第6話 頼れる相手?

 ある日。凛太郎は汗をかきながら懸命に外回りを行っていたが、なかなか契約に結び付かない。別に珍しいことでもないが、今日は特に調子が悪い気がする。


 ふと新宿の家電量販店を店頭に並んでいるテレビモニターを見ると、午後のニュース番組の終盤、天気予報と星座占いのコーナーをやっていた。担当しているのは、声は人間だが3Dの動くアニメーションキャラクターである。ウェザーロイドというやつだ。


『…ごめんなさ~い、今日の最下位は、乙女座のあなた!今日は何を頑張っても空回り、結果の出ない一日になりそう。ラッキーアイテムは、南国です!…』


「ハァ… アイテムが国ってどういうことだよ」


乙女座の凛太郎は、肩を落としてため息をつきながら次の商談先へ向かった。



 さて、時間は、江島めぐみ議員と公設秘書の梅ケ谷が何者かに狙撃される数日前にさかのぼる。


 イトカズ・クリストファー・ヒロノリは、ハワイ州観光局日本オフィスのトップ、つまり日本支局長と呼ばれる立場である。日系移民の両親を持つ彼は、カリフォルニア州で生まれ育ち、幼少期のうちは年に一度、日本に来て両親の実家でひと月ぐらいずつ過ごすという生活をしていたが、心底日本が好きであった。またアメリカを脅かすほどの国力を一時期誇ったこの国が自分のオリジンであることを、心から誇らしく思っていた。


 今や日本経済は往年の勢いをすっかり失い、日本人がハワイに落とすお金の額も少なくなった。ひと昔、いやふた昔ほど前は、現地の観光ショップでは日本人は本当にモテていた。昔からハワイの観光客は、アメリカ以外では日本人がダントツで一番多い。それは今も昔も変わらない。現在でも1年間に日本から訪れる観光客の総数は、中国、韓国のそれの10倍以上である。しかし、1980年代の日本人がハワイで圧倒的にモテた原因は、数よりも何よりも、その金払いの良さにあった。一人当たりの購買額が、米国本土からの観光客の何倍にも上ったものだ。ショップによっては売り上げの大部分が日本人によってもたらされていたところも、決して少なくはなかったのである。今やその「日本人=金持ち」のイメージは、数では圧倒的に劣る中国人観光客にとって代わられつつある。


 「経済大国」としての地位とともに、日本の「科学技術立国」としての立場も、相当に危ないものになってきている。“Japan as No.1(ジャパン・アズ・ナンバーワン)”という言葉にはすっかりカビが生え、めっきり耳にしなくなった。かつて世界のシェア率8割を誇り、日本に莫大な富をもたらした半導体産業は、アメリカの横槍によって壊滅した。エレクトロニクス関係では某国(必ずしも1か国に限定されない)の産業スパイによって、技術を好き放題に奪われた。これは産業スパイをする方ももちろん悪いのだが、日本の危機管理の甘さと、いつの間にか技術者を大事にしなくなった風潮にも大いに問題があるのだ。日本人なら誰でも知っている超有名会社が、どんどん海外の企業に買収される時代である。あらゆる日本の有名企業に外国の資本が入り、純粋に日本の会社と呼べるものは少なくなってきている。相当名前の通った会社で、ある日出社したら突然社長がC国人に変わっていた、というケースを実話として耳にする。

 映画「ダイ・ハード」の1作目を見てもらえればよくわかるが、“Japan as No.1”が実感をもって言われていた80年代、世界各国、そしてアメリカ本土にまでも日系企業が進出し、肩で風を切っていた時代があった。現在の日本の没落は、その時からは到底想像ができなかったことである。


 それでも、ハワイにとって日本は「頼れる国」なのだろう。今回の、ホノルルのハワイ州観光局本部からのイトカズへの指示も、「日本政府に協力を打診するように」とのことだった。「日本なら何とかしてくれるのでは…?」という淡い期待が見て取れる。もしくは、「日本なら押せば頼みを聞いてくれるかも」という期待、といった方が正しいのか。問題は、協力を取り付けることができたとして、問題を本当に解決する力が今の日本にあるのかどうか、である。こういう時、別れた妻なら間違いなくイトカズの背中を押してくれただろう。彼女も日本という国を心から信頼していた。今はどうだろうか、知る由もない。


「あの先生に相談してみるか…」


 イトカズは、『久しぶりに半蔵門駅のホテルでの会食をしたい、その時に相談に乗ってくれないか』というメールを、進国党の江島めぐみ議員に送った。そのホテルから出てきたところを、めぐみは狙撃されたのである。



 数日後、株式会社ギャラクティカ。合コンで知り合ったヒロ君と交際中の、受付の小畔美樹子が電話をとる。


「…はじめまして、ハワイ州観光局のイトカズといいます。実はですね…ハワイの環境問題に関しまして、進国党の江島先生に相談したところ、そちらの阿賀川さんと葛原さんのお二人ならきっと力になってくれると紹介をいただきまして。

 …ぜひそちらに伺ってご相談したいのですが。スケジュールのご都合はいかがでしょうか?」


「…ええと、阿賀川はともかく葛原ならいつもヒマしていると…じゃなかった、少々お待ちくださいませ‼」


 数分後…ギャラクティカ社長室。

久田松祐慈が美樹子からの電話をとる。


「あ、そう。まぁた葛原を指名か…。あいつ最近調子いいねぇ。バンバン仕事とってきてもらおうかな。」


 

 翌日、ギャラクティカの応接室。


「はじめまして。イトカズと申します。」


凛太郎と七海の二人は、『Hironori Christopher Itokazu 糸数 裕紀』と書いた名刺を受け取った。


「どうもはじめまして、葛原です」


「阿賀川です…純日本人でいらっしゃるんですね。」


「はい、両親とも日本人で、日本語の方が得意なくらいです。おかげで日本で働くことができてます」


「ハワイの方が住みやすいでしょう?気候とか。」

七海は素朴な質問をぶつける。七海自身は、一度もハワイには行った経験はない。


「気候はたしかにハワイの方がいいかもしれませんね。でも私は日本が好きです。」


「そうですか…」


「それで…ご相談というのは?」

凛太郎はおずおずと切り出す。


「はい。…お二方は、『太平洋ゴミベルト』をご存じですか?」


凛太郎と七海は、一瞬顔を見合わせる。

「聞いたことはありますが…ハワイのあたりでしたっけ?」


「はい。もちろんハワイ以外にも、世界中にゴミベルトがあるのですが。ご存じのようですから、できるだけ簡単に説明させていただきますね。」


イトカズは持参したノートパソコンを開く。パ〇ソニックのレッ〇ノートである。日本愛が見て取れる。


「世界の海には五大海洋循環というものがあります。英語ではジャイア(Gyre)というのですが… ここでは、海流の流れが下向きに流れ込んでいきます。その際に比重の軽いゴミは海上に浮いたまま漂うので、どんどんとゴミの島を形成していきます。また実際には、海の表面だけではなくて海中にも相当量のゴミが存在するとされています。

 我々が直面しているのは、この北太平洋環流に相当するものですね。」


イトカズはPC画面の地図上で、ハワイの北東、ハワイ諸島とカリフォルニアとの間の海域を指さした。


「この海域に現在、なんと日本列島の4倍の面積のゴミの島が形成されています。そのうち相当な量が、潮の流れに乗ってハワイ諸島の海岸に打ち上げられます。漁網の残骸が多いのですが、いわゆる海洋プラスチックも相当に多くて… 野生動物も、漁網がからまったりプラスチックを誤飲したりする被害が頻発しています。

 …日本人としては知りたくない数字ですが、そうした海洋プラスチックの約30%が、日本からのゴミだとされています。」


「…」

七海と凛太郎は言葉が出ない。


「ハワイ州観光局としては、これ以上ゴミが増える前に何とかしたいと思っておりまして。何とか日本政府に協力を仰ぐように、ホノルルの本部から私に指令がありました。」


「はぁ…」


「実は以前から進国党の江島めぐみ先生と仲良くさせていただいてまして。今回も江島先生に最初に相談したんです。そしたら、こちらの会社に阿賀川さんと葛原さんという凄腕の仕事人がいるから、きっと力になってくれるだろうということを伺いましてですね。私も現地に戻って、受け入れと協力の体制は万全を期しますので…」


イトカズは、ここで一旦、間をためる。人への頼み方を理解している、大人の会話術だ。


「どうかハワイに来て、解決策を模索していただけないでしょうか。」


(もう…あの人、ハードル上げてくれちゃって…)


七海は冷や汗タラタラである。


「えっと、どうですかね…」


七海は困った表情で凛太郎の方を見る。

だが、凛太郎が心の中で流していたのは、冷や汗どころではなく、涙だった。


(えーん、こんなの、webサービス会社の営業マンがどうにかできるわけないじゃんか。江島先生、なんちゅう案件紹介してくれてんの。

 …ダメだ。九ちゃん、頼んだよ…)


 凛太郎は目を閉じて腕組みをし、下を向いて「うーん」と考える素振(そぶ)りをする。

数秒後、カッと目を見開く凛太郎。目が龍の目になっている。


その口から出てきたのは、今までの気弱そうな青年と同じ人物が発したとは思えない言葉だった。


「なるほど、いわゆる、"カンキョウモンダイ"というやつじゃな。よかろう。儂は大自然の味方じゃからの。」


イトカズは、目をぱちくりさせて面食らっている様子だ。


(あれ。この人、こんなしゃべり方をする人なんだ…)


凛太郎は続けて言う。


「ただ… ある程度、好き放題させてもらうが、構わぬな?」


(つづく)


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