太郎は船内の食料の在庫が心配になるほど食べた。


 2日後。4人が甲板に立っている。九頭龍が遠くを眺める。

「見えてきたのぉ」


「そうですね」

梅ケ谷が答える。


「…」

七海は手をかざして目を細めるが、何も見えない。


イトカズは驚いて言う。

「お二人とも、どういう視力をしてらっしゃるんですか?… おっしゃる通り、もうすぐゴミの島が見えてきます。」


「あの大きさは、島というよりも…」


「大陸、といった方がいいですね。」


「なにせ、日本列島4つ分の面積ですから… 海面に浮かんでいるものだけであの量です。もちろん海水中に漂っているゴミも莫大な量になります。」


 さらに数時間ほどで、普通の人間の肉眼でもゴミの島、もとい大陸がよく見えるようになってきた。


「…!」

 七海は絶句した。その惨状は、想像をはるかに超えるものであった。ビッシリと隙間なく、大小・種類様々なゴミが見渡す限りの海表を覆いつくしている。人間のごうの深さをまざまざと見せつけられている気がした。


「さーて、確認じゃ。…イトカズとやら。おぬし、口は堅かろうな」


「え… それは、まあ…」


梅ケ谷が丁寧に補足する。

「このゴミ削減プロジェクトは、あくまでも日本政府がハワイ州に協力する事業を、株式会社ギャラクティカに依頼して代行してもらうものです。これからイトカズさんが目にすることは、我々の最大の企業秘密です。立ち合いはイトカズさん一人のみ、そして目にしたことは決して他言しないこと、という内容で契約書を交わしたはずですが、お間違いないですね?」


「は、はい、心得ております」


九頭龍が腕組みをしながら鷹揚に言う。

「ならばよい。うめよ、あまり人を脅すでないぞ。」


「ハイハイ、私は憎まれ役で結構です」

梅ケ谷はため息をつく。


「では、仕事に取りかかるかの。…船を止めよ」


「?…ハァ、それは構いませんが…もっと近くに寄らなくてよいのですか?」

イトカズは不思議そうな表情である。今日は視察で、現地の状況を確認して、今後どういう策をギャラクティカとして、あるいは日本政府として講じるのかを、日本に帰ってから考えるのではないのか?『仕事』とは?


(一体、何をするつもりなんだ…?)


「これ以上近づくと危ないからの」


九頭龍凛太郎は、ゴミの大陸が一望できる位置にきた船の甲板の手すりに手をかけ、不敵ながらも真剣な表情である。イトカズはますます、この葛原という男がギャラクティカの応接室で会った気弱そうな男性と同一人物であるということが信じられなくなってきた。海外ではハメを外すタイプの日本人なのか。


 九頭龍はおもむろに、海原に浮かぶゴミの塊に向けて右手の掌(てのひら)をかざす。

「海は素戔嗚スサノオ、重力は建御名方タケミナカタか… アイツらの力を借りるのはしゃくじゃがな」

凛太郎の髪がブワッと逆立つ。


 ゴミの大陸のまわりの海域に流れができはじめた。徐々にその流れは早くなり、やがて轟轟ごうごうと渦を巻き始める。


 ゆっくりと海水が引いてゆく。イメージとしては、映画「十戒」でモーゼが海を割る描写に近いが、今回はそれが円形に起きている。ゴミ大陸がすっぽりと入る海域だけ、海水がなくなり海底まで見えている。海面と海中にあったゴミは、重力を無視しているかのように浮いている。


七海とイトカズは、あんぐりと開いた口がふさがらない。

九頭龍凛太郎は梅ケ谷の方を振り向いた。


「梅よ。おかみに繋げよ。」


「承知です。」

梅ケ谷は、持っていたPC画面を開くと同時に、携帯電話を取り出す。


「ここ、公海上でしょ?電話とかつながるの?」

七海は不安げだ。


「ご心配なく。が保有している衛星を使った通話システムです。世界中どこでも、盗聴の心配なく使えます。」


(われわれの団体?進国党のことかしら。)


「な、わかったじゃろ、こやつを連れてきたワケが。」


 梅ケ谷が電話をかけた。


 日本国内某所。

ヴーッ、ヴーッ…

 ある人物の側近らしき人間がツーコールで電話に出る。シックなスーツに三本足のカラスを模(かたど)ったピンバッジをつけている。上品な椅子に座るのほうに、側近は近づきながら電話を持っていく。


陛下へいかおさよりお電話です。」


「ん…ありがと。…やぁ。梅ケ谷くん。準備は整ったかい。」


側近が『陛下』と呼ばれる人物の前にある大きなモニター画面のスイッチを入れると、太平洋ハワイ沖に、大量のゴミが浮いている光景が映し出される。そしてゴミの周囲にだけ海水が存在していない。


「見事な神通力だね。が復活してくれて嬉しいよ。…ここに力を注げばいいんだね?…分かった。」


『陛下』と呼ばれる人物は、側近に電話を戻すと、胸の前で親指以外の指をそろえた両掌(てのひら)を自分の外側に向け、両手の親指と人差し指をくっつけるポーズを取った。


「君らにだけ頑張らせるわけには、いかないからね」




 ところ戻って、ハワイ沖。


梅ケ谷が電話口をおさえながら叫ぶ。

「九さん。陛下、準備OKだそうです!」


「よし、やってもらえ。」


梅ケ谷が電話口で側近に「始めていただいてくれ」と告げる。

電話口の向こうで側近が言う。「陛下、お願いいたします。」


『陛下』と呼ばれているその人物は、両掌をモニターに向けたままゆっくりと、小さな声で唱えた。


「アマテラスオオミカミ」


 すると、ハワイ沖でさらなる異変が起きた。ゴミが浮いている場所にだけ、陽光の力が何百倍も強力になる。みるみるゴミの水分が蒸発していき、カラカラに乾いていく。


「すごい…」

七海が驚く。


「お上の力を借りずに、儂がやりたいところじゃがの。仕上げに力を温存しておきたいでな。」


「陛下って、まさか…」


九頭龍はニヤリと笑う。「さて、な。」




10分ほど経過しただろうか。


日本では、『陛下』と呼ばれる人物が「もういいかな。少し疲れたよ。」と、構えを解いた。

「お疲れ様でございました。」と側近が声をかける。


ハワイ沖の九頭龍。「む。そろそろ十分じゃろ。仕上げといくかの。」


九頭龍凛太郎は、下ろしていた掌を再び海の方にかざしたかと思うと、グッと握りこんだ。

「フン…!!」


すると、重力に逆らって浮いたまま、強すぎるほどの日の光でカラカラに乾いたゴミが、浮いたまま一か所に集まって巨大な塊を形成してゆく。


「どうするの…?」

七海も不安げだが、どこかワクワクしているようだ。


ここへきて、もう多少のことでは驚かないつもりだったイトカズだったが、すでに白目を向いて泡を吹いている。


「これからが本番じゃ。少し大仕事になりそうだからの。おぬしが手伝ってくれると助かるんじゃが、そういうわけにもいくまい。」


「?」


「…わしのファイアーダンス、なかなかのもんだったじゃったろ。」


「え?」


九頭龍凛太郎は、甲板の上からフワリと柔らかく飛びあがる。海面から10メートル位の位置に、まるで見えない床の上に立っているかのように浮いている。


「…!」


 九頭龍凛太郎の手は、独鈷印と呼ばれる不動明王の印の形を結んだ。


「ノーマクサマンダ・バザラダンカン」


九頭龍は、手はの印の形のまま、「すぅ~~」と、体がパンパンに膨れるまで息を吸う。次の瞬間。


ゴッ…!


凛太郎の口から尋常ではない量の火焔が放たれ、空に浮いている巨大な干からびたゴミの塊を片っ端から焼き尽くしていく。


「んまぁ~。なんて力技ちからわざ… 怪獣映画以上ね。ファイアーダンスって、そういう意味…」


(そーいえば昨日、得意そうに火を噴いてたわ、この人…)


七海は思い出した。七海自身も、得意そうにフラダンスショーに飛び入りでセンターを張っていたのであるが。


 気が付くと、梅ケ谷が七海の横にいて、冷静な提案をする。


「…ゴミの量が量ですからね。全部焼き終えるのに何日もかかるでしょう。私たちは交代で睡眠を取るとしましょうか。私は陛下にもう一度お電話してから、あそこで気を失ってるイトカズさんを船内に運びます。阿賀川さんは先に休んでください。」


たっぷり10日ほどかけて、太平洋ゴミベルトのゴミは全て細かな灰となり、海の藻屑と消えていった。



「…終わったぞ。流石にちとくたびれた… ちなみに、燃やしたのはゴミだけじゃ。魚のたぐいはちゃんと避けてあるから安心せい。」


「本当に、本当にありがとうございました。まさか一度の訪問で解決するとは…」


「気にするな。またゴミが溜まったら呼ぶがよい。

…うーん。そっちの方でゴミを一か所にまとめて乾燥させておいてくれると、こちらは燃やすだけでよいから、助かるんじゃがのう…そうじゃ、七海」


「ん?」


「ハワイにギャラクティカの子会社を立ち上げて、海岸だけでも掃除させるか。金はいくらでも出せるからの」


「…!?」

イトカズが驚く。


うめも手伝ってくれるな?」


「いいでしょう。企画書は私の方で書いて、久田松社長にお話します。これも政府からの事業依頼の形をとりましょう。」


「ああ、そうじゃ… ハワイのたみで、仕事や家がない者どもは、できるだけ新しく作る法人で雇うようにしよう。賃金ははずむぞ。」

九頭龍凛太郎は、疲れが見える顔をイトカズに向けて提案した。


「本当ですか…!!何と…何とお礼をすればよいか…」


「心配せずとも、定期的にこの3人で来るから、また接待してくれればよい。」


「…まだゴミベルトは世界中にありますしね。イトカズさん、今回の実績のPRをお願いしますね。国連にでも売り込んでください。もちろん、我々のことが表に出ないようにお願いします」

梅ケ谷が言う。


「そうじゃの。国連相手にデカい商売ができるな」


「…世界中のゴミベルトを片っ端から掃除するつもり?」

七海が尋ねる。


「おう。世界に感謝されて、ギャラクティカの株もうなぎ上りじゃ。環境ビジネスで世界一の会社になるな」


「CO2の排出量が、って叩かれないかしら」


「バカモンが。温暖化とかいうやつか。あんなものは南蛮なんばんのビジネスじゃ。勝手に言わせておけい」



 10日間ぶっ通しで炎を吐き続けた九頭龍凛太郎は、ホノルル港に帰る船の中でも、帰国する飛行機の中でも泥のように眠り続けた。(移動する歳は梅ケ谷がおんぶした。凛太郎は小柄なので軽いのだ。)


 イトカズは船の関係や書類作成の事務の関係で、数日間はホノルルのハワイ州観光局本部に留まったのち、千代田区の同局日本オフィスに戻るとのことだった。日本を愛してやまないイトカズなら、九頭龍たちの情報をアメリカ政府に売ることなく、上手くごまかしてくれるだろう。船のクルーたちにも、見たことを決して口外しないよう厳重な戒厳令を敷いてくれるように、梅ケ谷が念を押していた。



 成田からの帰りの車。梅ケ谷が運転している。九頭龍凛太郎はまだ眠っている。七海はちょんちょんと凛太郎の肩あたりをつつく。


(よし、起きないわね)


「あの…梅ケ谷さん」


「はい」


「教えてくれませんか。九頭龍のこと」


(つづく)

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