第7話 ハワイの果てまでいって九

「ハワイ沖の海洋ゴミの処理か、よかろう。ただ… ある程度、好き放題させてもらうが、構わぬな。」


ハワイ観光局日本支局長のイトカズは、急に変わった凛太郎の口調にやや戸惑いを隠せないものの、とても喜んだ。


「引き受けてくださるのですね?」


「おう、任せておけ。差し当たって… まずは、援軍を頼むとしようかの。」



 数日後。ダニエル・K・イノウエ国際空港(旧ホノルル国際空港)。


「やってきました!ハワイーー!!!」

凛太郎は最初から九頭龍モードで、テンション・マックスである。


「はしゃぎ過ぎじゃないの…?」

七海は呆れ顔である。


「九頭龍様の記念すべき海外初進出じゃ。こんな愉快な日くらい楽しませい。」


「いつも楽しそうにしてるじゃない…」


ここに、3人目の声が加わる。今回の “援軍” であるようだ。

「ホントです。観光ではなく、国から依頼された外交公務に来ているという自覚をお忘れなく。」


「うるさいのぅ… 相変わらず堅苦しいやつじゃ。それはそうと、おぬし、ほんとうにめぐみの護衛はよいのか?かなり危ないことがあったようじゃが。」


「…ご存じでしたか」

梅ケ谷は、銃撃のことは凛太郎にも七海にも話してはいない。


「この九頭龍様をナメるなよ。儂がめぐみの護衛を申し出ようかとも考えたがの。うめがついておれば大丈夫じゃろうと判断して、放っておいた。」


きゅうさんに買われるとは光栄ですね。江島先生の護衛でしたら心配ありません」


「ホントにか?」


「私のを、お忘れですか。」


「…なるほど、そういうことか。」


横で聞いている七海は、何のことかサッパリ、である。

「どういうこと…?いつもいつも、私が分からない話ばっかり。だいたい私までついてくる必要あるの?今回はwebデザインの仕事はないんだから。」


「何をおっしゃいますか。阿賀川さんには、九さんのお守り役をお願いしますよ。このガサツな龍が一人で好き勝手行動すると、どんな国際問題に発展するか分かりませんから…。」


「…じゃあ、梅ケ谷さんはどうしてついてきたの?」


「フフフ。こやつは顔が広いでの。今に分かる」



 ホノルル市内、ハワイ州観光局本部。先に現地入りして諸々もろもろの準備・段取りをつけてくれていたイトカズが、柔和な表情で出迎えてくれた。

「お三方、ようこそおいでくださいました!いかがですか、ハワイは。」


「む、苦しゅうないぞ。日の本よりもカラッとしておる。」


「ちょっと、言葉遣い!!」

七海が九頭龍凛太郎の袖を引っ張りながら耳元でたしなめる。


「…?? 梅ケ谷さんまで、わざわざ現地にお越しいただいて、恐れ入ります。」


「どうも、お世話になります。江島本人も来たがっていたのですが、生憎あいにくスケジュールがいっぱいでして。私で申し訳ありません。」


「そんな、とんでもない。本当にありがとうございます。」


「早速、港にご案内いただけますか。」


「気が早いのー。」

九頭龍はもっと観光を楽しみたいようである。ミーハーな龍だ。


「やはり日本人は仕事熱心ですね!申し上げにくいのですが… 実はトラブルで、船の出航が数日遅れることになってしまいましてですね…。本当に申し訳ございません。

 せっかくですから、出航までの2,3日、ハワイ観光を楽しんだらいかがですか?もちろん費用は、すべて私どもで負担しますので。」


「いえ、そういうわけには…」

と、日本人らしく遠慮しようとする梅ケ谷の斜め後ろで、九頭龍凛太郎と七海は「キラーン」と両目を輝かせる。この二人は、どうやら思考回路がだんだんシンクロしてきたようだ。


 それからの3人は、ワイキキビーチにマノア滝ハイキングにダイアモンドヘッド登山に動物園にと、実によく遊んだ。そして実によく食べた。九頭龍一人でおそらく、軽く1日10人前は食べたであろう。ロコモコ、ポキ丼、ガーリックシュリンプ、ヤシの実ジュース、ラウラウ、エッグベネディクト、えとせとら・えとせとら… こんなに食べて、凛太郎の人間としての胃袋は大丈夫なのだろうか。


 七海は最初こそ九頭龍凛太郎の保護者役に徹しようとしていたようだが、途中から自分も楽しくなってきたらしく、ギャラクティカで「氷の女王」と呼ばれている女企業戦士(死語であることは承知している)とはとても思えないほどエンジョイしていた。(対照的に、梅ケ谷は終始クールであった。)


 とどめに。何がどうしてどうなったのか、観光最終日、ホテルのダンスショーで、イトカズと梅ケ谷が気づかぬうちに、七海はフラダンスに、九頭龍凛太郎はファイアーダンスに参加し、あまつさえ二人ともセンターを張っていた。凛太郎は、九頭龍の力なのだろう、口から火を噴きまくってその日一番の拍手喝采を浴びていた。



「で、では、これでハワイ観光はおしまいで、明日は出航ですので…ホテルにお連れいたします。」


3人をハワイの隅々までエスコートしたイトカズは、流石にボロボロに疲れ果てた様子である。


「堪能した」

九頭龍は小さい子どものような満足顔。


「楽しかった」

七海は疲れ顔だが、満足げな表情である。


「…」

梅ケ谷だけ、いつもの無表情が変わらない。


 さて。ホテルに帰る途中、イトカズの運転するレンタカー内の窓から外を眺めていた梅ケ谷が、ふと何かに気づいたようで、イトカズに尋ねる。


「イトカズさん。お気を悪くされたらすみませんが… ハワイは随分とホームレスの人が多いのですね。」


「…お気づきになりましたか。お恥ずかしい話です。」


確かに、大きなホテルの近くの大通りにも、そこかしこにホームレスが歩いている。公園にはホームレスが集団で寝ているし、きれいな海水浴場のすぐそばに、ビニールのテントでできたホームレスシェルターがあったりする。


「実はですね…本国からホームレスが送り込まれてくるんです。」


「なんですって?」

七海は耳を疑う。


「正確にいうとですね… アメリカ本土の自治体が、ホームレスにハワイへの片道切符を渡しているんです。ハワイなら、冬に凍死することもありませんから。」


「なんという…」

これには、さすがの鉄仮面・梅ケ谷も表情を曇らせる。


「今やハワイは、人口当たりのホームレスの比率が全米で一番高くなりました。おかげで治安はめっきり悪くなって…。特に夜間は、くれぐれもホテルの外に出ないで下さい。日本人が襲われたり、トラブルに巻き込まれて怪我をする事件も増えています。」


「…。」

九頭龍凛太郎は、車の窓枠にあご肘をついて、何やら考えこんでいるようだ。


「…そういえば、うめよ」


「はい?」


(かみ)には、連絡は済んでおるのじゃろうな?」


「もちろん。抜かりはないです。」


梅ケ谷は、中指でメガネをクイッと上げながら答えた。


(つづく)


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