手袋落としたシンデレラ
水神鈴衣菜
寒い寒い、冬のこと
「な、い、な……」
変な独り言を呟きながら、私は鞄を漁り続ける。
季節は冬。マフラー、コート、そして手袋が必需品になった頃。私の鞄からは、濃いグレーのお気に入りの手袋が消え去っていたのだった。
自転車に乗っていて、途中までは着けていたのだ。少し寝坊してしまって、いつもより急いで自転車を漕いでいて、暑くなったから。鞄に適当に突っ込んで、それからも急いで漕いで。
落としたんだなぁ。まぁ、そこまで考えなくてもこんな状況なのだから当たり前ともいえるけれど。
帰りは寒いの耐えなきゃいけないのか。まだ朝のホームルームも終えていないけれど、今から帰り道の心配をしてしまう。
そして、部活も終えて下校。まだ教室から出て廊下にいるだけなのに、既に指先が冷たい。
「うぇー、さむっ……」
変な独り言をぽそりと零しながら、暗い廊下をスマホのライトで照らしながら歩いていく。冬の廊下は、寒いし暗いしあまり好きではない。
その時、ふと後ろから声が掛かった。
「あれ、
「うわっ! びっくりした、
「よお、ご苦労さまだな、こんな暗くなるまで」
「冬だからしょうがないでしょ。それにそう言ったらあんたもでしょうな」
「それはそうだな」
古河というのは私のことで、雪野というのは私の中学からの同級生の男子だ。そして変なことを付け足すけれど、私の好きな人でもある。
「これからチャリで帰るのか?」
「そうだよ。まぁ知っての通りそこまで遠くないからご心配なく」
「方面同じだろって」
「それはそうでした」
こんなにたくさん話すようになったのは、いつからだろうか。中学の時はそこまででもなかったはずで、高校に入ってから、同級生のよしみで話すようになった気がする。そんな時間が楽しくて、幸せでならない。
「……あれ、お前手袋は?」
「ん?」
「いつもしてるだろ、灰色のやつ」
「あぁ……今朝どっかで落としちゃったみたいでさ」
「そうだったんだな」
「ちょっと寝坊しちゃってねぇ」
「夜更かしはよくありませんよ、お肌に」
「よく言う」
「はは、すまんって」
階段を降りて、段々昇降口が近づいてくる。足元と指先が、寒さを訴えてくる。雪野の前で弱音を吐いたらいじられるに決まっているので、それだけはしたくない。けれど寒いことには変わりない。スマホのライトを消し、ポケットに入れてから、気づかれないように、少しだけ片手でもう片方の手を包んでみて、寒さから逃れようとする。
「……、寒いのか?」
「え? いや〜、大丈夫大丈夫」
「とか言って、指あっためてたじゃんか」
「バレた」
「寒いなら俺の貸すよ」
「……え、いや。雪野が寒くなっちゃうじゃん」
「俺は大丈夫だって。バカは風邪ひかないし」
「雪野はバカじゃないでしょ」
「お前が風邪ひいたら嫌だ、って言えばいいか?」
「……何の冗談だか」
「冗談なわけが」
表情は廊下が暗いせいであまり見えない。けれど冗談ではないと言ったその声は、嘘をついているようには思えなかった。
雪野は立ち止まって、ガサゴソと自分のリュックを漁り始める。しばらくして目当てのものが見つかったのかそれを取り出して、私にずいっと差し出してくる。
「ほら」
「……そんな言うなら、お言葉に甘えて」
私は受け取って、それを着ける。ぶかぶかで、きちんと着けられている気がしないくらいだが、じんわりと手元が温まってくる。それが手袋のおかげなのか、はたまた違うなにかのおかげなのかは、分からない。分からなくていい。
「手袋、明日ちゃんと探しながら来た方がいいんじゃないか」
「そのつもりです」
「轢かれたりしてないといいな」
「そうだねぇ……」
「なんか他人事みたいじゃないか?」
「んなことないよ」
「とりあえず早く帰ろうぜ」
「うん」
どうしようとばかり考えていたけれど、むしろ落として良かったかもしれないと、ふと思いつく。靴を落として王子様と結ばれたシンデレラみたいに、私の恋も、少しずつ叶えばいいな、なんて。
手袋落としたシンデレラ 水神鈴衣菜 @riina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます