第3話 斬新
「とりあえず、しばらくぬしの部屋に厄介になるぞ」
「…え?」
七海が凛太郎―いや、九頭龍の人格(龍格?)に変貌した凛太郎だから、九頭龍凛太郎と呼ぶことにしよう―九頭龍凛太郎から、思いもよらない宣告を受けた数日後。すでに今日のギャラクティカでのwebデザイン業務は終えて、自分のマンションに帰ってきている。
「はぁ…気が重い」
七海はため息をつきながら、パジャマ姿にタオルを首にかけ、いま上がった風呂からリビングに戻る。すると…
「だから、それやめてって言ってるでしょーが!心臓に悪い!!」
リビングには、九つの首で一斉に別々の本を読む凛太郎の姿があった。
「首が九つあるから九頭龍というのじゃ。何の不思議もなかろう。
「そんなの、葛原君の家でやってよ!」
「おぬし、株とか副業についての本をたくさん持っておろう。他にもいろいろ本があると踏んだが、そのとおりで助かったわい。凛太郎の家にはこの手の本はないからの。」
九つの凛太郎の頭のうち、一つが、読んでいる本から視線を外すことなく答える。株の本を読んでいる頭もあれば、プログラミングについての本を読んでいる頭もある。パソコンで何かのサイトを読みこんである頭もある。
「…とりあえず、儂とぬしの軍資金をつくらねばな」
♦
九頭龍凛太郎が
(あ、そうだ。そろそろお母さんに今月分の仕送りもしなきゃ。
…えっ。えーっ?)
七海は自分の銀行口座を確認して唖然とした。預金残高が2千万円を超えている。
七海は自宅のマンションのドアを勢いよく開けた。リビングで九頭龍凛太郎が作業をしている。
「クズ君、口座に、口座に、お、お金、お金が… 何か知ってる?」
凛太郎の体をしている九頭龍は、PCの画面を見ながらの作業を止めずに応える。ダボっとした無地の白Tシャツと色の薄いジーンズに裸足、というラフな恰好である。
「あぁ、株とFXで稼いだ分をとりあえず振り込んでおいたぞ。WeTubeの広告とメンバーシップで入ってくる分の振込先は、おぬしの口座に紐づけるかの。それだけで毎月50万くらい入ってくるはずじゃ。」
「すっご…!あ、ありがとう…」
七海は喜びと驚きで口を手で覆う。
「龍って、投資得意なの?」
「馬鹿にするでない。仮にも龍神は神の位におるのだぞ。ちょっと先の未来くらいなら、簡単に見通せる。」
「ズルいなあ…。っていうか、いつの間にWeTube収益化したのよ。どんな動画投稿してるの?」
「面白いことを考える人間がおるでの。参考にさせてもらった。見るか?」
九頭龍凛太郎は『くずりゅーチャンネル』というアカウントのWeTubeホーム画面を開いて見せる。七海が後ろから覗き込む。かわいらしい龍のアイコンは、九頭龍が
『“WeTuberでびゅー”をしようと思ってな。“あいこん”とやらをデザインしてくれんか。女・子供が好きそうなやつを頼む。』
と、七海に頼んでデザインしてもらったものである。
『くずりゅーチャンネル』の動画は3時間ほどの長尺のものばかり。すでにチャンネル登録者数は10万人以上おり、動画の再生回数は軒並み20万回、モノによっては100万回を超えている。七海は凛太郎が使っているマウスを触って、試しに動画の一つを再生してみた。画面にはずっと「この動画を再生するとその日1日、運気が上がります」という文字が表示されているだけである。ずっと穏やかなBGMが流れている。
「この手のチャンネルがたくさんあっての。真似させてもらった。今は音楽も簡単に作れるソフトがあって助かったわい。」
「これって、霊感商法っていうんじゃないの…」
七海は不安げに凛太郎に尋ねる。
「失礼な!人聞きの悪いことを言うでない。儂以外のチャンネルはほぼ全てまがい物じゃが、儂の動画にはちゃんと儂の
凛太郎の姿をした九頭龍は鼻高々である。七海は画面をスクロールしてコメントを見てみる。
『この動画を見るとなぜか元気になります。いつもありがとう』
『このチャンネルの動画を見るようになってから体調がよくなった。』
『仕事決まりました!ありがとう!!』
『このチャンネルの動画をミュートでリピート再生しておくと赤ん坊が夜泣きしない。家の雰囲気も明るく、毎日が楽しくなった』
…などなど。
「すごいね、コメント欄。評判いいじゃない」
「フフフ、九頭龍の神徳をなめるなよ。有料のメンバーシップもスタート予定じゃ。メンバーシップ限定動画にはさらに強力な神徳をこめる。グッズも販売するから、デザイン頼んだぞ」
(投資と動画投稿で稼ぐ龍って、斬新…)
と七海は思った。
「これでとりあえず、ぬしの母堂への仕送りのことは心配いらぬな。ぬしがやっているデザイン関係の副業は、やめても問題なかろう。好きでやってるなら続ければよい。くらうどそーしんぐサイト、じゃったか?」
「うん…スキルアップにもなるし、ギャラクティカの仕事に支障が出ない程度に続けてみようとは思うんだけど…本当に、ありがとう」
「フン、凛太郎に感謝することじゃな」
「…クズ君の前世のお坊さんって、そんなにすごい人だったんだ」
「おう、なかなかの法力だったぞ。いつか話してやろう。」
九頭龍凛太郎は遠くを見つめるような表情をした。
「…これで当面の軍資金は大丈夫じゃな。これで来年、ぬしの母堂の癌を喰えば万事解決じゃ。」
「うん!」
「さてと…ぬしら
「え…?」
「そういえばまだ、儂が目覚めた目的をはなしておらんかったの」
「何する気なの…」
七海は怪訝な顔である。
「フーッフッフ。国
九頭龍は凛太郎の顔でニイッ、と歯を、いや牙を見せた。
「フフフ… ハーッハッハ」
笑うばかりで詳しいことは何も話そうとしない九頭龍から、これ以上のことを聞き出すのを諦めた七海は、声に出さずにこう思った。
『葛原君と一緒に住むようになったこと、会社のみんなに絶対バレないようにしなきゃ…』
(つづく)
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