第4話 依頼

「何する気なの…」


「フッフッフ。九頭龍様の国盗り開始じゃ」


九頭龍凛太郎が唐突な「国盗り」宣言をした日の、同じ時間帯。東京都千代田区にある国会議事堂の隣の建物の一室で、スーツ姿の男女が一つの部屋でデスクワークにいそしんでいた。女の方は桜色のスーツを艶やかに着こなしている。男の方はフチなし眼鏡で、短く刈り込んだ髪は金髪に近い色だが、恐らく地毛であろう。いかにも『仕事ができます』というオーラを身にまとっている。


「…江島先生。」


「『先生』はつけないでいいって言ってるのに…どうしたの、さとし君。」


が目覚めたようです。」


「彼って…まさか…」


「はい。そのまさかです。」


「ようやくね。待たせてくれちゃって…。こちらから、コンタクトをとるべきかしらね。」


「…そうですね。明日にでも電話します。」


「連絡先は分かるの?」


「もちろんです。に調べてもらいますから。」


「それ、ホント便利よねー。うらやましいわぁ…」



 株式会社ギャラクティカ。

 総務係兼受付嬢の小畔こあぜ美樹子は、まじめに業務に取り組んでいるように見えるが、頭の中は先日の合コンで出会った彼氏候補のことでいっぱいである。チカラ君というちょっと変わった名前の男だ。今も経理作業をしているが、経理ソフトの画面を開いてはいるものの、まったく手が動いていない。


 チカラくんはちょっとワイルド系。クラブのセキュリティの仕事をしているらしい。ものすごく力持ちなんっだって。チカラだけに…。いわゆるナイトワークに近い仕事なのかもしれないけど、そこがまたワルな感じで、カッコイイ!合コンに参加して本当に良かった。会社の圧倒的ヒロインである七海が当分独り身を貫きそうなところ悪いけど、ひと足お先にゴールインまでこじつけちゃおっかな…


そんなことを考えていると、「ルルル…」と代表電話が鳴る。美樹子は一瞬で総務兼受付係としての自分を思い出し、顔を引き締めた。


「お電話ありがとうございます。株式会社ギャラクティカでございます。」


「…お忙しいところ失礼いたします。わたくし、進国党の江島めぐみ議員の秘書をしております、梅ケ谷うめがたにと申しますが。」

驚きと緊張で、美樹子はサッと自分の血の気が引くのが分かった。



 その日の午後。


 凛太郎は、ギャラクティカ社長の久田松祐慈くだまつゆうじのいる社長室に呼ばれた。久田松はいかにも人格者らしい、おっとりとした話し方をする。だが仕事はものすごく早くかつ凄腕らしく、ほとんど一人で仕事をこなしていた創業当時から、社内で数々の伝説が残っている。

 いわく、「電話で注文を受け、電話が終わったときには納品できる状態になっていた」とか、「社長室をこっそりのぞくと、たまに3人の社長が別々の仕事をこなしていることがあった」とか。ほとんど『学校の怪談・七不思議』状態である。


「ああ、葛原くずはらくん、悪いね…。実はさっき、国会議員の秘書から電話があってねぇ。プロジェクトのSNSプロモーションをウチにやってほしいらしいんだけど、君を窓口にご指名なんだよ…。ビックリだね。営業かけてたの?」


「…いえ、初耳ですけど…」


「あ、そう… ま、何にせよ今日、昼の1時に来社して話がしたいんだって。急だけど対応頼むね。僕も同席するから。」



 その日の午後1時、ギャラクティカの応接室。国会議員秘書の梅ケ谷慧うめがたに さとしは一人で現れた。


「お忙しいところ、突然お邪魔しまして申し訳ありません。江島めぐみの公設秘書をしております梅ケ谷と申します。江島は今日は折り悪く国会の答弁がありまして、私だけで大変失礼いたします。」


「いやそんな、失礼だなんて滅相もない。江島先生といえば、進国党の、えーと…いま政調会長か何かされてるんでしたっけ?」

久田松社長が尋ねる。


「今は副幹事長ですね。」


「あぁ、副幹事長でしたか。副幹事長で、将来は史上初の女性総理確実とまで言われてるお人でしょ。そんな人がこんな零細企業に来られたら、こちらが緊張で縮みあがってしまいますよ。」


「いえいえ…葛原さんも、直接お会いするのは初めてですね。葛原さんが勤めているところでしたら、絶対に信用してよいと伺っております。」


久田松は(おぉー。すごいね…)と言いたげな顔で凛太郎を見る。凛太郎は何が何やら分からず、頭をポリポリとかくしかなかった。


 梅ケ谷は久田松社長と凛太郎に「お渡しするのが遅くなりました」と言いながら、『梅ケ谷 慧 Satoshi UMEGATANI』と書いた名刺を渡した。その時に、明らかに凛太郎に対してだけ、


「…」


と目で合図をした。凛太郎はその意図を汲み取ることができず、


「…?」


と不思議そうな顔をするしかなかった。



 その日の夜。凛太郎(九頭龍)が居候している七海のマンション。


「…それで、江島議員からの依頼はどういう内容なの?」


凛太郎は、ギャラクティカでの業務終了後に九頭龍に自動的にチェンジする。会社の仕事中は基本的に凛太郎の人格だが、凛太郎が見聞きした内容は九頭龍にも共有されるシステムになっているようだ。逆に九頭龍の人格(龍格?)が出てきているときはどうかと言うと、最初は凛太郎本人いわく「眠っている感覚」で、その間のことは覚えていなかったそうだ。最近では徐々に、自分が九頭龍になっているときのことも、おぼろげには記憶があるようになってきたらしい。

 七海の質問に、九頭龍凛太郎が答える。


「江島議員の公式サイトを新しくしたいからギャラクティカに制作を頼みたい、ついてはデザインも一任したい。そして… 何か党や江島議員の支持率アップにつながるような企画があれば提案をお願いしたい、じゃと。要するにプロモーションを丸ごと任された感じじゃな。」


九頭龍は、昼間凛太郎が梅ケ谷から渡された名刺を取り出した。表には「進国党 江島めぐみ公設秘書 梅ケ谷慧」とあり、連絡先が書いてある。いたってシンプルな名刺だが… 手にもって裏返してみる。裏には、3本の脚をもつ黒い鳥をかたどったマークが印刷されていた。


「…企画、とな。とっておきのがあるぞ。」


九頭龍凛太郎は梅ケ谷の名刺から顔を上げ、七海の方を向いた。


「国とり、開始じゃ」


九頭龍は不敵な笑みを浮かべた。



―数日後。

凛太郎はギャラクティカの社長室をノックする。


「どうぞ~」


久田松が気の抜けた返事をする。本当にこの男はギャラクティカの土台を一代で築いた男なのだろうか。


「あの~江島先生のホームページの件で、これから参議院会館に打ち合わせに行くんですが…」


凛太郎は突然、胸の前で手を合わせて拝むポーズをとる。そしてぎゅっと目をつぶり、心のなかで、


きゅうちゃん、お願い!)


と叫ぶ。


次の瞬間には、凛太郎は九頭龍に変わっていた。ギラリと緑の目が光る。


「阿賀川チーフも借りてよいかの?」


「…」


久田松社長は、一瞬考えたようだった。


「そうだね、きみだけだと心配だからねぇ。阿賀川君にも同行をお願いしようか。僕から伝えるよ。」



参議院会館に行く道すがら。珍しく仕事中に九頭龍にチェンジした凛太郎と七海は、二人並んで歩いていた。


「なんで私まで…忙しいのに…」


「しょうがなかろう。社長様からのお達しじゃ。」


「急すぎない?なんか怪しいのよね~… 仕事中にクズ君から九頭龍になってるし。」


「どうせ『うぇぶせーさく』はぬしの仕事じゃろ。同席して話を直接聞いた方が早いではないか。」


「私の担当はwebデザインです!」


「似たようなもんじゃろが。」


「web制作とwebデザインはまったく別のモノですぅー!」


そうこうしているうちに、二人は参議院会館、江島めぐみ事務室に到着した。


「入るぞ」


梅ケ谷が取り次いだ。

「ご足労恐れ入ります。…おや、今日は、先日とは随分と雰囲気が違うようですね。」


「おう。、いや…といった方がよいかの…カンちゃん。」


「…??」

七海は怪訝けげんそうな顔で、かわるがわる凛太郎と梅ケ谷を見つめる。凛太郎は、いや九頭龍は国会議員の秘書と面識があるというのだろうか。


梅ケ谷が九頭龍に対して言う。

「今の名前は梅ケ谷です。きゅうさん、もう起きないかとヒヤヒヤでしたよ。」


横から、この部屋のあるじである江島めぐみも声をかける。

「いいわね、梅ケ谷君は葛原さんと面識があって…葛原さん、はじめまして。お会いできて光栄です。江島です。それで、こちらの女性は?」


「し、失礼しました。はじめまして、webデザインを担当しております阿賀川と申します…」


「七海は儂が連れてきた。心配は無用じゃ。儂の正体も知っておる。口も堅い。…

 七海も、こやつらに気を使わずともよいぞ。儂らの味方じゃ」


「心強ーい、味方ですよ。ね、梅ケ谷君♡」


江島めぐみは、妖艶な笑みを浮かべた。七海は、これほどの美女がかつて政治家にいたであろうか、といぶかった。政界の中でアイドル的な人気を誇るのも頷ける。今の進国党の支持率の高さは半分以上、あるいはほとんど、この女傑の人気によるところが大きいのではないか。


「すまぬな。この体では、この七海という女子(おなご)が傍におらんと、思うように力が出らんようでの。」


「…」

七海は思わず顔を赤らめる。


「ハァ… お変わりないようで、安心しましたよ」

梅ケ谷は、眼鏡をクイッと上げながらため息をついた。お変わりない、とはどういう意味だろうか。


「さて。さっそく本題に入ろうかの。企画とやらを持ってきてやったぞ。

 ぬしら…この国に新しい通貨をつくれるか?」


(つづく)


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